表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/10

第八章 強がりな俺の、愛しいバカ妹

"長年の自活経験のおかげで、上杉信はそれなりの料理スキルを身につけていた。まあ、お披露目できるようなレベルじゃないにしても、少なくとも家庭料理をこなすのに困ることはない。

 エプロンを身につけ、車椅子の唯に目をやる。オープンキッチンなので、いつでも話せるし、唯の様子を見守ることもできる。

 彼女は、励ますように俺に微笑みかけていた。

 思わず、思考が少し遠くに飛ぶ。以前、唯が必死に俺の役に立ちたいと思っていたこと。料理も、唯が努力しようとした分野の一つだった。だが、車椅子に座ったままでは立ち上がれず、足の障害が、彼女に多くのことを手伝えなくさせている。


ジャーッ!

 蛇口をひねり、水が流れ落ちる。

 手にしたブロッコリーをさっと洗い、木の幹みたいな茎の端をカチッと切り落とす。包丁の先で大きな房を切り分け、茎から一つ一つ小房を切り離していく。


カツ、カツ――。

 深緑の房が水滴を纏う。緑の塊の中を刃が進む様は、まるで柔らかい木材を切っているかのようだ。植物繊維の、かすかな手応えを感じる。


テレビからは、芸人たちのわざとらしい笑い声が聞こえてくる。がらんとした家に、少しだけ人の気配が加わる。俺はテレビの笑い声を聞きながらも、手元の包丁さばきは少しも遅れない。

 子供の頃、上杉信はテレビ番組のリアリティを疑いもしなかった。だが、ある日「台本」というものがこの世に存在すると知ってからは、バラエティ番組に興味を失った。

 最初は、営業スマイルを貼り付けた連中が、ステージ上で観客に媚びへつらうのを見るのが嫌いなんだと思っていた。だが後になって、そんな大層な感想じゃなかったことに気づいた。単純に、興味が変わっただけだ。人を笑わせるバラエティ番組よりも、むしろ『どうぶつ奇想天外!』みたいなドキュメンタリーの方が好きになった。

 だが、さらに後になって、バラエティ番組がまた面白く感じられるようになった。こいつのおかげで、俺と唯の生活には、話のネタがたくさんできたからだ。

 あれは高校に入ったばかりの頃。クラスの女子たちが熱心に語る恋愛ドラマには全く興味がなかったが、家に帰って唯も同じドラマを追っているのを知ってから、態度は百八十度変わった。一躍、流行りのドラマに精通する「マダムキラー」ならぬ「シスターフレンズ」になったのだ。


時計の針が数メモリ進み、外の夜の色はますます深く濃くなっていく。

 料理のいい匂いが漂い始める。上杉信は出来上がった料理をテーブルに運ぶ。ブロッコリー炒め、少量の揚げ物、そして質素な豆腐の味噌汁。

 食卓に並んだ料理は、多くも少なくもない。今、この家には二人しかいないのだから、作りすぎても食べきれない。

 もしこの家に上杉信一人だけだったら、たぶん夕食は素うどんに卵一個落として終わりだろう。それどころか、今後の三食の質は、山海の珍味とは言わないまでも、少なくとも限りなく水に近いスープとかになるかもしれない。

 だが、家には上杉唯がいる。自分の三食は適当でいいと思っても、唯まで道連れにするわけにはいかない。それが回り回って、俺自身の三食のレベルを救っているわけだ。


「いただきます――」

 上杉信はご飯を口にかき込み、すぐ近くにあったブロッコリーを箸でつまむ。テレビでまだ続いているバラエティ番組を興味津々で見ながら、同時に上杉唯との会話も欠かさない。


「わーい、後でクッキーもあるんだ! 松香さん、本当にいい人だね」

「あの松末哲也って人……うーん、前に信が良い人だって褒めてたけど、自分の仕事もちゃんとできない人なんて、信に迷惑かけるだけじゃない」

「え? デートで遅刻したのかもって? 全然想像できない。あんな頼りない人に、彼女ができるなんてありえるの?」


彼女の世界は整然としていて、簡単に「上杉信にとって良いこと」と「上杉信にとって良くないこと」に分類できる。

 上杉信は、それは大したことじゃない、今のコンビニの同僚の雰囲気はかなり心地いいし、そんなに目くじらを立てるのは細かすぎる、と言った。

 それに、店長様は気前よく時給三倍にしてくれたんだぞ。本来なら我々パル(※)は餌箱を数口齧れば元気いっぱいになって採掘に向かうものだが、まさか店長様が我々パルのメンタルヘルスまで気にかけてくれるとは。彼女、マジで、俺、涙が止まらない……。

 (※パル:某クラフト系オープンワールドサバイバルゲームに登場する生物。ここでは自虐的に労働者を例えている)


