第三章 竹馬の友は青梅の夢を見るか
" 攻撃力も防御力も高そうに見えて、不意打ちにはあっさりやられるタイプか。
雨宮霧は小さく咳払いし、やれやれと手を振りながら、呆れたように上杉信を一瞥した。
肩をすくめる仕草は、まさに「悪寒」という反応を体現している。
こういう時、こいつは俺を「信」って呼び捨てにするんだよな。
「なあ信。体の健康も大事だけど、心の健康もちゃんと保たないとダメだぞ。俺の忠告を聞けって。アニメや漫画の見すぎは控えろ。今度、俺が自ら合コンセッティングしてやるからさ。隣のクラスの可愛い子でも見に行こうぜ」
マジで?
本当に平然と、俺が他の女の夫にクラスチェンジするのを見てられるのか?
俺は信じないぞ。
ちょうどその時、授業開始のチャイムが鳴った。教室で話し込んでいた生徒も、廊下をうろついていた生徒も、光の速さで自分の席に戻る。穗見高校には不良生徒はほとんどいない。ここに入学できる生徒は、大抵それなりのレベルだ。いじめや嫌がらせも、せいぜい生徒間のもので、教師に向けられることはない。授業時間になれば、内心どう思っているかは知らないが、クラス全体で教師を敬わない者は一人もいない。
教師に物を投げつけたり、教師が教壇で話しているのに生徒が好き勝手喋ったり、大声で教師を嘲笑したり、なんてのは、専門の不良高校系アニメでしかお目にかかれない光景だろう。
雰囲気が変わったのを見て、上杉信は「はいはい、今度な」と適当に返事をする。雨宮霧は呆れた顔だ。
「今度って、いつだよ?」
「だから、今度だって」
二人は示し合わせたように口を閉ざす。厳格そうな顔つきで、いかにも堅物といった感じの中年教師が教壇に上がった。
吉田先生。担当は国語。性格が堅物なのは確かだが、個人的に話すと穏やかな人で、数少ない、俺と接点のある教師の一人だ。
普段なら、上杉信が彼の授業でぼーっとすることはない。だが残念ながら、今は雨宮霧のことで頭がいっぱいで、どうしても考えが飛んでしまう。
いつの間にか、視線は窓の外へ。
日は西に傾き始めているが、まだ日没にはほど遠い。青々とした葉が光の中で微かに揺れ、緑が一層鮮やかに見える。
幼馴染、か。彼はその言葉を反芻していた。
妾髮初覆額 妾が髮初めて額を覆ふとき
折花門前劇 花を折って門前に劇る
郎騎竹馬來 郎は竹馬に騎って來り
遶床弄青梅 床を遶りて青梅を弄す
同居長干里 同じく長干の里に居り
兩小無嫌猜 兩つながら小くして嫌猜無し
まだ私の髪が額に垂れ下がっていた頃、花を摘んで門前に戯れ遊んでいたものでした、するとあなたは竹馬に乗ってやってきて、井桁のまわりを回っては梅を弄んだものでしたね、二人とも長干の里に住むもの同士、まだ幼くて疑いを知らぬ年頃でした。
李白の『長干行』の一節。ここから、世間によく知られる「幼馴染」という言葉が生まれた。男の子と女の子が小さい頃から親密で、助け合い、慕い合う、という意味合いだ。
様々な作品において、「幼馴染」タグは基本的に純愛の旗印を掲げている。「幼馴染は天降りに勝てない」という定番の展開もあるが、上杉信は常にそれを鼻で笑ってきた。理由は他でもない――悪いな、俺は純愛派なんだ。
幼馴染から昇華した恋なんて、まさに人類最高のお宝だろう。
だが、俺の理解が間違っていなければ、幼馴染ってのは男の子と女の子のことだよな?
少なくとも少年少女じゃないと、幼馴染とは言えないはずだ。
ヒントでは雨宮霧の代名詞は「彼」だった。なのにこの恋愛ゲームは、俺と雨宮霧を「幼馴染」に分類している。
さっき雨宮霧と一緒にトイレに行ったばかりで、あいつの性別にはもう何の疑いもない。俺と雨宮霧のような関係は、普通なら「竹馬の友」、もっと砕けて言えば「男同士の幼馴染」だろ。「青梅竹馬」なんて言い方はどこから出てきたんだ?
聞かせてもらおうか。青梅はどこだよ?
雨宮霧が竹馬なら、青梅は誰だ?
俺か?
美少女は、俺自身だった……?
