8/10 短編についての解説4
囲碁って人気ないらしいね。
棋戦の賞金が減ったり廃止されたりで大変らしい。井山裕太っていう将棋でいう藤井聡太みたいなのがいるらしいけど、全然有名じゃないしね。素人が見たらどっちもワケわからんことには違いないと思うけど、どこでそんなに差がついたのだろう。ジャンプで『ヒカルの碁』が連載されてたときは一瞬囲碁ブームが来そうだったのにね。世間の流れというのは無情なものだ。
さて、今日も引き続き短編の解説をする。
EP13『しがない信楽焼』
これは題名が先にあった。しがない信楽焼。とてもいい題名だ。
この題名に負けないような物語を作らなければいけない。私はそう思った。
主人公はしがない信楽焼のたぬきだ。
彼はとても立派な信楽焼で、現状に満足していなかった。
向上心があったのだ。それに誠実だった。決断力もあった。
『おれはただ、自分に正直でありたいだけなんだ。ただそれだけなんだよ。自分に嘘をついて一生後悔したくはない。そのためには、いかにも信楽焼のたぬき然とした生き方をどこかで捨て去る必要があると思うんだよ』
こんな決断ができる人間はなかなかいない。みんな流されるように生きている。理想はあっても、それを無理に追い求めたりはしない。ほどほどで妥協する。まあいいかと思う。思ってたのとは違うけど、これはこれで悪くないさ。そんな風に自分をごまかして生きている。だがこのたぬきは違う。
彼は自身の決断のせいで死ぬことになるが、それは大きな問題ではない。
『結果はさして重要じゃないんです。重要なのは、彼が決断したということ、そのこと自体であり、そこに至るまでの過程なんです』
こう語られているように、重要なのはあくまで過程なのだ。
『彼は決断したことによって、そうしなかった際に彼が一生抱えていかなくてはならなかったであろう苦悩から永遠に解放されたんです』
決断した時点で彼はもう成し遂げていたのだ。
そのことを多分書きたかったのだと思う。
☆
EP14『成功者』
これはテーマとしてはシンプルで、
『この世界で自分を救う方法はただひとつです。この世界で生きて努力すること――ただそれだけなんです』
と語られている通りのこと。よくあるなろう系小説へのアンチテーゼだろうか。
異世界転生は現実逃避にすぎない。
よく考えてみればわかることだ。
『現実世界でパッとしない人間が、どうして異世界で活躍できるんですか? そんなことがあるわけないでしょう。そこで僕を待っていたのは、現実世界よりもはるかにつらい日々でした』
現実世界で落ちぶれる人間がなぜ知らない世界で活躍できると思うのだろう。私にはそれが不思議だ。神様からスキルをもらう? なぜ? 何のために? そんなことをして神様に何のメリットがある? それにスキル頼りでは結局他人任せではないか。何の努力もせずに生きてきて、死んだ後までも他人頼りなんて悲しくないのだろうか。
異世界転生ものに違和感があるのは、主人公がなぜか急に有能になることだ。いままで無能だった人間がとんでもない幸運で大きな力を得るところまではまだ許容できる。だが、それで性格まで変わって聖人のように振舞い出すのは無理がある。
宝くじに当たった人間のことを考えてみるといい。大きな力というのはほぼ必ず人を破滅に導く。そうならないためにはそれまでの人生経験において厳しく自分を律する術を身に着けている必要がある。だが異世界転生ものでは主人公は現世で無能だった人間がほとんどだ。これではいくらなんでもリアリティがなさすぎるだろう。
☆
EP15『戦争が始まる』
これを書いたのは学生時代だろうか。
若かった私は争いというものの本質を看破したような気になっていたのだろう。
『どうして戦争が起こるの?』
『誰もが、自分たちだけが正しいと思ってるからさ。正義がひとつだと信じたときから戦争が始まるんだ』
戦争というのは正義と悪が戦うわけではない。それは異なる正義の争い。そんなことはちょっと考えれば誰でもわかることで、わざわざ書くようなことでもない。ただこの短編にはいろいろと気の利いた言い回しがあって、それがわりに気に入っている。
叔母さんを置いていけない、と言う私に対して、
『あたしを持ち物みたいに言うんじゃないよ。あたしを持ち運びできるのは、あたしだけさ』
という返しや、
『手紙書くから、ちゃんと返事を返してよ』
『手が動いて、インクが切れてなければね』
というやりとりなど。叔母さんのキャラがなかなかいい。こういうウイットに富んだ返しができる年配者になりたいものだ。
さて、今日はここまでだ。
続きはまた明日。