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無職日記  作者: 松茸
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8/22 ラヴィット

 朝の番組ラヴィットを始まった頃はよく観ていた。


 朝っぱらから大の大人が全力でふざけている。


 それが非常に魅力的な番組だった。


 過去形で語るのは、最近久しぶりに観たらなんか以前ほどのはっちゃけ具合が失われているなと感じたからだ。人気番組、長寿番組となってしまったことで守りに入っているのではないか、そんな風に感じた。昔はもっと破天荒だった。何が飛び出すかわからない、危険な感じがあった。それが唯一無二の魅力だった。


 だがいまは、予定調和内でのおふざけにとどまっている。

 かつての狂気は失われ、平凡な理性が顔を覗かせている。


 それが何とも言えず悲しく、残念だ。


 人はどうしても安定を守ろうとしてしまう。それが当然であり、賢い選択なのかもしれない。いつまでも身体を張ってはいられない。独創的な試みや挑戦などを続けるのはリスクがある。しかしそういったリスクを度外視で生きるのが芸人なのではないだろうか。私たちは芸人という存在にそれを求めているのではないだろうか。


 だがいまはそんな破天荒な芸人などいない。


 みな会社に所属し、会社の意向、テレビ局の意向に従うサラリーマンのような芸人しかいない。知識人に混じってコメンテーターなどをやっているものもいる。芸人ならではの奇想天外な意見を述べるのかと思いきや、無難なコメントに終始している。ごく当たり前のことを当たり前に言うか、世論誘導のためにテレビ局から指示された内容をしゃべっているだけだ。それでは何のための芸人かわからない。


 ラヴィットのMCの川島さんのことは結構好きだ。


 彼はラヴィットを始めるとき、ニュースは一切扱わないという取り決めで始めたらしい。世の中にはろくでもないニュースがあふれている。朝からそんな気分を盛り下げるようなものを流すことはない。世の中のつらさを忘れられるような、とことんふざけたバラエティを作ろうじゃないか。そういう思いで始めたのだとどこかで読んだ記憶がある。それはとても素晴らしい考えだ。


 初期の頃は、その理念が十全に反映されていたと思う。


 誰もが収拾がつかないほどにふざけまくって、ホントに朝の番組かっていうくらい無茶苦茶な空気感を醸し出していた。それがやっぱりいいところだった。


 だがあまり無茶を続けていくと批判も出てくる。出演者のやらかしも増えてくる。


 この日記を書くにあたって、「ラヴィット 川島」で検索すると、予測の一番最初に「謝罪」と出てきた。韓国ロケで炎上したことがあるらしい。そんなことがあったような気もする。2023年のことだ。私はもう覚えていないが、結構激しく燃えたのだろう。ネットではこういう情報が永遠に残ってしまう。次また何かをやらかせば、「またか」と叩かれる。それでだろうか、だんだんとラヴィットが大人しくなってしまったのは。


 時の流れは無情だ。


 何事も、いいときが永遠に続くことはない。


 いまはいいものも、いつかは駄目になってしまう。


 それが自然の帰結なのだろう。


 なんだか悲しくなってきた……ソーメン食べよう。



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