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8:ひとつふたつと変わること②

八章 ①/4

読了目安→7.5~11.5分

 ――❀✣❀✣❀――



 急にスピードを上げて揺れだし、そして乱暴に急停車した車内。


 乗り合わせた十余人ほどの客たちはめいめいに(ざわ)ついていた。


 土染めの黒いフードの下で、私の頭上に生える偽りの耳も不安を感じて下がってしまっている。


 どちらかといえば人族に見た目が寄る魔法族(わたし)は、本来なら耳は横付きである。感情に振られて動くということもない。


 ゆえに人目のある場所ではずっとこの祭祀面をつけているけれど、この、勝手に『耳が動く』という感覚にはいまだに慣れなかった。


 ――――「あー、大丈夫みたいですよー」


と、さらに1デタク(※およそ80秒)ほど経ってから、ようやく護衛(ごえい) (けん) 車掌(しゃしょう)をしている人族の男が、御者台(ぎょしゃだい)から悠長(ゆうちょう)に窓を開ける。声どころか顔つきも締まりがない、どうにものんびりした男だった。


「襲撃ではありませんでしたー。落ち着いてくださいねー」


 と同時に、外で別の誰かが話すのが聞こえる。車両の前方にある重たい扉がガコンと開いた。


「――まあ良いですわ、受注書も、その子供の保証書もお持ちのようですから、お乗せいたしますわな」


「あ、ありがとうございます!」


 突然、出入り口のかたちに四角く(のぞ)いた外の森。


 そこに〈荒レ地ナラ(ファラヘ)シ〉の上で御者をしていた縞尾(しまお)族の護衛の、小柄な上背(うわぜい)が現れる。


 次いで、その誘導で三人が乗り込んできて――――、それを皮切りに年季の入った木材の、甘く乾いた匂いに包まれていた車内は一瞬にして(比喩的にも物理的にも)空気を変えた。


 始めに入ってきたのは、ゆるく絡みあった暗い短髪に、燃え立つような(きび)しい面差(おもざ)しをした人族の青年だった。


 剣を()いたその男は、それぞれ蒼灰色と黒の上下に防具を巻き、厚手の布と革でできた半袖の上着を着ていた。荷物と背負子(しょいこ)を片方の肩にまとめて担ぎながら後ろを気にしている。


 その彼の視線の先で、次に踏み台を上がってきたのは人族の童女を胸に抱いた耳長族の娘だった。


 子供は青年と同じ黒髪。どうやら眠っている。


 娘の方は、赤毛の毛皮に長い立ち耳。房飾りと鎖の組み合うピアスを幾本もつけ、身に纏うものも、ここから東方にそびえるエナタル山脈周辺の部族が着る衣に似ている。


 ―――そしてその全員が、一瞬で警戒してしまうほどに妖獣の蒼血(そうけつ)と、血の赤さに服を汚していた。


 その異様さに、乗り合わせた客が一様に(ざわ)めく。


 なにせ青年も童女も傷だらけ。更にいちばん奥の席に座る私にまで判るほどには、妖獣(ようじゅう)(くさ)いのだ。


 入り口付近に座っていた行商人らしき男など、一瞬で色めきたって顔をしかめている。


「…………んん?」


 しかし一方の私は青年と娘の二人を見て、そして胸に抱えられた童女を見て、見た目に驚くのとは別の意味でも目を(すが)めてしまっていた。


 それは急に現れたこの珍客たちがまとう、〈円環の河〉の()()のせいに他ならなかった。


 妙な違和感に意識を寄せれば、この異種の男女の間には、深い森と鉄の匂いが混じりあう『白い呪い』の糸があるのだ。――――白は神性(しんせい)の魔法の色。つまりこれはどこかの神を仲立ちに交わした『契約』なのだろう。


 かけられた魔法や呪いを感じ取れる私のこの感覚は、落ちこぼれの私がただ一つ、自分のものであると偽りなく誇れる能力だった。


 ただこの力はほぼ魔法族(わたしたち)にしか備わらないうえ、その中でも奇特な能力(もの)であるが故に、お尋ね者の私が人に明かすのは危険も伴う。


 それでも、()える以上は気になる。


 この『白い呪い』は魔法の分類に当てはめるなら、獣人種の間で伝統的に受け継がれる古代魔法だ。


 今でも人混みを歩いていると、本当にごく稀にだが繋がっている者たちを見かける。彼ら獣人種には、それぞれの種族ごと、似たような(ちぎ)りがあるためだ。


 

 …………初めてのケースだ。



 そのうえこんなに()りあう糸が(もつ)れて強力なものは、私もお目にかかったことがない。


 異種だから『効き目』がちがうのだろうか? 娘と青年の間に、他とはちがい、見たことのない灰色の糸が少し混じっているのもそのせいか?


