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ヴァルグ  作者: 灯向
1/2

30日前_

夜の店で、とある男が本を読んでいた。

ランプの光は弱く、ページの半分ほどしか照らしていない。

ページをめくる音が、静かに響く。

ふと、男の指が止まった。

最後のページの中央の、短い一文。

『電話の着信音が鳴った』 男は指先で、その文字をなぞる。

ほんの一瞬だけ、目を細める。

やがて本を閉じようとする。

しかし、その拍子に新しいページが一枚、するりと現れた。

さっきまで無かった行が、そこにある。

男はそれを見て、少し笑う。

「……さて」


◇◇◇


一ヶ月前の着信履歴が、消せない。

親指が、画面の上で止まる。

削除のボタンはすぐそこにあるのに、触れた瞬間に何かが崩れそうで、押せない。

午後十時二十分。二十五分。二十七分。

チャットの一番下に残る最後の吹き出し。

消したら楽になる。たぶん。

それでも、消したら、あの夜の自分ごと薄くなる気がして。私はまだ、そのままにしている。

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