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30日前_
夜の店で、とある男が本を読んでいた。
ランプの光は弱く、ページの半分ほどしか照らしていない。
ページをめくる音が、静かに響く。
ふと、男の指が止まった。
最後のページの中央の、短い一文。
『電話の着信音が鳴った』 男は指先で、その文字をなぞる。
ほんの一瞬だけ、目を細める。
やがて本を閉じようとする。
しかし、その拍子に新しいページが一枚、するりと現れた。
さっきまで無かった行が、そこにある。
男はそれを見て、少し笑う。
「……さて」
◇◇◇
一ヶ月前の着信履歴が、消せない。
親指が、画面の上で止まる。
削除のボタンはすぐそこにあるのに、触れた瞬間に何かが崩れそうで、押せない。
午後十時二十分。二十五分。二十七分。
チャットの一番下に残る最後の吹き出し。
消したら楽になる。たぶん。
それでも、消したら、あの夜の自分ごと薄くなる気がして。私はまだ、そのままにしている。




