8/17 長いお別れ
昨日、オンラインカジノで借金2000万作った人の動画を観ていた。
オンラインカジノは競艇以上にやってはいけないギャンブルなので注意したほうがいい。そもそも日本では違法だし、捕まっている人間もいる。24時間やってるらしいから、絶対に負けるのも間違いない。
ギャンブルはろくでもない。
レイモンド・チャンドラーの『長いお別れ』のなかに、こんなセリフが出てくる。
「おれはばくち打ちを憎んでいる。麻薬を売っているやつと同じように憎いんだ。やつらは、麻薬と同じような害毒を流す病気をまきちらしている。リーノやベガスの豪勢なばくち場が罪のない楽しみのために開かれてると思ったら、とんでもない間違いだ。彼らがねらっているのは、ポケットの給料袋をしっかりつかんでいながら、週末の家計費をすっちまうような人間なんだ。金持ちは4万ドルをすっちまっても、笑っていられるし、またやってきて平気でカモになれる。だがばくち場は金持ちでなりたっているわけじゃない。ほんとの儲けは10セント銀貨や25セント銀貨や50セント銀貨で入ってくるんだ」
警官がギャンブルへの憎しみを語る場面だ。
全体のセリフはかなり長い。
いま見るとなんか記憶と違うような気がするのは、たぶん違う訳のものの記憶が混じっているからだろう。本棚に残っていたのは清水俊二訳のもので、村上春樹が訳したものも読んだ記憶がある。そこでは競馬でプロの騎手にかかれば誰にも気づかれないよう八百長をやるのは難しいことじゃない、みたいなことが書かれていたように思う。だが私がいま見ているものではそうは書いていない。誰かが一言いうと、とたんにインチキが行われる、というだけだ。
「インチキであることがわかっても、どうすることもできないんだ。いいか、これが州の法律で認められたばくちなんだ。州が認めてるんだから、誰も文句がつけられない。だが、俺はそうは思わないね。ばくちはどう理屈をつけようとばくちなんだ。正直で公平なばくちなんてあるもんじゃない」
この後の主人公マーロウとの会話もとても面白い。チャンドラーは文体が魅力だと思う。そんなにたくさん読んだことはないが、独特の語り口が妙に心に残る。
村上春樹が『グレートギャツビー』のあとがきで書いていた。
もし『これまでの人生で巡り会ったもっとも重要な本を三冊あげろ』と言われたら、考えるまでもなく答えは決まっている。この『グレート・ギャツビー』と、ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』と、レイモンド・チャンドラー『ロング・グッドバイ』である。
『ロング・グッドバイ』は先ほどあげた『長いお別れ』のことである。
私には3冊あげろと言われても何もあげるものがない。そこまで重要だと感じたものがあるだろうか。高校生くらいのとき、作家になりたいと思っていたのは何がきっかけだったのだろう。全然思い出せない。何にそんなに影響を受けたのだろうか。内田康夫か、村上龍か、原田宗典か、栗本薫か、江戸川乱歩か、山田詠美か、それとも海外の作家か……森博嗣や京極夏彦はもっと後だしなあ。
ただ作家を諦めたのは村上春樹を読んでのことだったと思う。何周年記念だったか忘れたけど、本屋でフェアをやってて、そこに置いてあった『風の歌を聴け』と『ノルウェイの森』を買って読んだ。衝撃だった。世の中にはこんなにすごい小説があるのかと思った。ならば私のようなものが小説を書く意味などないではないか。そんな風に思ったのだ。
でもあれから20年以上が経った。
私もそれなりにおっさんとして経験を積んだ。
いまなら私にも何かが書けるかもしれない。
そんなことを思ってみても、バチは当たらないだろう。たぶん。