「ふんふん――」

 上杉信が食器を洗っている間、上杉唯は頬杖をつき、子供っぽい鼻歌を漏らしている。

「信って、本当にバカなんだから。外で損しないか心配だよ」


「そんなに損することなんてあるかよ」


「あるよ。人の心は真っ黒なんだから、絶対に簡単に信じちゃダメなんだからね!」


上杉信は、その道理なら自分の方が唯より分かっている、と思った。このチビは一日中家に引きこもって、学校にすら行かない。人付き合いの能力なんてゼロに等しい。それでよく俺に人生の教訓を垂れられるもんだ。

 経験すべきことは経験してきた。人の心のどす黒さなんて、当然知っている。だが、人生には必ず何人か、そういう出会いがあるもんだ。全身の殺伐とした気を消し去って、世界には人の心のどす黒さだけじゃないと信じさせてくれるような、そんな出会いが。

 うん、まあ、人生にぶん殴られるか、人生をぶん殴るか以外にも、ダチとジャンクフードを食うっていう選択肢もある、ってことだな。


「じゃあ、どうすればいいの?」


「強くなるの。誰よりも強くなれば、誰も傷つけられなくなる!」

 よどみなく、こんなセリフが飛び出してくる。おかげで俺はいつも、必死に口元が緩むのを堪えなければならない。

 まったく、俺のこの強がりな妹ときたら。

 こっそり録音しておいて、数年後に彼女がもう少し大きくなったら、ループ再生して聞かせてやりたい。それでもまだ社会ダーウィニズムぶってるか、見てみたいもんだ。


「信じてないでしょ?」彼女は眉をひそめた。

 13歳、中学生……ちっ、やっぱりまだ中二病真っ盛りの時期か。


ふと先月のある出来事を思い出した。ドアを開けて入ったら、上杉唯がいつものように車椅子に座っていて、頭には光る輪っかを乗せて天使のコスプレをしていた。二人でしばらく大いに見つめ合った後、上杉唯が気まずそうに頭の天使の輪を外し、もじもじしながら、ライトノベル作家をやっていることを白状したのだ。

 駆け出しで、まだあまり稼げていないこと。コスプレ道具もネット通販で買ったもので、本物の天使じゃないこと。

 (笑いを堪える俺.JPG)

 どうして俺が本物の天使だと思ったと、彼女は考えたんだろう?

 唯は確かに俺の可愛い天使だが、そういう意味じゃない。

 もし上杉唯が天使なら、俺は何なんだ?

 選択肢はあるのか? 俺は光の巨人になりたいぞ。

 彼女は当時、ひどく緊張していた。たぶん、俺がお金の無駄遣いを責めるんじゃないかと怖かったんだろう。

 だが、そんなことするわけないだろう?

 実のところ、彼女がちょっとした副業をしているのは、結構嬉しかったんだ。人間、一番怖いのは退屈だ。彼女が家で塞ぎ込んで、精神的に病んでしまうんじゃないかと、いつも心配していた。ネットでそんなに活発に活動して、おまけに少しお小遣いまで稼いでいると聞いて、ずっと胸につかえていたものが、すっと下りたんだ。


「物競天択、適者生存」上杉信は上杉唯の頭を軽く叩いた。後者は「あうっ」と声を上げて両手で頭を押さえる。

「大事なのは『適者』であって、『強者』じゃない。まだ分からないなら、明日、鶏の唐揚げでも作ってやるよ。ついでに、鶏さんのご冥福も祈ってやろう。言っとくが、こいつの祖先は恐竜なんだぞ」

 それに、この話題なら、ゴキブリ君こそが真の発言権を持っているはずだ。

「ゴキブリ君の歴史は3億年前のペルム紀まで遡れる。将来、人類が滅亡しても、ゴキブリ君は人類の墓の上でディスコダンスを踊り続けられるんだ。お前は、ゴキブリ君が強者だと思うか? それとも適者だと思うか? もう中二病は卒業しろ。ほら、お兄ちゃんとゲームでもしようぜ」


ドラマ鑑賞とゲームは、庶民にとって安価な娯楽だ。上杉唯は外出が好きでもないし、不便でもある。唯のメンタルヘルスをケアする重責は、当然、俺の肩にかかっている。

 上杉唯は眉をひそめている。どうやら俺の理屈に丸め込まれたようだ。

 テレビ台の引き出しから、我が家の安物コントローラーを取り出す。コントローラーを手に、上杉唯の額を軽くコツンと叩く。少女の視線は、コントローラーに触れた瞬間、キラキラと輝き始めた。それを見て、上杉信は、こいつの幸せは本当にシンプルだな、と思わずにはいられない。


