第六章 人の心、直視すべからず
"実績ってのは、どうやら特に効果はないらしい。ただそこにあって、人の虚栄心を満たすだけ。
上杉信は実績の項目をさっと流し読みする。幼馴染は雨宮霧に対応するとして、じゃあ妹は……間違いなく、家のあのポンコツ妹、上杉唯のことだろう。
ポンコツAIめ。
好感度ってのは、どうやら親愛、友情、愛情の区別がないらしい。だって、雨宮霧っていう鉄板のダチでさえ俺の攻略リストに載ってるんだから。家族という名目があっても血縁関係のない義妹が、この恋愛ゲームに攻略対象として認識されるのも、まあ普通のことなのかもしれない。
好感度80を超えれば攻略完了?
マジでこのポンコツAI、工場送り返して修理してもらうべきだろ。せめて攻略対象の性別と身分くらい限定しろって!
今、松香さんの好感度は67だ。これって、いつか松香さんが俺を気に入って養子にして、好感度が80を突破したら、それも俺が松香さんを攻略したってことになるのか?
高士さんに至っては……ちっ、好感度が本当に80になったら、逆にちょっと怖い。俺はNTRとかそういう趣味はない、と自負しているんだが。
仕方ない。純愛なんだ。生まれつき。
視線を下にずらし、次の項目に焦点を合わせる。
「【トレジャー:なし】」
「【恋愛ポイント:2】」
「【ガチャ回数:2】」
恋愛ポイントってのは、攻略後の記録みたいなものか。この恋愛ゲームの評価基準に従うなら、俺はゲーム開始直後に親友の雨宮霧と妹の上杉唯を攻略したことになる。その結果、恋愛ポイントを2点獲得し、同時におまけとしてガチャを二回引くチャンスが与えられた。上のトレジャーの欄は、このガチャから何かを引き当てる必要があるってことだな。
ガチャ回数、二回か……。
……さっきはちょっと声がデカかったかもしれない、と彼は認める。性別限定も、まあ、なくてもいい。ついでに言えば、攻略基準も好感度80から60に下げてほしい。攻略対象が一気に増えるのは、マジで大歓迎だ。男でも女でも構わない。なんなら、道端の野良猫や野良犬もカウントしてくれ。俺は、男女問わず、老若男女見境なく、種族すら問わないスタイルでいく。
俺は、世界中を攻略したいんだ。
そこの道端のハゲた社畜! そう、お前のことだ! 逃げるな!
純愛? 俺は超絶エロキングだ。
もし特性があるなら、『超人パワー』がいいな。超人であればあるほど強くなる、みたいな。
上杉信がレジカウンターを軽く叩いていると、突然、コンビニに客が入ってきた。
彼は慌てて「いらっしゃいませ」と声をかけ、きりっとした態度でバイトモードに入る。客が去ると、彼の跳ねっ返りな思考も落ち着きを取り戻し、あの二回のガチャチャンスを吟味し始めた。
引くか。
この恋愛ゲームには、どうやら十連保証みたいなシステムはないらしい。少なくとも、関連する説明を読んだ限りでは、言及されていなかった。
それどころか、排出されるアイテムにレアリティがあるのか、確率はどうなのか、そもそもスカがあるのかどうかすら、彼は全く知らない。
この恋愛ゲームは、やっぱりポンコツAIだ。何度か試みに質問してみたが、答えは得られなかった。最終的に得られた結論は――こいつは、たぶん、融通の利かないただのプログラムなんだろう、ということ。
彼はこのポンコツAIに「愛」と名付けた。呼び出すのに便利だからだ。
(愛、全ツッパだ)
青い流星が空から降ってくることも、青い悪魔が書類カバンを提げてサインを求めてくることもなかった。
何の演出もない。ただ、約五秒間の静寂が続き、その後、二行のテキストがポップアップした。
「【トレジャー抽出:マインドキャッチャー!】」
「【トレジャー抽出:フォービドゥン・イラストレーター!】」
「おおっ!」
名前からして、すごそうなアイテムじゃないか!
