第2話 交渉
「何やってんだ!」
マックスは激怒した。
愛した人の遺品を、お前なら任せられると預けたはずの品を、知らぬ間に盗まれた。榎が椿にアイテムを預けてから300年。誰にも知られず秘蔵され、アイテムの管理体制は強化され続けていると信じていたマックスの、榎の、その信頼と期待は裏切られた。
容赦なく全力で振るわれた平手打ちを、椿はあえて避けなかった。避けたり防いだりする資格など、あろうはずもない。ことの重大性は「核兵器盗まれました」みたいなレベルだ。
ドラゴンを一撃で砕く威力が椿の頬を襲い、首がちぎれるかと思うほどの衝撃とともに吹き飛んだ椿が壁を貫通して外まで転がっていく。
「め、面目ねェ……だが必ず取り戻す。
それでだ。本当は俺1人でやらなきゃあ名誉挽回もねェもんだが、あれは戦争を起こしかねない危険物。取り戻すにしても急がなきゃならねェ。
一国を覆い尽くすというドラゴンの感知力を借りたい。ルナを貸しちゃくれねェか?」
◇
「……つーわけで、そいつを買い取りたいんだが」
宿屋の一室で、楸と椿が対峙していた。
椿の後ろに、マックスとその娘サニーが控えている。
ルナは街の外だ。榎に魔力を吸い取られて猫サイズになっていたルナは、榎の死とともに魔力が戻って、本来のクジラみたいなサイズに戻った。街には入れないサイズだ。しかし一国を覆い尽くす感知能力ゆえ、街の外からでもこの会話は聞こえているだろう。
「なるほどねェ。
状況は分かった。返すことは、やぶさかでもない。
ただ、あんたも分かってる通り、盗品とは知らずに手に入れた以上、これは今、俺の所有物だ。
そして、おそらく俺とあんたと、その榎って人は、同じところから来たようだな。この世界ではあり得ない強さを持っちまってるのがその証拠。
ならば分かるだろうが、俺は今、転移してきたばかりで、この世界のお金がない。これを持っていた盗賊団を潰して手に入れた財宝も、たいした額じゃあなかったんでね」
しょせんは盗賊団。生きていくために犯罪者になった連中だ。
まともに生計を立てられない原因は、洪水で何もかも失ったとか領主に搾取されて貧困に喘いだ結果とか、そんな同情できる理由ばかりではない。
大半は、計画的に家計の管理ができないアホだからだ。あるだけ全部使ってしまえ、という生活費まで溶かすパチンカスのような思考回路だからである。計算能力が低いのは教育が普及していないからで領主や国王のせいだという考え方もできるだろうが、大半の国民はまともに生活しているのだから計算できなくても体験的に「このぐらい残金があれば次の給料日まで大丈夫」というのは分かっているのだ。
ゆえに当然の結果として、盗賊団が蓄財などするはずもない。あるのは「前回の収穫からまだ使い切っていない残り」だけだ。彼らは蓄えがすっかり無くなってから、ようやく動き出す。
「できるだけ高く売りたいってことだな。
なら、そっちの希望額は?」
「一生遊んで暮らせる金額……て所だな。
あんたの話が本当なら、こいつは核兵器並の価値がある。
よくあるだろう? アクション映画で悪役が核兵器ぬすんで、どっかに売ろうとする話。数百億なんて金額をもらっても使い切れないから、俺はせいぜい一生遊んで暮らせる金額で十分だ」
「こいつ……! 足元みやがって!」
「待てマックス! こいつの言ってることは正しい。
しかも希望額はかなり控えめに言ってくれてる」
「椿……! でもどうやって支払うってんだ!?」
「そいつは俺には関係ないことだね」
「こいつッ……!」
「待てマックス! やめろ!
こいつはビジネスマンだ。しかも理性的で、倫理観もそれなりに高い。
俺達の話を断ってどこかの国に売りつければ、金額としちゃあもっと高く取れるんだ。それをしないでくれてる。こいつは自分の利益を確保しながら、精一杯こっちに譲歩してくれてんだよ」
「ぐぬぬ……!」
「ん~……サニー難しい話わかんない。
おじちゃんは働くの嫌なの? ずっと遊んで暮らしたいの?」
サニーは10歳くらいの少女の姿をしている。
だが竜人と人間のハーフなので、実際の年齢は300歳を超える。
榎が死んで300年、マックスがシングルマザーになって育てているため、サニーの感覚は竜人のそれに近い。
「ほう? サニーちゃんは違うのかね?」
「サニー早く大人になって働きたい! パパみたいにママといっしょに冒険したいの!」
「……いいね。子供が『早く働きたい』と言える世界か。
日本がそんな国だったら、どれだけ幸せだろうね」
早く働かなくては(働いて家計を支えなくては)と思わされる貧困層も多い日本。
実に9人に1人の子供が貧困層だという事実。
サニーのように「喜んで働きたい」とはかけ離れた故郷に思いを致し――
「わかった。こいつはサニーちゃんにあげよう。
パパが昔冒険して手に入れたものらしいよ?」
「本当!? やったー! おじちゃん、ありがとう!」
「今度はなくすんじゃないぜ、椿さんよ。
マックスさん。あんたも奪われて嫌なら、自分でも目を光らせてな」
「あ、ああ……」
「……分かった」
◇
翌日。
「楸さん! 手伝ってくれ! 例のアイテムが盗まれた!」
「……お前まさか頭にスライムでも詰まってるんじゃないかね?」
楸は呆れて、言葉を絞り出すのに苦労するのだった。




