表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヴァルグ  作者: 灯向
2/2

1日目_

白波澪は、古いものが好きだ。

色あせた看板やポスター。角が丸くなった木の棚。背表紙の焼けた文庫本。少しだけ歪んだガラス戸。

古本屋や純喫茶は特に好きだ。

だからやたら詳しい。

ページをめくる乾いた音とか、古い紙とインクが混ざった匂い。コーヒーミルの低い回転音が、店の奥からかすかに響く感じとか。

理由はうまく言えない。

たぶん、時間が積もっている感じが好きなのだ。

なんだか、そういうのが安心する。

一回目はいつもの帰り道。

通り過ぎるだけの分かれ道の奥に、橙色の灯りが見えた。

「あ」

低い建物。深い藍色の屋根。小さなショーウィンドウ。赤いレトロ文字の看板。

本屋だ。

こんなところに?

澪は立ち止まった。

なぜか胸の奥が、すっと軽くなる。

ガラス越しに、本棚が見えた。

オレンジ色のランプが、背表紙を柔らかく照らしている。

紙の匂いが、風に混ざった気がした。

ああいう場所に行きたいと思う。

1、2年はもう行けていない。

静かな店で、誰にも邪魔されずに、ただ本を開いて、その世界に入り浸り、時間を溶かす。

想像するだけでも楽しい。

今度、絶対行こう。

今日は疲れてるし。また今度。

澪は通り過ぎた。

その夜、ベッドの上でスマホを開く。

地図アプリに、場所を打ち込む。

何も出ない。

店名も、ピンも、口コミもない。白い空白。

「え?」

拡大する。縮小する。ストリートビュー。

その場所には、ただのコインパーキングしか映っていない。

見間違い?

でも、たしかにはっきり覚えている。

次の日、確認しに行った。

何もなかった。本当に、駐車場。

澪はしばらく立ち尽くす。

まあ……見間違えか。

最近ちょっと、疲れてるし。

そして今日が二回目。

またあった。

今度は遠くからでもわかった。

橙色の灯りが、夜の空間ににじんでいる。

前見かけたときと同じ日付。同じ帰り道。

分かれ道の奥に、本棚の影が揺れる。

今度は、前よりはっきり見えているような気がする。何だか逃げ道みたいに。

澪は立ち止まる。スマホを開く。

やっぱり、何もない。白い空白。

本屋は、地図に存在しない。でも、目の前にある。

扉の上の小さなベルが、かすかに揺れる。

風は、ないのに。

紙の匂い。インク。古い木。

そして、なんだか胸の奥が、ざわつくような匂い。

(……同じだ)

3ヶ月の、あの夜。湿った空気。スマホの画面の光。鳴り続けた、着信音。

そして、この日付。

偶然。きっと、偶然。

澪は首を振る。

考えすぎ。

でも、足は止まらない。

レトロな本屋。地図に載らない。怪しい。

それでも、時間が積もった場所は嘘をつかない気がしてしまう。

古いものは、ちゃんとそこにある気がしてしまう。

根拠はない。

ただ、そう思いたいだけかもしれない。

「……一回だけ」

誰に言うでもなく、呟く。

分かれ道を曲がる。

砂利を踏む音が、やけに大きく響く。

ガラス戸に手をかける。冷たい。

その瞬間、店内の灯りが、ふっと揺れた気がした。

背後の通りが、妙に静かになる。

澪は、そっと扉を引いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