上杉信は俄然、興味をそそられた。
【マインドキャッチャー(3/3)】
説明:対象をロックオンし、思考盗聴を開始。60秒間、相手の心の声を聞くことができる。
評価:孤独は一つの庭園である。しかし、そこには一本の木しかない。
彼の胸に秘められた想いは、蕾が開くのを待つ花のように芳しく、それでいて、目を覚ますアイスアメリカーノのように濃く、苦い。
備考:各チャージは個別にクールダウン時間を計算。24時間で1回分チャージ回復。最大チャージ数3。
【フォービドゥン・イラストレーター(∞)】
説明:所有者は一流のライトノベル・イラストレーターとなる。ライトノベルのキャラクターデザイン、イラスト制作時に極めて高い技術力補正を獲得。兄コン・妹コン要素のあるライトノベルに対しては、技術力ボーナスが倍増する。
評価:全ての愛は我々の愛に包含され、全ての渇望は我々の抱擁の中で終わる。
翼を折られた鳥はかくも孤独。彼女の世界には、貴方以外にもう誰もいない。過去も、現在も、そして未来も。
備考:所持しているだけで効果発動。
網膜上に表示されたのは二枚のカード。彼が念じると、そのカードが実体化して手の中に現れた。
「……これだけ?」
この効果、カードの名前に見合ってるのかよ!
上杉信はカードを裏返した。カードに描かれているのは、なんと彼自身だった。
【マインドキャッチャー】
青い縁取りのカード。裏面は青紫のアヤメの花。
表面には、精緻な筆致で少年の姿が描かれている。絵の中の彼は、上質な黒の礼服を身にまとい、両手を胸の前で組み、目を閉じて漆黒の棺の中に横たわっている。まるで聖なる殉教者のようだ。
棺の内側には白い布が敷かれ、彼の体は、五月に咲き誇るアヤメの花で埋め尽くされている。まるで花畑の中で眠りについたかのようで、そのまま永遠に目覚めないかのようだった。
……俺に死ねってか?
上杉信は奥歯が軋むのを感じた。指に挟んだ【マインドキャッチャー】のカードをひらりと弾くと、それは観測不能なほど微細な粒子となって、音もなく消え去った。
その過程は極めて速く、「瞬間」と形容できるほどで、人間の肉眼では捉えられない。
彼はもう一枚のカードに目を向けた。カードの縁は白い。
【フォービドゥン・イラストレーター】
青い山々に囲まれ、遠くを望む。空は無限の絵巻物のようで、絶えず彼方へと広がっていく。
天地はかくも静寂。風が野原を吹き抜けると、草々は低く伏し、青草や花々はさざ波立つ緑色の湖面のよう。風と自由の輪郭を描き出している。
彼は広げられたピクニックシートの上に座り、カジュアルな淡い色の上着を着て、両手で地面を支え、ゆったりと遠くを眺めている。
少女は後ろ姿を半分だけ見せ、正面は窺えない。画面の中では華奢でか弱く見える。一輪のキキョウの花が髪に飾られ、その花びらは燃え尽きんばかりに咲き誇っている。
二本のペンがピクニックシートの隅に置かれている。万年筆と絵筆だ。
上杉信がカードを裏返すと、裏面には白いキキョウの花が描かれていた。
攻略で得たガチャチャンスは、ここで全て消費された。彼の視線は「ガチャ回数:0」の上で一瞬留まる。手にはまだ【フォービドゥン・イラストレーター】のカードが挟まれている。初めてこれほど直観的に、超常現象の存在を感じていた。
理解しがたい。だが、カードまで実体化して手の中にあるのだから、アイテムの真実性を疑う必要はないだろう。
上杉信はカードを指で弾くと、手の中のカードは瞬時に消えた。これらのカードは、取り出さなくても効果を発揮するらしい。恋愛ゲームの中に保存されていても同様に有効だ。これで、他人の心を盗み聞きするためにわざわざカードを取り出す、なんていうアホな操作は避けられる。
分かってる、分かってるって。要はアイテムカードだろ……。
ちょうどその時、二人の客が連れ立ってコンビニに入ってきた。穗見高校の制服を着ている。見たところ、カップルのようだ。
上杉信は最初、何の感慨も抱かなかった。ただレジカウンターの後ろに立ち、平然と二人が買い物を終えて会計するのを待っていた。
だが今回は、どうやら少し時間のかかる客に当たったらしい。上杉信は時間を気にしながら待つ。女子生徒が棚で商品をあれこれ選んでいる間、カップルの男子生徒の方が、強張った顔で近づいてきた。
彼が欲しがっている商品は少し特殊だ。カップルが使うであろう、例の『ゴム』である。
上杉信はぱちぱちと瞬きし、内心の動揺を表情に出さずに抑え込んだ。
レジ係が、いちいち感情的になってどうする?
