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12:あなたを見ている。①

十二章 ①/3

読了目安→4.5~7分


※この回は殺人に関する記載があります。精神的に殴りに来るかもです。できれば心が元気なときにお読みください。

 ――――知ってる。 


 イチにとってボクは幼なじみで家族みたいなもので、そして簡単に背中(いのち)を預けてくれるほどには信頼を寄せてもらえる相棒だってこと。


 それは初めて()ったあの日から、薄布を一枚ずつ重ねていくみたいに時間をかけて、イチとの間に分厚い信頼をかさねてきたからに他ならなかった。


それもお互いに一緒にいたいと思ったから、できたことだったんだと思う。


 そうしてずっとそばにいて、それでも〈刷毛尾猫(サリビノカ)〉にそそぐ愛情が性別で変わることのないように、イチの中ではどうやら獣人種で耳長族の『わたし』は、ずっとただのフィーゼリタスでしかないみたいだった。


 けどそれも仕方ない。だってイチヘイの居たところは、こことは『人間』の定義も価値観も違うところだと、お師匠さまも言っていたから。ボクの気持ちは、これからもずっとどこにもいけないのだろう。


 ……それでも、自分のいちばん大好きな人が、自分を世界中の誰より信頼してくれるって、どんな気持ちになると思う? 


 だからこの人の(かたわ)らにいたいボクが、それ以上傷付かずに過ごすためには、『ボク』は『わたし』のままではいられなかった。


 女でいれば余計に辛いから、もうヒラヒラした女の子っぽい刺繍入りの服は着ないし、実家にいるときに教わった女子たる作法も言葉づかいも、もう気にしないで生きてきた。

 

 そのうえ普通なら人前でしないような薄着でいても、この人には本当にぜんぜん気にされない。


 ……でもボクにとってそれは切なくなるのと一緒に、そこまで見て貰えないことが、いっそ清々しくさえ思えていた。


 そうやってボクは耳長族の戦士として誇り高く槍を振るい、弓を引き、イチと一緒に襲ってくる盗賊やら兵士と戦い、時には雇ってくれた人たちを守って暮らしてきた。


 ―――ボクはずっとそれで良かったんだ。


 イチヘイが、人として生きていくのを見守れるなら。

 戦士として同じ世界を見て、同じ場所に立てるなら。


 ボクの想いなんか押し殺して、別にあの、お師匠さまのサリビノカみたいな立ち位置でもいい。 

 

 本当にいままでずっと、それで良かった。

 それだけで永遠に幸せだったのに。


 なのにそれもぜんぶ、トルタンダで壊れてしまった。


 ボクも、普段はこんなだけど戦いになれば敵と味方はちゃんと分ける。


 あそこに行くまで、武人として刃を向けてくる者と戦ってそれを殺すのは、耳長の戦士であるボクにとっては(ほまれ)だった。


 殺される覚悟のある者には、ボクもまた自分の命を差し出して武器を交える。


 自分の血も、相手の血も、流れれば後ろの毛並みが余計に逆立って、紙一重の戦慄に身体中が湧いた。半分は耳長族の習性みたいなものだ。


 そして結果としてボクの方が生き残れたのなら、それはとても平等で、誇り高い『殺し』だった。


 今までの仕事だって、全部そう。

 

 興奮して騒ぐ血に気付いたらいろんな(たが)が外れてしまって、後でイチヘイに勝手をするなと怒られて反省することもあった。


 なのにトルタンダのあれは――――あれは『反省』でどうにかなるようなものでも何もなかった。

 

 本当にみんな殺してしまった。


 耳も息も凍り、降る雪に音も吸い込まれる、白く冷たい世界と灰色の空の下。


 逃げる子供の背中。抱き合う老夫婦の首。泣いて命乞いする、ボクと同じ年くらいの女の子の胸。


 雇い主の上官に殺せといわれたから殺して、せめて〈青頭禽(カズィル―)〉を〆る時のように、苦しまないようにと一突きで(おく)って、後から思い出して『これは戦争だからごめんなさい』と心のなかで謝って、それを何度も繰り返していた。


 最初のころは、夜営のテントに戻ってくればもう忘れられていた。


 でもそれを何度も繰り返す内…………―――気付いたらボクはもう、あの白い雪を染め上げながら殺してしまった人たちの命の意味を、その血と冷たくなる身体を眺めてお金をもらう自分の命の意味も、ずっと考えるようになってしまっていた。


 助けて、ゆるして。殺さないで、この子の命だけは。


 恐怖に歪んだ顔や泣き声や悲鳴に飛び起きる夜が突然やってきて、それがだんだん増えていく。


 それはまるで、遅く効いて胸を(むしば)みだす猛毒みたいだった。

 そんなになってからやっと気付いたんだ。ボクは本当は、あの人たちを殺したくなかったって。


 背を向けて逃げる母子(おやこ)を追いかけて突き殺すのは、立ち向かってくる戦士の心臓に槍を立てるのとは違う。


 だけどそう気付けたときには、なにもかも遅かったんだ。


 もうあの場所では、ボクは戦士ではなくただの人殺しになってしまっていた。なにもかも、自分が生きていることにさえ疑問を抱くようになってしまったから、ついにイチヘイに、あそこにはもういたくないと、泣きついてしまったのだ。


