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7:捨てたい約束、守るべき信念 ②

七章 ②/4

読了目安→4~6分

 ……ただ、ほかの3つは俺が突きつけたのだから守られるものとしても、これだけは違う。


 あの昼下がりの、(みずうみ)(うしお)の匂いが(うす)らに混じるフィーの寝室。


 そこで勝手に誓われたこと。


 俺にそんな役を負わせたこと。その時の(おのれ)の内側に湧いた感情。


 ――ハナトに対する消して好ましいとは言えない思いの上へ、また別の色をぶち撒けるようにそれらを(よみがえ)らされた俺は、知らず苦く自嘲(じちょう)した。


 しかし一方では、あの瞬間のフィーゼリタ(こいつ)スからは、今までけっして俺に見せることのなかった脆さも(こぼ)れだしていた。


 良くも悪くも単純で、おおらかで優しく、ひとりでも充分うるさい俺の相棒、フィーゼリタス。…………そして夜の静寂(しじま)にひっそり『ごめんなさい』と(むせ)び、『死にたい』と(うめ)く、フィーゼリタス。


 結局、コイツの言動に迷惑をかけられても、あんなことがあったとしても、それでもフィーゼリタスは俺にとって――――肉親などとうに捨てた俺にとって、友人であり、きょうだいであり、『血より濃い信頼を寄せる無二の相棒』であることに変わりはなかった。俺は鳩尾(みぞおち)に感じた昨日の息のあたたかさのように、コイツがここに確かに()り続けるなら、それでよかった。


 まだ子供だったあのころから十年近く共に過ごしてきて、あのときそれを初めて自覚してしまった。

 その感情もまた、胸にまざまざと甦るのだ。



 パチン、と折り畳みの小刀をたたみ、腰のポーチにしまう俺。


「……お前の言い分は、わかった……」


 吐く息と共に声をあげる。すぐ目下にある、伏せられた翠の瞳の(あるじ)を、俺も同じ強さで見返した。


 フィーゼリタスはいま、〈耳長族の守護神モーロス・アリゼリラスへの誠宣(せいせん)〉に縛られながらも、それでも俺が『守れ』と言った約束にみずから()()()()に来ている。


 俺が、自分でも意味の分からない私情で振り回しているハナトの為に、だ。


 ただそれは、誠宣したコイツからしても命がけの行為といえる。


 それに俺は、思い出してしまったのだ。


 いましがた、俺が確かに目にした翠の双眸は、昨日の昼間、俺に無理やり短剣を突きつけさせた時と同じ目だったということを、だ。



 ――――……そしてそれは、トルタンダの雪闇(ゆきやみ)と静寂のなか、白い息を吐きながら、


『もうボクね、戦場(ここ)にはいたくない。許してもらえる……?』


 ぽつりと、俺に(こぼ)したあの時と、(おぞ)()が走るほどに同じ眼差しだった……――。



 ――――こんなこと、誰が解りたいものか。


 この眼が、自分の負った『傷』に追い詰められ、揺れる瞳なのだと。そしてどこかで、死を望む()だったのだと。


 そして今は、幸せにしなければならないと豪語するのならば、これからも共にいなければならないはずの者の為に、死を望んでいる。


 ……そんなの、異常者のすることだ。


 しかし追い詰められた者ほど、合理的な判断ができなくなる。俺は知っている。そういうヤツらは沢山見てきた。


 そんなフィーが、きっともうどこか壊れかけてしまっているフィーが、今だけは守りたいモノのためなら自分など殺してくれてもいいからと願い、()うているのである。


 ひた隠しにするその『傷』に向かって、コイツのようには平気で突っ込んでいける強さと勇気を、持ち得ないこの俺に向かって。



 『助けてくれ』と。



 ――……ならばここで、俺がそれに応えてやらずに終わるなど、



《んなの、最高にダセえじゃねえかよ…………》



「イチヘイ……?」

 考える間に、しばし静寂が下りてしまっていた。


 薄暗い洞窟のなか、その微妙な()にフィーリタスはおずおずと耳と眉を下げ、俺の顔色をうかがってくる。


 俺はとりあえずフィーに「立て」と促し、力を貸して同じ高さまで視線を戻させた。手首を掴んできたその掌は、緊張にか妙に湿って冷たかった。


「イチ、やっぱりボク、死ぬ……?」


「死なねえよバーカ」


 俺を通して死を見つめるその瞳の色にずしりと胸を潰されながらも、俺は力強く否定する。


 ただ、今からする行いで、(おのれ)もまた何か越えてはならない一線を超えてしまうような気もして、どこか恐ろしくもあった。


 例えすべてフィーの(えき)になることだとしても〈誠宣〉に――――四つ目の約束に手ずから近付く。

 形だけでも『フィーを服従させようと()()』――――その1点にのみ絞って語るなら、今から俺がやることは無二の相棒に対して行う意思の蹂躙(じゅうりん)(ほか)ならない。


