第十章 歪められた現実と認識
"雨宮結弦は時々思う。お兄ちゃんが、いつもこんなに遅く帰ってこなければいいのに、と。
「いくらなんでも、遅すぎ……」
明かりが煌々と灯る一戸建ての住宅。少女はソファに半ば寝そべり、白い素足のふくらはぎが肘掛けを越えて宙に浮き、わずかに二度ほど揺れた。
家の白猫がカーペットの上を通り過ぎ、小さく「にゃあ」と鳴いた。
「ん?」雨宮結弦はすぐにソファから身を起こす。まだ少しぼんやりしていた目が、猫を見た瞬間に澄み渡った。
「あんたも起きたの?」少女は室内スリッパを履き、パタパタと、「小菊」という名のこの猫の後を追う。
表情の乏しい白い顔に、ごく小さな微笑みが浮かぶ。「お腹空いたの? それとも喉渇いた?」
雨宮結弦。雨宮霧の妹。齢十三歳、まさに豆蔻の年頃。
小さな顔は白く、艶のある黒髪は耳までのショートカット。まだ幼い少女には、成熟した女性の豊満さや魅力は見られない。加えて、少女のさっぱりとした個性と、何かにつけて上着を羽織るのが好きな中性的な服装のせいで、むしろ眉目秀麗な少年のようにさえ見える。
現在、冬雪中学の一年生。家庭は幸福円満、両親は仲睦まじく、兄妹も仲が良い。人生は順風満帆と言える――偏差値を除けば。
「私の言うこと、聞く気ある?」雨宮結弦は白猫の背中を撫でながら言う。「あのバカが帰ってきたら、飛びかかって足首に噛みついてやりなさい。うまくやったら、ご褒美たんまりあげるから」
「にゃ?」
「やれって言ったらやるの。ごちゃごちゃ聞かない」
「にゃあにゃあ?」
(だから、あんなに遅く帰ってくるのが悪いんだ)
今日は特にひどい。夕食さえ家で食べなかった。
「霧の奴……」
私の、バカ兄貴。
部活にも参加してないくせに。バイトでもないのに。毎日毎日、外で遊び歩いて。本当に、誰に悪影響受けたんだか……。
華奢な指が、時折猫の顎の下に回り込み、優しく掻いてやる。猫エンジンが即座に始動し、「ゴロゴロゴロ」という音が聞こえてくる。
「ご~ろ~ご~ろ~」少女は猫を見つめ、猫も彼女を見つめている。
ただ、その猫語の発音は、実に標準的ではない。猫が聞いても、呆れた顔をするレベルだ。
「にゃ」(あんた、自分が何言ってるか分かってる? 愚かな恐怖の直立猿め)
「本当、落ち着きのないお兄ちゃんだよね。今、外では変態殺人鬼の噂も出てるんでしょ? それなのに夜遊びが好きなんて……待って、小菊、もしかして、あいつ、誰かと一緒に出かけてるんじゃないでしょうね?」
雨宮結弦は目を細める。「まさか……女の子?」
「にゃあにゃあにゃあ?」
(私は猫だぞ! そんなこと私に聞くのか?)
小菊には、何も分からない。
白猫は、やや退屈そうに一つあくびをし、そのまま雨宮結弦の太ももから飛び降り、床に着地してぐーっと伸びをした。
「小菊、どこ行くの?」
太ももの上の湯たんぽが逃げてしまっては大変だ。雨宮結弦はすぐに後を追った。
何としても、このデブ猫を捕まえて、兄へのささやかな怨念を発散させるために、思いっきりもふもふしてやらなければ。
白猫は階段を駆け上がっていく。
雨宮霧と雨宮結弦、兄妹二人の部屋は二階にある。
雨宮家の一戸建ては、構造的には上杉信の家と似ている。というか、一戸建てなんて、大抵こんなもんだろう。
「ドア、閉まってない?」
雨宮結弦は雨宮霧の部屋のドアの前で立ち止まる。兄の部屋のドアは半開きになっており、隙間から例の猫がするりと入り込み、ドアを少し押し開けたようだ。薄暗い室内がわずかに見える。
夜は更け、部屋には誰もいない。当然、電気もついていない。
「もう、だらしないんだから」雨宮結弦は片手を腰に当て、呆れたようにため息をついた。
ドアノブに手をかけるが、ドアを押して入ることはしなかった。
「小菊、出てきなさーい」
「聞こえる? 小菊?」
部屋は奥深く、ほんのわずかな隙間から、微かで冷たい気配が流れ出してくる。まるで、深淵が闇に潜み、身の毛もよだつような不安感を放っているかのようだ。
なんでこんなにホラー映画のセットみたいなんだ?