 そして今、ここにいる。


 あの場所を離れて1ヶ月半、このコテージに暮らしはじめて1ヶ月、夜に飛び起きて、殺してしまった人たちにごめんなさいと泣く日はたくさんあった。

 相棒としてイチヘイの隣に立って、ずっと誇ってきた戦士としての『誉』までが何か分からなくなって、ボクはいったい何をしてきたんだろうと、絶望してしまう日もある。


 もし独りであの戦場に行っていたら、ボクはとっくに喉を掻き切って死んでいただろう。

 でもそうじゃなかった。ボクにはイチヘイがいたから。


 イチがこの先も人間でいられるように、()()()()()()()()()()()()()()()()、ボクはこの人を守りたかった。イチヘイには一生言うことはないこの人への『秘密』一つに、繋ぎ止められた。


 ――――そして相手がイチヘイだったから、トルタンダのことで『助けて』と言えたのも、あれが最後になってしまった。なぜならあの人は、ボクが困った顔で助けてと言えば、絶対助けてくれる不器用で優しい人だから。


 本当は夢にうなされて飛び起きて、怖くて震えている時はずっとイチヘイのところに行きたかった。


 ――――助けて欲しい、怖いから側にいてほしい。ボクの両親やお師匠さまみたいにぎゅってしてほしい。


 ……頼ったら、きっとイチヘイはボクの願う通りにボクを抱きしめてくれるだろう。


 でも、今のボクにそれは言えない。


 だって、いままでお師匠さまに鍛えてもらって、イチヘイと同じものをみて、戦士としての存在を誇ってきたボクに――――、そしてその誉とは何だったのか、もう分からなくなってしまったただの人殺しのボクに……ううん、『わたし』に残されたものは、もう『イチヘイが好き』という気持ちだけになってしまっていたから。


 イチヘイは、ボクを相棒のフィーゼリタスだと思っている。そして獣人種(ボク)は人間じゃないと思っている。それをボクは知ってしまっている。


 なのにそんな状態のボクを、あの人が不器用にでもボクの願う通りに慰めてくれたら、その先はどうなってしまうんだろう。


 ……ボクは一つしか、答えを思い付けなかった。


 そしてそのさきに待ち構えるものがあの人からの拒否でも受容でも、ボクにはもうどちらにすすんでも地獄にしかならない。


 だって『お前のことはそういう目で見れない』と言われたら、ボクはボクのなかに唯一残っていた、生きる希望のようなあの人への想いを真っ向から否定されて、今度こそ絶望してしまう。


 ……けど、かといって万が一、ボクの想いが通じてしまったら……?


 ……まさか、こんな状態からのボクの泣き付きに、イチヘイがひとかけらの情もかけず純粋に『ボクの事が『異性』として好きだから』そんな答えをくれるなんて、信じられるわけがない。そこにイチヘイの気持ちなんてない。ぜったいにボクの都合を、押し付けているだけになるに違いないんだ。


 好きって言っても、ずっと冗談だって考えてるような反応しか見せてくれなかったもの。


 それはいちばんボクがよく知っているから……――それに万一そんな形で一緒にいてもらっても、それは自分がゆるせないでいる人殺しの罪を、ボクが負うべき『傷』と『罰』を、ボクが自分の『欲』のための踏み台に使ったことへの証にしかならない。

 

 そうなったらボクは、ボク自身の浅ましさに今度こそ耐えられなくなる。



 ――……眠ることを許されない夜にたくさんたくさん考えて、行き着けたのはその答え一つだった。



 だからボクの気持ちはどこにも行けない。

 夜中に飛び起きることがあっても、ボクは、自分で一本引いたこの線の向こう側に『助けてほしい』なんて、怖くて言いに行けない。言う資格だってないんだ。


 だから、イチヘイにはそれ以上の心配はかけられないから、せめて昼間はずっと、『いつものフィーゼリタス』でいるようにしてきた。



 ――――ボクは、1番苦しい今が、いちばん幸せ。

 ――――ボクは、誰にも助けてと言えない今が、いちばん苦しい。

 ――――その気持ちが、あの子をここに連れてきた。



『――――改めていうけど、ボクはフィーゼリタス。耳長族の戦士でね、――』




「――――イチヘイの、一番の相棒だよ。……っうぇ……」


 そしてまた、いやな夢を見ていたことに気付きながら目が覚める。いろんな断片を駆け足のように見せられて、いま、最後は自分がハナトに向かって言った覚えのある言葉を口にして起こされていた。

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