2-〔4〕 相棒の条件
謎の兄ちゃんをテントに簀巻きにして、驢馬の背中に載っけ、月光神殿に帰って大急ぎで荷物を回収して。オレ達はどうにか、怪しまれないうちに街の城門を通過した。
差し当たって、街道を南に向かう。ペンダントの暗号で、一番近いダイアモンド・スピリットの欠片は、ギヤマニア島南部のタイガーアイ砦の辺りにあるらしいとわかってるから。
そういや、この時代に来てから、シャンデリア市の外に出るのって初めてなんだ。ドキドキするなあ。
とりあえず、近郊の農村はオレ達の時代とそんなに変わらない様子だ。何かの魔法なのか、畑の四隅に石板が建ってて、その中に季節外れの野菜が生い茂ってたりするぐらいで。
時々ちらっと後ろを振り返ってみるけど、早馬や飛竜が追いかけて来たりはしない。
まだ街の中にいると思って探してるのかな。そうであってくれればいいけど……。
※半時(※一時間)ぐらい歩いて、峠を一つ越えると、人里が途切れて森に差し掛かった。
森っていうよりは、林かな?割と人手が入ってるみたいで、下草や倒木が少なく、明るくて見通しが良い。
……でも、やけにシーンと静かで、薄気味悪いな。春先の昼間なら、鳥や小動物がつがいを求めて鳴き交わしてて、もっと賑やかそうなものだけど?
魔獣とか、山賊とかに出くわしませんように……。
それはともかく。
周りに人の姿が無いことを確認して、オレはアンバールに尋ねた。
「で?そろそろ説明してもらってもいいか。どうして、この兄ちゃんを助けたんだ?」
「ああ……」
アンバールは事も無げに答えた。
「こいつは恐らく、外国の間諜だ。恩を売れば、バルトー公子かシトリン姫につなぎを付けられる……とまではゆかなくとも、一般人の噂よりは詳しい情報を引き出せるかもしれんと思ってな」
……。
いきなり、理解の容量越えた。
「どこから、そーゆう話になるんだっ!?」
「じゃあ訊くが、お前さんはどうだ?咄嗟に、こいつを助けてもいいと思ったか?」
「……えっと……。助けてやりたいけど、助けたらすげぇ厄介事に巻き込まれそうな気がした……ってとこかな?」
アンバールは薄く笑った。
「その判断で、間違っていないと思うぞ。で、どうしてそう思った」
「どう……って言われても……直感で、としか」
「直感というやつは、ただの当てずっぽうとは違う。他人に上手く説明は出来なくても、自分では無意識のうちに理由や理屈を納得しているものだ。
……順を追って考えてみろ」
アンバールは、前髪をかき上げながら話す。
「まず、こいつは人気無い茂みの中なんぞを逃げてきた。その上、剣を背負った大の男よりも、見習い神官の服を着た丸腰のチビの方に助けを求めた。
そこから、わかることは?」
「んーと……、単純に力でぶちのめすわけにはいかないけど、神殿だったら匿ってくれそうな相手から追われてる?」
アンバールは頷いた。
「そういうことだ。
普通、"善良な市民が悪漢に追われている"のなら、なるべく人の多い場所に出て、強そうな奴に助けを求めるだろう。
逆に、こいつの方が悪党で、逮捕されかかっているのなら、神官にすがろうとはせんだろうしな。
つまり、"敵"が大きな権力や財力を持っていて、俗世の法では保護され難い……だが、こいつの方には道徳的にやましいところは無い。と推測出来る」
「成る程ね。それで、外国の間諜……か」
ギヤマニアの占領地支配は厳しいようだから。自由独立を目指して活動する運動家達の方に、よっぽど"正義"があるかもしれない。でもギヤマニアの官憲は当然、取り締まるわな。
「条件は当てはまるけど……。そうとも限らないんじゃ?」