雨宮結弦は額を押さえ、なんだか呆れてしまう。
芝居がかりすぎでしょ。でも、ここは私の家で、目の前の部屋は、毎日顔を合わせている兄、雨宮霧の部屋だ。このドアの向こうが、異世界へのポータルになっているわけがないだろう?
お願いだから、私を中二病扱いしないで……。
「困ったな」
雨宮結弦は仕方なく頭を掻いた。
「よりによって、霧の部屋に逃げ込むなんて……賢くなったわね……」
雨宮結弦は、雨宮霧の部屋に入ったことがない。
記憶を探っても、兄の部屋の様子は思い出せない。
なぜなら、彼女の兄はかつて、こう言ったからだ――『俺の許可なく、俺の部屋に入るな』。
確か、小学生の頃のことだ。具体的な時期はもう思い出せない。広大な曖昧な記憶の中で、ただ、少年のあの真剣な口調だけが、今も耳に残っている。まるで、これからの彼女の人生において、ずっと響き続けるかのように。
彼女は、決して雨宮霧の部屋には入らない。この家では、両親でさえ、彼の部屋に勝手に入ることは許されない。私物の扱いもそうだ。必ず雨宮霧本人の同意を得てからでなければ、動かしたり処分したりすることはできない。
他のクラスメイトから兄妹間の付き合い方を聞いたり、家族のあり方を知ったりして……それによって、自分の家の状況が異常なのだということは分かっている。
だが雨宮結弦本人は、そのことを知った後も、特に問題があるとは思っていないようだ。むしろ、兄がかつて彼女に言ったルールを、今も守り続けている。
――お兄ちゃんの部屋には、入ってはいけない。
心の底では、かすかな好奇心が騒いでいる。だが、兄がかつて言った言葉を思い出すたびに、まるで冷水を頭から浴びせられたかのように、騒いでいた好奇心の火は、それに伴って消え去り、跡形もなくなる。
「入るなって言うなら、入らないけどさ。なんなのよ、秘密主義なんだから」
時々、少し不公平だと感じることもある。自分の部屋は兄が自由に出入りするのに、兄は彼女を自分の部屋に入れてくれない……。だが、その不公平だという思いさえ、すぐに薄れていく。根付く前に、萌芽の段階で摘み取られてしまうのだ。
いずれにせよ、小菊が霧の部屋に入ってしまった以上、彼女が追いかけることは絶対にない。
ついでに雨宮霧の部屋のドアをしっかり閉め、猫を部屋に閉じ込めてやった。
雨宮霧がドアを開けた途端、でっぷりとした白い大きな猫に顔面を襲われる光景を想像し、雨宮結弦は思わず意地の悪い笑みを浮かべた。
手をパンと叩く。出来立てほやほやの悪戯計画――計画通り!
突然、階下で物音がした。雨宮結弦は一瞬きょとんとし、顔に喜びの色がぱっと咲く。
だが次の瞬間、少女は咳払い一つで笑顔を収め、顔を引き締め、真剣な表情になる。
両手をポケットに入れ、スリッパを履いて階段を下りる。パタパタというはっきりとした足音が響く。まるで、誰かに合図を送っているかのようだ。
「霧」
玄関にいた朝霧 雨が顔を上げると、雨宮結弦は口元にわずかな笑みを浮かべた。
「こんな遅くまで待っててくれたのか? 悪かったな」
開口一番、謝罪。罪を逃れようって魂胆か?
雨宮結弦は唇をきゅっと結び、聞こえないふりをする。
逃がすもんですか。
くらえ、私のライトニング・トルネード・チョップ!
「よく帰ってこられたわね?」雨宮結弦は朗々と問い詰める。この件、「彼」にこんな風にごまかされてたまるか!
朝霧 雨はスカートの裾をパンパンと払い、かかとを上げる。少女の指がくいっと引かれると、黒いローヒールのローファーが簡単に脱げた。
「何その靴の脱ぎ方? 女子すぎない? 私だってそんな大げさじゃないんだけど」
雨宮結弦の瞳が、その黒いローヒールのローファーを映し出す。一瞬、まるで霧のようなヴェールがかかったように見えた。
彼女は力強く頭を振る。再び目を凝らすと、それはローファーだ。ただし、男子用の。日本の男子高校生は、ほとんどがローファーを履いている。いわば定番の一つだ。
改めて見る。雨宮霧――彼女の、眉目秀麗で性格温厚な、良いお兄ちゃん。まるで少女漫画から抜け出してきたかのように精緻な容姿。時々、彼を見ていると、自分と本当に血縁関係があるのか疑わしくなるほどだ。この男がこんなにイケメンなのは、道理に合わない!
