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第2章 タイガーアイ要塞 〔1〕 神殿でアルバイト

 「大気に満ちる命の息吹よ、我が手に集いて光となれ……、"光癒"!」

オレは呪文を唱えて、お百姓のじいちゃんの怪我の上に両手をかざした。

 左肩から二の腕、背中まで、ざっくりと肉が裂けて骨まで見えていた痛々しい傷がふさがってゆき……、残念。皮まできれいに治るところまではいかなかった。

 でも、ずっと苦痛にしかめていたじいちゃんの顔付きは穏やかになった。

「ああ、大分楽になったよ。ありがとさん」

 只今、オレは魔法の練習を兼ねて、月光神殿の施療院でアルバイト中。

 「今日は魔法治療はここまでにしておきましょう。もう二、三日ここに泊まって、ゆっくり体を治していって下さい。エメルダ君、新しい包帯を巻いて差し上げて」

「はい」

神官のお医者先生は、飲み薬を調合し始めた。

 アルバイトっていうか、本当はボランティアなんだけどね。

 ここ十日ぐらい、アンバールとオレは月光神殿の宿坊に泊めてもらってるんだ。神殿の宿坊ってのは、なにがしかのお布施か労働奉仕――掃除とか水汲み薪割りとか――をすれば、参拝者に限らず、誰でも泊まれる。街中の宿より安上がりだから、体力だけはある若い貧乏旅行者とかがよく利用してるんだ。

 古銭の手持ちが少ないオレ達にとって、宿代メシ代の心配をしなくていいのは有難い。しかも、オレの働きがいいんで、アンバールはおまけで労働奉仕を免除されてて、昼間は王立図書館での調べ物に専念出来る。

 オレはオレで、得意の聞き耳を立てて、施療院の患者さん達の噂話なんかを聞き集めてる。昼休みの時間と、夜寝る前に、二人でその日に収集した情報を交換するんだ。

 「先生、そのう、何とか今日中に村に戻れるぐらいに治してもらうっちゅうことは出来ねえべか。牛の世話があるで……」

「一度の術で治るところまでが、神様が丁度良いとお決めになった自然なお恵みですよ。それ以上は体に無理がかかってしまいます。

 さっき、付き添いでいらしたお嫁さんが、農場のことは自分たち夫婦に任せて、おじいちゃんには充分体を休めてほしいとおっしゃってましたよ。おじいちゃんにまで何かあったら、他のお孫さん達が心配するから、と……」

 魔法の効果は、かける側かけられる側それぞれの魔力・体力、それに場所や時間帯によっても、まちまちなんだって。これには、魔法の"属性"も影響してる。

 例えば、オレが使える魔法の属性は"風"。風通しのいい屋外の原っぱとか、風の吹きやすい朝夕の気温の変わり目、春・秋の大風の季節なんかだと効果が強くなるらしい。

 良い条件が重なれば、普段の二、三倍の効果が出ることもあるそうだけど……、それでも、オレが初めて魔法を使った時みたいに、致命傷が一回で完璧に治るなんてことは珍しいらしい。あの時はオレも必死だったし、アンバールの方も体力・魔力は人一倍あったってことだろうな。

 「……んだなあ。オラまで魔物になっちまうわけにいかねえもんなあ」

「いや、そういう意味ではありませんよ。傷口は聖水できれいに清めました。あとはきちんとお薬を飲んで、月の女神様にお祈りしていれば、貴方まで魔物になる心配はありません」

 施療院で働くうちに、ムキムキ巨人と戦うオレ達に街の人達が加勢しなかった理由がわかった。

 動物や人間が何故、どういう時に魔獣に変身してしまうのか、誰にも詳しいことがわかっていないんだ。それで、伝染病みたいに、魔獣に怪我を負わされたり、怪我を負わされた人と接触したりすると魔獣になるんじゃないか……と恐れられているんだ。

 この俗説は、あながち迷信とも言い切れない。実際、ビーストハンター――魔獣退治専門の賞金稼ぎ――や、怪我人を治療する神官さん達は、魔獣になる確率が一般人よりも格段に高いっていうんだから。

 「だども、先生。お祈りっちゅうことじゃ、オラっちの村の神官様ほど親切で信心深ぇお人は、見たことがねえだよ。その神官様でさえ魔物になっちまうんじゃ、オラなぞは……」

