2:人殺しの俺たちと、フィーゼリタスの新たな過ち ①
ニ章 ①/3
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フィーゼリタスが情けない声で叫んでいる。
「――――ほんとごめんなさい!
ごめんなさいごめんなさい、謝ってるんだからお願い、ボクのお財布返してよおぉぉー!!」
…………少し話を戻そう。
フィーがこのガキに運んできたのは菓子だけではなかった。でかいトレイを持ってくるゆえ何かと思えば、その上にはキッチンで暖め直した朝の残りの食事も共に乗せられていた。
俺が今朝、作ったヤツである。
そうしてコイツは、その、湯気の立つ骨付き肉入りの野菜スープ、旨いが硬めの白パン、皿の上に盛って出された『サマロ』という菓子と熱い茶を途中までは泣きながら食べていた。
貪るように食い、旨そうにすする内に涙は引っ込む。
よほど腹が減っていたのか全部腹に収めると……驚くほどあっという間に眠りに落ちてしまった。
……しかも俺の肩にもたれ掛かって、だ。
その一部始終をやはり浮かれた様子で眺めていたフィーゼリタスが、
『ふふふ、すっかり懐かれたねぇ、連れてきて良かったでしょ……??』
――――……などとのたまわった事から、今、毛玉が半泣きになるこの状況が出来上がっている。
問題は何も解決していないと言うのに、なんの反省も、自分が何をしたかも判ってなさそうなその笑顔に、ひとまずは保留にされていた怒りが俺の中でプツンと弾けたのである。
ただ、流石にもう刃傷沙汰は起こさなかった。
代わりに俺はコテージの西側、午後の柔らかいひかりと湖の反射が天井にゆらめく、フィーゼリタスの寝室に押し入った。そして俺を止めようと情けない声を上げる毛玉からまずは財布を取り上げ、それからコイツの持ち物である大きな背負い鞄をひっくり返しながら高らかに宣言したのだ。
「返せだ??
答えは否だ、絶対に返さねえ! これからはパーティーの金銭は全部俺が管理するからな!
お前の財布の中身も、……あと、お前がこの背負い鞄の中敷きに隠してるコインの袋も貰う!」
「うっ、うえぇぇ!? な、なんで知ってるの?! やめて、そのヘソクリとられたら、ボクの『オヤツ資金』もなくなっちゃう!」
「うっせえ何年一緒にいると思ってんだ、それに誰のせいでこうなってると思ってる?! 皮剥いで闇市で敷物として売られないだけマシだと思えよ!? それ以上反論するならマジで殺る」
「ひぇ!? 怖いこと言わないでよ?! ねえ!」
戦場じゃ平気で人を突き殺すくせに、ぎょっとして耳の先をふるわすフィーゼリタス。普段のコイツは常にこんな感じである。
そして戦慄する毛玉の気配を背後に感じながら、俺は手の感覚だけでヤツの背負い鞄の中敷きをどかした。
とにかく今は現状で手元に残っている金を確認せねばならない。
手探ると、ざらりとした感触の布が指先に当たった。
「コレか、お前のヘソクリ」
『ああ……!』と諦めとため息の混じったような声を上げる持ち主の目の前で、俺は小花の刺繍で埋めつくされた目当ての巾着袋をつまみ出す。手早く中を改めてみて、俺は呆れた。
「……何で菓子買うためだけに、少額コインに混じって1エラコインが入ってんだ……」
なんとなればこの袋だけで占めて1エラと9811ピニーある。
間食を買うためのヘソクリって額じゃねえぞ。
「えぇ……? だ、だってお金いっぱいあれば、オヤツもいっぱい食べれるでしょ? サマロもボクが買ってきたやつだし……――」
モニョモニョした口調で、味でも想像したのか頬を緩ませだすフィーゼリタス。
……今のこの状況、分かって言ってるのか?
