表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/22

1-〔8〕 秘策あり!?

 あーあ、都会は人情が薄いねえ。今のオレ達、完全に捨て駒状態。

 傭兵達は、広場から離れた通りの向こうで待機している。広場を囲む家々の住人達は、とっくに目覚めて窓の雨戸の陰で固唾を飲んでるだろう。けど、石一つ投げるでなし、警備隊に報せに行くでなし。

 そりゃさ、手練れの傭兵隊長さんを平手一発で葬り去る奴だもの、誰だってうっかり注意を引いてぶち殺されたくはないよな。でも、他人事じゃないんだぜ。アンバールがやられちまったら、奴が次にどこに行くかわかんないんだぜ?

 ズシンッ。ドシンッ。

 怪物は地響きを立てて、アンバールを追い回す。アンバールは着実に怪物に傷を負わせているけど、このままのペースじゃ、怪物が失血で動けなくなるより、アンバールのスタミナが切れる方が早いよ。

 アンバールは怪物の攻撃をよくかわし続けてる。でもさっき、鋭い爪で太腿に切り傷を負ってしまった。黒いズボンなんで見えづらいけど、じわじわ血が流れ続けてるみたいだ。

 脚の怪我はスピードが落ちる元になる。いずれ、つかまる……。

 くそっ、どうする?何か……あいつの弱点は……、

 そうか!

 オレは傭兵隊の誰かが落としていった自動弓を拾った。大人の男なら腕の力だけで弦を引き絞れる簡便なタイプ、のはずなんだけど、オレには硬い。座って足で銃身を押さえ、両手でうんしょっと弦を引き上げた。

 手許にある矢は一本きり。心臓がバクバク早鐘を打ってる。けど、手の震えを静めて慎重に的を狙い定めた。ムキムキ筋肉の鎧に覆われていない無防備な所、それは……目!

 ドシュッ。

 やったっ、ドンピシャ!

 ギャオーッ、と苦痛に叫んだ怪物は、目玉の刺さった矢を引き抜いて投げ捨てると、残った片方だけの目を怒りにギラギラ燃やして、こっちに向かってきた。

 わっ、わっ、来るなーっ!

 オレは、どうせ二の矢のない自動弓を怪物に投げつけた。これは、ベシッと払い落とされた。そこにアンバールが割って入り、再び怪物の目がそっちを追う。と見るや、オレは民家の脇に積まれていた壺を怪物の足元に転がした。

 つるん、ドデンッ。

 すっ転んで、起き上がった怪物は、小うるさいオレから片付けようと決めたらしい。本腰を入れて攻撃してくる。ひーっ、だから、オレは主戦力にはならないってのに!

 「引き付けてくれ!上に!」

アンバールが叫んだ。何だか知らないけど、了解っ!

 オレは商店の壁に立てかけてある梯子を駆け登り、常夜灯を取って怪物に投げつけた。

 ガチャンッ。

 ランプが割れて、油が怪物の頭にかかる。

 しまったあっ!さっき水をかけちゃったから、火は燃え移らない。でもとりあえず、油が目に入って、目くらましにはなった。

 オレは吊り看板に飛び移りながら、梯子を蹴って怪物の方に倒した。怪物はバシッと梯子を受け止め、両手に持ってぶん回してくる。

 うあっと、かえって敵を利したかっ!?

 急いで二階のベランダの手すりに登り、吊り下がっていた植木鉢を二つ三つ投げつける。ブンッ、と梯子が振り下ろされ、木製の手すりが折れた。

 すんでの所で、隣のベランダに飛び移る。怪物がもう一度梯子を振り回すと、今度は梯子の方が折れた。

 ガシャンッ。

 壊れた梯子を投げつけてきたのをかわすと、グシャッと窓の雨戸に突き刺さった。家の住人が中で悲鳴を上げる。

 アンバールが斬りかかって怪物の気を逸らせてくれた隙に、洗濯物ロープを伝って隣の家の屋上へ、そこから更に隣の家の屋根へ。怪物が飛び上がって屋根の端にぶら下がると、(スレート)がザラザラッと雪崩を起こしてオレの足元をすくった。

 危うくバランスを取って、広場の一角に根を下ろしている木の枝に飛び移る。怪物がボキッと枝を折り取ったので、反対側の枝へ。

 ……、しまった!!建物側の枝を折られちゃったから、これ以上逃げ場がないっ!!

 バキッ。

 立っていた枝をへし折られ、オレはもう一本上の枝に飛びついてぶら下がった。枝が大きくしなう。いくらオレが身軽とはいえ、体重を支えてくれそうな枝は、ギリギリこのもう一本上が最後ってところ。

 アンバール、早くしてくれよっ!

 怪物はオレを見上げてグフフと笑い、上に伸び上がって両手でオレを叩き潰そうとする。

 それが、アンバールが待っていた勝機(とき)だった。

 始終前傾姿勢だった怪物の上体が起き、両腕と首が高く上向いたところで――、

 アンバールはダッと一気に怪物の懐に飛び込み、長剣を低く振り下ろす。

 スパンッ!

 鮮やかに、怪物の短足の間で見苦しくブラブラしていたモノを斬り落とした。

 ……なるへそ。確かにソコも、目と並んで無防備な急所だったわな。

 グギャアーッ!!

