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2-〔2〕 風の市の日

 「おばちゃん、籠借りるね」

オレはいつものように、藤編みのバスケットを取った。

 「ああ、お兄さんの分もいっぱい持っておいき」

まかないのおばちゃんが、陽気な声で答えてくれた。

 食堂の大皿や籠に山と積まれたパンやチーズ、ふかし芋、果物なんかを、オレはせっせと籠に詰める。

 アンバールはオレの三倍は食うもんな。結構、大荷物になる。

 うーん、焼きたてパンのいい匂い!全粒粉とか雑穀入りじゃない、ふわふわの白パンだ。卵とバターをたっぷり使ってて、甘いんだよね。

 オレは最初、たまたま祭日なのか、この神殿がよっぽど裕福なのかと思ったけど、この時代のギヤマニア王国では毎日普通に食べてるみたい。

 野菜や果物も、大きく太っていて甘味が強い。魔法で品種改良されてて、荒れ地でも作物がよく育つんだって。こんなに美味しいのに虫喰いが少ないのも、矢っ張り魔法なのかな?

 大きな樽から、葡萄酒も水筒に移す。オレ用に甘口のと、アンバールの分には辛口のと。

 オレは葡萄酒の味なんてよくわからないけど、変な酸味や渋味が無くて、上等なんじゃないかな。

 親父に飲ませてやったら喜んだろうなあ……。ギヤマニア育ちのオレは麦酒(エール)にも慣れてるけど、コランダム人にはどうしても、葡萄酒が懐かしいらしい。

 さて、籠がいっぱいになったら、上にナプキンをのっけて、一丁上がり。

 いってきまーす!


 本当は、見習い神官の法衣は汚さないように脱いでいった方がいいのかもしれない。

 でもさ、この格好だと、全然見ず知らずの人でも、敬意と親しみを持ってくれる。

 トレジャーハンターなんて後ろ指差される稼業で生きてきたオレには、快感なんだよなー。役得、役得。

 こうして神殿の廊下を歩いている間にも、参拝客のじっちゃんばあちゃんや子供達が、笑って挨拶してくれる。嬉しいね。オレもつい、ニコニコ。

 ……ああ、今日は人が多いな。風の市の日だから。

 王都シャンデリアでは、週に一度、風曜日には盛大な露店市が立つ。ちょっと遠くの村や町からも、大勢の人が集まって来るんだ。

 門を出ると……ほら!沿道を埋め尽くす店、店、店。活気のある、売り子の呼び声。

 中央広場を起点にして、東の太陽神殿と、西の月光神殿に向かう参道が、一番賑やかなんじゃないかな。門前市ってやつだね。

 市場の喧騒の中に入ると、本当に豊かな時代なんだなあって実感できる。

 どの店にも商品が山盛りで、お客達もそれをじゃんじゃん買っていく。

 流石は魔法時代、どういう保存技術なんだか、春先なのに秋の野菜が瑞々しいまま出回ってる。

 でも、西瓜やトマトまであるのは、去年の夏から保存してたのじゃない。畑の周りだけ温かくする魔法とかで促成栽培してるらしい。すっげぇ話だな。

 まあ、簡単な技術じゃないんだろう。他の物の値段から推測すると、本来の季節の三倍ぐらいの値が付いてるんじゃないだろうか。それでも、結構売れてる。

 海から遠いはずなのに、お魚も新鮮だ。

 籠からこぼれた小魚を野良猫がかすめていったけど、店のばあちゃんはちらっとうるさそうに一睨みしただけで、怒鳴ったり追いかけたりはしなかった。

 ほえー、太っ腹。……っていうか、これだけの人混みだと、泥棒猫よりも人間の万引きの方を警戒しなくちゃならないか。

 色とりどりの飴細工に、串焼き肉……あー、美味しそう。神殿の食事は量も質も申し分ないけど、無用の贅沢はしていない。甘味物とか肉類とかは、祭日だけ特別に出るらしい。

 でも、お財布は持って来てないんだ。"見習い神官"が買い食いなんかしちゃいけないよね。これだけが、神官服を着てる時の不便なんだけど……ま、いいや。たまにはアンバールに、帰りに何か買ってきてもらおうかな。

 ……っと、お腹が空いてると、つい食べ物の店ばかりに目がいってしまう。

 他のお店も様々だ。木彫り細工や、陶器、金物のお店。外国の珍しい香料やスパイス、織物なんかを売ってる店もある。

 古着屋さん。古着っていっても、ほとんど袖を通してなさそうな、新品同様の服もかなりある。オレ達が生まれた三百年後の時代だと、もっと擦り切れたりツギが当たったり、二、三着の服から使える所だけ接ぎ合わせたようなのが平気で並んでるものだけど。どっかの行き倒れの旅人とか、疫病で死んだ人から剝いできたんじゃないか?って、イヤ~な匂いの染みついてるやつも混じってたり……。

 物以外のサービスも多種多様。曲芸師に手品師、辻楽師。マッサージ師。占い屋さんもある。

 因みに、完全な予知の魔法ってのは無いらしい。だからあれは、気休めのための人生相談みたいなものだね。

 魔獣にならない護符だの薬だのを売ってる奴がいるけど、あれも"イワシの頭"の類。そんなもん、本当に効くんだったらとっくに神殿で売り出してるよー。

 おや、あっちは魔道具じゃなくて、普通のアクセサリー屋さんか。宝石・貴金属じゃない、ガラスや貝殻や木のビーズで出来た腕輪とか髪飾りとかを売ってる。町の娘さん達がきゃいきゃいお喋りしながら品定めしてて、なかなか盛況だ。

