2:人殺しの俺たちと、フィーゼリタスの新たな過ち ②
ニ章 ②/3
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一人でも生き残ると後々に大きな禍根をうむ、というのがペリタ新皇の考えらしく、一つ村を落として潰せば殺す奴には男も女も、老いも若きすらもなかった、皆『平等』の扱いだった。
だが、傭兵ってのは雇い主の意向に沿って戦ったり、戦争をする。そういう職なんだ。
それゆえ俺もフィーゼリタスも、少なくない報酬と引き換えに大勢トルタンダの奴らを殺した。
正直なところ良心がどうとかは、俺は考えなかった。俺にとっては人間も獣人も家畜も、命の重さはみな同じであり、俺にはどうなっても構わないような些細なものだ。
そこへ下手に同情なぞすれば無用な隙が生まれ、次は俺やフィーの命が脅かされる。
大事なのは、『フィーかそうでないか』だけ。誰が死のうが苦しもうが、それが身内でないならば、俺にとってはすべて割りきるべき些細な問題だった。
――――……ただ、フィーゼリタス。コイツは違っていたのだ。
コイツは、一度興奮したら手がつけられないような猛獣に化けるくせに――……それでも、フィーだけはずっと、正気だったのである。
あの血飛沫の飛び散る戦場を、火の灯ったような苛烈な目をして舞うように駆けながらも。
そしてこの『戦い』にフィーが音を上げた時には、俺もさすがに思い直した。
他人の命をなんとも思わない俺は確かに人殺しが『適職』ではあるが、向いているだけで好きでやっているわけでもない。
初めから仕事の中身がこのような虐殺だと知っていたら絶対に請けなかったものを、仕事だからと割り切って俺は深く首を突っ込みすぎていた。
だから俺は契約期間の更新と共に、フィーと一緒にあの戦場からは足を洗った。それからしばらくは戦場自体からも離れる事を決め、ニムドゥーラ湖の畔に宿をとり、長い自主休暇を取ることにした。
そして今に、至るのだ。
俺は急に静けさを取り戻した室内で、フィーゼリタスに問うた。それはあの山の中へ――――凍てつく森の、白い静寂の内へ戻ってきたかのようだった。
「――――で、いたのか? トルタンダの奴らは」
「居なかったよ……」
しかし涙を浮かべたまま、再び伏し目になったフィーゼリタスの返答は予想通りで、
「そうか……」
俺は斜めに、フィーから目を逸らした。
そもそも奴隷というのは、九割がたが戦争捕虜だ。あの戦場の規模なら、普通はこんな遠方の地にまで虜囚として回ってきていてもおかしくない。だが、
「まあ、当たり前か……。みんな殺しちまってたもんな……」
俺は気の抜けた声をあげる。
……ただ、一拍おいてやはり首を傾げた。
フィーゼリタスの言い分には深く同情できる。しかし、
「……それがお前、どうしてあのガキを買ってくることに繋がるんだよ? 何で俺の『同郷』なんだ、さっきは俺に会わせたかったとかふざけたこと言ってたが、なんでそんなことで俺が喜ぶと――」
「ッッ、もう! どうせボクはバカだよ!」
その途端、フィーゼリタスがパッと顔を上げた。そこには今度こそみなまで尋ねられたくないとでも言うような、切なく激しい瞳があった。
「わかってる! わかってるよ!!
