アルプスの王者
最後のアナウンスがこの話のキモ。
(※ 六月十一日)
会社で同期にゴッドイーターが所属する組織が「フェンリル」で、その前線基地が「アナグラ」って 指摘をされたので修正しました。
――リングが俺を呼んでいる。
そう思っていたのは俺の勘違いではないはずだ。
男の巨体がマットに倒れる。身長は211センチほど、どこから見ても大男だろう。
武道館(※これを書いている作者は武道館に行った事がありません)を圧倒的な熱量で沸かす観衆たちも沈黙の中で見守るしか無かった。
絶対強者の王座陥落など誰もが予想もしなかっただろう。
そして、かの威風堂々にして雄大ななる王者クララ・ザ・ジャイアントを回転アキレス腱固めで倒したのが171センチの東洋人の青年だったならば尚更だ。
映画、テレビドラマ、アニメ、マンガといった多くのフィクションの舞台ではその逆が成立する。
だがリアルは違う。
肉体のサイズがそのまま強さに直結するのだ。
クララは開始早々にラリアットを決め、そのままお得意の16文キック。
さらにココナツクラッシュという殺人フルコースをフィニッシュまで持って行ったが相手は倒れなかった。
「馬場さん(※誤表記)、俺がルーキーだからって舐めすぎじゃないの?」
男は王者を嘲弄した上で手をこまねく。
王者クララ・ザ・ジャイアントは憤然しながらもう一つの殺人技”脳天唐竹割り”を放った。一見すると当たる方が難しい大降りもいいところの技だが、クララが使えば一撃必中の必殺技になる。
元東京ジャイアンツの投手であったクララの動体視力は常人を遥かに越えた超人級。
相手の動きを読んで、回避したその先で敵を捉えるという神技もやってのける。
「終わったな」
観客席に座るクララの終生のライバル、赤毛の悪魔”安・シャーリー”は両腕を組ながら目を伏せる。
見るまでも無い。
馬場(※誤表記)の空手チョップを受けて立っていられる格闘士など存在するはずがない。
不沈艦と呼ばれるハンセン(誤表記)であっても例外ではないだろう。
(若さとは時として自身の実力を過大評価して、敵の技量を見誤るもの。いい勉強になったな、坊や)
安は颯爽と立ち上がり、武道館を出ようとしたところ事態は誰もが想像しないような展開を迎えた。
「ぬうっ‼」
それはゼロコンマ一秒にも満たない隙。挑戦者は振り上げられた馬場(※誤表記)の右腕に絡みついていたのだ。
腕ひしぎ逆十字固め。
体格差あっての攻防だが、仕掛けた相手が悪すぎる。
クララはこの程度の返し技には慣れていたのだ。
「その程度で私を出し抜いたつもりかね、新入り(ルーキー)?」
クララは侮蔑を込めた笑みを送り、相手を地面に叩きつける。
これには相手も目を剥いた。
通常のレスラーが相手ならば叩きつけられた時に発生する衝撃を受け身で四散させる術を持っているのだが、相手はプロレスの神クララ・ザ・ジャイアント。
絶妙なタイミングで何度も叩きつけ、関節技を解除する事さえ許さない。
一度、二度、ハンマーのように振り下ろされ男は意識を失いかけていた。
(教えてくれ、お祖父さん。俺はどうすればいい?)
男は手足に力を込めて、さらに十字固めを極めた。
この縛りを解いた時が彼の最後だろうと直感していたのだ。
ガンッ‼ガンッッ‼
だが空の向こうで彼を見守る彼の祖父にして師匠たる木曾駒ヶ岳オンジは何も答えない。
黙ったまま彼を見守っていた。
(教えてくれ、日本アルプスの山たちよ‼俺はどうすればこの男を倒せるんだ‼)
朦朧とする意識の中で男は己の故郷、長野県のどっかの山(※作者は長野県に行った事がありません)を思った。
(拝司、拝司よ。フォースじゃ、フォースを信じるのじゃ…)
薄れゆく意識の中、何者かが拝司に囁く。
「アンタはふなっしー!?ふなっしーなのか‼」
ふなっしーはサムズアップを決め、消えてゆく。
気がつくと男は自力でクララのパワーボム地獄から脱出していた。
「馬鹿な。エスケープするとは…」
だがクララは一流、リカバリーの暇を与えまいとすぐに16文キックを放った。
「拝司、避けるな。馬場(※誤表記)の目は鷹の目だ。動く前に必ず気取られれる。受けてしまえ」
リングの外から怒号が飛ぶ。
やたらとマッチョな老人は目にはサングラスを、手には杖、頭にかぶったくたびれた野球帽からは白髪を覗かせる。
「あれは…オンジ。オンジ道山か⁉」
クララの相方であるセバスチャン浜口が呻き声をあげる。
オンジ道山はかつてのクララの師匠であり、馬場(※誤表記)が独立する際に引退をかけた試合で弟子に敗北してリングを去ったはずだったのだ…。
