第四章 見惚れる天使と残念な男子(ヤツら)
" 校舎の塀の外では、十月桜が枝を覗かせている。その枝ぶりは枯れて痩せているように見え、もうすぐ花期が近いとは想像もつかない。
十月桜。中輪の花で、八重咲き。八重桜の一種でもある。
この種の桜は年に二回花を咲かせる。春の3月下旬から4月上旬と、秋の10月から12月。今はもう九月の初秋だ。もう少しすれば、半年間沈黙していた孤独な桜の木が、今年最後の満開を迎えるはずだ。
放課後。帰宅部や遊び部隊の少年少女たちが連れ立って校門を出ていく。人混みの中、一人の少女がぽつんと歩き、すぐに集団から離れて、校門近くの大きなエンジュの木の下で立ち止まった。
彼女は黒い手提げ鞄を両手で持ち、エンジュの木の下に可憐に佇んでいる。
友達を待っているだけなのだろうが、その小柄で可愛らしい姿は、むしろ彼氏を待つ彼女のように見えてしまう。
本来ならどうってことない光景だが、少女があまりに可愛いせいか、人目を引いてしまうようだ。
「うおっ、かわいすぎ! 中学生か?」人混みの中で、一人の男子生徒が立ち止まり、顔を赤らめ、目を輝かせて少女を見つめている。
視界に飛び込んできたのは、澄んだ青。少女の髪の色だ。まるで空が髪に映り込んだかのように、白みがかったスカイブルーはまさに目の保養だ。
黒いカチューシャが髪の中に隠れ、見え隠れしている。二本の柔らかな太い三つ編みが、少女の華奢な肩を覆い、太ももまで垂れ下がっている。毛先は二つのピンク色のリボンで結ばれており、そのピンクが鮮やかで明るいアクセントになっている。
穗見高校の標準的な女子制服。胸元にはリボン。下は色合いが非常に心地よいチェックのミドルスカート。一対の白のニーソックスに、茶色の丸いつま先のソフトレザーシューズを履いている。
はぁ……藤原は思わず見とれてしまった。
「どう見ても高校生だろ。でも、ちっちゃくてマジでドキドキする……おい、宗木、あの子何年生か聞いてみねぇ? ワンチャンあるだろ。俺のダチがマジで連絡先知りたがってんだよ」
「あの子か?」宗木と呼ばれた男子生徒は一瞬きょとんとし、友人の視線を追って、げんなりした顔になる。「ちっ、お前、掲示板チェックしてねぇだろ。よくワンチャンとか言えるな。おととい、あの子に声かけた奴が、頭のてっぺんから爪先まで、内も外も徹底的にコケにされて、涙拭きながら逃げてったの知らねぇのかよ。まるで負け犬だったぜ」
「は? ツンデレ? 毒舌? ああぁ~」
人は高い所を目指し、血は低い所へ流れる、と言うように。
下の頭が上の頭を支配することも、よくある話だ。
「おいおい、藤原、何する気だよ!? 坂本も見てないで、早くこいつ押さえろって! こいつのせいで一緒に恥かくのはごめんだぞ!」
「離せ! ドS最高じゃねぇか!? あの子に罵られて死ねるなら本望だ!」
「ったく、ソシャゲ脳かよ!」
浅倉玲奈が向こうの騒ぎに気づいた時には、正体不明の雄の生き物が、友人二人によって引きずられていくところしか見えなかった。
彼女は眉をひそめ、半歩後ろに下がり、エンジュの木に隠れようとした瞬間、はっと息をのんだ。表情のなかった冷淡さが春の雪解けのように音もなく消え、顔には喜びの色が浮かぶ。水色の瞳が一瞬で輝きを増し、その瞳は潤んで、明るく人を惹きつけた。
「朝霧先輩――!」
彼女は待ちきれないように手を振る。その豹変ぶりに、まだ完全に引きずられていなかった雄の生き物は目を丸くし、呆然としていた。
人混みの中から、朝霧 雨が現れた。
彼女は手提げ鞄を片手で持ち、浅倉玲奈を見ると微笑みを浮かべ、左手を軽く挙げて二度ほど振った。その立ち居振る舞いは、颯爽としていて落ち着いている。
秋の午後の陽光は眩しすぎず、誰の上にも平等に降り注ぐ。だが、その光が選ばれし者の顔を照らし出し、彼女たちの輝きを際立たせると、まるで太陽や雨露までもが贔屓をするのかと、密かに不満を漏らしたくもなる。
肩を過ぎる長さの黒髪は、水のように柔らかな質感を見せ、肌は流れ出すミルクのように白い。その対比によって、彼女の印象は即座に浮かび上がる。
白い。霜や雪よりも白く、触れれば壊れてしまいそうなほどに。
精緻な顔立ち、均整の取れたスタイル。絵画のように美しい、青春の少女。
服装は浅倉玲奈と大差なく、穗見高校の女子制服だ。スカートの下の脚は、黒のハイソックスによってその形が縁取られ、太すぎず細すぎず、長く真っ直ぐだ。
薄紫色の瞳が微かに細められ、そこにはどこか淑女のような、上品な笑みが浮かんでいる。
「玲奈ちゃん、待たせちゃったね」
彼女と浅倉玲奈は明らかに知り合いのようだ。玲奈が放課後わざわざ彼女を待っていた。少し遅れてしまった彼女は、笑顔で詫びるのが王道というものだろう。
上杉信? あの不運な男のことか?
