表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/10

第一章 親友の好感度がカンストしてる件

" 上杉信うえすぎ しんは時々思うのだ、この世界はどこかおかしいんじゃないかって。


 「幻覚ってのは知覚障害の一種で、精神症状のひとつだ」

 「統合失調症、重度のうつ病、双極性障害なんかによく見られる……」


 教室の後ろから二番目、窓際の席。いつもの場所だ。

 授業の合間にスマホのブラウザで検索結果を眺める。インテリジェントにピックアップされた項目を一つ一つチェックして、うん、心身ともに健康、統合失調症なんて患っちゃいないと確信した。うつ病とも縁遠いはずだ。

 まあ、せいぜいが現代人特有の間欠的なemoってやつで、うつ病なんてとんでもない。

 毒キノコとか、そういう外部要因についても、俺の食生活は今のところ常識の範囲内だし、別に限界に挑戦する気もない。それに妹の好みに合わせる必要もあって、我が家の食卓はたいてい平凡そのものだ。


 じゃあ、これはもしかして……チートか?


 スマホの画面を消す。

 気分が、なんだか落ち着かない。


 意識を集中させると、上杉信の視界に、微かに光る青白い文字列が滝のように流れ落ち、RPGのステータス画面みたいなものが現れる。


 「【上杉信(17)】」

 「【体力:4】」

 「【敏捷:6】」

 「【知力:6】」

 「【魅力:7】」


 基本的なステータスは分かりやすい。システムの説明によれば、一般人の各能力値は5が基準で、通常の人類が到達可能なピークは10らしい。

 ただ、物事には現実ってものがある。横にある「ヒント」を念のため開いてみると、こんな注意書きが――ぶっちゃけ、どれか一つでも10に達してるヤツがいたら、そいつが人間かどうか疑った方がいいレベル。ピーク値ってのは理論上のピークであって、本当に到達できるかは別問題。10を超える? 論外だ。全力で逃げろ、とのこと。


 正直、「人間かどうか疑った方がいい」って言い方は、上杉信の探求心をくすぐりまくった。一晩あれこれ考え悶々としたが、同時に底知れない恐怖も感じて、なんだか世界観がひっくり返るようなパニックと強烈な不安に襲われたりもした。

 でも今日、改めてこのヒントを見ると、だいぶ冷静になれた――生まれてこの方17年、怪奇現象だの超常現象だの、聞いたこともない。ここで一人で考えたって仕方ない。俺の日常は、別に何も変わらず続いていくんだから。


 ステータスを隅々まで吟味する。

 体力は4。合格ライン以下に見えるけど、5ってのが成人男性の健康値だと考えれば、まあ普通か。

 敏捷は6。反応速度とか身体の協調性に関わる。常人よりちょい上で、プチ有利ってとこか。まあ、忍界最速の四代目とかは夢のまた夢だな、さすがに。

 知力は6。これはIQじゃなくて、厳密には学習能力とか集中力らしい。つまり勉強には多少の才能アリってことか。本人の努力もあって、なんとか田舎のガリ勉根性で奨学金枠に滑り込んだけど、最高ランクのはさすがに無理ゲーだった。あそこは化け物揃いだ。


 こうして見ると、俺の最高ステータスって、まさかの魅力なのか。


 「【魅力:7】」

 「【説明:人混みの中でも目を引きやすく、少しお洒落すれば街でかなりの注目を集めるでしょう】」


 これが8になると「魅力爆発」レベル、9ならたぶん「歩くフェロモン」か「人型サキュバス」レベル。まさに天が口に牡丹餅を突っ込んでくるような人生ってやつだ。

 上杉信もたまに妄想はするが、魅力7でも十分すぎるほど優秀だし、特に不満はない。


 現代人の気晴らしといえば、だいたいネットサーフィンだ。波に乗り続けているうちに、上杉信もこの手の展開への耐性が多少はついていた。彼は周囲を気にせず画面を下にスクロールする。そこには「トレジャー」とか「実績」みたいな項目もあった。