でも、あの子がイチヘイのふるさとの言葉でお父さんとお母さんを呼んでるのみたとき、なんかこう……ビビッ!て……ビビッてきて、連れてきたくなっちゃったんだ! しかたないでしょ! だっていつもイチにはお世話になってるし、その、同郷の子だから連れて帰ったら、イチも喜ぶだろうし、この子連れて帰れたら、ボクがこの子を救うことにもなるし、トルタンダの人たちの代わりに救うことにもなるんじゃないかって……その、そのために、ボクは……。ボク、あ……あぅ……」
(欺瞞だ、これは……)
と刹那に俺はおもった。
本人も一気に吐き出しながら、おそらく自分の主張がいかに嘘と偽善と矛盾と言い訳とに溢れていたか、気づいてしまったんだろう。話す内に声がしぼんで目が泳ぎ、最後には涙をぽろぽろこぼしながら黙りこくってしまった。
「…………お前……。その為に俺の金まで使ったってか……」
「…………」
無言のままコクリと頷かれた。
そこで俺はやっと、コイツの言い分が腹に落ちた。要は、
『自分の傷を赦し、癒してくれるものが欲しかった。普通の動物ではダメだ、相方にも認めて貰える相手でないと、ここには置かせてもらえない。イチヘイとも繋がりのある同郷の子なら適格だ』
と、無意識にでもそういうことを思ってあのガキを買ってきたのだコイツは。
「――――全部、計算ずくの自己満かよ……」
「そう……だ、ね……」頭を殴られたような顔をして、呆然とうつむく馬鹿なフィーゼリタス。
恐らくここまで口にして、初めて自分の思惑に気づいたのかもしれない。付き合いが長すぎて考えが読めてしまう。
噛み締めるが如く息を吸い、吐き、それからやっと、フィーゼリタスは弱々しく声を上げた。
「……そうか。ぜんぶぜんぶ、ボクの……ボクだけのための都合、だったのか……。……だから、ボクは正しいことしてるって、正しくないし変なのに変じゃないんだって思いたくて、認めたくなくて……一緒にいるイチにもこんな、気持ちで……」
嗚呼……、と俺もまた胸中で嘆く。
それが、あの不自然なほどに反省せず、現実に目を向けない数々の態度。
空回りして、いっそ不気味なほどの朗らかさと笑顔に繋がっていたのかと。
元々コイツは、一度スイッチが入ると後先を考えないアホだ。他人のためと言いながら頑張りすぎた結果、妙なやらかしをすることもよくある。だが、今回はそれを差し引いても、
「こんなの何も、誉められたもんじゃねえぞ……」
「うん……わかってる……」
ズビズビと洟を啜りながら、フィーゼリタスは自分の内を見つめるように胸の前に両腕を寄せ、その手をじっと見つめていた。
……だが正直 俺も、もしあの戦場を選ばなければ、もしもっと早くあの戦場と縁を切っていたら、フィーはこんな『傷』を負わなかったのではないかという負い目はずっと抱え続けていた。
あの戦場に関わったことに対しての後味の悪い後悔も、俺なりにはある。
それにトルタンダから戻ってきて以来、フィーは時々、明け方になるとひっそり泣いているのを俺は知っていた。
何度も謝罪の言葉を口にしながら呻いている。別室で寝る俺には夢で魘されているのか、起きて泣いているのかすら判然としない。
それでもずっと、聞こえてくるのだ。
この長期休暇に入ろうと俺が言い出したのも、(本人には言っていないが)本当はほぼフィーゼリタスの為だった。
にも関わらず、俺は永く付き合ってきたコイツの明るさと抱える『傷』とのギャップに戸惑い、そして翌朝にはまた何事もなかったかのようにその『傷』を隠して俺に笑いかけるコイツの態度に戸惑いつづけてきた。
隠してくるその『傷』に、俺は触れて許されるのか、それを問うことすらずっと怖い。
ゆえに『休ませておけばそのうち良くなるだろう』と、甘く見て放置していた――――すべて他ならぬ俺がしたことであり、他人の命は奪えるクセ、たった一人の相棒には永遠に浅い言葉しか投げられない俺は、信じられないほどの臆病者であると同時に、やはり人間の肉を纏うだけの何かでしかなかった。
そして殊ここに至ってこんな有り様を知ってしまったのだ。
もう俺は、コイツを『赦す』のはやはり無理でも、これ以上責めることも突き放すことも、またできなくなってしまっていた。
――――もはや、正論を振りかざして終わる話ではない。
「……チッ……!」
「わっ?!」
だから俺は、生まれて初めて感じる行き場のない思いを込めてフィーの肩をドンと小突いた。後ろはすぐ壁だ。追い詰めて、ぶん殴る代わりに太くて長い耳の横にドカッと手をつく。
「ひゃっ?!」
いまだ許せない思いはあるが、それでもやはりコイツのこの様を見て、悼ましく思わないわけがない。
――――10年、一緒にいたんだぞ?