 たとえ本当にやれるとは思っていなくても、だ。


「……なら、お前がそういう気持ちでいるなら約束を書き換える。聞けフィーゼリタス。

 まず、お前がハナトを連れてきたとき――――」


 唐突な話の始め方にフィーの耳が驚いたように揺れるのを見る。今の俺との距離感にも戸惑うのか、『かきかえって、なにですか?』と控えめに問う語尾もおかしいが、今は無視して押し(とお)した。


 まずは約束の『補完』だ。


「――――お前がハナトを連れてきたときに言ったと思うんだが、俺も守るべき約束を出してたよな? そのクセお前、俺の言い分は一切聞き入れなかっただろ?


『余裕が出てくるまで当面の生活に必要な金は一緒にひねり出してやる』


 だからまず、これを〈誠宣〉に加えろ。

 あと、この〈誠宣〉の有効期限はお前が俺に金を返し終えるまでだ。わかったな?」


「う、うん? 有効期限て……??」


 よほど戸惑っているのか、見れば(みどり)のどんぐり目は俺の顔とその周辺を言ったり来たりしながらぐるぐると揺れ動いている。


 その顔の前へ俺はさらに指を突きつけ、


「……それから……」


 ただ、その手はすぐに自分の横髪を混ぜはじる。


 ――――やはり言いづらかった。


 しかしフィーのためには貫かねばならない。これで相棒の気が済むのならそれで良い。


「…………それからお前の願う通りに、おまえだけがこのガキの世話をするのはナシだ。『ハナトが周りと意志疎通を取れないうちは、俺もハナトに関わる』。それも〈誠宣〉に加えることを了承しろ」


「え……、わ……」


 フィーゼリタスの眉は喜びたいのに理解できていないような、いよいよ困惑するときの形に下がっている。


「…………、どうしよう、どゆことそれ……?」


「あー、…………チッ」


 思わず舌打つ。


 しかしここまで話してしまったのだ。仕方なく、説明してやることにした。


「その……お前が俺にした、《耳長族の守護神モーロス・アリゼリラスへの誠宣(せいせん)》なんだが。

 あの時聞いた〈誠宣〉の『ペナルティ』の条件について、俺はずっと考えていた……」


「ずっと……?」「突っ込むところはそこじゃない」


 別に俺はフィーゼリタスを、本気で間抜けだとは思っていない。が、やっぱりどこか抜けているとは思う。


「お前、俺に誓ったあと〈耳長族の守護神への誠宣(せいせん)〉について述べてたよな? 色々と」


「う、ん……」


「だが結局まとめると、〈誠宣〉が発動してから俺とフィーの間に影響する条件は、次の4つだけだった」


 ひとつずつ指を折り述べていく俺。


「ひとつ、異種族同士での〈誠宣〉のため、今回はフィーゼリタスにしか死則(ペナルティー)が発動しない」


「ひとつ、もし誓った約束を『破られた』と声に出したら、(たが)えた側は死ぬ――――つまり異種族(にんげん)の俺も、死則(ペナルティー)は受けなくても〈誠宣〉の法則そのものには組み込まれているように思う」

 ……それは〈誠宣〉のあの白い籠が閉じるとき、俺が感じた『中身を書き換えられる』あのおぞましさが何よりの左証(さしょう)となるだろう。


「みっつ、耳長族のお前だけが、死則(ペナルティー)に縛られるという特殊な状態で、なおかつ『俺が命じたら逆らわず従うこと』と定められている」


「…………。」


 フィーはいまだ返事しない。意味を噛み砕いているのか目がきょどきょどと(およ)いでいる。俺は自身の内側に湧く不安から目を逸らすように、わざとらしくニヤリと笑いながら続ける。


「そして最後。この〈誠宣〉は、おそらくは『約束を変えること』までを考えてはいない。

 本来ならお互いに命をかけて結ぶ約束に変更もクソもねぇよな? だから俺たちの場合は穴抜けできると考える。変えたところで特に問題はないはずだ。

 ――――と、いうことで、改めて強請(ゆす)るぞフィーゼリタス」


 その微笑みのまま、俺を見つめるその翡翠の瞳の相棒と視線を絡めてみせる。


「お前、俺のいうこと何でも聞くんだよな?

 つまり『()()()()()()』、今いった約束の内容の変更もぜんぶ了承するんだよな?」

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