彼の記憶が正しければオンジのサングラスの下はクララのアイアンクローによって左目が潰されている。
「わかったぜ、爺さん」
拝司はカウンターの十六文キックを十字受けで止めた。
クララの巨体から繰り出される前蹴りは大砲に匹敵する威力だったが、
パン(上半身人間、下半身ヤギのヤツ)のユキちゃんとミノタウロスと人間の混血児であるペーターによって徹底的に鍛えられた拝司にはこ一撃必殺の蹴りを受け止める自信があった。
「め~(根性だ、ハイジ‼根性があれば何でも出来る!)」
「頑張れ、拝司。クララを倒して吉野家で特盛を食べよう‼(※ある意味共食い)」
オンジの傍らからエールを送る二体の怪物。
この時 、既に彼らを討伐するに対アラガミ掃討組織”フェンリル”から一個中隊もの”ゴッドイーター”たちが派遣されようとしていた(ペーターとユキちゃんは荒神あつかいです)。
「――ッシャラァァッッ‼」
拝司は大声で叫びながら超重量級のミドルキックを受け止めた。
腕の骨とアバラ骨が同時に軋み、悲鳴を上げる。
鍛え上げた背筋と背骨が尽力してようやく衝撃を受け止めた。
凡百の格闘士ならば、この信じられない光景を前にして動きを止めてしまうところだが相手はジャイアント馬場(※誤表記。本当はクララ・ザ・ジャイアントです)。
すぐに気持ちを切り替えて、かつての師であるオンジ道山の空手チョップを放つ。
「俺はアンタの熱心なファンだぜ?それくらいは読んでいるんだよッ‼」
低姿勢からのダッシュで、当たれば致命傷の水平チョップを難無く躱す拝司。
目指す先はクララの左脚。
拝司は知っていた。
無敵の要塞であるクララは過去の激戦が原因で左足首の靭帯に致命的な怪我をしている事を。
「アルプス・ガーリーズ・アンクルホールド‼」
大蛇の如く、馬場(※誤表記)の足首に絡みつく拝司。
その姿は獲物を時間をかけて確実に仕留めるニシキヘビを思わせた。
「この俺の足を折るつもりかっ‼」
クララは関節技を仕掛ける拝司を殴る。
体重の乗らない手打ちに過ぎないが、相手が大巨人ともなれば話は変わってくる。
見る見るうちに拝司の全身は打撲痕で、赤くなっていた。
「げううっ‼」
しまいには口から血が混じった吐瀉物をまき散らす始末。
目を覆うような惨状に観客たちは息を止めたまま、両雄の顛末を見守った。
「だりゃああッ‼」
ゴキリィィッ‼
骨が芯から砕ける音がした。
直後、クララの足首が異様な方向に折れ曲がり、前から崩れ落ちる。
拝司の執念が大巨人の黄金の足を捻じり折ったのだ。
地面に倒れたクララはマットを這って逃げようとするがそれを逃す拝司ではない。
今度は自身も寝ころんでアキレス腱固めを極める。
「おいっ‼馬場さんはもう負けてんだろっ‼いい加減にしろっ‼」
クララの高弟の一人宗谷トムがタオルを投げようとする。
だがその時、リング上のクララから怒声が上がった。
「橋本、俺をリングの晒し者にするつもりかっ‼(CV故・小林清志氏)」
尊師から一喝されてタオルを引っ込めるトム。
歯を食いしばりながら師の行く末を見届ける。
「折れ、折っちまえ。拝司っ‼」
オンジは杖を硬く握りながら愛弟子にエールを送る。
ぎり、ぎりぎりぎり…。
クララのアキレス腱は必死に抵抗したが要の骨を砕かれているので思うように抵抗する事が出来ない。
クララは何とか最悪の結末を回避しようとロープに手を突こうとするが…。
ブツッ‼
何かの紐が切れたような音が耳朶に響くと同時に白目を剥いて倒れてしまった。
生まれた時から大巨人を支えてきたアキレス腱が切れてしまったのだ。
そして一人、挑戦者である木曽駒ヶ岳拝司が立ち上がる。
その表情は心なしか暗鬱ささえ漂う。
この勝利は復讐の完成と同時に彼の人生の目標をも失う結果なのだ。
「まだだ…私はまだ倒れるわけには…」
だが、それでも尚クララは立ち上がろうとしていた。
既に骨が砕かれ、支えるべき腱が千切られようとも王者の誇りが彼を再び戦場に立たせようとする。
拝司は仇敵の姿から目を逸らす。
「十五年前のアンタならいい勝負になっただろうな」
そう言って拝司はロープを飛び越えて、リングから去る。
「不覚…」
耐えがたい激痛と敗北の恥辱の最中、クララは自分を倒した男の背中を網膜に焼き付ける。
そして意識を失った。
「あーっと‼クララ、立てない‼王座陥落かっ‼クララ、立てなかったーっ‼」
直後、アナウンサーの一言によって会場内に熱狂が戻る。
この光景にある者は復讐を誓い、またある者は新たな敵の登場を喜ぶ。
ここにハウス名作劇場プロレスの新時代の始まった――。