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2-〔3〕 "乗りかかられた船"

 「よっ、お待たせ!」

オレはアンバールに手を振った。

 「ああ……別に」

アンバールは無愛想に答えて、両眼のこめかみのツボを指で押した。

 今日も相当、根詰めて調べてたみたいだな。お疲れさん。

 図書館の前庭は広い公園になっていて、ぽかぽか日当たりのいい芝生とか、噴水や花壇の横のベンチとか、気持ちの良いお弁当スポットがいっぱいある。

 でもオレ達が向かうのは、人気無い、ひっそりと静かな北側の裏庭だ。

 静か――といっても、恋人同士が逢い引きするような、落ち着いた、ロマンティックな風情のある静けさじゃない。言っちゃ何だが、痴漢が女の子を引っ張り込んだりとか、強盗殺人犯が死体を棄てたりとかしても誰も気付かないんじゃないかっていう、昼なお薄暗い、不気味な感じのさびれ方をしてる。

 ま、トレジャーハンティング――要するに盗掘なんつう後ろ暗い稼業で生きてる、オレ達みたいな不健全な青少年が密談するには似合いの場所かな。

 お掃除されてない、傷みかけた木の丸テーブルと椅子に積もった落ち葉を払い、腰を下ろして、オレ達は昼飯の包みを開けた。

 アンバールは"いただきます"とも言わずに、黙々とパンやチーズを囓りつつ、昼間っから結構な量の葡萄酒を飲む。

 仮に相棒を組んで十日余り、雑談をするほど打ち解けた間柄じゃない。アンバールが本から得た知識は、食事が終わってから図面とか出して説明してもらった方が分かり易いから、オレの方で特に報告するほどの情報がなければ、食事中の会話なんぞは無し。

 親父が死んでからこの二年というもの、オレだってメシ食うのも何するのも一人っきりだったし、無駄口きかない方が気楽かな。

 傍で見てると、アンバールはむしゃむしゃと無造作に食ってるようでいて、食べこぼしとかほとんどしないし、むやみに噛む音を立てたりゲップしたりしないし、一口に頬張り過ぎて戻したりとかもしないし……、なんつーか、お行儀が良いってほどきっちりマナーを守ってなくても、サマになってる。

 薄々そうかなあとは思ってたんだけど、この十日ぐらいの間に、確信に変わった。

 ……こいつ、お武家のぼんぼんだ。それも、かなり名家(いいとこ)の。


 話し言葉に訛りが少なくて、発音が綺麗だなあってのは、前々から感じてた。でも、王都の出身なら庶民でもこんなもんなのかと思って、そんなに気に留めてなかったんだけど。

 喋り方だけじゃない。日常の何気ない立ち居振る舞いが、意識してない時でもピシッと格好いい。……これは、一遍よっぽど厳しく礼儀作法とか躾けられた人間だ。

 辛口の、それも白葡萄酒なんか飲みたがるのも、上流っぽい。ギヤマニアで庶民が毎日普通に飲んでるのは、麦酒(エール)だ。コランダム人は葡萄酒好きだけど、コランダム風のは、アルコール度が低くてジュースみたいに甘い赤葡萄酒だし。

 そして!何より、こいつは学がありすぎる!

 そりゃ、遺跡の盗掘とかやるからにゃ、歴史や古文の知識は必須だよ。オレだって、古文は読める。けど、読めるったって、現代語訳の辞書と首っ引きでだぞ。

 辞書も無しに、一日に二十冊以上もの古文の本読んで、しかもその内容がしっかり頭に入ってるって、どーゆうこと!?おかしいだろ!オレ、現代語の本だってそんなスピードじゃ読めないぞ!っつーか、三百年後の時代のギヤマニアじゃ、そもそも現代語の読み書きが出来る人間だって人口の二割がせいぜいなんだぞ?

