7/16 無職の仕事術
仕事はできない人から学ぶといい。
大抵みんな「できる人の仕事を見て学びなさい」と言う。でも正直こんなアドバイスは何の役にも立たない。できる人の仕事ぶりを見ていても、なぜその人が仕事ができるのかを見極めるのは難しい。というか無理だ。それは上手い人のゲームプレイを見ているようなもので、なんかスイスイ進んでいるけど、いざ自分がやってみたら全然できない……なんでや、となる。話が違うやんけ、と。
そこで私がオススメするのができない人から学ぶという逆転の発想だ。
私は昔、薬局で薬剤師をやっていた。いまは無職だが、当時はそこそこ真面目に働いていた。薬剤師なんてのはそんなに大したものじゃない。大学に行って試験に受かれば誰でもなれる。特に頭がいい必要もない。何かに秀でている必要もない。実際、長いこと勤めたが、「この人すごい仕事できるな! 頭いいな!」と感じた人はひとりもいなかった。みんなどこかしらに欠点を抱えていて、「できない人」が大半だった。もちろん私も含めてのことではあるが。
しかし、ありがたいことに、できない人こそが最高の教師になる。
その理由は、できない人の仕事というのは、できないがゆえにどこかで必ずトラブルが生じるからだ。そこで問題が可視化される。それが学びになる。問題の原因を追究していけば、その理由がわかる。「こういう風にやったから失敗したんだ」ということがわかる。つまりその逆をやればいいのではないか。私はそう考えた。
あるパートさんがいた。おばさんで、物腰の柔らかい人だった。だが仕事はできない。それは周囲の共通認識だった。仕事ぶりは一見丁寧に見える。だが特に正確というわけでもない。時間をかけてもそれに見合った成果が得られない。雇用している側からすれば、非常にコスパの悪い人材だった。
服薬指導というものがある。
要は患者さんに薬の説明をするのをかっこよく言っているだけのことだが、そのパートのおばさんはそれにとんでもなく長い時間をかける。昨今の薬局業務というのは流れ作業的なところがあって、次から次へと患者をさばいていかないと業務が成り立たない。だからといって時間をかけることがすなわち悪であるかというとそういうわけでもない。患者の服薬に関する不安や疑問を解消させることは何より大切であるし、会話のなかから副作用などの問題点が浮かび上がってくることも多い。
だから私も当初そのパートさんは、熱心に患者さんと向き合っているのだろう、と考えていた。それがどうやら違うらしいぞ、と思い始めたのは、そのパートさんが薬の説明をした患者さんたちから後でよく電話がかかってきたからだった。
「この薬……どうやって飲むんだっけ。使い方は? 副作用とかはあるの?」
担当の薬剤師から説明はありませんでしたか、と私が問うと、彼らは一様にこう答えた。
「聞いてない」
これはどういうことなのだろう。私はパートさんに聞いてみた。
「ちゃんと説明した?」
「しました」
まあそうだろう。薬の用法用量を説明しない薬剤師などいるはずがない。だから説明したのは間違いないはずなのだ。なのに患者は聞いていないという。この認識の齟齬はどこから来るのだろう。
私はそのパートさんの服薬指導を聞いてみた。結果わかったのは、確かに彼女は薬の説明はしていた。だがそれ以上に無駄な話をたくさんしていた。薬とは何の関係もない世間話だ。ひとりの患者に20分も30分も時間をかけて、9割がたが薬とは関係のない話だった。これでは患者さんも薬の説明など覚えているはずがない。
ここで私も学んだのは、相手に伝わっていなければ、それは伝えていないのと同じである、ということだった。この仕事のできないパートさんが教えてくれたのは要はそういうことだ。つまりはこの逆をやればいい。
・薬に関する話題以外は(なるべく)口にしない。
・要点は簡潔に伝え、短い時間で切り上げる。
何事も時間をかければいいというものではない。特にこういった説明では、長々と話しているうちに要点が忘れ去られてしまうということが起こる。それでは時間をかけた意味がない。
私はこのパートさんに服薬指導の方法について上記のような改善を求めたが、結局彼女は最後まで同じことを繰り返した。パートさんのなかにはこういった人間もいる。同じ給料であればなるべく働かないほうがいい。患者さんと世間話をしていれば時間は過ぎるのだから、必死に働いてわざわざ自分から仕事を増やすことはない。彼女はこの方針を貫き通した。自分の仕事に誇りも責任感もない人間は平然とこういうことができる。それを教えてくれたのも彼女だった。私がいっぱしの薬剤師になれたのもあるいは彼女のおかげだったのかもしれない。
ということで、本日の日記の内容は、「仕事はできない人から学ぼう」でした。
それではまた明日。