笑顔を浮かべ、礼儀正しく。客に不快感を与えないように。それが俺の仕事だ。
それに、まあ、見慣れた光景ではある。
日本では、コンビニはゴムを買うための重要な場所の一つだ。いつでもどこでも、近くにコンビニがあれば、客は基本的に様々な有名ブランドのゴムを気軽に手に入れることができる。しかも品揃えは豊富だ。
一部の大型コンビニでは、レジ横にわざわざゴム専用の棚を設けて、客が選びやすいようにしているほどだ。
上杉信がバイトしているコンビニは、大きくも小さくもない。レジ周りにゴムの棚はない。あるのはせいぜい、レジ横に置かれたガムやチョコレートなどだ。これらの商品は小さくて消費が早く、同時に価格も高くない。狙いは、客がレジ前で会計を待っている間に、大抵、周りの商品をさっと見て、買い忘れがないか確認すること。その時、手頃な価格の小物は、かなりの確率で彼らの衝動買いを刺激する。
ほら、案の定。男子生徒はガムを一瞥し、ついでに手に取った。
だが、会計の最中、上杉信はその男子生徒の視線が、いつも自分の顔に注がれていることに気づいた。彼はわずかに視線を上げる。レジ係の制服には帽子が付いている。帽子のつばがそれに伴って上がり、よりはっきりと見えた。
その男子生徒は、少し内気そうに見える。十六、七歳といった外見には、少年らしい青さが漂っている。特にイケメンというわけではないが、顔立ちは清潔感があり、見ていると飽きない感じだ。
彼は先に会計を済ませるつもりのようだ。あるいは少年らしい見栄が働いているのかもしれないし、隣で普通のお菓子を選んでいる少女の方が恥ずかしがり屋なのかもしれない。だから彼一人で、ここで『護りの傘』を買っているのだろう。
だが、上杉信はどうしても、この男子生徒が自分を見ているように感じてしまう。彼は少し気を引き締め、相手を観察していると、偶然にも少年と視線が合った。しかし相手は、まるで電気に触れたかのように、すぐに視線を逸らした。
上杉信はわずかに眉をひそめる。
知らない奴だ。
彼は少し困惑したが、すぐに考え直す。俺が困惑する必要なんてあるか? これは、まさに渡りに船の実験チャンスじゃないか?
カードの説明は確かに分かりやすい。だが、やはり一度は実際に使ってみるべきだろう。自分で試してこそ、物事の長所短所を最も深く理解できる方法だ。
それに、こいつはカルデアの令呪みたいなもんだ。一日に一画。早く使えば早くクールダウンが終わる。使わなければ、ずっとクールダウン中と同じだ。サモリフ相対性理論によれば、一日一画使わないのは、毎日一画損してるのと同じことだ。
いくぞ! マインドキャッチャー!
