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12:あなたを見ている。③

十二章 ④/4


読了目安→7.5~12分

 ――――……やっぱりひと思いに、イチに殺してもらえないだろうか?


「……っ、んんっ!」


 よぎった思いを、ボクは頭を振って急いで振り払った。

 言うこときくなんて言ってしまったあの瞬間から、ずっと苦しくてどこかに抱えていた気持ちだったけど、こんなの、全部許してくれたイチヘイにはやっぱり言えるはずもない。


 だから今のボクにはもう、ハナトを見守って幸せにしてあげるしか、やっぱり道がないんだ。

 せめてこの子を幸せにできれば、ボクも少しは心から幸せでいてもいいって思えるかも知れない、から――――。


 ふと昨日、イチヘイに言われた言葉を思い出す。


『全部、計算ずくの自己満かよ』


「……けっきょく貴女(あなた)が『可哀想な奴隷のお人形さん』じゃなくて『ハナトちゃん』だって解っても、貴女をボクのために利用するのは、変えられないんだね……」

 

 向きを変えた拍子に(はだ)けてしまった上掛けをかけ直してあげながら、ボクは仰向けになった彼女の頭をそっと撫でた。


「ごめんねハナトちゃん……。せめて不自由しなくてもいいように、これからもがんばるからゆるして」


 ……と、そこへ、開け放していた部屋の入り口からさわさわと風が抜けていった。

 

 ぷるりと身体が震えた。そういえば窓は開けっぱなしだし、風呂上がりの毛が乾かなくてそのまま寝てしまっていたから、ずっと下穿きと下着のシャツだけだったことにも気付く。


「……なんか寒いと思ってたけど、そりゃそうだ、えへへ」

 

 ついでにわざとらしくでも笑う。言いながらむにむにと、自分の顔を揉んだ。笑っていれば、いつものフィーゼリタスが戻ってくる。


 いつまでもメソメソしていられない。


「……んよし、じきにイチヘイも帰ってくるだろうし、目が腫れてたらまた心配させちゃうね!」


 気をとりなおしたボクはまずは、鞄のなかから着替えを引っ張り出してきた。一枚ずつ身に纏いながら、軽く帰ってからここまでのことを確認したり思い出したりする。

 

 汚れた服は、あとで洗濯しなきゃいけない。


 あの変なお姉さんからは、輓獣車(ばんじゅうしゃ)の終着駅に降り立ったあとの別れ際に


『もしこの子の目が覚めていなくても、この子と一緒に明日のお昼過ぎくらいにはその住所に来てくれないだろうか』


と言われている。だから明日はその時間に会いに行かなきゃだ。


 ……そして雑踏(ざっとう)のなかで彼女と別れたとたん、ボクは背後から耳の間に手を置かれ、


『で――――、話を聞こうか……』


と、ハナトを抱いたイチヘイからのお説教タイムに入ったりもしていた。でもこちらは、


 ボクは知らない。


 ボクは何も悪いことはしていない。


 ちゃんと言葉にできてたか分からないけどそんなことをしどろもどろに主張すると、わりとあっさり解放されたのでホントによかった。


 でもさすがに、お姉さんから指摘されたものをボクが本当に持っていたこと、拾った本人(ボク)が本当に正体を知らないのに『高く売れる』とお姉さんが言い残していったことには、驚くというより、なぜか怪しむような怪訝な顔を見せていた。


 それでもとにかく蒼灰(そうかい)しょくにひかる真珠のようなその石はイチヘイに回収される。それから彼が、


『魔石店もいいが、その前に実際どんなもんなのか、〈冒険者ハンザ〉でついでに『底』を()()()()くるからな...』


と、目の奥にすごく怒った色を忍ばせて言っていたのも目撃していた。


『――――底って?』


『あー、この石が何か分かるなら、とりあえず『知識』はあると見なせるだろ。高く売れるっつーなら向こうでも取引があるはずだ』


『知ってたら、つまり?』


『……まあとりあえず、妖獣やら魔獣に関してド素人ってことにはならない。今後も付き合っていこうとは思うが良いよな? 情報は鵜呑みにしないでもう少し慎重にいくが』


『ふむふむ、わかった』


でも、納得したのはホントに一瞬だけだった。そのすぐあと、わいてきた疑問にボクは首をかしげる。


『……え、じゃあもし知らなかったら……?』


『とりあえず帰るぞ』


(んん? 返事がないのが怖いよイチ??)