「まあな。例えば色恋や、やむにやまれぬ刃傷沙汰で、一般人が貴族か大店のイカレぼんちに睨まれているのかもしれん。だが、そうとは考えにくい理由が二つばかりある。
一つは……、お前さん、こいつが何者に見える」
「さあ……?旅の商人か、芸人さん……ってとこ?よくわかんないよ」
「俺にも、さっぱりだ。
その辺の百姓や、町人、傭兵の類なら、もっと一目でそれとわかる格好をしている。第一、少なくともギヤマニア人には見えんな。といって、コランダム人ともレクサンドラ人とも、はっきりとはわからん。
考えられるとすれば確かに、商人か芸人か、学生かというところだが……、それにしても、商売道具のような物を何も持っていない。
服や靴も新しい。使い古されていれば、汚れの種類や付き方が何かの手掛かりになるかもしれんが……。
職業や経歴を特定出来るような特徴が、なさ過ぎる。わざと隠しているのでもなければ、ここまで"のっぺらぼう"な奴も珍しいぞ。
……それで、試してみた」
「試す?」
「所持金がどのぐらいあるか、どれだけ払ってもいいかで、厄介事の程度が計れるかもしれんと思ったんだ。
間諜なら、それなりの活動資金を持っているはずだろう。案の定、こいつは一財産持っていて、しかも値切りもせずに払うと言ってきた。
零細な行商人や、大道芸人に払える額じゃない。現金でなく、換金アイテムで持っている辺りがなお怪しい」
「成る程ねえ……」
オレはトコトコと付いてくる驢馬くんの背中を振り返った。
「まあ、別の事情があるのかもしれんが。そうだとしても、ドラゴンの角一本なら、かなりの報酬だ。引き受けて悪くはない」
アンバールは掻き上げた前髪を、指でぼさぼさと梳ってまた下ろした。
こいつ、考え事をする時に前髪をいじる癖があるみたいだ。
「あのさ、思うんだけど。その前髪、長すぎじゃねえ?」
「ん?これか」
アンバールは苦笑した。
「俺もな、常々、うっとうしいと思っている」
「……?だったら、切れよ」
わけわからんことを……。
「なあ、アンバール。もう一つ訊いていいか」
「何だ?」
「そこまで色々考えられるお前がオレと相棒組んだのも、ただ何となくとか、同情とかじゃなさそうだな。……オレの利用価値って、何?」
能力差からするとこの相棒関係って、"持ちつ持たれつ"っていうより、オレの方に一方的に得なように感じるんだけど……。
人との関わりを避ける"黒服"のはずのアンバールが、敢えて声を掛けてくるほどのどんなメリットを見出したんだろう?
「ああ」
アンバールは笑った。
「言ったろう。お前さんが思ってるよりは、俺はお前さんを買っているつもりだと。
お前さん、俺とあちこちの遺跡で鉢合わせるのを、偶然だとでも思っていたのか?」
「……運命だとかって、気色悪ィこと言うなよ」
「言うか、馬鹿」
「じゃあ何だよ」
「約束したわけでもないのに、しょっちゅう会う。それはつまり、自分と考え方や行動パターンが近い人間だということだろうが。通りすがりの奴を無作為に捕まえたよりは、はるかに意思の疎通が図り易いと期待出来る」
「あっ……」
「他の奴が目を付けない穴場を狙ったつもりなのに、五つも年下のお前さんが嗅ぎ付けて、ひょっこり現れるんだ。何度も驚かされたぞ」
へえ……。オレはただ、自分に出来ることをやってきただけなんだけど。
「オレって、実は結構すごい?」
「まあ、常に一歩及ばんから、俺に負け続けているんだが」
……ぐう。
「しょーがないだろ!オレの方がずっと年下なんだから!」
アンバールはわしゃわしゃと、オレの頭を撫で回した。
「ああ。十三にしちゃ、大したものだ。
実際、最初の晩に襲撃を受けた時も、落ち着いてすぐに俺の意図を汲んでくれた。