(にしてもこの二人……旅人というよりは武人のような出で立ちだが夫婦なのか? それにこの童女も……)


 ……直さなければならない悪癖(あくへき)だとわかっている。


 でもどうしよう、とても知りたい。


 また、娘が腰に回している小さい箱

ポーチのなかから感じる魔石の波長も、なんと言うか……普通ではない。


 き、気になる。


 いや、いけないぞニカナグ。


しかし…………。


 内心で葛藤しながらも、チラリと童女を見る。


 ―――……そうでなくても、やはりこの子の()()()()もまた、良心があるなら放っておくのも躊躇(ためら)われるありさまだった。詮索しないなら、助けることは許されるだろうか。


 思わず鼻先にシワを寄せながら葛藤する私。


 ……と、そこで御者の声が、車内に(かしま)しく響きだした。


「まあお客さまがた、すいませんね、この人ら、そこの崖っぷちから〈四ツ足ノ禽(アファタール)〉っちゅー妖獣狩りしてきた帰りでしてね。

 少々! その! 臭うんですけど!町までそろそろ四半(しはん)ウア(約30分)もないですから! ちーーっとばっかし、耐えてもらえると助かりますわな!」


 強い口調に思わず肩をすくめながら顔を向けると、兜の隙間から覗く瞳が、迷惑そうに三人を睨んでいるのが見えた。そして黒髪の男がその御者の言葉に、もっと激しい目をして睨み返すのも。


 ただ、対照的に赤毛の娘は、本当に申し訳なさそうに長い耳を後ろに下げている。可愛らしい目鼻立ちや柔和ながらはっきりした話し方に、人の良さがにじみ出ているようだった。


「わー、ごめんなさいごめんなさい臭くて! 暴れませんし大人しくしてますから……! 別に人に化けてる妖魔とかじゃないんで!!」


「フィー、妖魔は多分、自分からそんなこと言わねえ……」


 娘と仲が良いのか、冷静な小声で突っ込む青年の声に被るように、しかし『ばん!』と乱暴に閉まるドア。すると彼から上がる「チッ」というあからさまな舌打ち。


 この人族、目付きだけでなく性格も激しめかもしれない……。耳長族の娘には優しそうだが、ちょっとこわい。


 ただ車掌の男は、変わらず暢気(のんき)だった。


「あーはいね、危ないんで。そこのお三方も空いてる席、座ってくださいねー、でないと〈荒レ地ナラ(ファラヘ)シ〉も走らせられないんでー」 


 蛇足(だそく)だが古ぼけた木と金属でできた広い車内には、通路を挟んで左右に席が2席ずつならんでいた。それが縦に連なってぜんぶで8列だ。


 なので今は私も入れて6~7組程度しか客の座らない車内には、空席はいくらでもあった。しかし車内にまばらに座す乗客たちは、わらわらと自分の席の横にある小振りな窓を開いては、入り口付近に立つ新参者へ無遠慮(ぶえんりょ)に顔を向けている。


 その、私からみた全員の後頭部と横顔からただよう(かたくな)雰囲気ふんいきは…………、つまり『臭いからこっちにくるな』である。


 私はとっさに自分の周囲を確認してしまった。幸いなことに(?)私が()すまわりの席には、絶妙に不自然な空きができている。


 私が変装している種族が珍しいせいか、みな無意識に少し遠巻(とおま)きにしているのだ。この毛皮を借りることになったのは本当にやむを得ずなのだけれど、すこし寂しい。あの子も今、どこかでこんな気持ちでいるのだろうか。 