 ……まあ確かにあれは本当にひどかったとは思うしボクもまだちょっと怒ってるけど……。


 それでも家を出ていく前、知らなかったら何をするか本当に心配になってしまったので、とにかくは、『ほどほどにしておいてね??』とめちゃくちゃ釘は刺しておいた。


「でも、だ、大丈夫かな……」


 服を纏うたびしゅるしゅると鳴る衣擦れの音を耳にしながら、ほんのり過る不安と戦うボク。


(……うーん、たぶん大丈夫だと、思う、けど……)


 帯も巻いてベルトにポーチも通した。ぜんぶ着終わったので、次に窓を閉めにかかりながら考える。


 だってあれでも、お師匠さまが噛みつかれたり引っ掻かかれたりしていた最初の頃に比べたら、イチヘイは本当に別人だ。


 それに普段のイチヘイは、とっさに嘘をつくような駆け引きとか、気の緩みが許されないような状況になると強い。状況の飲み込みも迷った時の決断もボクよりずっと早くて的確だと思う。


 ……ただ相変わらず血の気も多いんだよね。


「大丈夫かな……? 暴れてないよね……?」


 言ってしまってから、その言葉に対してボクはぷるぷると(かぶり)をふる。


 せっかくイチヘイだって、自暴自棄になったボクの(今も少しそうだけど)お願いを聞いてハナトに優しくしてあげようとしている。あの人は今も、ちょっとずつ変わろうとしている。


 ボクはそれが本当にすごく嬉しくて、同じくらい苦しくて申し訳ないから、確証にはならなくても、きっと大丈夫に違いないと思い直すことにした。


 そうして風が吹き込んでくるバルコニーの、最後の観音扉をパタンと閉める。


 それからいちおう確認のために、居間に立つボクの背後、ボクの使う部屋から見れば斜め向かいにある部屋の扉も開けて、そっと首を差し込んだ。


「ん、よし……」

 窓はちゃんと閉まっていた。室内にはこのコテージのにおいに混じり、出かけていった部屋の主の、青葉みたいに爽やかで苦くて落ち着く匂いがほのかに立ち込めていた。木彫りの寝台の脇には、イチヘイの愛用の刀が二振り。

 ……ボクはそっと、扉を閉めた。



 ―~*✣*✣*~―



『ボクが行かなくても、大丈夫だよね?』

『酒場ならともかく、お役所だよイチ?』

『ホント、ほどほどにね? ね?? ボクはお財布に触れない約束だし、ハナトちゃんも看なきゃだから残らなきゃだけど。……ほどほどにね???』

 

 いやいやいや五月蝿えな、大人しくしてれば良いんだろクソ!


 とりあえずは無事に真珠瘤(しんじゅりゅう)の換金は終えられたものの、問題はそのあとからである。


 魔法族のおっさんの胸ぐらを掴み、今にも殴りかかりそうな気がしている俺は、本当に最終手段として耳元にフィーゼリタスを召還していた。


 ……だが、思い出せば思い出したで普通に五月蝿(うるさ)いのである。


 さっき生乾きの毛皮のまま、アホほど俺に絡んできやがったアイツ。薄着の身体の線をよくよく見ればやはり確かに女ではあったが、アイツからは恥じらいを感じない。もう少し隠せ。


 ただそれでも、目の前の魔法族の男がのたまう戯れ言に比べれば何倍もマシだった。

 

