幻惑の渇望ー忘れ花の渇望ー
幼い頃から、私の世界は色彩で満ちていた。
でも、色のない現実は、私の手を、心を、少しずつ奪っていった。
幼い頃から、誰も見たことがないような絵を描きたかった。
誰もが羨む絵を描きたかった。
それが描けるなら、どんな絵でも構わなかった。
ただ、それだけだったはずなのに。
どうして、何も描けないんだろう。
どうして、私は居なくなっちゃったんだろう?
天才なんて言葉が欲しくて書いてるんじゃないのに。
絵を、世界を、私を見て欲しいだけなのに。
段々と絵が描けなくなってからみんな、離れていった。
母は、今まで以上に私を見なくなった。
父は、「これ以上お前にかける金は無い」と言った。
弟は、口を利いてくれなくなった。
先生は、呆れ果てていた。
唯一見てくれるのは、ガラスだけだった。
キラキラと反射して、私を映し出してくれた。
その目には何も映っていなかった。
最初から誰も私を見てくれていなかったのにね。
どんな画材を使っても。
どんなモデルを選んでも。
ただの模写にしかならなかった。
何度コンクールに出しても、誰の目にも止まらなかった。
賞が取れない絵に意味は無い。
誰もが見とれる絵じゃないと意味が無い。
私には絵しかないんだから……。
行き場のない思いが、二酸化炭素を吸い続ける。
初めて金賞を取ったときの賞状が、
ギラギラと音を立てて、私の目を、耳を、手を焼き尽くす。
その瞬間、
もう私には描けないんだ、
そう理解した。
誰にも見てもらえない絵に、価値なんてない。
星が瞬く夜空も、
春風に揺れる桜も、
冬の寒さを温める灯火も。
初めて描いたミヤコワスレも。
全部、全部、塗りつぶしてしまおう。
価値がないものは、もういらない
雲ひとつ無い青空に、シャラシャラと雪が舞う日曜日。
雪遊びをする子供の声がやかましい。
私の作品の邪魔。
消えて。
赤黒い絵の具で塗りつぶされたキャンバスで足の踏み場をなくした部屋に
一輪の赤い花が咲いた。
乾いた絵の具が、真っ白な私にこびり付いている。
ここは、私だけのアトリエ。
この部屋は、私だけのキャンバス。
私という最高傑作を前に、
人々の息を呑む音が、歓声が、喝采が、賞賛が静かな部屋に響きわたる。
──私の願いは、やっと叶った。
やっと自由になれた。
忘れ花は鮮やかな記憶の中で、永遠に描き続ける。
読んでくれてありがとうございました!
少し暗めな話ですが、ここに残る色たちが、少しでもあなたの心に漂いますように。




