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第4話『はみ出し警部と新米巡査部長』

 横須賀、海上自衛隊の施設において、イージス艦きりしまが停泊している。

 乗組員たちは甲板掃除をしながら噂話に夢中になっていた。

「なあ、聞いたか?」

「どうした?」

「あの堅物の副長が結婚するんだとよ」

 宮本芳孝。海上自衛隊三等海佐。イージス艦きりしま副長である。

「聞いた聞いた、けど相手は中国人って噂だぜ?」

「スパイじゃね? ハニートラップとか」

「ところでさっきからキャンピングカーが一台、港の駐車場に停まってないか?」

「怪しい」

「やめとけ」

「まじでやばいのか?」

「だからやめとけって、ありゃ別班のナンバーだ」

 実際、そのキャンピングカーには、警察庁公安特別捜査隊専従班の警部と、陸上自衛隊別班の二等陸佐が待ち構え、現地指揮本部を立ち上げていたからだ。

 警部の名を桜祐、二等陸佐の名を大河内和夫と言う。

「大河内さん、こんな堂々と停めててばれないでしょうか」

「中村たち「影の帝」の直属部隊は、天皇陛下直属の忍たる俺に手出しできないのさ」

 その時、耳元のイヤホンから千代田春警部が呼びかけた。

『秋葉原から横須賀へ。そろそろ協力者ふたりが来ます』

 歩いてきたのは、茶髪で20代の警察官と、ポマードで黒髪の40代の警察官だ。

 20代のほうは、警察手帳を示した。巡査部長、日向竜介とある。日向は22、3かそこらに思えた。

 ノンキャリアでその年で巡査部長にしては若すぎるし、キャリアであれば警部補から位を進めるはずだ。

「僕より若くて巡査部長なんだね、準キャリアかい?」

 桜祐はジャブのつもりでそう聞いたが、この質問は日向にとって「地雷」であったらしい。

「そこイジるのやめてくれます? キャリアになれなかったの気にしてるんすよ」

 大河内が叱りつける。

「おい! 口の利き方に気をつけろ、何様だ。こちらは桜警部だぞ」

「知っていますよ! 桜先輩に憧れてキャリアの公安指揮官を目指したんだから。けれど試験対策が間に合わなかった」

「やめておけ」

 日向を制したのは、ポマード黒髪の警部だった。警察手帳に示された名は山本剛志と言う。

「私は警視庁公安部外事二課の警部だ。中国スパイを担当している。昔は中村理事官の手の者だった」

「!!」

 桜祐が身構える。

『大丈夫、彼は中村の作業班を辞めようとしているから』

 千代田春はフォローしたが、日向が、作業班とは? と無知を晒す。

「公安警察の中でも超法規的活動を遂行するのが作業班だ。君ら特捜専隊も、それが「影の帝」の指揮系統にあると突き止めたようだな」

 春はパソコンのキーボードを叩く。

「(ただ気になるのは、山本警部は10年前、畠山総理が警察庁の警備局長時代、中国潜入任務で婚約者の菊池ゆかりさんと離ればなれになっている、まさか、警察組織に恨みを?)」

 イージス艦の灰色の船体は、何も答えない……


      *    *


 数週間前──

 取り調べ室において、中国の男が宮本芳孝三等海佐と向き合う。

「海上自衛隊三佐、宮本芳孝だな?」

「何者だ」

 ビタン! ビタン! ビタン! と男は写真を卓上に叩きつける。

 そこには、宮本が中国人女性と男女の仲になる様子が隠し撮りされていた。

「中国公安当局の者だ! お前は我が国の女性工作員と関係を持ち、機密情報を漏洩したな?」

「……関係ないそんなこと!」

「なに?」

「やっと見つけたんだ! 家族という居場所を! 貴様に云々される謂れはないわ!」

「なるほど、愛は偉大だな」

 中国公安当局の男は清豪と名乗り、急に紳士的になった。

「宮本さん、もし我々に協力してくれるのなら悪いようにはしない。今から作戦を伝える」

 そして、おそるべき策略が告げられた。

「数週間後、映画バトルオーシャン撮影に偽装したアバンギャルドと人民解放軍私服がイージス艦きりしまに乗りつけ、奇襲する! 宮本三佐はそれを手引きしろ!」

 

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