第二章 好感度99の本音
" タグは緑色だ。
好感度は、思わずケツがキュッとなるほど高い。
かなり濃い緑色。教室には白や淡い緑のタグが大量に溢れている中で、雨宮霧のタグだけが、やけに生き生きとした緑色で、ひときわ異彩を放っている。
少し慣れてきて、なんとなく分かってきた。これは恋愛ゲームの基本機能で、個人のタグを開けば好感度が見える。そして好感度によって、タグの色は赤、白、緑に分けられるらしい。
白は中立、赤は敵対。となれば、緑は当然、友好だ。
さらに好感度ルールによれば、数値が高いほどタグの色は濃くなる。雨宮霧のような、まるで雨上がりの葉っぱみたいに瑞々しい緑色は、どうやらこの恋愛ゲームが表示できる最高レベルの好感度っぽい。
なんせ、恋愛ゲームのヒントによると、好感度80で攻略成功と見なされ、普通に告白OK。好感度90にもなれば一生添い遂げるレベルで、たとえこっちが植物人間になってベッドに寝たきりでも、相手はベッドサイドに座り続け、動けない俺のために迷いなく自分の人生を燃やしてくれるらしい。
じゃあ、この好感度99ってのは……。
俺たち、肩組んで語り合って、立ちションで飛距離比べたり、ネカフェで徹夜したり、野球場で一緒に青春の汗流したりしたよな。そのくせ、学校の女の子たちのこと、身の程知らずに品定めしたり、薄暗い隅っこで「あいつキモいよな」とか言い合ったりもした。
俺はダチだと思ってた。親友だと。
なのに、お前は俺のこと、なんだと思ってんだよ?
ぶっちゃけ、ちょっと怖い。
上杉信は雨宮霧を見つめたまま、頭の中がぐちゃぐちゃだった。
雨宮霧。穗見高校二年C組の優等生。
その整った顔立ちと上位の偏差値のおかげで、この学校ではかなりの有名人で、女子からの人気も高い。
うん、こいつはかなりレベルの高いイケメンだ。
塩顔系のあっさりしたアジア系の顔立ち。目鼻立ちは完璧で、肌は白く、艶のある黒髪は耳までのショート。唇は薄くて上品で、キラキラした赤紫色の瞳が、陽気で外向的な性格を表している。
正真正銘の中性的なイケメンで、女装させたら絶対似合うタイプ。女子にモテるのもまあ、分かる。
……だが、それが俺と何の関係があるっていうんだ?
絡まれて、上杉信は仕方なく雨宮霧の手を少しずつほどいていく。
もしかしたら、恋愛ゲームのタグの影響かもしれない。上杉信は、無意識のうちにちらりと盗み見た。こいつの手は、顔と同じくらい、いやそれ以上に綺麗だ。指は長くて白く、ぱっと見は女の子の手みたいで、触れると少しひんやりしている。握ったら、きっと気持ちいいんだろうな。
……って、は?
俺は何を考えてるんだ?
上杉信は内心で「恋愛ゲーム、マジで害悪!」と毒づいた。
すぐに思考を修正し、脳内に様々な黒スト、白スト、ニーソを思い浮かべ、ようやくこの不穏な感覚を頭から追い出した。
「……お前がいつになったら、うちの小唯への下心を捨てるのかって考えてた」
「そんな言い方すんなよぉ」
雨宮霧は上杉信の肩をぽんぽんと叩き、へらへら笑いながら言う。
「なあ、信。俺にしとけって。どうせ小唯ちゃんだって、いつかはどっかの馬の骨に取られるんだ。だったらその馬の骨が俺だっていいだろ? 見ろよ、俺はもう六年間も小唯ちゃん一筋なんだぜ? この想い、天地神明に誓って本物だ。それでもまだ、感動してくれないのか?」
上杉信はタグに目をやる。
【好感度:99】
さらにキーワードを見る――「キミのことが大大大好きな『幼馴染』。」
この野郎……隠すの上手すぎだろ。
あんなに親しげに俺の名前を呼びやがって。さては、狙いは妹じゃなかったってわけか。所謂、酔翁の意は酒に在らず、だな。
「ひぃ……ちょっと来い。その頭、お清めしてやるから」
「わかった、わかった、降参だって」雨宮霧は両手を挙げ、女より白い顔に人の良さそうな笑顔を浮かべる。「でも、本当のこと言えよ。さっき、マジで何考えてたんだ? あんなにぼーっとして。もしかして……」
声のトーンがふわりと変わり、その曖昧な響きは何かを暗示しているかのようだ。
目もすっと細められ、妙な含み笑いが漏れる。
人間見た目が全てとは言わないが、陰キャなゴブリンがこんな笑い方をしたら、たぶんただキモいだけだろう。だが、雨宮霧という男は違う。上杉信は前から、この親友の笑顔が「少女キラー」級なのは知っていたが、まさかこんなだらしない笑い声でさえ、どこか色っぽく聞こえるだけで、一線を超えた下品さにはならないとは。
上杉信は黙り込む。
恋愛ゲームのタグを読むまで、ずっと雨宮霧を一番大切な友人だと思っていた。なのに、雨宮霧が自分に抱いている感情が、まさかこんなにも……考えさせられるものだったなんて。
この好感度って、本当なのか?