 俺が『それから……』と話し出した内容に、壮年の魔法族の男は相変わらず育ちだけは良さそうな慇懃な態度で頷いてきた。


『ええ、〈四ツ足ノ禽(アファタール)〉の成獣とおぼしき個体が出た……とおっしゃりたい訳ですね』


嗚呼(ああ)。ソイツにうちのパーティのやつが襲われたんだが。どうにか倒したが、あんたらのとこからは〈四ツ足ノ禽(アファタール)〉は襲って来ないと聞かされていた。

 ……怪我したのはまだ子供だぞ。この点についてあんたらはどう思う』


いかにも正当性を出すためのダシに、演技がましくハナト(こども)を引き合いに出してみるが、だんだん不思議と本当に腹立たしく思えてくる。


 すると役人の制服である赤い三角帽にローブを着たその魔法族のジジイは本当に気遣わしげに眉を下げ、


『それは……お気の毒に』


 ほう? 同情してきた。


 しかし俺が首を傾げ出したのはここからだった。


『――――ですが、我々はあくまで討伐対象などを紹介するだけの役割ですので』


『あ゛……?』


『冒険者の方々の負傷如何(いかん)にまでは、申し訳ありませんが責任を負いかねます』


『……いや、そういうことを言いたいんじゃない』


 さっそく神経を逆撫でされる。


 同時に酒場でくだを巻いて叫んでいた奴ら、鬱陶しく肩を組んで来て俺が一撃で()した酔漢の戯れ言。そのどちらもが嫌でも脳裏を過る。


 前情報があるばかりに、もうすでにここで俺は雲行きの怪しさを感じている。しかしどうにか怒りからは目をそらし、懸念(けねん)事由(じゆ)を伝えきろうとする。

 

 それにこの男、いま確かに『紹介するだけ』と言った。フィーに話していた内容が当たってしまった。


『……あんたらのとこからは、なんの説明も、危険性の警告もさなれかった。なにもかも杜撰すぎるから、もう少し連絡手段をどうにかしろという話をしたいんだが』


『そういわれましても、わたくしはいち官職です。必要でしたら上にお繋ぎしますが、……本日はもう閉庁となりますので後日改めて……―――』


 ……赤毛の耳をぴょこりと(かし)げながら、翠のどんぐり眼がこっちを見る。

『ほんと、暴れないでねイチヘイ――――??』


 そしてフィーを思い返すこの事態に帰結していた。


「……いや、もう、いい」


しかしだめだこれは。


「……最後に、一個いいかオッサン?」


「…………なんでございましょう?」


その返答までの()と、笑顔の下にわずかに隠しきれていない軽蔑の眼差しを俺は睨み返す。


 とりあえずフィーゼリタスから受け取った子供の握りこぶし程度の、滑らかだがいびつな石を三つ、カウンターに転がす。

 固い木の天板におかれたそれらはそれなりに重く、ガロン、と太い音を立てた。


「これが何か分かるか? 〈四ツ足ノ禽(アファタール)〉の、腹から出てきたらしいんだが」


 問うと、カウンターの上に落とされた男の目が一瞬面倒くさそうに細まり、それからまたひきつった笑みを浮かべながら顔を上げた。


「さあ? ……さて、ではお客さま、ご用がお済みでしたら、閉庁の時間ですのでお引き取りください」


 ―――――……ダンッ!!


「ひぇっ?!」


 俺はカウンターを拳で盛大に殴っていた。


 もういい、やはりだめだ。もう隠さない。

 耳元のフィーの声も霞む。


 いくら金がなくとも、まずここは、仕事相手としての信用なんて微塵もない上に、どう考えてもそれ以前の問題だ。


 今度こそ俺はカウンターに座る男に腕を伸ばし、その胸ぐらを掴んだ。


「お、お客さま、お止めください」


 怯えた声が目の前から上がる。


 ふつふつと沸き上がる怒りを顔と声すべてに滲ませ、俺はカウンター向こうでざわついて俺を見る職員どももまとめて睨み上げた。


 重く威圧する自分の声が、勝手に喉から送り出される。


 胸のなかがざわざわする。しかし、それは不快感ではない、これでいい、と俺の中の奥底に潜む何かに囁かれている気がする。


「……てめえら、こっちだって下手したら誰か消えてたんだぞ? お前だって―――――」 


痛い目に遭っても文句は言えねえよな??


 しかし言いかけたその瞬間、ぱん、と力強く肩先を捕まれ、背中から野太い男の声がした。


「―――――おう、そこまでにしとけ(あん)ちゃん」


「っ?!」


 全く気配を感じないまま、背後をとられていた。


 一瞬で身体中がぞわりと逆立つ。


 俺だって武人のはしくれである。そうでなくても知らんやつに後ろを取られること、まして触れられることなぞ嫌いなのだ。


(一体誰だ、なんの気配もなかった―――――!)