「次からは気をつける」
「まだ次があるの? まさか本当に、人には言えない乙女心を隠してるんじゃないでしょうね」雨宮結弦は呟き、小声でツッコむ。「オネエキャラはウケないって……今度絶対、動画撮ってやるんだから。さっきの動作がどれだけキモかったか、見せてやる」
キモい?
朝霧 雨は、自分の黒いハイソックスに目を落とす。うん、悪くない。上杉信とかいう男の血圧を急上昇させ、鼻から血を噴き出させてHPをゼロにするのに十分な組み合わせだ。
だが、他の人々の目には、「雨宮霧」という認識をまとった彼女は……想像してみると、彼女自身の口元も二度ほど引きつった。
ふぅ、どうやら今日は油断しすぎたようだ。演技が中途半端だった。
彼女がこの家に来て、もう七年になる。もしかしたら、本当にこの家の家族に対して、気が緩んでしまったのかもしれない。
朝霧 雨はリビングに入り、冷蔵庫から炭酸飲料を取り出して、その場に座り込む。次の瞬間、自分の脚を見て、ひどく葛藤した――このあぐらの姿勢は、実に豪快すぎる。
罪深い……。
ゴクゴクッ!
朝霧 雨は喉に流し込む。オタク御用達の幸せドリンクがもたらす爽快な口当たりは、実に心地よい。一日の学業と、魔法少女としての過酷な仕事を終えた後、一杯の幸せドリンクを拒めるだろうか?
ちっ、これ自体、全然美少女らしくないな。
七年!
朝霧 雨は、さらに一口呷る。
丸七年!
この七年間、彼女がどう過ごしてきたか、知ってるのか?
男子トイレにだって、平気で突入できるようになった。しかも、トイレの個室でスカートまくり上げて、存在しないモノを指差して「デカいか?」なんて聞けるくらいに。彼女にデカいも小さいもあるか。むしろ、誰かさんの『モノ』はかなり立派だったが……。
ちっ、待て。まずは玲奈ちゃんと話していた時の感覚を取り戻さないと。できるだけ、淑女のイメージを保たないと。
……淑女イメージなんて、クソくらえだ。玲奈ちゃんを騙すだけならまだしも、自分自身まで騙すな。
かつては、彼女も内気で臆病な、か弱い萌えキャラだった。だが、どんなにか弱いハムスターだって、誰かさんと肩を組んで丸七年も過ごせば耐えられない。繊細で敏感な乙女心は、とっくにツッコミと「兄弟よ~」「ダチ公よ~」という兄弟仁義によって磨り減らされ、皮一枚しか残っていない。ゆるゆるにぶら下がり、風が吹けば、さざ波のように人には見せられないシワが広がるだけだ。
つまり、玲奈が彼女に憧れの念を抱いているのをいいことに、そこに立って、上品な淑女の微笑みを浮かべれば、玲奈の崇拝の眼差しを得られる、というわけだ。
……クソ!
犯したい。犯されたい。
「はぁ……」
まったく、世も末だ。道徳は地に落ちた。
雨宮結弦は秀眉を微かにひそめた。「何ため息ついてるの?」
朝霧 雨は物憂げに言った。「お兄ちゃん、恋に悩んでるんだよ」
「?」
何言ってんの?
雨宮結弦は、途端に緊張した。「こんなに遅くまで、一体どこ行ってたの?」
「女の子とデートだよ」朝霧 雨は頬杖をつき、微笑んだ。「すっごく可愛い子でさ……まあ、なんて言うか……うん、猫みたいな感じ?」
「知らない人にはシャーッて威嚇するけど、認めた相手にはめちゃくちゃ甘えてくるんだ……あれ? そういえば、まだ話してなかったっけ? 彼女とは知り合って長いんだ。少しずつ、友達から発展してきた感じでさ」
「……?」
雨宮結弦が、信じられないといった様子で固まっている前で、朝霧 雨は幸せドリンクを手に、階段を上っていく。
彼女は話を途中で切り上げた。意図的に謎めかしているのだ。
「俺、外で食べてきたから。先に上がるぞ」
「待って、ちょっと待ちなさいよ!」
女の子とデートって、どういうことよ?