 顎の前で両手を組み、視線がふらふらと宙を泳ぐ。


 この自称「恋愛システム」なるものが現れたのは、昨日のことだ。

 田舎の実家で古い神社にお参りを済ませ、長距離バスで冬雪市とうせつしへ戻る途中だった。

 バスの座席で軽くうとうとしていた、まさにその時。目の前に、ズラッとメッセージがポップアップしたのだ。


 「【プレイヤーナンバー:003】」

 「【認証完了】」

 「【条件達成を確認。恋愛ゲームを正式にロードします】」


 びっしりと並んだ半透明の文字が、いきなり目の前に浮かび上がったんだ。ビビらない方が嘘だろう。

 視界が不意に『好感度モード』に切り替わり、目に入る人々の頭上に、色とりどりのタグのようなものが浮かんで視界を埋め尽くした。


 めちゃくちゃ気になる。

 最初は幻覚かとも思ったが、この「恋愛ゲーム」とやらが表示されたまま一晩過ごしてみて、認めざるを得なくなった。こいつは、たぶん、本物だ。


 恋愛ゲーム、ねぇ……。

 上杉信はふっと意識を戻し、窓の外へ目を向ける。青い空、白い雲。校庭では少年少女が青春を謳歌していて、実に羨ましい限りだ。

 だが正直、羨ましい、で終わりだ。恋愛なんかより、上杉信は断然、金を稼ぎたい――この歳で恋愛が多少遅れたって問題ない。だが富貴が来ないなら、この人生の青春は謳歌する前に終わっちまう。

 モテ期到来と一攫千金、選ぶなら断然後者。

 できれば一夜にして大金持ちになって、経済的自由を手に入れたい。そうすれば、心置きなく恋愛人生もエンジョイできるってもんじゃないか?


 しかし、現実は甘くない。もしチートにも宿主との相性ってもんがあるなら、こういう根っからの捻くれオタク系な自分と「恋愛」との相性は、最悪なはずだ。

 彼自身の人生哲学において、「恋愛」という言葉の前には、家族、友人、富貴、ゲーム、猫、犬、ハムスターなど、数々のキーワードが並んでいる。いわゆる『恋愛なんて犬も食わねぇ』ってやつで、そして彼はその中でも孤高を気取るシングル貴族なのだ。


 はぁ、と溜息。

 ぼんやりしていた一瞬の隙に、すぐ隣から黒い影がぬっと現れた。

 そいつは妙に馴れ馴れしく肩を抱いてきて、ぴったりとくっついたまま左右に揺さぶってくる。脳みそシェイクされそうだ、マジで。


 上杉信は内心ドキリとして、「やばい」と呟く。顔を向けると、そこには自分と同じ制服を着た少年がいた。

 さらさらとした耳までのショートヘア。前髪は少し長め。眼鏡はかけていない。明るい薄紫色の瞳が楽しそうに細められ、口元には実に爽やかな笑みが浮かんでいる。


 「よぉ、しん! ここで何ぼーっとしてんだ?」


 親友の雨宮霧あまみや きり。完璧なリア充にして人生の勝ち組。相変わらず妹に気があるかのような、この6年来の呼び方で話しかけてくる。


 だが、上杉信はぐっと心を落ち着け、思わず雨宮霧の頭上へと視線を送る。そこには、一つのタグが静かに浮かび、彼が開くのを待っていた。


 「【雨宮霧(17)】」

 「【魅力:9】」

 「【好感度:99】」

 「【説明:キミのこと、世界で一番大大大大大好きな『幼馴染』。絶対にバレちゃいけない秘密を抱えてる! もし死ぬことでキミが幸せになれるなら、彼はきっと躊躇なくキミのために死を選ぶだろう!】」


 またしても、深いため息が漏れた。


 おい、相棒よ。


 お前……相当ヤバいぞ。"


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
恋愛ゲームなのか……と、思って読み進めていたら、まさかの親友ポジが……ヤヴァいですね〜w
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