上杉信は何から突っ込めばいいのか分からず、しばらく考え込んだ末、心の中で一言「ポンコツAIめ」と呟いた。
指で机を軽く押さえる。周りからはサラサラと教科書をめくる音が聞こえ、それがかえって彼の心を落ち着かせた。
考えれば考えるほど、思考はあらぬ方向へ飛んでいく。雨宮霧のあの悩ましい秘密のことを考えたかと思えば、放課後はコンビニでバイトだと思い出し、最終的には妹の唯に何を作ってやろうかと考え始める始末。結局、一番心配なのは家のあのバカ妹ってことか……。
「上杉――」
上杉信ははっと我に返り、慌てて立ち上がる。顔を上げると、吉田先生が厳しい顔でこちらを見ていた。
「今、どこを読んでいたか、復唱してみろ。それから雨宮、教科書を元に戻せ。これ以上小細工するなら、お前も立たせるぞ」
おっと、援護艦隊、即撃沈。
雨宮霧は気まずそうに腕を動かし、最後に上杉信に目配せを送る――『ダチ公、俺は撤退する。あとは健闘を祈る!』
上杉信は口元を引きつらせ、教科書に目を落とすと、途端に頭が痛くなった。
授業は聞いていたので、吉田先生がどの課文を扱っているかは分かっている。
だが、吉田先生が聞いているのは、どの『段落』か……。ちくしょう、天に誓って、俺は授業開始から今までサボっていた。授業も半分は過ぎている。雨宮霧のサポートなしで、先生がどこまで進んだかなんて分かるわけがない。
周りは奇妙なほど静かだ。まるで時間が止まったかのよう。
クラスメイトたちの視線が一斉に彼に突き刺さる。まるで笑いものを見るようだ。普段から話す仲の数人は、すでに口元を隠してくすくす笑い始めている。俺が褒められた時、あいつらの拍手は一番大きい。だが、俺が叱られている時、あいつらの笑い声もまた一番遠慮がない――もちろん、それは授業後の話だ。授業中にそんな大胆なことをする奴はいない。
上杉信は意を決して、勘で適当な段落を選んだ。だが、数文字読み始めたところで、教壇の吉田先生はがっかりしたように首を振り、ドアの外を指差した。
「廊下に立っていろ。放課後、私のところへ来なさい」
何も言うことはない。ルールはルールだ。
上杉信はしょんぼりと教室を出て、おとなしくドアの外に立った。
思い起こせば、栄光の日々。俺はこの吉田とかいうおっさんにはそれなりに敬意を払っていて、彼の授業でサボったことなんてなかったのに。今日、こんな目に遭うとは……くそっ、雨宮霧、貴様が元凶だ!
逆賊め! 心腹の患いだ!
はぁ、だめだ。こんな屈辱、受けてたまるか。
明日はまず、雨宮霧の財布を空にしてやる。一滴たりとも残さん……。
「あれ?」
上杉信は、教室から出てきた雨宮霧を見て目を丸くした。数秒固まった後、ついに堪えきれなくなり、必死に笑いを堪える表情で、この道連れの肩を二、三度叩いた。
雨宮霧は彼をじろりと睨み、呆れたように言った。「何笑ってんだよ。お前だってここに立ってんだろ?」
「なんで出てきたんだよ?」
「よく聞けるな。お前がぼーっとしてるから、教科書ずらしてやったら、あの老いぼれに見つかったんだよ……ちっ、完全にマークされた。さっきこっそりアメ口に入れたら、即、廊下行きだ」
雨宮霧は悔しそうに言う。「あのクソジジイ、どこ読んでたかなんて聞きもしねぇんだ。自己弁護のチャンスすらねぇ!」
「授業中にお菓子食ってて、救済措置でもあると思ったか? たとえ聞かれて答えられたとしても、結局ここで俺と一緒に罰立ちさせられてたと思うぞ?」
だが、正直なところ、教室の後ろで教科書持って立たされるより、廊下で罰立ちの方がマシだ。少なくとも、俺たちは今、こうして肩を組んでこそこそできる。教室で立たされたら、気を抜けばすぐに吉田先生のデス・ゲイズが飛んでくるだろう?
「ま、下校までそう遠くないし。ちょっと立つくらいどうってことないだろ。お前のモテ権には影響ないって」
道連れがいると、上杉信の心は一気に軽くなった。一人での罰立ちは罰だが、二人なら、それは固い友情で結ばれた相棒が幾多の困難を乗り越え教室の外で再会する、友情がさらに深まる重要なイベントなのだ。
「次からは一人で立ってろよ……あ、そうだ。アメ、あと二つあるけど、いる?」
雨宮霧はポケットからメントスの箱を取り出した。ミント味。上杉信も遠慮せず、さっと奪い取る。
一つ口に放り込み、「サンキュ」
「どういたしまして。『廊下立たされ神』と肩を並べられるなんて光栄だよ」こいつは皮肉っぽく言った。
廊下立たされ神、だと?