俺は人を食ったような笑みと共にその言葉を遮って、毅然とそれをコイツの財布と同じように懐にしまった。
「うん……わりいな? これだけあったらとりあえず俺のと合わせて5日位は食えるか……?」
「えっ、ちょっ?! 待ってよ! 本気で持ってっちゃう気なの?!」
「は? ここまでしといて冗談も何もあるかアホ! お前があのガキ買ってこなきゃ、このヘソクリだって俺は別に知らんふりで通してたからな! マジで今息できてるだけありがたいと思えよ??」
「ううぅー……」
すっかり悄げた様子をみせているが、その姿勢が更に俺の怒りに油を注ぐ。
もう本当に嫌いになりそうだった。他人の金まで勝手に使い込んで、どうしようもないクズだ。こんなヤツだと思っていなかった。
…………いや、本当にこんなやつだっただろうか?
刺すように毛玉を睨みつけながらも逡巡してしまう。
さすがに今回のやらかしは、子供のころから付き合ってきた俺にすら看過できないレベルで常軌を逸している。
なにせ今回のやらかしには『奴隷市場に立ちよったとき』、『オークションに参加したとき』、『ガキを競り落とすとき』、『俺の金に手をつけるとき』、『ガキを引き渡されるとき』、思い直すポイントなぞ幾らでもあったはずなのだ。
(そういえば、『高値で買い直させてくれと男から持ちかけられていた』ような話もしていたな……?)
そして、結局はそのどこででも意図して一度も考えを改めなかったせいで、あのガキが今ここにいる。
菓子以外に無駄金を使わない普段の毛玉の考え方からすれば、確かにどこか不自然さも拭えないところはある。……しかし膨れ上がりつづける怒りの前に、そんな普段の相棒への印象なぞ、業火に落ちる枯れ葉の一枚にしかならなかった。
「てかお前、なんで奴隷市場なんて行く必要があったんだよ!? あんなトコ、金のある貴族どもが行く場所だろが!」
「……そっ、それは……」
途端にフィーゼリタスが、ピクリと震えて顔色を曇らせる。
「本気で信じられねえ。なんで思い止まらなかった!?」
だがこのとき既に怒り心頭となっていた俺には、急にフィーが耳を倒し、目を伏せだす意味なぞ知ったことではなかった。リビングのソファに寝かせたままの奴隷を寝室から指差して、そのまま毛玉にきつく詰め寄る。
「そもそも、あんなのの為に俺の……いや、ふたりの金ぜんぶ使うってお前馬鹿なのか?! いくらアホでもお前はもう少し分別はあるヤツと思ってたぞ俺は!!」
「…………」
ついに毛玉は黙り込んでしまった。俺はつのりにつのった怒りを『バン!』 と拳と共に目前の壁に叩きつける。
「クソ! ここまで来たらとにかくあと3泊はこの宿を拠点にはできるが、その後はどうすんだよ?! てめぇのせいで、明日からまた稼がなきゃならねえじゃかよ! なあ?!」
もう、おそらくはほぼ無一文だ。この毛玉の財布本体の金もきっちり計算しなければ細かくは解らないが、残った金は恐らく4~5エラ前後。あのハナトとか言うガキの食い扶持まで考えても、切り詰めれば三人であと一週間程度は食えはする。
ただ、それは本当に理屈の上だけの話だけであって、
(――――本当に、なんて様だ……)
俺ははっきりと失望していた。
命すら預け合える仲だった。
血の繋がりよりも深く信頼していたからこそ、俺は自分の金もこの毛玉が時々使えるよう、金融手形に『権限の委任』を付与していたのだ。今となってはそんな自分も馬鹿だったとは思う。
傭兵の職を始めたのは6~7年前からだが、コイツとの付き合いはそれ以上だ。そうやって気づけばもう10年以上、共にいたのだ。
足りない部分を補い合える、アホだが気の良い相棒だと、ずっと思い続けてきた。