平然とした顔で、この話をごまかせると思わないで!
わ、私に、もうすぐお義姉さんができるってこと?
そういうことって、まず妹の意見を聞くべきじゃないの?
「彼女じゃないって。女友達だよ」
「?」
それって、もっと最悪じゃない?!
雨宮結弦は目を細め、朝霧 雨の後ろ姿を睨みつけ、冷たい言葉を吐き出した。「クズ! 鬼畜! 人でなし!」
(申し訳ない。私は少女なので、罵るなら感情をもてあそぶクソ女と罵ってください)
朝霧 雨は、ひどく悪趣味に、声を上げて笑った。わざと階下のあのバカ妹に聞こえるように。結弦は、彼女の生活における数少ない楽しみの一つなのだ。
ドアを閉めると、世界は静けさを取り戻した。
朝霧 雨は笑顔を消し、もう笑わない。
彼女は壁に背をもたせかける。室内は薄暗く、物は見えにくい。だが彼女にとっては問題ない。一対の瞳は、暗闇の中でも、床にうずくまるあの太った白猫の姿をはっきりと捉えていた。
「なんだ、誰かと思ったら……」
誰もいないなら、それでいい。
ドアの前で静かに数秒立ち尽くした後、ようやく歩き出し、パチンと電気をつけた。
灯りが、彼女以外誰も足を踏み入れないこの部屋を照らし出す。
上杉信。
壁一面に貼られたポスター、机の上に置かれた写真立て、ベッドの上の等身大抱き枕、隅に置かれたフィギュア、特注で作らせた置物……。
全部、全部、全部、上杉信。
微笑んでいる時の上杉信、落ち込んでいる時の上杉信、侮蔑の表情を浮かべる上杉信。
アイスクリームサンデーを食べているカジュアルな上杉信、バイト中にレジに立っている従業員限定の上杉信、野球のバットを振りかぶり集中しているスポーツマンな上杉信、スーパーでカートを押して商品を選んでいる主夫な上杉信。
全部、全て、一切。
全世界。
「小菊、出ていきなさい」
「にゃ~」
命令は、発せられれば必ず従わなければならない。白猫は軽く一声鳴き、素直にドアの隙間から部屋を出て行った。
「……」
やっと、帰ってきた。
この狭い、私と幻想だけが残された、秘密の世界へ。
朝霧 雨はベッドに飛び乗り、そばにあった上杉信の等身大抱き枕を掴んだ。
この等身大抱き枕は両面で二つのバージョンがある。普段、彼女は表バージョンを抱いている。特殊な裏世界限定の上杉信は……それは彼女が一時的に興奮した時か、あるいは変態的な心がどうしても抑えきれなくなった時にだけ、取り出してちらりと見るものだ――あまり長く見てはいけない。見すぎると、翌日、上杉信と会う時に悪影響が出る。
「信……私の信……」
まずは、発狂タイム。
抱き枕の胸元に顔をすり寄せ、ごろごろと転がる。まるで、さなぎの中の毛虫のようだ。
顔の表情は、残虐とさえ言える。それは、猫を吸う時よりも、さらに深く陶酔した痴態だ。
嵐のような吸引で、わずかにエネルギーを補給した後、朝霧 雨はようやく落ち着きを取り戻し、体を反転させ、大の字になってベッドに横たわった。
ふと、信だったら、彼は『太』の字になるだろうな、と思った。
頭の中は、信の姿でいっぱいだ。
眠れない。眠りたくない。
もっと彼に尻を叩かれたい。
もっと彼に寄り添っていたい。彼の匂いは、すごくいい匂いがする。
でも、怖い。
そばにあった布団を引き寄せ、頭まですっぽりと被る。空気が、まるで綿を詰め込まれたかのように、突然重くなり、呼吸が苦しくなる。
彼、本当に気づいたのかな?
指が頬に触れ、顔の輪郭をなぞる。
綺麗?
玲奈ちゃんは、いつも私が綺麗だと言う。
でも、綺麗だって、何の意味があるの?
彼女は布団をはねのけ、壁に貼られた上杉信のデフォルメキャラを見つめる。
彼女は、信にバレるのが怖いのだ。『雨宮霧』なんて存在せず、いるのは人前に出ることのできない『朝霧 雨』だけだということが。
「信……」
彼女は抱き枕を抱きしめる。
眠りの中でも、なお、うわ言のように、彼の名前を呟いていた。"