 ただに古文の知識だけでなく、書かれてる内容について――ベースになる歴史、地理とか、算学天文学、錬金学とかの広範な教養があるものと見た。

 ついでに、こいつはオパール語の読み書きも出来るらしい。

 ギヤマニア語とコランダム語、レクサンドラ語は姉妹程度に似ていて、通訳無しでもまあまあ日常会話は成立するぐらいなんだけど。オパールの草原の民の言葉は、文法も単語も文字もまるっきり別モノで、一般庶民にはちんぷんかんぷんだ。

 流石にオパール語の古語まで知らん、とか言ってたけど、オパール人の商人相手に込み入った値段交渉して、ちゃっかり半額以下まで値切ったりしてる。

 ……と、礼儀作法と学問が身に付いてるってだけなら、豪商とか高位の神官の家の子って可能性もある。

 でも、我流とは思えない武術の腕前が決め手だな。矢っ張り、お武家だろ。

 国籍不祥の顔立ちからして、貴族が外国人の踊り子なんかに産ませた子かもとか、思ったけど。そういう子供達はほとんど、父親に引き取られることなんてないし。

 そうじゃないとすると……、外国の貴族とも縁戚関係のある、超上流貴族だったり?

 ああ、でもでも、じゃあ何でそんな奴がトレジャーハンターなんかしてるんだよー。

 こいつ、何か色々アンバランスだ。

 トレジャーハンティングなんて、強盗とかと違って武力に訴える場面はほとんど無い。普通、得物はオレみたいに短剣やナイフぐらいで充分なはずだ。

 然るに、その背中の大剣は何なわけ?しかもよく見たら、それなりに使われてるらしい血の染みなんか付いてるし……。

 こいつの腕なら、用心棒とか賞金首退治とかした方が、はるかに稼ぎはいいだろうに。まあ、傭兵だってあんまり真っ当な商売とは言い難いけど、少なくとも官憲に捕まって縛り首になったりする心配は要らないだろ?

 更にもっと訳わからないのは……、こいつが何で"黒服"なのかってこと。

 盗賊とか密猟者とか、大概の無法者(アウトロー)は森の中に隠れ住んでいて、木々に溶け込む緑や茶色の服を着ている。オレみたいにね。同業者のことを"緑の服の兄弟"なんて呼び合うもんさ。

 闇に溶ける"黒服"は、殺し屋とか、いざこざを起こして無法者の仲間内でさえ村八分になったような……外道中の外道の印だ。

 オレが知ってる他の"黒服"は、『寄らば斬る』ってな殺伐とした気配をぷんぷん漂わせてて、見るからにヤバげな奴ばかりだ。

 "黒服"さんに話し掛けられたりとか、まして相棒組もうとか持ちかけられるなんて、"常識"じゃ考えらんないよ。

 アンバールは、愛想は無いけど、そんなに剣呑な感じはしない。

 もう一つの可能性として、誰かの仇討ちを誓って喪に服してる奴も黒服のことがあるけど……、でも、そういう場合は剣や槍にも喪章を付けるものだ。それに、もう一種類の"黒服"と間違われると警戒されて情報収集とかしにくくなるから、逆に喪章だけ付けて服装は普通の旅姿にしてる奴の方が多いかも。

 人嫌いの一匹狼が、特に脛に傷なんか無くても、『群れるのは御免だ』って意味で黒服を着ることもある。でも……それなら何で、オレには話し掛けてきたのかな……。

 ああ、気になる!思いっきり気になるぞ!!