――――その海より深かった信頼を、いま、こんな形で裏切られたのである。
それは金を使い込んだことだけではない、何も相談されず決められことが、裏切られたようで何より許せなかった。
「…………」
毛玉はまだ黙りこくっていくる。その様子を睨む俺の身の内には、言葉では表しきれない怒りがはっきりと渦巻いていた。
……本当に、殺してやろうか。
「何か言えよ!! 言うこともねえのかよこの俺に……!?!?」
そうだ、このままコイツとはパーティを解消して、ガキはもう一度売りに出せばあるいは少しは……、
「……だって……ト……タ……ダ…………が」
と、ここでフィーゼリタスがやっと口を開く。
それは消え入る蝋燭のようにか細く、小さな声だった。咄嗟には聞き取れず、俺は至近距離からヤツにガンを飛ばす。
「あ゛ぁなんだハッキリ言えよ!」
積み重ねてきたはずの俺との信頼まで、金と一緒にドブに棄ててきたこの耳長の行為を、俺は絶対に許さない。
「――……だってトルタンダ族が、捕虜になって上がって来てないかって、気になっちゃったんだよ!!!」
そしてバッと上げられた、毛並みも艶やかな翡翠の瞳には涙が滲んでいた。
「っ!?」
しかし俺にとっては、その表情も話されるタイミングも、完全な不意打ちだった。
それでも、こういう表情をされるとやはりフィーゼリタスの心には『傷』があったのだということを嫌でも見せつけられてしまう。
「おま、え――――」
おかげで俺は怒りを見失ってしまった。言葉も見失ってしまった。その隙へ滑り込ませるようにフィーゼリタスは畳み掛けてくる。
「元々奴隷なんてねっ、ボクも買う気はなかったよ?! でもねボクはあそこにトルタンダの捕虜が一人でも居たら……それだけで救われる気がしたんだ! あの人たちの事っ、ボクは、ボクはたくさん殺したから、たくさん見たから……だから見たらわかるもの! ……それだから、観に………!」
(――――お前そんな、脆い部分、あの日から今日まで俺の前では一片も見せなかったクセに……)
言い分を聞いても、やはり俺は言葉が見つからなかった。怒りも、もうどこかに吹き去ってしまっていた。それぐらいの衝撃だった。
ここでその涙は狡い。
フィーは外見も馬力も、人間とは明らかに違う獣人だ。
普段は朗らかに笑い、かとおもえば困り、怒り、コロコロと表情を変えるため、ずっと忘れている……――いや、いま思えばやはり俺の前ではすべて隠して、忘れさせられていたのかもしれない。
代わりに俺の脳内には鮮明に、3ヶ月前のあの戦場での光景が思い出される。
――――それはここから遥か北方の、覆い被さるような灰色の空の下だった。
黒緑の木々が放つ暗く深い森の匂い。まつ毛も凍てつく冷え切った大気。一面の銀世界。そこに異物のように混ざり込むのは、血と煙の臭い。爆発。怒号。
この長期休暇を決める前、俺たちはトルタンダ北方山脈の雪中戦闘に参加していた。
トルタンダ族というのは、その戦場で敵方となった部族の総称だ。
種は人族。余所者とあまり関わりたがらないために外の血が混ざらず、皆一様に褐色の肌と赤目に赤毛をもっていた。それこそフィーゼリタスの言うように、一目で分かるような特徴的な外見だった。
狩猟と採取で飯を食い、広大な山脈中にあちこち砦のような村落を作って、独特な文化で栄えていた。
で、俺達はこの部族に戦争を吹っ掛けることにしたペリタ新皇国という国に雇われて、こいつらと『戦った』わけだ。
…………戦った?
…………いや。今ならば『違う』と言い切れる。あれは、自分達の暮らす山を神と崇め、土地の明け渡しに応じないトルタンダ族を、ペリタ新皇国側が武力と兵の頭数にモノを言わせて、しらみ潰しに、一方的に、『皆殺し』にしていた。