上杉信は軽蔑するように顔をそむけた。彼が罰立ちさせられた回数は多くないし、それも吉田先生以外の授業だ。だが、クラス全体で見ても、罰立ち経験者は決まった数人だけ――雨宮霧は授業中にこっそりアメを舐めるのが好きなので、見事にその一員だった。
好事家たちが、彼ら数人を「無限廊下の番人」などと呼んでいたが、いくら笑われようと、俺の成績は依然として上位だ。
奨学金は最高ランクは取れなくても、それでも奨学金は奨学金だろう?
隣の雨宮霧に至っては、もっとすごい。学年トップが聞いて呆れるぜ?
授業終了、そして放課後まで、もうそれほど時間はない。
上杉信はもう授業を聞く気も失せていた。彼は隣の雨宮霧と小声でぺちゃくちゃ喋り始めた。二人のアホが頭を寄せ合い、時々静かになって教室内の様子を窺う。振り返ったら、あの老いぼれがドアのところに立って二人を睨んでいた、なんてことにならないように。見るからに罰立ち経験豊富なベテランの動きだ。
話している間も、彼の思考は広がっていく。
俺と雨宮霧の友情は深い。小学校四年生の頃から一緒に遊び始め、そのまま同じクラスで中学を卒業し、高校でも奇跡的に親友としての縁が続いている。七年間、間違いなく親友と呼べる関係だ。お互いの秘密なんて、とっくに知り尽くしている。
そんな縁もあって、普段のふざけ合いも理解できる。雨宮霧が俺を七年間も(妹狙いのニュアンスで)呼び続けても、俺はこの妹ラブな逆賊をどうこうしようとは思わなかった。他の奴が同じようにふざけてきたら、とっくに金的蹴りの餌食にしてる。
うちの唯はまだ13歳だぞ。こいつ、いつもあの子のことばかり考えてる。13歳でこれなら、18歳になったら何をしでかすか、考えるだけで恐ろしい。
いや、むしろ雨宮霧は、口ではいつもああ言ってるけど、唯に対して無礼なことをしたことは一度もない。見た感じ、本当に一途なタイプなのかもしれない……少なくとも、恋愛ゲームを手に入れる前はそう思っていた。
「なんだよ、じっと見て」
「どうやって褒めようか考えてるんだよ」上杉信は視線を戻した。
純愛、ね。確かにそう見える。
前に言ったように、雨宮霧は学校で人気がある。入学して数週間は、二、三日おきに下駄箱にラブレターが入っていた。ある時、雨宮霧と一緒に下校したら、彼の下駄箱に同時に三通のラブレターが入っているという壮絶な光景を目にしたことさえある。
あの子たちはどういうつもりなんだろうな。下駄箱を開けて、すでにラブレターが入っているのに、さらに勇気を出して自分のを突っ込むなんて。一度に三通だぞ。まるで陣形を組んで、「私を選ぶの? それともこの女? それともあの女?」と雨宮霧に決闘を申し込んでいるかのようだった。
当然、雨宮霧はどの女も選ばなかった。
純愛アタックも修羅場アタックも、雨宮霧には効かない。興味がなければ意味がない。お前の青春なんか誰も気にしない。突然の告白で感動するのは自分だけだ。
これが、雨宮霧が自称「純愛の戦神」を名乗る根拠でもあった。
外の空は、時間とともに静かに色を変えていく。茂った木の葉が微かに揺れ、まだらな木漏れ日を落とし、それが急ぎ足の靴底に踏みつけられて、ぐちゃぐちゃに塗りつぶされていく。
少年少女たちの楽しそうな声が、校庭や校門から遠ざかっていく。上杉信という不運な男は、まだ教室に残っていた。
教室の壁の中央に掛けられた時計を見上げる。針は15時26分を指していた。
穗見高校の時間割は、ごく普通のスケジュールだ――朝8時45分にSHR、9時ちょうどに一限開始。各授業は50分、休み時間は10分。一日6コマ。昼休みは12時50分から13時30分までの40分。そして15時20分には放課後、解散。
普通は、部活に行く者は部活へ、帰宅部や遊び部隊はさっさと学校から逃げ出す。そして、先生に名指しで褒められ、職員室に名前と学籍番号を報告し、内申点アップの幸運に恵まれた者は、荷物をまとめてまず職員室へ向かうことになる。
「今日は、待ってないからな」雨宮霧はポケットからスマホを取り出してちらりと見ると、パタパタと画面をタップし始めた。メッセージに返信しているのだろう、上杉信にはすぐに分かった。
「吉田先生とゆっくり遊んでこいよ。残念だなあ、本当は外で待ってて、お前が叱られてるのを聞きたかったんだけど」
吉田先生に呼び出されたのは上杉信一人だ。罰立ちの時は雨宮霧も道連れの相棒だったが、放課後になれば、本当に悪竜に挑む不運な勇者は俺一人だけ。
寒い! 孤独だ! 寂しい!
