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1  作者: 白米
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 鈍く軋むような痛みが、胸の奥からゆっくりと浮かび上がってくる。

 瞼を開けると、天井があった。知らない建物の、石で組まれた滑らかな天井。透き通った青い光が、壁の隙間から淡く差し込んでいる。空気は静かで、少し冷たい。木や土の匂いがせず、代わりに何か、金属と草の混じったような匂いが鼻をかすめた。

「……起きましたか、ラルゴ殿」

 声は柔らかく、しかしどこか張り詰めている。

 目を動かすと、傍らに一人の少年が立っていた。いや、少年〝のような〟存在だった。

 

 腰まで届く長い髪が薄紫に輝いている。冷たい色なのに、なぜか目が離せなかった。黒いマントがその小さな身体を包み、端正な顔立ちに浮かぶ表情は、まるで何百年もの静寂の中に育った花のように、凛としていて――どこか寂しげだった。

「……あんたが助けてくれたのか?」

 ラルゴは、喉の奥から掠れた声を絞り出す。口の中は乾いていたが、体の中に残る痛みが、本物の感覚であることを知らせていた。

「ええ、ちょうど近くにいたので。あのままでは……肺まで刺さっていたかもしれません。ですが、ご安心を。命に関わるほどの損傷はありませんでした」

 その口調は、年上に向けるような敬意と距離を兼ね備えている。まるで自分のことを、世話の焼ける珍獣か何かと思っているようだった。

「助かったよ。あんた、名は?」

「フィニスと申します。この国の、魔法理会所属……大魔導師です」

 ラルゴは一瞬、何か聞き間違えたのかと思った。だが、フィニスの顔に冗談の色は一切ない。

「……大魔導師、って……」

「ええ、そう呼ばれています。実年齢は百二十と少々。若作りのつもりはありませんが、体質のようなものでして」

 口調は冷静だったが、どこか慣れているようでもあった。何度も同じ反応を繰り返し受けてきたのだろう。

「……へぇ、ずいぶんと長生きな子供だな。俺より、はるかに年上ってことか」

「ええ、野蛮そうに見えても、礼儀は心得ているのですね」

 ピクリ、とラルゴの眉が動いた。だが言い返す気力はなかった。何よりも、自分が今どこにいて、これからどうなるのか――それがわからない不安の方が重かった。

 

 沈黙が落ちた。空気が、静かに沈み込む。

「……あなたの体は、魔力に対して極端に無防備です。この国に長く滞在すれば、遅かれ早かれ魔力障害を起こすでしょう」

 その声はあくまで穏やかだったが、言葉の内容は冷酷だった。

「では……どうすりゃいい。もう出ていけって話か?」

 フィニスは、一拍の間を置いてから、静かに首を横に振った。

「いえ。対処法はございます」

 言いづらそうに視線を逸らしながら、彼は続けた。

「魔力のない者がこの国に適応するには……強い魔力をもつ存在と、〝身体を交える〟必要があります。それにより、魔力を受け取り、一定の安定を保てるようになります」

 ラルゴは、しばらく沈黙した。沈黙の中で、彼はただフィニスの顔を見つめた。少年の顔は赤くもなく、真っ青でもなかった。まるで、これがただの論理的な選択であるかのように、彼は立っていた。

「……それで?」

「神託により、適合者が選ばれました。貴殿と最も相性の良い存在と」

「まさか」

「ええ。私です」

 ラルゴは天井を仰ぎ見て、息を吐いた。ほんのわずか、声にならない笑いが喉を漏れた。

「……最悪だな」

 フィニスは微かに眉をひそめたが、返す言葉はなかった。

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