中二病的なカード捌きは必要ない。頭の中で集中して「使用」と念じると、彼の脳内では、まるで未知の扉が豁然と開かれたかのようだった。いくつかの乱れた囁き声が、奔流のように彼の脳内へと流れ込み、さらには鮮明なイメージまで伴っていた。
これは人の思考であり、目の前の少年が心の中で想像している光景だ。
心の声と想像を同時に読み取る。理解するのは、ずっと簡単になった……はずだった。
次の瞬間、上杉信の口角に浮かびかけた弧は、即座に凍りついた。
「???」
彼は目を剥いた。
少年の心の中の想像では、少年は彼女と二人きり、ラブラブな時間を過ごしている。
それは別にいい。わざわざゴムを買いに来ているのだ。この後、少年の家に行くか、少女の家に行くか、あるいはラブホかホテルで部屋を取るか。とにかく、間違いなく乾いた柴と烈火の如く、膠と漆の如く。天地が昏く、地が闇に包まれるまで、戦いは終わらないだろう。
こういう時に、前もって戦況を想像してみるのも、人情というものだ。
だが、お前、彼女と想像するだけならまだしも、なんで俺まで巻き込んでるんだよ???
上杉信は、呆然としたまま脳内の想像を受け止める。画面の中には、なんと俺自身が登場し、不敵な笑みを浮かべている。その笑顔は、まさに奔放で自由を愛する男、といった感じだ。
画面は、かなり衝撃的だった。
「?」
時折、淫らな言葉まで聞こえてくる。それを聞いて、上杉信は大いに衝撃を受けた。
俺は奔放であっても、放蕩ではないはずだ。なんでそこで、※※※※※(ピー音)必須の、電報みたいな単語を口走ってるんだ?
おい、ダチ公。お前、NTR性癖でもあるのか?
それも、自分から緑の帽子を被りたがるタイプか??
上杉信は、心の観客席に無理やり座らされ、想像上の教育ビデオ(?)をまざまざと見せつけられる。さらに致命的なのは、60秒間、途中退出できないことだ。このマインドキャッチャーは、どうやら一度使ったら60秒経過するまで停止できないらしい!
人の思考は、雑多で変化しやすい。雷火剣のように、決まった動きや体位を繰り返すのが好きなわけじゃない。
上杉信も、また一つ、新たな世界の扉を開いてしまった。
画面の切り替わりは非常に速く、基本的には数秒に一度。様々なプレイが点滅するように繰り返され、上杉信の脳は危うくフリーズしかけた。
Help!
I can't breathe!
「ダチ公、お前……あ、お客さん、ゴホン、なんでもないです……」
上杉信は危うく問い詰めそうになった――『おい、俺もお前たちのプレイの一環なのか?』と。
彼は表情筋を引き締め、生まれながらのバイト聖体としての教養を必死に保つ。
そして、隣で恥ずかしそうに彼氏に寄り添う彼女を見ると、またしても精神が不安定になる――いや、さっき画面で見た汚いものを思い出したわけじゃない。世も末だ、道徳は地に落ちた、そしてこの清潔そうな好青年は、なんでまたこんな趣味なんだ? と考えてしまったのだ。
スキャナーで商品を読み取り、最後に会計。
「ありがとうございましたー」
二度と来るな!
