1-〔9〕 月光神殿
遠くから聞こえる、鐘の音とお祈りの合唱で、オレは目を覚ました。
白い天井に、金色の朝日の照り返しが眩しい。朝の※太陽の刻(※午前六時頃)みたいだ。
首だけ曲げて横を見ると、アンバールが腕組みして椅子にもたれ、うとうとと居眠りしている。ほっぺたに、ぽつぽつと髭が伸びていた。
「アンバール……」
呼び掛けると、パッと目を開けた。
「気が付いたか」
「体は、もう何ともないのか?」
「ああ。お前さんのおかげでな」
「……オレの?」
オレはベッドに横になったまま、周りを見渡した。
「ここは……」
「月光神殿の宿坊だ。ぶっ倒れたお前さんを神殿の施療院に担ぎ込んだんだが、魔法の使いすぎで疲れただけで、休ませてやれば充分だという診断でな。起きたら一応栄養剤を飲ませてやれ、と言われた」
施療院……、診断……っ!
オレは焦って、胸元を探った。服をいじった形跡はない。
「安心しろ。医者に診てもらう前に、こいつは隠しておいた」
アンバールは上着の内ポケットから金のペンダントを出して、オレの手に返しながら、廊下に漏れないように小声で言った。
「バルトー公子かシトリン姫の持ち物のはずなんだからな。見つかれば厄介なことになる。そのぐらいは、抜かりない」
……、ふう。オレは安堵の溜め息を吐いた。
「あ、そうだ。怪我をした傭兵さんは?」
アンバールの目がちょっと笑った。
「大丈夫だ。一緒に施療院に来て、治療を受けた。打ち身の手当てだけで、もう仲間と宿に戻ってるぞ」
「えーと、じゃあ……ゴーシェは?」
アンバールの顔が曇る。
「いくら魔法でも、一度完全に死んじまった奴を生き返らせることは出来んらしい」
「……そうなんだ……」
オレは目を瞑った。
アンバールはオレの背中の下に手を入れて、ぐいっと起き上がらせた。
「随分と人が好いな、チビスケ。よく今まで盗っ人稼業が務まってきたものだ。自分の面倒も見きれんくせに」
誉めてるんだか、けなしてるんだかわかんないことを言って、薬の小瓶の栓を抜いた。枕元の水差しから冷たいハーブティーを一杯コップに注ぎ、小瓶の中身を一たらし溶かして、オレの手に押し付ける。
ちょっと青臭い、清々しい香りがする。苦いのかと思ったら、結構甘い。薬用シロップだったんだ。
一息に飲み干したオレは、空のコップに視線を落として、ぶっきらぼうに言った。
「悪かったよ。危うくお前を犬死にさせるとこだった。もうヘマはしない」
オレが素直に謝るとは、意外だったのかもしれない。アンバールも決まり悪そうに視線を逸らした。
「お前さんの身代わりになる気なんぞはさらさら無かったぞ。充分かわせるつもりが、目測を誤ったんだ。あれは俺の失態だ。忘れろ」
オレはニヤニヤ笑った。
「ふぅーん?一生覚えといてやるよ」
するとアンバールは不機嫌そうにそっぽを向いて、くしゃくしゃと前髪を掻いた。
照れてんのかな?可愛いとこあるじゃん。
人をからかうのって、楽しいもんだね。アンバールの目に普段オレがどんな風に映ってるか、わかった感じがする。
……何だか、今初めて、こいつとはいいコンビになれそうな気がしてきたぞ。
「アンバール、あのさ……、」
「うん?」
「一緒に元の時代に戻れるまで、死ぬなよな」
「チビスケ。お前さん……、」
いつになく気遣わしげに、優しくオレのおでこに手を置くアンバール。
「……、熱でもあるのか?」
オレは、ひっつかんだ枕で、アンバールの顔を思い切りぶん殴った。