 だけど、興味本位で訊いていいことじゃなよなー。こいつの方が話す気になるまで待つしかないか。

 ま……、詮索されると困る隠し事をしてるのは、オレの方もおあいこだし。


 代わりにオレは、近頃ふつふつと沸いてきた根本的な疑問をアンバールにぶつけてみた。

 「あのさ、思ったんだけど。そもそもオレ達って、元の時代に戻る必要あんの?」

 アンバールは食べる手を止め、ちょっと眉をひそめた。

 「オレ、帰ったって別に、家族とか仲間とか誰もいないし。この時代で、このまま本当に見習い神官になっちゃった方が暮らしやすいかもな、なんて……。

 お前は?待ってる家族とか、恋人とかいるわけ?」

……ちょっと探りを入れてみたり。

 「別に……。待っている奴なぞいないさ。俺が消えて喜ぶ奴なら、山ほどいるが」

と、アンバールは苦笑する。

 割と予想通りなお言葉で。……『待ってる女が星の数ほど』とかいう返事でも、驚かなかったけどね。

 「が……、それはそれとして、帰る必要は大ありだ」

アンバールは葡萄酒をぐいとあおって、言った。

「今でこそ、こうして上等なタダ飯が食えるほど豊かな時代だが。歴史通りに時が進むなら、あと一年もすれば、魔法時代は終わる。魔法技術に頼っていたギヤマニアでは、農業も商工業も一気に衰退して、大混乱になる。内乱でボロボロになっている、現代のスターサフィアやブルーサフィアよりも非道い状態になるぞ」

 あ……、そうだった。

「でも、じゃあ、ご先祖様達のコランダム大公国に移住しちゃえば?コランダムは逆に、これからが最盛期だろ。お前だって、一応コランダム人の血は引いてるんだよな?受け入れてもらえないってことはないと思うけど?」

「そうもいかんさ。最大の問題点は、ここがただの異世界や未来の世界でなく、"過去の世界"だというところにある」

「……?どーゆうこと?」

「そうだな。一番分かり易いのは……例えばだ。俺達がこの時代で、俺達の先祖に当たる人間を誰か殺せばどうなる?」

「あっ!……どうなるんだ?」

「さあな。正確なことはわからん。時を飛び越える魔法は、理論だけは研究されているが、この時代でも誰も成功したことはないらしい。俺達は、貴重な第一例目というわけだ。……王宮魔道士の連中が知れば、俺達をとっ捕まえて根掘り葉掘り調査したがるだろうよ」

 アンバールの調べたところによると、時間移動の魔法には、とんでもなく厳しい条件が必要らしい。まず、火水風土、日月、六種の魔法を同時にバランス良く使うために、超一級の魔道士が少なくとも六人要る。しかも、超強力な魔力増幅装置――多分、ダイアモンド・スピリットを七つ全部集めたぐらいの――の助けも借りて、更に地理天文、気象条件の揃った場所と時に大がかりな魔法陣を作って……とかしなくちゃならないらしい。

 「諸説、あくまでも推論にすぎないんだが……、どの道、あまり面白いことにはならん」

 一説によると、過去は絶対に変えることが出来ない。ご先祖を殺そうとしても、どうしても邪魔が入ったり、殺したと思っても別人だったりして、どうやっても不可能だという。

 また別の説によると、過去を変えれば当然未来も変わる。どのくらい変わるのか……、オレ達は、誰か代わりの人間の血が入った、ちょこっとだけ別の人間になるのか。あるいは、まるっきり消滅してしまうのか?

 またまた別の説によると、ここは過去の世界にそっくりだけど、矢っ張り別の世界で、何をしてもオレ達には全く影響無いとも言うけど……。

 どれが本当なんだか、敢えて実験してみたくはないわな。危険すぎる!

 「殺しに限らない。例えば、他の男の嫁になるはずだった女を横取りしても、生まれてきたはずの人間が消え、生まれてこなかったはずの人間が増えることになりかねん。

 何をやっても変わらない……あるいは、変えることが許されない……、そんな世界に閉じ込められるよりは、ろくでもなくても、自力で何とか出来る余地のある世界の方がマシだ」

 ううーん。と、オレは唸ってしまった。

「そっかあ……。残念だな。施療院の仕事、結構気に入り始めてたんだけどな。ヒトからお礼言われたり、気軽に話し掛けたりしてもらえるカタギの暮らしって、やっぱいいなあって……」

と、オレは見習い神官の制服を撫でて、パン屑を払った。

 そこへ――。

 薄暗く茂った植え込みをわさわさかき分けて、見ず知らずの兄ちゃんが、息を弾ませ、倒れ込むようにしてオレの前に手を付いた。

「た……助けて下さい!追われているんです」


 年の頃は、アンバールと同じくらい?

