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第1話 クリア報酬の行方

 青い空、白い雲、見渡す限りの大草原。

 まるで北海道かヨーロッパのような光景だ。


「どこだ……ここ……?」


 男は戸惑っていた。



 ◇



 椿が牛丼屋を開き、榎がダンジョンのクリア報酬を完成させてから数十年後。

 若い頃の榎はずっと自分が人間なのか疑っていたが、この頃になると疑う余地もなくなっていた。


「いらっしゃいませー」


「おはよう、椿。

 いつもの頼むわ。

 ……よっこらせ、っと」


 毎朝「牛丼屋アドン」を訪れる榎。

 杖をついて歩き、客席にやっとこさよじ登る姿には、かつての力強さはなくなっていた。髪は白くなり、顔にはシワが刻まれ、すっかり老人の風体だ。 


「おはよう、榎。

 マックスたちは一緒じゃないのか?」


 かつて冒険者ギルドからの要求――ダンジョンをクリアしてくれ――を避けるためアドンと偽名を名乗ることにした椿は、そのときの支部長たちが寿命で死んで実力を知る者が居なくなると、再び椿の名を隠さなくなった。

 もっとも、榎たちがダンジョンをクリアしてからは、冒険者ギルドからの接触もすっかり無くなっていたが。


「今日は独りで来たのよ。

 椿……おめェに頼みがあるんでな」


 角が立たないからとオネエ言葉を選んでいた榎が、このときオネエの仮面を脱いだことに、長い付き合いのある椿はすぐさま気づいた。

 そして脱いだ仮面の代わりに、1つのアイテムをテーブルに置いた。

 三色パンや岐阜県みたいな形をしたアイテムだ。3つの雫型のアイテムが合体したもので、その正体は――


「こいつは……」


 鑑定スキルを使うまでもなく、椿はそのアイテムの正体を悟った。

 かつて自分が「戦争を起こす危険物」として、手に入れた直後に破壊した物――ダンジョンのクリア報酬。その完成品だった。


「コイツを預かってくれ。

 どこの国も預けちゃおけねェ。任せられるのは、おめェだけだ」


「マックスやルナじゃあダメなのか?」


 榎の妻マックスは、椿と同じ竜人族。しかも罠師の椿と違って、竜人族の強みであるフィジカルの強さを伸ばしまくったパワーファイターだ。その剛力はドラゴンをパンチ1発で打ち砕く。バラバラにしてしまうから売れる部分が残らないと嘆く貧乏竜人だったのを、榎が回復魔法で死体をきれいな状態に戻すことで儲けられるようになった。


「ダメだな。まずルナはただのドラゴンだ。話にならねェ」


 実際ルナとの出会いは、榎がルナの巣に押し入って引きずり出そうとしたことだった。巣の中で攻撃すると余波で崩落に巻き込まれるので、外まで引きずり出してからと考えたのである。

 榎は防御魔法でルナの攻撃を無効化する鉄壁の要塞と化し、ルナの抵抗をものともせずに掴んで引きずり始めた。ルナはそこで死を悟り、命乞いを始めて従魔になったという経緯がある。

 つまりマックスにも勝てない強さなのだ。おおかたの人類にとって「地上最強の生物」という大看板を掲げるに足る存在だが、榎にとって「こいつに頼れば安全」と考えるには、あまりにも物足りなかった。


「そしてマックスも……今の年老いた俺にすら勝てねェ」


 榎は神官。防御と回復こそ得意とするところだ。攻撃はメイスを使った単純な殴打しかできない。

 対するマックスは、パワーファイターでありながら榎と腕力で拮抗する。つまり榎が魔法まで使って本気で防御を固めた場合には、ルナ同様、手も足も出ないのだ。

 榎が年老いたなら、マックスも……と考えるのは間違いで、マックスや椿は竜人である。竜人は人間よりも寿命が長く、すっかり老人になった榎の前で、今なお若々しい姿を保っている。


「こう衰えてみると、罠師ってのは強ェな……戦闘能力を肉体に頼らねェ。

 ……ふふっ、歳を食うと弱気になっちゃってダメねぇ」


 再びオネエの仮面をかぶり、しょぼくれた年寄りの顔を隠して、榎は笑う。


「何百年後か、何千年後か、あんたもアタシと同じ悩みを持つときが来るわ。そうなったとき『誰に託すのか』って選択肢の他に『誰にも解けない罠で封じる』って選択肢があるのは強いじゃない?」


「誰にも解けねェ罠でいいなら、ぶっ壊しちまえばいいじゃあねェか」


「任せるわ。

 託せると思える相手にだけ解けるように組むも良し、思い切って壊すも良し……。

 アタシたちがクリアしちゃったせいで、世界は『ダンジョンはクリアできるもの』と認識したわ。誰か1人が成功すれば、不思議とあとに続く人が出てくるものよ。スポーツの世界新記録みたいにね。

 クリア報酬が伝説と違って『使い方が分からない謎のアイテム』ってことにしておいたけど、もうそろそろ当時の冒険者もほとんど寿命で死んだはず。若い世代の中には、使い方さえ分かれば昔の伝説は正しいはず、なんて考える連中が出てくるんじゃあないかしら。

 悪いけど、そっちの方もよろしくね。アタシは……俺は……もう昔のようには動けねェ」


 牛丼ひとつ食べて帰り。

 榎は二度と、店には来なかった。



 ◇



「ほーう……こういう事もできるのか。ゲームとの違いは、実に興味深いな。

 この楸のスキル……まだまだ研究の余地があるねェ」


「ひいいいっ!? た、た、助けて! 助けてくれ! 俺達が悪かった! あんたには二度と手を出さねェ!」


 手足だけ石化した男が、恐怖に歪んだ顔で泣き叫んでいた。

 それを「やった」男は、冷徹に実験体を観察する。


「不思議なことを言うやつだな? お前たちは盗賊団だろう? 俺が『やめとけ』と言ったのにやめずに襲ってきたじゃあないか。今まで他の獲物にも同じことをしてきたんだろう? どうして自分だけが『やめてもらえる』と思うんだ?」


「ひいっ……! ひいいいいっ!」


「お前もしかしてまだ自分が死なないとでも思ってるんじゃないかね?

 さあ、集めた財宝もあの世までは持っていけないんだ。さっさとアジトの場所を吐いてもらおうか」


「ひっ……! ひっ……!」


 恐怖心が極限まで高まったとき、ひとつの魔法が抵抗を突破した。

 盗賊の脳裏に浮かんだ映像が、襲われた男に伝播する。

 相手が行動を起こすより早く、その意志に反応して自動的に回避する――そんな説明文の魔法スキルを応用した、一種の読心術だ。


「よろしい。もうお前に用はない」


 話せば殺される。

 だが話さなくても殺される。

 できるだけ長く生きたいと願い、抵抗の沈黙を続けようとした矢先――盗賊の全身は石像と化した。

 そして男は盗賊団のアジトを強襲する。


「……おや? 何だ、これ?」


 そこに、三色パンや岐阜県みたいな形をした奇妙なアイテムがあった。

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