第16話 復活
「よろしい。もうお前に用はない」
すべての実験が終わり、俺はリリーを燃やした。
炎に包まれたリリーが灰を生じて、今回の実験は完了した。
「ゲヒヒヒヒ……! 充実した時間だったね。実に素晴らしい実験結果だ。俺の魔法は1段階『進化』したと言ってもいい」
微視的探知の成功。
フングス菌に対する完全なる個別探知で、狙いを付けることに成功した。
そして微視的探知の開発による「微視的制御」という領域への到達。
もちろん攻撃魔法への応用も可能だ。
火炎魔法を菌レベルに小さくして、すべてのフングス菌を一斉に焼き払う。
体液を水魔法で操り、焼却したフングス菌の「灰」を老廃物として排出させる。
そして菌糸に穿たれてボロボロになった肉体へ、回復魔法をちょいと加えれば。
「うっ……」
リリーを蝕む要素は取り除かれて、回復したリリーが目を覚ます。
カルダシェフ・スケールは「いかに大きなエネルギーを扱えるか」で文明水準を測る。だがジョン・D・バロウは、逆に「いかに小さなものを扱えるか」で技術レベルを測る尺度を提唱した。
それでいくと、肉眼では見えないレベルへの第1歩を踏み出した俺は、この世界で今、誰よりも優れた魔術師といえるだろう。
なお、この尺度における最高峰は、時間や空間の基本構造そのものを操って、新たな時空間を作り出すようなレベルを指す。菌だの原子だのは、まだまだ大きすぎて話にならない。依然として俺は未熟者のハナクソだ。
「やあ、おはようリリー。気分はどうかね?」
「…………」
「おいリリー? どうして泣くんだね? しかも真顔って。どういう感情かね?」
「わかんないわよ。
ものすごく、あんたをぶん殴りたいわ。
でも、同じぐらい感謝してる。
どうしたらいいの?」
「ふむ……? よく分からんが、2つのことをやりたいのだから、2つのことをやればいいんじゃないかね? とりあえず、すぐ終わるほうから手を付けるのが、おすすめだよ」
「よし、わかったわ」
「あっ! ちょ! 待った! やっぱ無し! 殴るのは無しで!」
「おりゃあっ!」
「ぎゃーっ! フルスイングじゃないかね!? さすがに痛いよ、最近の君の全力攻撃は!」
「ありがとう」
「全力でぶん殴った直後に抱きつくとか、どういう情緒だね……?
そんなに脳を酷使すると、精神がどうにかなってしまうよ?」
トップギアでぶん回したエンジンを、急にバックギアに入れるようなものだ。
エンストで済めばいいが、たいがい故障するだろうね。
「うるさいわね。あんたがやれって言ったんじゃないの」
「素直かね!?」
「アタシって女として魅力ない?」
「急に何の話かね? そんな質問を俺に向けてくる時点で、精神がイカレた証拠だよ。休みたまえ」
「あんたって、誰かを好きになったことは?」
「他人の人生に興味をもった事はないよ。
他人の人生に干渉すれば、自分を守れなくなるからね」
能力や経験や知識には、興味がある。
それらは利用可能なツールであり、自分を成長させるための栄養剤になる。
だが人生に興味を持ち、運命共同体になろうなどと望んだことはない。
そもそも研究者のような人間は、ひとりの時間を大切にするものだ。他人と関わると、どうしても「こうしなくてはいけない」という場面が出てくる。選択肢が限られ、自由が失われる。
特にストレスなのは、思考の速度を落として「話を合わせてあげる」必要が出てくることだ。ある程度のことは当たり前の基礎知識として思考を深めていきたいのに、その前提知識を噛み砕いて丁寧に説明してやらねばならないストレスといったら、あれはもう悪質なクレーマーの相手をしているような気分になる。
それは発想の豊かさを阻害し、知的探求の妨げになる。どうしても、ひとりで思考を深めたい欲求が強くなるものだ。
要するに――
「頭のいい人ほど、ひとりの時間を大切にする。
聞いたこと無いかね?」
多くの研究結果が出ているのだ。ネットの記事だとかで、目にしたことがある人もいるだろう。勉強したり、発想を広げたり、情報を整理したり……そうした知的な「豊かさ」を拡大するためには、落ち着いて取り組めるひとりの時間が必要だ。
……というのは、別にIQが高い人だけのことを言っている理屈ではない。
広く一般に通用する理屈だ。
つまり、アニメが好きだとか、野球が好きだとか、車やバイクが好きだとか、「これに関しては詳しい」という分野がある人にとって、ひとりでじっくり取り組む時間はなんとしても欲しいものだ。もちろん、たまには同好の士とわいわいやるのも楽しいがね。
「頭のよさ」と「オタク的な探究心」は、構造的には同じものだ。対象が「宇宙の真理」か「アニメの伏線」か「バイクのカスタム」かの違いだけであり、「膨大な情報を自分なりに整理し、新しい発見(アハ体験)を得るために孤独を必要とする」という点では、全く同じメカニズムである。
「とりあえず、もう1発ぶん殴るわ」
「なんでそうなるのかね!?」