 ふうん……、綺麗……。

 と、つい見とれていたら。

 「おおっと」

 オレは、籠に手を突っ込んだ男の子の手首を取り押さえた。

 "同業"なもんでね。勘が働くんだよ。

 「もっと腕を磨きなよ」

ちょこっと笑いかけてオレは、しっかりとパンを掴んだままの男の子の手を、パッと放してやった。

 「捕まんないよーになっ」

 男の子は一瞬、鼻の頭に皺を寄せると、くるっと背を向けて走り去る。穴の空いた革靴を履いているのが見えた。

 いいね。オレ達の時代だと、ああいう(多分)路上暮らしの子は……いや、親も家もある下町の子だって、冬でも裸足のことが多いよ。

 道端をうろつく野良犬、野良猫さえ、何だかぽってりして毛艶がいい。

 結構な時代だよ、まったく。羨ましい限りだぜ。

 ……魔獣化の恐怖さえ無ければ。


 中央広場の一角で、悲鳴と怒声が上がった。

 「何だ?」

「どうした、どうした!」

「荷馬車の馬が、魔獣になっちまったらしい!」

 ワッと広場から逃げ出して来る人達と、逆に物見高く広場に向かおうとする野次馬達とがぶつかり合って、通りは大混乱になった。

 「ちょっと、どいてっ……通して!」

オレは人の波をかき分け、広場に近付こうとする。

 野次馬じゃないぜ。といって、間違っても、魔獣と戦うつもりはないけど。今のオレは丸腰だし、攻撃魔法なんてもんは教わってない。

 ハッキリ言って、この時代に来て最初の晩にムキムキ巨人と戦って以来、魔獣と関わり合いになるのは二度と御免だと思ってる。だけど折角、治癒の魔法を覚えたんだもの。怪我人がいたら、助けなきゃ。

 「通してってば!」

お、矢っ張り神官服が効く。みんな――小っこいオレに目を止める余裕のあった人はみんな――道を空けてくれる。

 それでも人の波に流されつつ、流れに逆らいつつ、何とか広場に辿り着いた。

 騒ぎはもう、鎮まり始めている。居合わせた市の警備隊員や、魔獣退治屋(ビーストハンター)達が、魔獣化した馬をすぐに仕留めたらしい。

 露店市の人達が、散乱した野菜や壺を片付けたり、かっぱらいがそれをこっそりネコババしたりしている。

 「大丈夫?怪我した人、いない?」

「あ、神官さん!診てやってくれ」

 魔獣に噛み付かれたらしい人が、呻いていた。馬だったはずなのに、狼みたいな鋭く尖った牙の跡が付いている。うう、見るからに痛そー……。

 近くに水汲み場があったんで、傷口を洗って治癒魔法をかける。

 「おーい、こっちも頼む」

 お次は、骨折か。この人は、蹴飛ばされたんだな。

 「ちょっと痛むよ。……いよっと!」

折れた腕の骨をはめ直し、手近にあった薪と手拭いで添え木をする。

「後は、神殿でちゃんと診てもらって」

 親父の盗賊団にいた頃に、応急手当てとか、包帯や三角巾の巻き方とか、実地で覚えたから。手慣れたもんだ。ま、おかげで施療院の助手なんてやらせてもらってるわけ。

 「有難う」

あ、またお礼言われた。うーん、いい響きだ!一人で盗っ人稼業なんかしてると、有り難がられる機会なんてないもんねえ。

 他は――と見ると、打ち身や擦り傷程度の軽傷の人だけ。

 それと……、残念ながら、明らかにお亡くなりなのが三人。無惨な傷跡を見せないように、周りの人達が急いで大きな布を掛けている。

 二頭立ての荷馬車の、もう一頭の挽き馬も、噛み殺されてしまったらしい。可哀想に……。

 と、見ていたら。

 強い風が吹き下ろして、広場に大きな影が差した。野次馬達が場所を空ける。

 上空をパトロール中の、王宮の竜騎士が降りてきたんだ。

 元は馬だった、奇っ怪な化け物の死体を検分する横で、乗ってきた魔竜が涎を垂らしている。調べが済んだら、エサにされるらしい。待ちきれなかったのか、死んだもう一頭の馬を食べ始めてしまった。

 うげ!骨ごと、バリバリ丸かじりにしてるよ……。

 飛竜って、本当は草食性のはずだけど。竜騎兵隊の竜は軍事用に、人工的に魔獣化してあって、獰猛なんだ。魔力を込めた首輪の効力で、人の言うことに従ってる。でも戦闘中とかにうっかりこの首輪が壊れたら、そりゃーもう敵味方関係なしに暴れ回るらしい。

 そんな危ねーもん作るなよ……。

 ってか、意図的に魔獣化出来るってことは、王宮は魔獣化の仕組みを知ってるってことか?きっと、特級の軍事機密に違いないけど。

 魔獣化の謎を知り得ない庶民は不安に駆られて、怪しげな護符にすがったりもする……。

 おっとっと。ポケッとしてる場合じゃない。

 オレとアンバールも、最初の日にお城の前から逃げてきた身なんだっけ。ひょっとしたら、不審人物として手配されてるかもしれない。

 竜騎士さんがこっちに事情聴取に来る前に、行こっと。

 ……大分、時間食っちゃった。ちょっと急ごう。

 オレは早足で、広場から南の、王立図書館に向かう。

 王城がシャンデリア市の南にあるんで、街の南の方が武家屋敷やら豪商の邸宅やらの並ぶ高級住宅地になっている。

 バカでっかい門をくぐり、だだっ広い公園の中を小走りでつっきってゆくと……、ああ良かった。間に合った。

 すぐに見つかったよ。あいつ、遠くからでも目立つなー。

 大剣を背負った、長身、黒ずくめの服のアンバールが、丁度図書館の玄関を出て階段を下りてくるところだった。


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