カップルを見送り、辺りに誰もいなくなると、上杉信はようやく、ちっと舌打ちすることができた。
彼は休憩用の椅子にぐったりと座り込み、しばらくぼーっとしていたが、最終的に震える手でスマホを取り出し、妹にメッセージを送った。
【唯、お兄ちゃん、汚されちまった】
さらに、悲鳴を上げて逃げる猫のスタンプを送信。
【?】
同じ猫のスタンプが返ってきた。だが、上杉唯が送ってきたのは、猫が両手で頭を抱え、信じられないといった表情をしているものだった。
勤務中に時々サボるのは構わないが、逮捕されたり、やりすぎたりしてはいけない。
一本のニュース速報がポップアップした。上杉信は何気なく目をやる。なんと、殺人事件だ。
【2024年9月16日10時ごろ、雪ノ下アパートにて殺人事件発生。現場で男性二名の死亡を確認……】
【犯人は残忍な手口で被害者を殺害、遺体を室内に遺棄……】
さらに下にスクロールすると、「連続殺人鬼」の文字が目に飛び込んできた。
数日前と同じだ。依然として、連続殺人鬼による事件。
上杉信はクラスでも、噂好きの生徒が話しているのを聞いたことがある。一ヶ月ほど前から連続殺人鬼が出没し、今日までに市民六名が犠牲になっている。性別も年齢も問わない。共通点は、毎回の殺害が極めて血なまぐさく、犯人はバラバラ殺人を好むらしいこと。一部の自称・内部関係者というネットユーザーがリークした画像によれば、それらの遺体はまるで野獣に食い荒らされたかのようだったという。
上杉信もかつて好奇心に駆られてそれらの画像を見たことがある。そのスレ主はもっともらしく語っていたが、残念ながら後にデマだと断定され、スレ主自身も名乗り出て声明スレを立て、以前の画像は全てフェイクであり、公共のリソースを占有したことを謝罪する、云々。
幸いだったのは、彼の謝罪スレが実名制の掲示板に投稿されたことだ。そうでなければ、ボロクソに叩かれるのは免れなかっただろう。
上杉信は気を取り直し、改めて時間を見ると、すでに交代時間を過ぎていることに気づいた。交代に来るはずのバイト仲間は、まだ来ていない。
彼はこっそりと高士美希さんを一瞥した。店長様は腕を組み、その豊満な胸を強調しているが、顔色はあまり良くない。
どうやら休暇を申請したわけでも、急なシフト変更があったわけでもなさそうだ。
上杉信は、自覚的にレジカウンターの後ろで身を縮める。高士さんは、実はかなり優しい人だ。普段、何か用事があって彼女に一言伝えれば、大抵相談に乗ってくれる。例えば、俺のこの勤務時間だって、あの涙ぐんで同情してくれたお姉さんに抱きしめられた後で決まったものだ。
彼女はまだ若いし、この店をやっているのも、どちらかというと暇つぶしや自己実現のためだろう。大手チェーンのコンビニとは、やはり違う。
だが、絶対にこんなことは許されない。
上杉信は、心の中でその仁義なき同僚のために黙祷を捧げる。
少し遅れるくらいなら、せいぜい数言注意されるだけだろう。だが、何の連絡もなしに十分か二十分も遅刻するなんて。いい度胸してるじゃないか。店長がお前をどうするか、見てろよ、って感じだ。
彼はスマホのアドレス帳を見た。同じコンビニでバイトする同僚として、交代に来るはずの相手とも面識があり、話もそこそこ合う。週末にたまにシフトが一緒になると、よく雑談もするので、連絡先も交換していた。
「上杉くん、もうシフト時間過ぎてるから、先に帰りなさい」
上杉信が高士さんを見ると、彼女の顔には不機嫌な色がはっきりと表れていた。彼は一瞬ためらい、頭を掻きながら言った。「もう少し、店長と一緒にいますよ」
「ん?」女性は美しい目を流し見た。顔の険しさが一瞬で消え、わずかな驚きが浮かぶ。すぐに、にこやかに寄りかかってきた。「あら? 上杉くん、本当にお姉さんのこと心配してくれるの?」
うわっ、妖精め!
上杉信はツッコミたい衝動を抑え、真剣に言った。「二人の方が安全ですし。失礼なお客さんが来ても、対応できますから」
それに、松香さんからクッキーを預かっている。ちゃんと相手に届けないと。
「えらいわね、男らしい!」高士さんは親指を立てる。「上杉くんが他の人のことを考えられるなんて、もう立派な小さな大人ね」
「……俺、もうすぐ成人ですけど」
「はいはい。成人したら、ちゃんと教えてちょうだいね。お姉さんがプレゼント用意してあげるから……」
義父? マジで?