チートにはご丁寧に設定と説明が付いていて、各数値の意味が詳しく解説されている。それはそこにある。信じるか信じないかは、自分次第だ。
上杉信は、まだ判断を保留していた。
「なんでいきなり溜息つくんだよ?」
お前のせいだよ、この策士の色白イケメンめ!
待てよ、そういえば、こいつ……。
雨宮霧の好奇心に満ちた視線を受けながら、上杉信は改めて親友をじっくりと観察する。顔立ちは言うまでもない。肌は女より白く、体型もどちらかというと華奢なタイプ。上半身と下半身のバランスは完璧で、腰が細く足が長い。
手も綺麗だし、首筋も綺麗だ。しかも、喉仏がほとんど目立たない!
さらに上を見ると、髪は深い黒。まるで墨のようだ。なのに髪質は繊細で、柔らかそうな質感があり、それが少年の肌を一層白く見せている。
雨宮霧は戸惑った表情を浮かべた。上杉信の存在感ありすぎな視線に居心地悪そうに一歩下がり、軽く咳払いをする。
「おいおい、信よぉ。その視線はちょっと侵略的すぎないか? たしかに、兄貴分に取り入るのも妹攻略の迂回路ではあるけどさ。この純潔な身体は小唯ちゃんのために取っておくんだから、お手柔らかに頼むぜ」
ただ、身長が俺と同じくらい、たぶん175cmあたりか……はぁ、女装男子の可能性が一気に低くなった。
上杉信は一瞬つまらなそうな顔をしたが、すぐに気を取り直す。諦めきれない気持ちで、再びスマホを取り出し、以前保存しておいたネタ画像を探し出して、雨宮霧の前に突きつけた。
大まかな内容は――主人公が子供の頃、仲良しの男友達数人と楽しく遊んでいたが、大人になって振り返ってみると、当時の仲間が全員女の子だった、というもの。
上杉信は期待に満ちた目で雨宮霧を見る。
「正直に言えよ、霧。お前、実は俺のそばに隠れて、俺のことを虎視眈々と狙ってる美少女なんだろ?」
雨宮霧はまず沈黙し、額に青筋が浮かんだ。
すぐに上杉信の手首を掴み、声を低くして、ドスの利いた声で言った。
「行くぞ、トイレ」
「は?」
「どっちがデカいか、勝負だ! 小さい方が美少女な!」
「はああああ!?」
しばらくして、雨宮霧に伴われ、上杉信は教室に戻ってきた。席に座るなり額を押さえ、完全に人生を疑っている顔だ。
俺様、孤高のキングとして17年間無敗を誇ってきたが、今日、ついに好敵手に巡り合い、上には上がいるという道理を思い知らされた。
これじゃあ、俺の方が美少女だ。
「お前……人間か?」歯ぎしりしながら言う。
上杉信はまだ少し魂が抜けたようだ。こいつ、見た目は少し女顔だが、まるで裏世界の暗黙のルールに従うかのように、絶対的な『攻め』タイプだった。
一方、隣の席の雨宮霧は頬杖をつき、少しこちらに顔を向け、女のように整った顔に意地の悪い笑みを浮かべて、しきりにこちらを見ている。
「お前ごときが俺を美少女に? さて、どっちがなるべきかな?」
のどかな春景色も、青春真っ盛りの輝く笑顔には敵わない。
窓の外を厚い雲が通り過ぎたのか、一瞬暗くなった後、さらに明るい午後の暖かい光が差し込んできた。午後の日差しがこれほど心地よく暖かいのは珍しい。手首に降り注ぐ光に、思わず肘を日向へと動かしてしまう。