 じいちゃんは涙ぐんだ。

「ああ……。孫は、丁度あんたさんぐらいの年でなあ。神官様が大好きで、百姓の息子に学問なぞいらねえと叱っても、しょっちゅうお堂に行っちゃあ読み書きやらお祈りの歌やら教わってきてなぁ。優しい……オラよりもよっぽど、神様のご加護があってええはずの子だったに……どうして……こんなことになっちまったべか……」

 じいちゃんのお孫さんは、魔獣になって村の人達や家畜を襲い始めた神官様を止めようとして、真っ先に殺されてしまったんだって。

 オレは、包帯を巻き終えたじいちゃんの背中をそうっとさすった。

「大丈夫。じいちゃんは魔物にはならないよ。お孫さんが守ってくれる」

 本物の神官だったら、こんな根拠のない気休めは言わないんだろうな。でもオレ、本当はドロボーだもん。じいちゃんが元気出してくれるなら、嘘だってつくよ。

 「ああ、ああ……あんたさんもええ子だなあ」

じいちゃんは、チーンと手拭いで鼻をかんだ。

「偉いもんだ。自分もいつ魔物になっちまうかわからねえに、こうして他人様のために神殿で働いて……」

 先生が笑った。

「私はもう三十年も、施療院で仕事していますよ。魔獣に襲われた人達もたくさん手当てしてきました。そうそう簡単に魔獣になったりはしません」

じいちゃんに薬の包みを渡し、ぽんぽん、と肩を叩く。

 「毎食後と寝る前に一包ずつ飲んで下さい。明日の朝の分まで出しておきます。明日の午前中にまたお会いしましょう。でも、もしどこか具合が悪くなったら、それより前でもすぐに神官の誰かに声を掛けて下さいね。では、お大事に」

 オレはじいちゃんに手を貸して、診察室の外で待っていたお嫁さんのところまで送った。

「お大事に」

「ああ、ありがとさん」

じいちゃんは、しわしわのあったかい手でオレの手を握り、もう一度お礼を言った。

 ……、何か、ジンとくるなあ。

 父ちゃんの盗賊団が解散して一人で暮らすようになってから、誰かに『ありがとう』なんて言われたこと、ほとんどなかったもん。

 診察室に戻ったオレは、先生に謝った。

「すみません。勝手に適当なこと言っちゃって」

「いえ、いえ……エメルダ君、きみ、本気でここに残って神官になるつもりはありませんか?素質はあると思うんですけどねえ」

 オレは首を横に振った。

「ありがとうございます。でも……、」

「お兄さんと一緒に旅を続けますか。うん、それもいいでしょう。お兄さんにはきみの力が必要でしょうからね」

 先生が頷いた時、※昼の月の刻の始まり(※午前十一時頃)を告げる鐘が鳴った。

 診察は一旦お終い。神官や見習い神官さん達はこれからお祈りの時間だけど、オレは見習いですらないただの手伝いだから、一足先に昼休みだ。

 「じゃ、オレはいつものように、外で兄貴と食べてきます」

「そうですか……。勉強熱心なのは感心なことですが、たまには、お兄さんの方がこちらに戻ってきて、一緒にお昼御飯を食べるのもいかがですかねえ。あれこれと、旅の珍しい話など聞かせてもらえると嬉しいのですがねえ」

 またまたアンバールの口から出任せで、オレ達は、魔獣退治なんかしながら行方不明の両親を捜して旅をしてる兄弟、とかいう設定になっている。

 でも、ボロが出るとまずいから、あんまり余計なお喋りは出来ないんだ。

 「すみません」

「ああ、いえ、気にしないで下さい。お兄さんの気持ちはよくわかりますよ。王立図書館は知識の宝庫ですからねえ。私も田舎から出て来たばかりの頃は、食事も忘れて読みふけりましたよ。いやあ、懐かしいなあ……」

一人合点して回想に浸る、気のいい先生。ごめんね。

 オレは、アンバールの分まで持っていく昼食をもらいに、食堂に向かった。


 わ~!いつの間にかお気に入り登録が入っていることに気付かず、久しく更新していませんでした。すみません!有難うございます!!

 出産までに、物語の大きな流れが見えてくる2章終わりまでは少なくとも仕上げたいと思っています。時間が足らないようだと矢張り、小説FFT優先になってしまいますが……。

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