第12話 魚ダンジョン
フロミズニーシー伯爵領にやってきた。
名前の由来が面白い。
フランス語で「~の」「出身」という単語に「ドゥ」というのがあって、よくフランス料理の店などで「メゾン・ドゥ・ジャルダン(庭の館)」なんて名前がある。フランスに「イズニー」という地名があって「ドゥ・イズニー」で「イズニー出身」という意味だが、これが英語に変じて「ディズニー」になったのが、かの有名なウォルト・ディズニーの名前の由来だ。
英語では「~の出身」は「フロム」が使われる。そして特にアメリカ英語で、前の単語の末尾の1文字が、次の単語の最初の1文字と合体して発音される。リエゾンというやつだ。イギリス英語だともっと1単語ずつ切り離して発音するが。つまり「フロム」の末尾の「m」と、「イズニー」の最初の「i」が繋がって「ミ」の発音になるわけだ。
もはや伯爵家の祖先がネズミ遊園地大好きな転移者であることは疑いようもない。
「やたら船の装飾が……なんというか……過剰で、奇妙ね」
「面白いからいいじゃないかね。乗るわけでもないし。
こういう世界に遊びに来たのだと割り切って楽しまないと損……おっと? あの船には実際に乗れるようだよ?」
それっぽい物がそれっぽく展示されている。ただ「元ネタ」が通じない異世界だから伯爵家も工夫したらしく、こっちの世界で有名な英雄やその従魔などをモチーフにしているようだ。
実用のために用意したものでないのは、リリーの反応からも明らかだ。着ぐるみのスタッフが愛嬌たっぷりの動きで無言のまま周囲に愛想を振りまいているのは、もはや見慣れた光景といっていいだろう。
「遊覧船……海が珍しい人には楽しいのかしらね?」
「君は海が珍しくないのかね?」
「海は初めてだけど、故郷には向こう岸が見えない大きな川があったからね。
似たようなものよ」
「ふむ? では、違うところを教えてあげようか」
とはいえ、このあたりの海では生活排水が多すぎるだろうね。
ここはひとつ、本来の目的も兼ねてダンジョンへ行こう。
◇
魚ダンジョン。
中に入ると、地下空間なのに海が広がっていた、空もあり、太陽も輝いていた。
鳥ダンジョンとよく似た光景だ。
ただし鳥ダンジョンには居なかった水棲の魔物ばかりが出てくる。
「これは魚じゃないと思うんだけど……」
「海藻だね。
だが好都合だ。アレが作れる」
水棲なら植物系モンスターも出てくるようだ。
まあ、倒してしまえば関係ない。すべて素材だ。
「これも魚じゃないと思うんだけど……」
「カニだね。茹でるだけで美味しいよ。少し取っていこう」
400年前の英雄、榎も好んで食べたらしい。
日本酒がほしくなるね。
「それは何やってるの? 魚とってるんじゃないと思うけど……」
「海水を取っているんだよ。
そろそろ調理を始めようか」
海水を煮詰める。
それを濾過する。
そして煮詰める。
また濾過する。
煮詰めることで、海水に溶けていた物質が固形になって出てくる。析出というやつだね。有名なのは塩。だが最初に出てくるのは石膏だ。なので濾過して取り除く。そして次に出てくる塩も濾過すると、残ったのが「にがり」だ。
魚ダンジョン深層。人が来ない謎空間の海。ここには生活排水に汚染されていない「きれいな海水」がある。にがりの純度を高めるには重要な素材だ。
しかし煮詰めて濾過だけの工程では低純度。だが、これ以上の高純度にするには適切で厳格な管理が必要になる。ここでは管理に必要なセンサーの類がないので、これ以上は不可能だ。水魔法を微視的な領域に強化していけば、不純物の検知とかもできるようになるのだろうか? 今後の課題だね。
豆ダンジョンで取ってきた大豆を水に浸し、磨り潰して、煮る。それを布で濾して出てきた汁に、にがりを入れて。
「待ち時間は魔法で短縮っと。さあ、豆腐の完成だ」
さっきの海藻を煮て出汁を取って……ついでにカニも入れてしまおう。
いったん沸騰させて出汁を取ったあと、風味が飛ばないように少し冷ましてから味噌を入れる。
「お、おい……それは豆ダンジョンの……」
「そうだよ」
「魔物の糞じゃないか!」
「排泄物ではないよ。これは発酵食品だ。
まあ、あの『出し方』を見せられては……誤解するのも無理はないがね」
下のほうからブリブリっと出して、葉っぱを腕のように使って投げつけてきたからね。
あの時のリリーは阿鼻叫喚だった。魔法で温水を出してシャワーを浴びせてやったら、泣いて感謝されたよ。
「ここへ豆腐を切って加えれば、わかめと豆腐の味噌汁の完成だ。カニ汁と呼ぶべきかな? 味噌汁にしては豪華版だね。
さあ、召し上がれ」
魚ダンジョンだし、魚でアラ汁とか作るのも美味しそうだ。今度やってみよう。
「嫌だ! 絶対にノー! 断固として断る!」
「うまいんだがね。どれ……ん~、懐かしい匂いだ。……ずずっ……うまい。味噌の風味にカニの味わい……たまらないね」
「あ、あんたにそんな趣味があったなんて……サイテーよ……サイテーだわ……」
「人の故郷の味を……まったく、ひどい言われようだね」
「こ、故郷の味……?」
「一般的な国民食だったよ。カニは別だが」
「ま、魔物の糞を食べる国……?
アタシ、あんたの国にだけは、絶対に行かない!」
「誤解だと言うのに、まったく……」
納豆を見て「腐っている」と言い張る外国人も、こんな感じなのかね?
事実なるものは存在しない。あるのは解釈だけだ。
今だけはニーチェの言葉が恨めしいよ。