ちっ、私にもどうしようもない。
浅倉玲奈は興奮した様子で小走りに駆け寄り、何のためらいもなく、すぐに朝霧雨の手を取って、二人肩を並べて歩き出した。
「ああ! 俺の初恋が終わった……」藤原は胸を押さえて後ろに倒れ込む。だが、尻もちをついた瞬間、すぐに痛みに飛び起きた。親友二人が薄情にも支えもしなかったことを言おうとしたが、振り返ると、二人とも呆然と、少女たちが去っていく後ろ姿を見つめている。
「だが、俺は恋に落ちた」
「俺もだ」
「お前ら、相手同じかよ?」
「ああ、いや違う! 藤原、お前の言う通りだ。あの青い髪の子のこと、調べるべきだよな。あの子の親友、いい足がかりになりそうじゃね? ほら、さっきの超絶美少女。あの子を通して探りを入れてさ。俺たちが絶対お前をあのロリ美少女とくっつけてやるから、どうだ?」
「おい、下心見え見えなんだよ!」
後ろの騒がしいやり取りは、とりあえず無視する。
朝霧雨は浅倉玲奈に手を引かれるままに歩く。浅倉玲奈が一つ下の学年なのは確かだが、関係性で言えば、彼女と浅倉玲奈の友情は、クラスで「雨宮霧」として築いてきた友人たちとの関係よりも、ずっと深いものがある。
「うー、マジでキモい」浅倉玲奈は歩きながら毒づく。
さっきの、口の悪い男子三人が集まって、自分と朝霧先輩のことを品定めしていた会話が聞こえていたのだ。
聞こえなければそれでよかったが、当人に聞かれてしまったのだから、その眼差しは……ゴミ溜めでうごめく陰湿な蛆虫を見るのと大差ないだろう。
「一匹は陰キャな変態ゴブリン、一匹はジメジメしたデブゴブリン、一匹は陰湿でキモいトロル。あんな生きてるだけで空気の無駄、死んだら焼却して燃えないゴミと一緒に埋めるべき奴らが、いつから堂々と日の当たる場所を歩けるようになったわけ? この社会、変態への寛容度が高すぎる……」
玲奈は小声でぶつぶつ言いながら、時折、朝霧雨へと視線を送る。彼女が口元を隠してくすくす笑っているのを見て、玲奈も安心して笑い出した。
「燃えないゴミとは限らないよ? 玲奈ちゃんも、たまには寛容にならないと。そうしないと友達できにくいよ?」
「いりません。私には、朝霧先輩以外の友達なんて必要ありません」
彼女は胸をぽんと叩き、高らかに宣言する。
「あんなバカどもに、私たちの秘密が分かるわけないんです」
「そうかな?」
「当然です――」
浅倉玲奈は口角をくいっと上げる。得意げな笑顔が彼女の顔に満ち溢れ、まるで全ての自信と誇りがその瞬間に凝縮されたかのよう。その輝きは、目を離せないほどだ。
「だって私たちは、魔法少女なんですから」
視界の果てに、純白の妖精が宙に浮かんでいた。"