だがいくら同情は寄せられても、この毛玉のせいで金がないという事実だけは、やはりどうあっても腹立たしかった。
「……い、イチヘイ……? な、なに? いきなりこんな……」
「少し黙ってろ」
涙の残滓を残したまま、戸惑ったようにそこに固まるフィー。
俺は問いには答えず、すぐ脇の開け放たれた扉から数瞬だけ隣室のソファに目をやる。
あのガキが、寝息を立てている。
正直、たとえ『返品』は無理でも、あいつを再度売りにだせば、どんなに安く買い叩かれたとしてもそこそこの金は返って来るだろう。客観的に見るなら、パーティの今後のためにもアレ|はいない方が確実に良い。
が、アレをもう一度市場に流すということは、…………――――そんなことをすれば、フィーはまた俺には隠したまま、夜にひっそり泣く気がした。
今度は自分の『傷』を受け入れて貰えなかったと、吹き出る血に塩を塗り込んで泣かせるのだ……他でもないこの俺が。もしそうなれば、俺はその選択をしたことを永遠に後悔しそうだった。
ならば、しかし、やはり……。
「くそ……」
俺は苦い顔で毛玉に向き直ると、その翡翠色の目を見据えて言い切った。
「……なら、いいかフィー? このままアレを手元に置いておくのは、仕方ねえから許すぞ」
「えっ?」
「今回のことも額面がデカすぎるから、余裕が出てくるまで当分の生活費は一緒にひねり出してやる」
見れば、翠のどんぐり目がにわかには信じがたそうな表情で揺れている。その瞳へ、耳の横から下ろした人差し指を突きつけ、
「……ただし、大事なのはここからだ良く聴け」
と言いおいて俺は続ける。
「その代わり、あのガキの面倒はお前が見ろ。余裕が出てきたら、アレの食い扶持ぶんもお前がちゃんと稼げ。その時点から、お前が使い込んだ分の金も少しずつ返してもらうからな。
あとお前のサイフの中身も、お前の手形も、さっき言った通りこれからは俺の管轄にする。また衝動的に奴隷を買われちゃ敵わんからな。以上」
「!!」
ぶっきらぼうに言い切った。途端、しなびていたフィーゼリタスの長い耳がピンと真上をむく。元々円い目は、更にまんまるに見開かれた。
なんだったら、背景に花とか背負いそうな表情だ。
そのままの雰囲気で、フィーゼリタスは申し訳なさそうな表情の奥から喜びを隠しきれないような声を上げ、ひしと俺に抱きついてくる。
「い、イチ……? ほんとに……? ホントにいいの……?! ごめんなさい、イチ! ……大好き!」
「ちょ、やめろ!!」
フィーの匂いが、ほのかに獣臭さの混じった甘く芳しい香りが鼻を掠める。
「正直ね! もう追い出されてもしょうがないって、出てけって言われても仕方ないって! 思ってたの……」
そして急にテンションを落とした声を、耳元に囁かれる。
「ちゃんと反省するから。……言われたこと、守るよ……」
抱擁など、もう何年ぶりだろう。弱っていると、耳長族も他人と触れ合いたくなるのだろうか。
なら、どうして今までコイツは、助けてと、言ってこなかったのだろうか。
その、二の腕に触れるコイツの毛皮のくすぐったさと複雑な思いが同時に胸をかすめ、落ち着かない気分になる。それでも俺は、どうにかいつもの調子であしらう。
「そうか。……なら今の言葉、忘れるなよ。約束しろ。でなければ次は本当に縁を切るぞ」
「うん、わかった……約束……。――――――する、よ」
不意打ちだった。
『シャッ』と細い音がして、横向きに着けた後ろ腰の鞘から、俺の短剣が引き抜かれる感触がした。