とはいえ、上杉信は雨宮霧に対して特に不満はない。二人の関係はもう十分に固い。普段は登下校も一緒だが、俺自身がバイトをしているように、雨宮霧にも彼自身の仕事がある――こいつは家はそこそこ裕福だが、小遣いには限りがある。普段は俺と同じバイト戦士だ。ただ、バイト先が違うだけ。
大まかな事情は知っているし、雨宮霧が心配いらないことを確認してからは、彼のことに深入りはしていない。
雨宮霧は鞄を掴むと、慌ただしく出て行こうとする。上杉信は机に両手をつき、何かを感じたように顔を上げ、ふと雨宮霧を呼び止めた。
「霧、俺はお前を完全に信じてもいいのか?」
「何バカなこと言ってんだよ」雨宮霧は一瞬きょとんとし、訝しげに上杉信を一瞥した。
上杉信が真剣な顔をしているのを見て、彼は呆れたように首を振り、からりと笑った。「お前は俺の『兄貴分』だろ? 俺を信じなくても、未来の義弟は信じろよな」
「はいはい、そういうのいいから」
「こっちのセリフだよ。そういう美少女漫画ばっかり読むなって。フィクションは毒だぞ、兄貴」
雨宮霧は手を挙げて敬礼し、片目でウィンクしてみせた。
「唯ちゃんのこと、ちゃんと見とけよ? お前がいなきゃ、うちは崩壊しちまうんだからな!」
「そうか? なら、嘘つくなよ」
「嘘……って、何考えてんだよ。ったく、しょうがないなあ」
雨宮霧はもうこちらを見ず、背を向けたまま手を振って、別れを告げる。
「誰に嘘ついたって、お前には嘘つかねぇよ……よし、ホントにもう行かないと。俺のこと、考えすぎるなよ~」
そのアホが教室を駆け出していくのを見送り、上杉信は再び椅子に座り込んだ。だらりと背もたれに寄りかかり、綺麗に拭かれた黒板を、しばらくぼんやりと見つめていた。
「こ、こほん……」
か細い咳払いが聞こえ、上杉信ははっと驚いた。教室後方の女子二人が寄り添うようにして、明らかに彼に気づかせようとしていた。
一人が教科書で口元を隠し、好奇心と期待に満ちた目で彼をじろじろ見ている。
この視線……上杉信はよく知っている。それは、ある種の腐った、名状しがたい、恐るべき集団のものだ。
「上杉くん、雨宮くんと、もしかして……」
「何の関係もありません。知りません。失礼します」
上杉信は即座に鞄を掴み、この陰湿な腐女子たちの視線を背に受けながら、教室から逃げ出した。
吉田先生のところへ行かなければ。ここで少し時間を無駄にしてしまった。先生が怒っていなければいいが。
***
「雨宮――」
雨宮霧の人気はクラスでも周知の事実だ。校舎を出たところで、すぐに男子三人が彼に向かって手を振った。
だが雨宮霧は、まるで聞こえなかったかのように、人混みの中に消えていった。
「あれ、いねぇ? さっき確かに雨宮見たんだけど……」少し体格の良い男子生徒が頭を掻き、不確かな様子で校門の方を見やる。
「雨宮なんていたか? 佐藤、見間違いだろ?」
「え? 高崎、見てないのか? ここ通って……いや、おかしいな、確かにいなかったかも?」
「俺も見てないぞ、雨宮。あいつ、めちゃくちゃモテるんだから、女子がいたらお前より先に反応するって。わざわざお前が見つけるまでもないだろ?」
「平涼も見てない?」佐藤は訳が分からないといった様子で髪を掻き、最後にはっと気づく。「ああ、思い出した。俺、さっき確かに見間違えたわ。後ろ姿が似てたんだ。どうりで声かけても反応ないわけだ……」
「行くぞ、行くぞ! 考えるな、人生は短い、楽しまなきゃ! 行くぞー!」
「こうなったら行くしかねぇ!」
校門を出ると、空が一層広がったように感じられる。
だが、窓や壁の制約がなくなると、かえって広大すぎると感じてしまう。視線を遠くにやると、際限なくさまよってしまい、掴みどころがないように思えて、この無限に広がる青さに、言いようのない不安を覚える。
朝霧 雨は、両手をポケットに突っ込み、校門の前に可憐に立っていた。
彼女はうつむき、つま先を二秒ほど見つめた後、胸を押さえる。心臓がドキドキと音を立てているのが分かる。
「くっ……」
思わず校舎の方を振り返ってしまう。上杉信がまだ職員室で説教されているであろうことは分かっている。
さむい。
彼女の頬が微かに赤らみ、スカートの裾をそっと撫でる。上杉信の、あのパンッという一撃を思い出す。
すぐに、またしょんぼりする。
わたしは、ひとりぼっち。"