上杉信は本気にしなかった。口先だけの約束を真に受けるのは失礼だろう。
高士さんはにこにこしながら言った。「じゃあ、残りは、今日は上杉くんに守ってもらいましょうか。ボディガードの報酬として、今日は時給三倍にしてあげる。もしあと30分経っても彼が来なかったら、その時は先に帰りなさい。たしか、唯ちゃんの面倒も見なきゃいけないんでしょ? 心配しないで。この30分も、ちゃんと一時間分として計算してあげるから……」
信、半生を流浪すれども、未だ明主に遇わず!
上杉信は背筋を伸ばし、やはり美人店長についていけば、いいことがあるものだと実感する。
ただ……。
「【好感度:72】」
「【説明:貴方にかなりの好感度を持つ年上店長のお姉さん。彼女は貴方の優れた内面を特に評価しています。もう一押しすれば、お金の心配から解放される康荘たる大道は目の前です】」
さっきの71と比べて、高士さんの俺に対する好感度が、一点上がっていた。
「ひぃ……」上杉信は思わず息を呑む。
お前、マジでギャルゲーだな。
だが問題は、高士さんは未亡人とかじゃないってことだ。彼女には旦那がいるんだぞ。
小愛よ、俺はこの恋愛システムに忠告するぞ。人妻とのアバンチュールは邪道だ。人の嫁さんに手を出すなんて、天罰が下るぞ。
上杉信がレジカウンターの後ろで待っていると、十分ほど経った頃だろうか、物音に気づき、店の外を一瞥した。
わざわざ開いた好感度視界の中、味方特有の緑色が、こちらに向かってきている。
ショーウィンドウの外、眼鏡をかけた青年が、ぜぇぜぇと息を切らしながら走ってきた。店のドアに近づくと、両手を膝につき、荒い息を数回整える。呼吸が落ち着くと、慌てて早足で店内に入ってきた。
高士さんは笑顔を消した。さっきまでの、あの輝くような美しさとは別人のようだ。
眼鏡の青年――松末哲也は、今回の遅刻について言い訳もできず、ただ高士さんの前で深々と頭を下げて許しを乞うしかない。この上下関係が厳しい社会で、上杉信は、早くも自分が将来社畜になって叱られる姿を、彼の中に見てしまったような気がした。
高士さんは上杉信の方をちらりと見た。彼はすぐに、何も聞いていないふりをする。だが、高士店長の怒りは、来るのも早ければ去るのも早いらしい。すぐに松末哲也は、大赦を受けたかのように、上杉信の方へ歩いてきた。
「信……本当に、ごめん!」
松末哲也は額の細かな汗を拭い、耳が少し赤くなっている。ひどく恥ずかしそうな表情だ。
上杉信は着ていた店員の制服を脱ぎ、それからレジカウンターの下の棚からクッキーの箱を取り出した。
「ほらよ。松香さんが焼いたクッキーだ。ったく、お前のせいで唯に絶対グチグチ言われるわ。急いで帰らないと。あとは頼んだぞ」
上杉信は従業員休憩室に入り、再び出てきた時には、鞄を提げていた。
ふと、彼は鼻先をくんくんと動かし、松末哲也に尋ねた。「なんの匂いだ? 香水でも買ったのか?」
「え? い、いや、そんなことないけど。俺、なんか匂うかな?」松末哲也は慌てて手を振った。
上杉信は一瞬きょとんとし、ますます狼狽える松末哲也の様子を見て、信じられないといった様子で言った。「……彼女?」
松末哲也は黙り込んだ。
この初心な男は、ぽかんとした後、顔に気まずそうな赤みが差し、小さく頷いた。
うぉう!
上杉信はコンビニを出た。店の外の空気は、それほど新鮮とは言えない。さっき嗅いだ、あの微かな良い香りは、すでに風の中に消え去っていた。
彼は鼻をこする。あの香り、結構クセになるな。
もっと嗅いでいたい、そんな衝動に駆られる香りだった。"