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無職日記  作者: 松茸
79/109

9/20 ひとりサーモン祭り

 ひとりサーモン祭りを開催しよう。


 唐突に私は思い立った。


 私はときどき、無性にサーモンが食べたくなる。


 もしかしたら私の前世はクマだったのかもしれない。秋田あたりで猟友会のおじさんに撃たれてはかない命を散らしてしまったのだ。それで無職に転生したというわけだね。


 というわけで、私は銚子丸へと向かった。


 困ったときの銚子丸。


 これが千葉県民の合言葉である。


 14時前くらいだったが、店内は大盛況であった。一人用のカウンターもびっしりと埋まっている。だが運よく空席があり、私はそこに通された。そして隣の席をちらりと見て私は驚愕した。


 なんと、ひとりサーモン祭りはすでに開催されていたのである。


 私の左隣の席で。

 クマのようにワイルドな30代くらいの男性によって。


 そこにはサーモンの群れがあった。カウンターを埋め尽くすほどに並べられたサーモンの皿たち。それはまさに祭りであった。サーモンのサーモンによるサーモンのための祭り。つまりはサーモン祭りである。それはすでに開催されてしまっていたのだ。


 私は遅かったのだ。


 後れを取った。後塵こうじんを拝した。この状況で私もひとりサーモン祭りを開催するか? いや、しかし……それは……私を苦悩が襲った。そんな後追いが許されるのだろうか。そんなことをサーモンが許すだろうか? 私は隣の席を盗み見る。後から開催するのであれば、私はこれを超える祭りっぷりを見せつけなければならない。そうでなくてはサーモンに申し訳が立たない。しかしそれは、残念ながら私には無理のようだった。


 私は諦めた。


 私はマグロを食べた。三種盛りを頼んだ。赤身を、中トロを、大トロを食べた。


 美味い。


 やはり寿司はマグロに限る。サーモンなど邪道だ。


 私はそう自分に言い聞かせる。強がりだろうか? そうかもしれない。しかしそうでもしなければ、私はこの銚子丸の地で涙を流さずに寿司を口に運ぶことができなかったのだ。


 やがて隣の男性はサーモン祭りを締めくくり去っていった。


 タッチパネルに表示されていた彼の会計は税抜き5650円。見事な祭りっぷりである。それに対して私はサーモンを申し訳程度に追加し、会計は税抜き3100円。負けだ。完全に私の負けである。こんな私にサーモンを祭る資格などあるはずがない。


 私は失意のうちに銚子丸を出た。


 帰りに千葉そごうで綺麗な緑色の箸を買った。


 なんでかって?


 特に理由はない。




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