 服装はオパールの草原の遊牧民みたいに、ターバンみたいなつば無し帽子を被り、動きやすい乗馬服みたいなのの上に、綺麗な唐草模様の刺繍の入ったベストを着ている。

 だけど、オパール人じゃないな。オパール族長連合国には十以上の部族が住んでいて、それぞれ顔立ちやら服装やらに違いがあるんだけど。どの部族民にしろ、年中カラリと晴れた大空の下で羊や山羊や駱駝を飼っているから、浅黒い肌をしているんだ。

 この兄ちゃんは、今は春先だからにしても、色白で全然日焼けしてない。髪は茶色、眼は深い青で……この組み合わせは、レクサンドラ人かなあ?細面で、手足がほっそりしてて、あんまり力仕事をしてる人間には見えないな。商人とか、芸人さん?

 丸腰で、特に荷物も何も持ってないんで、何とも判断材料が無いんだけど……。

 助けてくれって……、どうしよう?と、アンバールを見上げると。

 「……。持ち金の半分でどうだ?」

おいおいっ!?"誰に""どうして"追われてるのか、とかより先に報酬の話かい!しかも、かなり吹っ掛けてるし!

 「お金は……持っていないんです」

と、兄ちゃんは困ったように言ってから、

「あ、でも!値打ち物ということでしたら……ドラゴンの角が二つ。一本でしたら、差し上げても構いませんが」

 オレは、ヒョウッと口笛を吹いた。

 ドラゴンの角っていったら、高価な魔法薬の材料になる、貴重品だ。一本で数千ディアムの価値はあるだろう。

 「よし、そいつで手を打とう」

 いいのかよ?相手もわからないのに引き受けて……。

 と思ってたら、"相手"はすぐに現れた。

 槍を持った兵士が三人。あの制服は……、げ!王城の警備兵じゃないか!

 「何だ、お前達は?仲間か?」

「おい、大人しくそいつをこっちに渡せ。邪魔立てするなら……、」

 ドカ、バキ、ズゴッ!

 アンバールはあっさりと、拳や蹴りの一撃ずつで兵士達を昏倒させた。

 うわ、ひっでぇー……。問答無用かよ!

 「おい、アンバール!どういうつもりだよ?」

「説明は後だ。すぐに、そいつを連れてこの街を出るぞ」

「えっ!?」

「俺達も、最初の日に城兵達に顔を見られている。詮議されれば厄介だ」

「あ!もしかして……あの時追われてたのって、この兄ちゃん!?」

 振り返ると、兄ちゃんも気を失って倒れている。顔が真っ青だ。息が浅く速く、体が震えている。何かの病気かな?大丈夫かなあ……。

 「その可能性もあるな」

アンバールは兵士達の上着を脱がせて引き裂き、その布で手早く連中の手足を縛り、猿ぐつわを噛ませながら話す。

 「今日は市の日だ、人の出入りが多い。街の城門での検問は簡単なもので済むだろう。俺達はすぐに出発すれば見咎められないだろうが、こいつは手配されていると思った方がいい。どうにかして姿を隠さなければな」

「どうにかって……変装させるとか?」

「いや……病人は神殿に連れて行けと言われるだろう。街の中に入るならともかく、出て行くには不自然だ」

「うーん……じゃあ、籠とか壺の中に入れてく?」

「人を入れれば、大きく、重くなりすぎる。目立つな。何か、もっと……旅人が持っていて違和感の無い、中を改めてみようと思わないようなもの……」

「ええっと……、テント!」

「よし、そいつだ。冴えてるな。たまには」

一言余計なアンバール。

「オレはいつだって冴えてるよ!」

 アンバールは財布を放って寄越した。

「市で驢馬とテントを買ってきてくれ。足りるなら多少値は張ってもいい、どうせ後で売っ払う。あまり交渉に時間をかけるな」

「オレがそいつの側に残った方がいいんじゃ?」

「俺も応急手当の心得ぐらいはある。それより、こいつらが目を覚ませば、お前さんでは押さえきれんかもしれん」

と、アンバールは兵士達を茂みに放り込んで言った。

 「わかった」

と、オレは見習い神官の上着を脱いで、立ち上がる。

 あーあ、気の良い神官先生達とも、もうお別れかあ。オレって矢っ張り、カタギの暮らしは出来ない運命(さだめ)なんだな~……。


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