「……キミたち、こっちに座るといい」


 だから私は本当に勇気を出して、やはり声を上げることにした。珍客に手まねきする。乗客の何人かが信じられなさそうな顔で私を振り返った。


 しかしピリついた雰囲気の車内でも静かに聞こえ続けるこの童女の息遣いは、やはり呪いを別にしても、どうみても普通ではない。


 ――……なにより私は、彼らを受け()れることで、あの頃の私と、今の私は、もう違うのだと思いたかった。


 とにかく他人に関心を持つこと。できうる限りは優しくすること。


 それが彼らから私が学んだことであり、今の私にできる最大限の償いだった。


「……その子、熱かなにか出していないかい? 私なら多少の薬も持っているし、わずかだけど医術系の魔法も使える。……まあその、医術自体にはあまり詳しくないから、期待はしないでいただきたいけれども」


 ああ……。遠くこの地にまで逃げ延びて、これが初めての人助けになる。魔法の分析は大好きだが、呪いなど見えたところでやはり専門外。


 それでもどうにか、私はこの子の『声』を直してあげたいと思った。



 ――❀✣❀✣❀――



 周りのお客の、決して優しくはない視線がチラチラと刺さってきて、つらかった。


 ボク、本当はキレイ好きなのに。


 そんななか、『代金は?』と警戒したような眼差しを向けるイチヘイに、『本職じゃないんだ。治せなくても責任はとれないし、要らないよ』と困ったように微笑む彼女。


(ボク達ものっすごく臭うはずなのに、こんなに優しくしてくれるなんて……)


 ボクにとって、それはまるで守護女神(アラス=リタス)さまのように後光が差して見える微笑みだった。


 そうして今、ゴトゴトと揺れる輓獣車(ばんじゅうしゃ)の一番うしろ。五人一列に座れる長い席の上。


「その、私は……、魔法の心得はかなりあるけれど〈円環の河〉の巡りは薄いんだ。これくらいの傷ならば、」


言って、ちらりと彼女の腕の具合を見る彼女。


「……まあ少し時間はかかるけど縫合するのと同程度には塞げるかな。ただ病自体は症状を見て薬を出すのが主になる……」


「そ、それでも全然ありがたいです!!」


 それから彼女は、目の前のことに集中しはじめた。ハナトの頭を膝の上にのせ、胸のうえに広げた青い魔方陣を見つめながら何か難しい言葉を呟き続けている。


 ボクは横一列に並んだ座席に座りながら、寝かせたハナトを挟んで3つ隣の席に座る彼女をついついじっと眺めてしまう。


 彼女の毛並みは白に近い黄金(こがね)色。かぶったフードからはチラチラと髪の毛がのぞく。


 全然見たことのない種族の女性だった。


 生糸みたいなしなやかな髪は丁寧に編まれて、ところどころに赤や青の硝子(がらす)(だま)が通されている。

 それを目にするボクは、獣人種にも髪が生える種族なんていたんだなと、少しびっくりしていた。


 でも亜人種にも獣人種にも少数しかいない種族や民族はいるし、なによりボクたちのお師匠さまもよくわからない人だったから、別に変だとは思わなかったんだ。


「ね、ねえ、イチ。このお姉さん、すごく綺麗だよね……なんの種族だろう……?」


「…………」


 そっと顔を寄せ、小声で話しかける。でも返事がないから、改めて振り向いて隣に座るイチヘイを見た。


 …………ぜんぜんそっぽを向いていた。


 開いた窓からの光、吹き込む風を受けながら、広いおでこの上で前髪がふわふわ揺れている。その、鼻筋から額までの縁取りを眺めるのがボクはずっと好きだった。


 左耳には小さい房飾りのついた銀のピアスが一つ。


 唇をむぐ、と引き結んでしまってから言う。


「……ねえ、きいてる? イチ」


 すると鋭い横顔から、スッと視線だけがこっちに流れてきた。眉間にシワが寄る。


「いや、聞こえてんだよ向こうにもな? 察しろアホ」

「ふぁ……!」


すると今度は左側から、「あははっ」と低くて穏やかな女性の笑い声が上がった。見た目に反して大人っぽいというか、落ち着い笑い方だ。寿命って種族によって差があるから、ボクの感覚だと見た目は3つくらいは年下だけど、中身は絶対ボクよりお姉さんな気がする。