上杉唯は、間違いなくオタク女子だ。

 普段の趣味は、お菓子、ドラマ鑑賞、ゲーム、小説、漫画。ライトノベルを書こうと思ったのも、これらの趣味が高じてのことだろう。

 オタクであることが称賛されるわけではない。特にこの社会では、当然のように、情熱的で外向的な人間が好まれる。陰気で非社交的な人間は、まともな大人とは見なされない。だが、上杉唯の特殊な状況を考えれば、上杉信は彼女にその方面での要求はしていない。


食後の上杉唯は元々床に座っていたので、抱き上げたり下ろしたりする手間も省ける。上杉信はあぐらをかいて座り、上杉唯はその近くに寄り添って座る。この妙に活発なチビは、少しだけ賑やかだ。上杉唯の笑い声を聞いていると、俺の気分もずいぶん和らいだ。


時折、やはり彼女の将来について悩んでしまう。

 上杉唯は学校に行きたがらないのだ。彼女が5歳の時に両足に障害を負ってから、就学年齢に達した時、オフクロは彼女を特別支援学校へ送ることを考えた。だが上杉唯は行く前から異常に抵抗し、数回通った後にはさらに塞ぎ込んでしまった。オフクロが説得してもダメで、俺が説得に行くと、なぜか彼女はさらに怒り出した。

 結局、オフクロが決断を下した。彼女は上杉唯と一度話し合ったらしい。内容は知らない。だが、この問題でこれ以上揉めれば、家庭の平和はまず間違いなく乱れるだろう。結局、その話はうやむやになった。


コントローラーを操作する合間に、上杉信はふと尋ねた。「お前のライトノベルって、どんなこと書いてるんだ?」

 上杉唯は、ぴくりと固まった。現実という名の迷宮に果敢に挑んでいた中二病勇者が、不意に足を踏み外して石化の呪いにかかったようだ。だがすぐに、顔が真っ赤になる。石化の呪いも、どうやらサボり癖があるらしい。

 小さな頭が、ぶんぶんとでんでん太鼓のように振られる。「べ、別に……あー! とにかく、信はこの話聞かないでよ! どうせ言ったって分かりっこないんだから!」


上杉信は彼女を一瞥した。「ほう? 俺だって漫画や小説は結構読んでるぞ。文章だって分かる。見せてくれたら、アドバイスくらいできるかもしれないぜ?」


「だめ! これだけは絶対にだめ!」


「ん?」

 家族に見せられないようなものを書いているのか?

 上杉信は眉をひょいと上げ、からかうような色を浮かべる。「そんなに人に見せられないような代物なのか?」


「なっ、何が見せられないって? たくさんの人に読んでもらってるんだから! た、ただ……うーん、知ってる人に見られると、すごく恥ずかしいっていうか……とにかく、見るの禁止! 探るのも知ろうとするのも禁止! そうじゃなきゃ、もう大っ嫌いになるからね!」


ほう、ついに目を閉じて「聞かない聞かない、お経なんて聞こえなーい」モードに入ったか。

 上杉信は白目を剥いた。彼女がこれほど頑なな態度なら、これ以上聞いても逆ギレされるだけだろう。深追いするのはやめた。


しばらくコントローラーを弄っていたが、少し疲れを感じてきた。上杉唯に声をかけ、服をまとめてシャワーを浴びる準備をする。

 上杉信が出て行くと、上杉唯はようやく、まるで重荷を下ろしたかのように、ぐったりと床に座り込んだ。天井をぼんやりと見上げ、不意に胸を押さえる。心臓が、胸から飛び出しそうなくらい、ドキドキと音を立てている。


「誤魔化せた……」


もし上杉信に、自分が妹系のライトノベルを書いていて、しかもそれが、極めてお約束通りの展開で、兄コンの妹と、シスコン自覚のないシスコン兄とのラブコメディを妄想しているなんてバレたら……私の人生、終わっちゃうよね?

 あの時、筆が乗りまくって、心が高鳴りながら書き上げたこの大作。でも、上杉信にタイトルを聞かれた時になって、はっと気づいたのだ――このタイトルだけは、死んでも彼に言うわけにはいかない、と。


口元を押さえ、繰り返し込み上げてくる羞恥心で嗚咽のような声が出ないように必死に堪える。

 でも……。


上杉唯は目を開けた。その琥珀色の瞳に、戸惑いの色が浮かんでいる。

 信……さっき、何を見てたんだろう?

 上杉唯は手を伸ばし、自分の頭の上を探る。だいたい三寸くらい上。指先で虚空を二度ほど掴んでみるが、そこには何もない。

 おかしいな。

 彼女は確信している。自分の『光輪』は、ちゃんと隠しておいたはずなのに。"


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
そういうことか……。 隠しているってことはてっきりムーン作家なのだとばかり……。 テヘッ(´ε`)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