 思わず後ろの短刀に手を伸ばそうとして、しかし今日はもう街から出る用事もないため帯刀はしないでいたことも瞬時に思い出した。


 仕方なく職員を掴んでいた手で相手の手首を薙ぎ払い、少なくとも(つるぎ)の間合いでは届かない程度まで距離をとる。

 刺すような眼差しで背後を振り返る。 


「ああずいぶん嫌われちまったなあ……なあ兄ちゃん、その石、肚石じゃねえのかよ?」


 焦る俺の背中ごし、しかし上がる声はやや残念そうではありながらも泰然(たいぜん)としていた。


 振り向いた先に立っていたのは熊のような狸のような、―――――小柄な癖にとにかくガッシリしたガタイのジジイだった。


「―――――だ、ダカントラさん」

「タオさん、いつも言ってんだろうがよ、こういう奴らの話、ちゃんと聞いてやれってよ?」

「……ですが、こちらにも方針と言うものがですね……」

「――――あー、わかったわかった。そうなるよなぁ……」


 その間にも俺を無視して、勝手に会話を始めるおっさんふたり。しかしカウンターの向こうから上がる魔法族の男の声にも、急に妙な緊張感が滲みだしている。


 ……どういう間柄だ……?


 一方のガタイのいいジジイは、わしわしと無造作にうねる顎髭を触っている。


 頭に(つば)のない山形の帽子をのせ、浅葱色の長袖シャツの上に、黒字に白糸で緻密な刺繍が入ったベストを羽織るその男。


 昨日と少し着ているものに違いはあるものの、確実に見覚えがあった。


 このくそジジイ、は、


「……てめえ、レギオンの……受付の……」


思わず口を開いてしまう。


 『ふち殺すぞ、◯すぞ』と下卑たサインを俺たちに見せてきたあのくそジジイ。


 瞬時に、いまの一瞬までとは違う種類の怒りと嫌悪感が胸の中に沸き上がってきた。こいつはもう、俺の中では嫌いな奴リストに分類されている。


「……なんだ? 昨日の続きでもしに来たのか??」


 俺は周囲にあるものを確認しながら、固い声で俺は問う。カウンター上のペンが、まず『使えそう』だった。


「いやいや待て待てそういうんじゃない」


しかしそこに立つ糞ジジイは確かに顔つきは変わらず厳めしく気難しそうではあったが、よく観察してみてもやはり昨日のような気勢はいっさい発していなかった。


 ……むしろ少し腰が引けているというか、――――それが余計に俺の警戒心を煽る。どう対処すべきか。


「な、なあ、兄ちゃんよ……」


「……。……なんだ」


 固い声で返すと、なにやらぽりぽりと(ひげ)(あご)の生え際を指の甲で掻く仕草。


 ダカントラはわずかに言い淀んだあと、俺の目をじっと見、


「その………………。昨日は、本当にすまんかった!!」


 ぶっきらぼうな顔と声で突如、俺にそんな言葉を発してきた。


「……は??」


 この世界では、謝罪のときに礼はしない。代わりに、後ろ手に両腕を掴んで組む。本気の畏まった謝罪や懇願なら片膝をつき、頭を垂れる。敵意はない、必要ならこのまま身柄を拘束されても構わない、そんな由来からくる意思表示だった。


 そうして俺は、己が嫌いなヤツにリスト入りさせている、俺より三倍近くは生きていそうな爺さんから、今まさにその、一番重たい謝罪をされていた。


 一瞬、〈四ツ足ノ禽(アファタール)〉のねぐらでフィーに謝っていた己の姿と被るも、


「っ……? ……???」


 それよりは生まれて初めてすぎる予想外の状況に、俺は一瞬、思考が追い付かぬまま固まってしまっていた。

次の更新は 不明です。


単純に申し上げますと、このまま書き続けても構成が死んでまして、わたくしが書いてて面白くないので続く気がしないのです。

掲載したまま中身をいじることもできますが、すると結果、ここまで読んでくれた方にまで『もう一回読み直して!』って言う位の別作品になっちゃうのでちょっと、それはお見せしたくないです。ということで、このルート分岐の物語はいったん保留にします。

このまま続くかも知れないし、別パターンの別作品で始めるかも知れませんが、とにかく一回保留にさせて下さい。

エタる気はホントに毛頭ないんですが、とにかく構成をきっちりねり直して、もう少し練度を上げてからまた投稿いたします。それはお約束できます。名前は同じでもキャラは別物になってるかもしれませんが...。

別作品で始める場合はこちら今月末から非公開となります。

ブクマしてくださってた方には本当に申し訳ないです。読んでくださってありがとうございました。


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