11/9 ロレックス
珍しく朝まで麻雀を打っていたので起きたら10時だった。
体が痛い。もう歳なのだ、無職は。
昔は朝まで麻雀を打ってそのまま仕事に行ったりすることもあったが、いまでは考えられない。体力はどんどん落ちてくるし、人間というのは衰える生き物である。
今日は事前に日記を書いていなかったので、何を書こうか悩んでしまう。酒も入っているから何も考えられない。無職の日常は退屈そのものなので、わざわざ書くこともないような気がする。
最近は味噌汁をよく作っている。
リュウジの動画で観たほんだしとこんぶだしを合わせて、味噌を溶くだけの簡単なものだ。大根はえらい食べ物で、半分くらい買っただけでもしばらく持つ。味噌をどのくらい入れればいいのかいつもわからない。味見をしても、どれくらいが適量なのか判断できないのだ。舌も衰えてきているのかもしれない。
猫のトリミングサロンの動画をよく観る。
猫の毛を切るなんて考えたこともなかったけど、そういう仕事もあるのだ。長毛の猫を短毛みたいにしたり、恐竜みたいなデザインカットなどもあったりする。尻尾の形も変えられたり。世の中にはいろんな仕事があるものだ。
ロレックスの創業者についての動画を観て久しぶりに泣いてしまった。とても感動した。
ハンス・ウィルスドルフという人だ。
人々は時計を買っているのではない。時間を買っているのでもない。信頼を買っているのだ。約束を守るための道具を買っているのだ。若きハンスはこのことに気が付いた。誰も腕時計などしていなかった時代に、誰もが腕時計をする時代が来ることを確信していた。時間を守る道具が嘘をついてはいけない。彼が徹底的に精度にこだわったのは信頼のためだった。人々の約束のためだった。時計は単なる機械ではない。人生の羅針盤なのだ。彼は決して妥協しなかった。利益のために品質を落とすことをしなかった。
彼は教育支援や社会貢献のための財団を設立した。そしてロレックスの全株式を財団に移譲し、数十億ドルの個人資産のすべてを財団に寄付した。彼はすべてを手放した。彼は知っていた。所有は幻想であることを。何も持たないものこそが真に豊かであることを。ロレックスが独立性を保ち、高い品質を維持し続けているのは株主に配当を支払う必要がないからだ。利益のために妥協する必要がないからだ。だからこそロレックスは最高の時計ブランドなのである。
私も時計が好きでロレックスを何本か持っていた。いまは一本しかない。だが一本あればそれで十分だ。時計はただの道具ではない。それは哲学を形にしたものだ。信頼と約束のためにそれはある。
無職がいくら生活に困っても、この最後のロレックスだけは売らないようにしよう。
改めてそう誓う無職であった。