放課後が近いせいか、ちょうど休み時間だからか、教室内の雰囲気は他の時間帯よりもずっと賑やかだ。生徒たちの笑い声や話し声で満ちている。席を立ってじゃれ合う最高のコンビもいれば、三人、四人と連れ立って教室の外へ新鮮な空気を吸いに行き、精神を救おうとする仲間たちもいる。実に楽しそうだ。
誰かが雨宮霧を呼んでいる。こいつは本当にすごい。高2C組のクラス委員長で、そのイケメンぶりと、誰とでも分け隔てなく話せる性格のおかげで、高2C組最大の人気者であり、一番のコミュ力お化けと言えば、彼以外にいないだろう。
だが雨宮霧は席に座ったまま笑顔で断り、なおも教室に残り、俺と傷を舐め合うことを選んだようだ。
上杉信は机の天板を軽く叩きながら、少し意識を集中させる。左手の人差し指で机をなぞると、非常に滑らかな感触が伝わってくる。傷一つない。高校にはいじめや嫌がらせがつきものだが、それは普通、クラスの底辺にいる弱者がターゲットだ。それに、このクラスには太陽のようなクラス委員長、雨宮霧がいる。クラスで大きな問題が起きたことはない。
彼は口角を引きつらせ、作り笑いを浮かべた。
いつまでも雨宮霧にマウント取られて煽られてるわけにはいかないだろう。それじゃまるで負け犬じゃないか?
上杉信も、こいつを真似て頬杖をつく。ただし左手で。ちょうど右隣の雨宮霧と向き合う形になる。
目が合うと、途端に吹き出した。
「おいおい――」二人は顔を寄せ合い、上杉信が悪魔のように囁く。「放課後、まずピーチウーロン奢れよ。明日の昼飯は学食でなんか美味いもん奢ってくれ。そしたら明後日、美少女になってやるからさ。黒ストか白ストか、好きに選べよ。ただし、お前のケツは先にこっちに向けとけよな……ククク!」
「ちょうどいい。お前の美貌には前から目をつけてたんだ」
パァン!
こいつの形のいい尻に一発食らわす。さあ、これでまだ調子に乗れるか?
雨宮霧は一瞬固まり、無意識に尻を押さえて後ずさる。その仕草が、なんだか本当に少女のような恥じらいを含んでいた。
ちっ、こいつはいつもこうだ。尻を叩かれると必ず反応する。何をそんなに恥ずかしがることがあるんだか。
……ん?
待てよ。
【好感度:99】
もしかして、雨宮霧の尻を叩いたのが、俺だから……?
机を軽く叩いていた上杉信の右の人差し指が、ぴたりと止まる。雨宮霧の一瞬の硬直、その微細な表情の変化は、彼の目から逃れられなかった。少年の驚愕の色がはっきりと見て取れた。
「【絶対に言えない秘密を隠してる!】」
「【もし死ぬことでキミが幸せになれるなら、彼はきっと躊躇なくキミのために死を選ぶだろう!】」
絶対に言えない秘密。この表現は、何か強い禁忌の匂いがする。ドラマとか、雑多な漫画やアニメでよく見るような展開だ。ギャグかもしれないし、悲劇のヒロイン(ヒーロー?)かもしれない。もしかしたら、掘り下げたら宇宙人とか未来人だった、なんてことだってあり得る。
気になる。
人間は猫みたいなものだ。好奇心という名の小猫が、心の中で絶えず引っ掻いてくる。
俺の心の中の猫は、雨宮霧のことを考えていた。"