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空と海の狭間で

 西暦2225年

 エネルギー資源の枯渇が引き起こした紛争は、深刻な食糧危機と物価高を伴い、瞬く間に世界を崩壊させた。

 憎しみの連鎖は地球環境を回復不能なレベルにまで追い込み、南極の永久凍土が氷解した事で決定的となってしまう。


 地球規模の海面上昇によって、日本を始めとした多くの地域が国土を失い、人類は背負いきれないほどの負債にあえぐ。

 日本政府は国民の大半を他国へと移住させる一方で、国力の全てを投入して233隻の艦艇を造り上げ、最後まで移住を拒む者達を乗せて流浪する道を選んだ。


 沈みゆく故国を見送って80年。

 233の艦艇は、今や1隻を残すのみとなっていた。



 §§



 見渡す限りの水平線と対をなすように、漆黒の積乱雲が広がっている。

 1,000シーベルトに及ぶ放射能が空を覆い、地表には死の灰が降り注ぐ。

 遺伝子組み換え技術によってクマムシの放射線耐性を得ていなければ、俺達はとっくの昔に滅んでいただろう。

 度重なる遺伝子治療(ジーンセラピー)の結果、テロメアの変異によって寿命が極端に短くなった事は、ある意味、生き地獄からの救済と考えている。


 16年間、反吐(へど)と悪態をつきながら毎日見上げてきたが、話に聞いた青い空など一度も出会ったことがない。

 堆く高くそびえるトタンと朽木の仮小屋(バラック)は、さながら絶妙なバランスで積み上げたジェンガのようであり、素人が設計した艦橋のように思えた。


 5万6千に及ぶ住民――もとい、兵員を乗せた超巨大艦艇 扶桑(ふそう)


 本来は第三号型輸送艦という名を与えられているのだが、特徴的なシルエットを指して、誰もがそう呼んでいた。

 いつ崩壊しても不思議ではない建築群の隙間から、ドス黒い空が俺達を覗いている。



 いつもと変わらない景色。



 誰もが疲れ果て、鋼鉄の甲板に座り込む。

 祈りにも似た沈黙の最中(さなか)、錆びついた伝声管(でんせいかん)を通じて、けたたましいサイレンが鳴り響く。


「所属不明の船舶が多数接近! 死番の海兵隊員は即時迎撃せよ! 繰り返す、死番の海兵隊員は即時迎撃せよ!」


 いつもと変わらない命令。

 性懲りも無く襲ってくる連中と、それを迎え撃つ俺達。



「おいミツルギ、今日はアレやらないのか?」


「……ああ、気分じゃない」



 隣のデイビスは鼻を鳴らして肩をすくめ、アテが外れたと嘆く。

 大方(おおかた)、ロンファと賭けでもしていたのだろう。

 格納庫に鎮座する近代甲冑 “ 環境即応型汎用兵装ユニバーサル・アーマメント ” 、通称UAのハッチを開くと、レーダーが北西3海里に高速で接近する物体を捉えていた。



「……アマンダ、見えているか」


「誰にモノを言ってやがる。駆逐艦級2隻と13隻の高速艇がとっくにお越しだぜ」


「いいねぇ、こりゃ絶好のカモだな」


「……油断するな。いつも通りにやるぞ」



 大昔の潜水服を思わせる無骨な甲冑は、単独で水陸を駆ける “ 身に(まと)う戦車 ” だ。

 奪われる存在だった俺達を、奪う側へと逆転させた傑作兵器。

 エネルギー資源と弾薬が底をついた軍にとって、特殊合金のゼンマイ仕掛けを動力とする兵器は、まさにベストアンサーだったのだろう。


 カタパルトの推進力を利用して脚部のバネを巻き上げ、射出とエネルギー蓄積を同時に行う。

 移動も武装も全てがゼンマイ動力で稼働し、どのような敵・状況であろうとも対応可能である。

 射出から程なくして、15隻の敵艦が一斉に攻撃を開始した。

 大小の水柱が無数に立ち、行く手を阻む。



「……俺が前に出て撹乱する」


「OK~ボス。稼がせてもらうぜ」



 UAの速度を落として誘いをかけ、こちらに攻撃を集中させる。

 どうやら敵の練度はかなり低いらしい。

 陽動の間に、14歳になったばかりのユージが最初の接敵を果たす。



「よーこそ、よ~こそオンボロ艦へ。お前らはちゃ~んと皆殺しにしてやっから、安心して豚の餌になりなよ」



 高速艇の側面へ回り込み、回転式薙刀(なぎなた)を一閃させて次々と戦果をあげていく。

 唸る回転刃が船ごと敵兵を薙ぎ払い、蒼い海を朱に染める。



「どうせなら、もっと丁寧に殺してやれ」



 続いて接敵したアモンは腕部搭載のボウガンで、正確に船の動力部を撃ち抜く。

 大事な資源が海に落下するのを防ぎ、戦闘後に回収する事を念頭に置いて制圧していく。

 陸地という拠点を持たない扶桑にとって、使える物はとことんまで使い尽くさなければ、生き残る道はないのだ。



「……雑魚に構うな。砲を撃たれる前に駆逐艦を潰せ」



 周囲に展開する高速艇を踏みつけ、敵母艦へ向かって跳躍する。

 着艦と同時に鉛弾の歓迎を受けるが、脇目も振らず艦橋を目指す。

 艦の中央では、少年兵で構成された部隊が雑多な武器を手に、決死の防衛線を敷いていた



「う、うわああああ!!」


「……邪魔だ」



 最高時速200kmで突進する鋼鉄の塊を止める(すべ)など存在しない。

 彼らはUAと衝突した直後、文字通り五体を四散させて消滅した。

 土嚢(どのう)とコンクリートで作られた防衛線を一撃で粉砕し、艦橋に飛びつく。



「……指揮官と思われる将校を発見。処理を実行する」



 驚愕の表情を浮かべる人物に直径200mmのパイルバンカーを打ち込むと、上半身が呆気(あっけ)なく吹き飛んだ。

 上官の壮絶な戦死を目にした下士官は戦意を失い、殆ど抵抗せずに投降の意思を示した。


 そうだ、奪おうとすれば奪われる。

 人類の――いや、生物誕生の瞬間から背負わされた宿命。

 俺達は誰よりも、その宿命を全うしているだけに過ぎない。

 絶望に沈む敵兵を整列させていると、デイビスの無線連絡が入る。



「ハッハーッ! やっぱ単騎駆けしてんじゃねぇか。ロンファ、賭け金を忘れんなよ」


「チッ、お前の気分なんざアテになんねぇな」


「……やれやれ」



 もう1隻の駆逐艦は、アマンダ機を筆頭に多数が取りつき、艦首から順に制圧している。

 逃げ惑う兵士を追い詰めては轢き殺し、抵抗どころか逃亡すら許さない有様だ。

 あの様子では、敵兵は誰1人として助からないだろう。



「……結果として同じ事だがな」



 脅威の排除を確認した扶桑から無線連絡が入る。


「よくやった。捕虜はこちらで処理する」


「……了解した」



 もし、捕虜となった彼等が処理の内容を知っていたなら、死に物狂いで最後まで抵抗しただろう。

 床に転がった指揮官の虚ろな瞳に、亡国の未来が暗示されているように感じた。


 §§

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