 伏せた顔を上げながら、微笑んで話しかけられる。


「ふふっ、ありがとう、恐縮するよ。


 ……さて、傷の処置は終わったよ」


「わ! ありがとうございます!」


「あまり動かすと皮が破れてまた血が出るから、後で布を巻いておくといい。……それにしても君たち本当に仲がよろしいね。……夫婦かい?」


「え」「冗談でもやめてくれ、違う」


するとボクがなにか言うより早く、イチが即座にバッサリ否定ふる。まあその通りなんだけど、それにしたっていつもよりなんか嫌そうじゃない?


「そうなのかい……?」


 けれどフードからのぞく淡い紫色の瞳は深く、何か確信があるかのように首をかしげてくる。もうイチヘイが答える気配もないので、ボクが話すことになる。いつもの流れだった。


「えと、ボクたち幼なじみで、ずっと一緒に傭兵として働いてたんだけどその、この子を買っちゃったから妖獣狩りグエッ」

「……ん? 買った……?」


 さいご潰されたみたいな変な声を上げたのは、イチがボクの脇腹に肘鉄(ひじてつ)を食らわせてきたからだった。


(あ、しまった コレ言い過ぎたやつだ……?)


 でももう、彼女には拾われてしまった。


「……どういう? 君たち髪色と肌の色も同じだけど、血縁じゃないのかい??」


耳が、フードごしでも分かるくらい真っ直ぐこっちを向いて立っている。獣人種が興味津々な感じのときに良くやる仕草だ。


(な、なんかぐいぐい来るね、このお姉さん……??)


「あ、あの、その……」


 どうしよう、やらかしたー……。

 考えを巡らせたあとボクはようやく後ろ手を回し、彼女には見えない位置でイチヘイに手信号を見せる。


 グーしてからのパー。


『たすけて……』。


 するとイチヘイが、本当に仕方なさそうに息を吐きながら、背もたれから背中をはなす気配がした。


「……故郷が同じだけだ」


「そう、そうなの! この人もこの子も、こことは別のグエッ」


 また肘鉄。つい口を尖らせてイチを見てしまった。


「ねえ今のは良いでしょ、ちょっと強かった!」

「あっ、あっ、ここでケンカはやめたまえ……」


後ろから聞こえる焦ったような声に、慌てて顔を戻した。


「え、あ! いえ! そういうわけじゃなくて、ちょっとこの人いつもこんな感じだから、でも()めてっていったらちゃんと止めてくれるから……」

「いつもでは無えだろうが」


 すると薄い紫の相貌は、すぐまた安堵したように微笑んでくれた。


「なら、良いんだ……」


 ――――……でもまさか彼女がその守護女神(アリス=リタス)さまのような微笑(びしょう)を張り付けたまま、さらに興味津々な感じの質問を続けてくるとはボクも、あと多分イチヘイも思ってなかったと思う。


「で、話を戻すけれど『故郷が』、というと? 人族の彼の服は、南東部の方のもののようだしそこかな? ああでも、買ったというならつまり、この子は奴隷、なんだね? 治した感じ胴体の傷もすごくて、正直思ったより消耗してしまったのだけれど…………そうか、だからこんなバサバサの前髪に切られているのか、逃げてもすぐわかるように」 


 ……ううん、もう途中から、『質問』じゃなかった。


 真剣な、でもとても楽しそうな顔でこちらを見て自問して、一人で完結する感じになってきてしまっている。


 確かに昨日の奴隷市場(スレジム)でも、髪が生える種族の女性はみんな頭の上半分の髪だけをみんな雑にきりおとされていた……――けれどそれよりボクは『奴隷』という言葉に、前に座る何人かがちらちらとボクたちの方を振り向くことが嫌だった。


 そうしてみんな、ボクが妖獣みたいな顔で嫌な気分を表現して見つめているのに気づくと一瞬で前に向きなおる。


 見世物じゃないんだぞ? この子も、ボク達も。


 それに彼女も、確かにハナトの恩人だけど、


(……な、なんかもしかして……、……もしかしなくてもこのお姉さん、変な人なんじゃ?)

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