 怪物は絶叫して前屈みに倒れ込む、その大きく開いた口の中目がけて、アンバールは思い切り長剣を突き上げた。

「タアァーッ!」

 ズシャッ!

 長剣の切っ先が、怪物の首の後ろへ突き抜けた。

 怪物はまずガクッと膝をつき、それからズウンッと地面を震わせて仰向けに倒れた。

 よっっし、一丁上がり!お見事っ!!

 オレは木の幹にもたれかかり、肩で荒い息を吐きながら、ピッと親指を立ててアンバールに挨拶を送った。

「やったね。すげーじゃん」

 アンバールも親指を立てて見せた。

「お前さんも、流石だな。逃げ足だけは特級品だ」

 ……、……。

「お前なーっ、もうちょっと他に言いようってもんはないのか?」

 アンバールは、くくくっと笑いを噛み殺している。

 あーもう、勝った途端にこれかよ。誉めて損した。

 「う……うう……」

広場の片隅で呻き声がする。さっき怪物が石壁に叩き付けた傭兵さんだ。

「おーい、大丈夫か?」

オレは木から降りてのこのこ近付く、と――。

 「動くな、チビスケッ!」

アンバールの切迫した声が飛んだ。

 凄まじい殺気を感じて振り向く、と、怪物の手刀がもう目前に迫っていた。

 避ける暇が無い!!!

 こんな所で死ぬのかよ……、あっけないな……。死ぬ時って、すごく痛いのかな……?

 頭の中だけは妙に冴え冴えと猛回転して、十三年間の短い人生が走馬燈のように……、

 ドンッ!

 寸前、オレは体当たりで弾き飛ばされた。横様に倒れながら見たものは……、怪物の爪に胸と脇腹を切り裂かれるアンバール!

 怪物は口の中にアンバールの剣を生やしたまま、グフフッと満足げに笑う。

 アンバールは歯を食いしばってゴーシェの槍を拾い上げると、渾身の力を込めて、怪物の残るもう一方の目から脳天を刺し貫いた。

 ビクビクッと手足を痙攣させたのを最後に、怪物は今度こそ、長々と地面に伸びて動かなくなった。

 それを見届けると、アンバールの体がぐらっと傾いて、後ろに倒れる。

 オレはアンバールを抱き止めた――つもりだったんだけど。アンバールの体重はオレの倍以上あるだろう。支えきれなくて、よろよろっと尻餅をついてしまった。

 しっかりしろ……とは、とても言えない。

 肋骨が折れて肺に刺さり、大穴を開けている。アンバールは横を向いて、すごい量の血を吐いた。生温かい血がオレの膝を濡らして流れ落ち、みるみる石畳の上に血溜まりを作る。

 オレが……不用心だったから……。

 負傷者の収容なんて、化け物が完全にくたばったのを確認してからで良かったんだ。傭兵さんの怪我は、命に関わるほどの深手じゃなかった。傭兵仲間達がすぐに戻ってこなかったのも、冷たいんじゃなくて、それを心得ていたからだったのに……。

 「ごめん。アンバール、ごめん……!」

何とか声を絞り出してそれだけ言うと、あとはもう喉が詰まってしまって、オレはアンバールの頭をぎゅっと抱え込んだ。そうしたからって、アンバールの命が血と一緒に流れ出ていっちゃうのを、引き止められるわけじゃないけど……。

 アンバールはズボンのポケットを探って、金のペンダントを引っ張り出した。オレの手に握らせて、その上からポンポンと軽く叩く。

 一人でもちゃんと元の時代に帰る方法を見つけろよ、とか何とか言いたいんだと思う。

 そりゃ……、相棒になって、まだ半日も経ってないけど……。どっちかっていうと、気に食わない、お近付きになりたくない奴だったけど……。だけど……!

 「やだっ……、オレ、やだよ、こんなの……!オレのせいで命を落とす奴なんて、もう見たくない……っ、見たくないんだよーっ!!」

 オレはアンバールのペンダントを握り締めて叫んだ。……、すると。

 パアッと手の中が暖かく、明るくなった。涙でかすんだ目には、初め、ペンダントが光っているように見えた。でも違う。ペンダントを持ってない方の手もぼんやりと光っている。

 何これ?

 何が起こってるのかはわかんないけど、何をすればいいかは直感的にわかる。オレはそうっと、でも素早くアンバールの体を膝から下ろし、大怪我をしている側の横に座り直して、傷口に両手をかざした。

 お願いだ、治ってくれっ……。

 淡い光と一緒に、地面に流れ出ていた血がすうっと吸い込まれ、傷口がどんどん元通りに塞がってゆく。

 うわっ、すげえ……まるで魔法みたい!……っていうか、魔法だよね、これ?

 あっという間に、アンバールの横っ腹に開いていた傷は、跡形もなく綺麗に消えた。

 「チビスケ。お前さん……?」

 あ。もうしゃべれるんだ。

 安心したら、疲労感がドッと血管に流し込まれたみたいに体中に広がって、今度はオレの方がふらーっとアンバールの上に倒れ込んでしまった。

 「おい、チビスケ!しっかりしろ。おい、エメルダ。エメルダ……!」

 アンバールの呼ぶ声が遠くなっていく。あー、今夜二度目だよ……。ムッチャクチャな一日だったなー……。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