第15話 リリーの受難
不思議な感覚だった。
意識はハッキリしているのに、体がまったく動かない。
脳とそれ以外の部分との連結が切れてしまったかのようだ。
それでも心臓は動くし、呼吸はできる。
目も見えるし、耳も聞こえる。
「む? 何の冗談かね?」
地面に倒れたリリーは、頭を打った。
痛い! と思ったが、ヒサギの反応は間抜けなものだった。
「すまないが、そのジョークは分からないから、やめたまえ」
この節穴め! お前の目玉は飾りか!
それでも、あのヒサギが「すまないが」なんて言うのは初めて聞いた。
……もしかして、これで「謝っているつもり」なのか?
あ……あり得そうだ……常識的に考えてあり得ないのが、逆にヒサギっぽい。
「リリー。おい、リリー……おや?」
ようやくヒサギが異変に気づいた。
いったいリリーの身に何が起きているのか。
「……胞子による寄生かね」
ヒサギが焼き払ったから安全だと思ったのに。
炎の範囲外に飛散していた胞子があったのか? それとも焼け残った胞子があったのか? いずれにせよ、状況は絶望的だ。
ヒサギなら「よろしい。もうお前に用はない」と容赦なく捨てていきそうな気がする。そうでなくても、たとえ地上へ運び出されたところで、いったい誰がこの状態を治療できるというのか。
胞子の寄生は、状態異常とは異なる。毒などと違って「薄めれば無毒化できる」とか「自然に排出されるのを待てばいい」とかいうものではない。むしろ時間とともに増えるので、状況は悪化する一方だ。
ならば、どうするか?
現実的なところでは、せいぜい「宿主もろとも焼き殺す」というのが関の山だろう。
いやだ……死にたくない……!
「ふむ……回復系の魔法研究はまだこれからなんだよ。
まあ、いくつか方法は思いつくが……しかし自ら実験台に志願してくれるとは、君もずいぶん協力的になったものだね」
冗談じゃない!
いや、むしろ、それが唯一の希望か。
なんという皮肉。
ヒサギの実験台に志願する。絶対にやりたくない事のナンバーワンが、今となっては助かるための唯一の希望。志願するしかない。
「防御魔法を罠化して設置。常時発動型に改造しておこう。
それから迎撃用に、攻撃魔法も罠化して設置しておこうかね」
なんか悪い顔して笑っている。
ヒサギにとって今の状況は、大きな利益があるという事なのだろう。
いや、先に心配しろよ! 少しでいいから!
治ったら1発ぶん殴ろう。お礼を言うのは、その後でいい。
「外科手術でもないし、場所の確保はこのぐらいでいいだろう。
さて、それでは魔法による微視的探知の実験から始めよう」
始まった。
本格的に実験台あつかいだ。
もはやヒサギが何言ってるのか理解できない。
「あーして、こーして、そーして、どーして……うーん……意外と難しいね」
おいおい、頑張れよ!? 諦めるな! あと少しだってば! しらんけど!
……はっ!? ま、マズイ……! す、すごく……トイレ行きたい……!
うぐぐぐぐ……! が、我慢……ダメ……体が動かせない……!
「やれやれ、こんな所で何日も足止めとは……おいおい……まあ、そりゃ何日もたてば、意識がなくたって出るものは出るがね」
ぎゃああああああああ!
殺せ! 殺してくれ! なんでアタシがこんな事にィィィ!
畜生めぇぇぇ! フングスなんか大ッ嫌いだ! バーカ!
きのこダンジョンとキメラダンジョンには、二度と来るもんか!
「まあいい。医療とくれば看護はつきもの。看護とくれば介護もつきものだ。今回が複合的な実験になるのは、最初から分かっていた事だよ」
えっ? ちょ……いぎゃあああああ!? し、下の世話されてるぅぅぅ!?
やーめーてー! アタシの尊厳! 人としてのプライドがあああ!
ううっ……! も、もうお嫁に行けない……!
こうなったら、ヒサギに責任とらせて……うん?
…………………………。
……………………。
………………。
…………。
……。
え? てゆーか、こいつは、どーしてこんな献身的にアタシの世話を?
下の世話ったって、別に焦げた鍋を洗うような乱暴な手つきじゃあない。
まるで高級なガラス食器でも扱うような手つきだ。
いやらしい感じもしない。赤ん坊の世話をする親のような慈しみさえ感じる。
――奇妙だ。
実験器具を扱うような事務的な感じでもない。
人型の物体を扱っている、という感じがしない。
きちんと「人間」を扱っている感じだ。まあアタシはエルフだけど。
『ふむ……回復系の魔法研究はまだこれからなんだよ』
『うーん……意外と難しいね』
『やれやれ、こんな所で何日も足止めとは……』
あのヒサギが? 余計な時間は取れないと言い張って、受付嬢が呼び止めるのも聞かずにギルドを出ていく奴が? 絡んできた冒険者を無視するこいつが?
……もしかして、なんとか助けようと奮闘している? アタシのために――?