施療院で拾い集めてくる噂話もツボを心得ていて、確実な、欲しい情報をまとめてくる。俺が図書館で得た知識を教えてやっても、飲み込みが早い。
戦闘力という面では非力だが、怪我の手当てには慣れているし、今は治癒魔法も使える。
お前さんは、なかなか役に立つぞ。チビスケ」
「その、チビスケって呼ぶの、いい加減やめろよな!オレにはちゃんと、エメルダって名前があるんだぜ」
オレは、アンバールの節くれ立った手を払いのけた。
でも……、ふうん……。そっか、そっか。
ずっと一人で暮らしてきたからさ、自分の実力がどのくらいなもんだかって、わかんなかったんだよ。アンバールに連敗してるから、オレって鈍くさいのかと思ってた。
「まっ……、なら、いいんだ。本当はお荷物なんだけど、お情けで付き合ってくれてるとかいうんじゃないなら」
「俺がそんな、親切な人間に見えるか?」
「見えない」
「随分、きっぱりと言ってくれる」
「だって、お前は見え透いたおだてに乗せられるような奴じゃないだろ」
「それはそうだが……」
「オレの方だってさ。愛想や親切心なんか期待しやしないけど。お前の判断力とか、剣の腕とかは大いに信用するよ。これからもよろしくな、相棒!」
オレは、アンバールが背負った大剣の鞘をポンと叩いた。
「っと……、それで、ご先祖につなぎを付けるって話は、どこから出てくるんだ?」
あ。今、"誉めて損した"って顔された。
「話さなかったか。時を飛び越える魔法には、大掛かりな魔力増幅装置が要る。
歴史では、ご先祖達はダイアモンド・スピリットの欠片を全部集めたことになっている。下手に競争するよりは、協力して、見返りに多少力を貸してもらった方がいいだろう」
その程度は、解説しなくてもわかれ。と言いたげに、アンバールはうるさそうに答えた。
うっ……点数落とした?
でも、訊かずにモヤモヤしてるのって、精神衛生上良くないよなー。プライバシーに関わることじゃないんだから、面倒くさがらずに話してくれよー。
と、オレがアンバールを質問責めにしてると――。
オレ達の後ろで、驢馬くんがゼイゼイと荒い息を吐いて、へたりと座り込んだ。
「あれ。疲れた?」
丈夫で我慢強そうな奴を選んだつもりだったんだけど。
アンバールが謎の兄ちゃんを驢馬くんの背中から下ろした。
「……ん?こいつ、こんなに重かったか?」
怪訝な顔をしながらも、畳んだテントと、背負っていた大剣と荷袋を驢馬くんの背に積み直し、兄ちゃんを負ぶって歩き始めた。
ところが。
百歩と行かないうちに、アンバールも立ち止まった。
「……何なんだ、こいつは?明らかに、重くなっている!」
アンバールの背で、兄ちゃんが苦しそうに呻いた。やっと意識が戻ったようだ。
「術が、切れかかっているんです。早く……きれいな水のある所へ……」
術?術って、何の?……とかって気にしてる暇はなさそうだ。
オレは耳を澄ませた。
「……あっち!川が流れてる」
街道を逸れて、驢馬を引っ張り、木々の間を先に立って案内する。
馬鹿力のアンバールが、歯を食いしばり、よろめきながらついてくる。
川原の草地に辿り着くと、ほとんど一緒に倒れ込むようにして、アンバールは兄ちゃんを地面に横たえた。
『すみません』
謝る兄ちゃんの声は、頭の中に直接響いた。
……え?
見る見るうちに、兄ちゃんの体が大きく膨れ上がる。
服や靴が弾け飛んだと思うと、枯れ草や木の皮、植物の綿毛に変わり。全身がたちまち、髪の毛と同じ栗色の毛皮に覆われて――って、お腹側は白いか?――体長は馬の三倍ぐらいはあろうかという、有翼の獣の姿に変化した。
持ち物はドラゴンの角が二本……って、あんた……。
そのものズバリ、飛竜じゃねーかよっっ!!