6:絶望来たりて、光となる。 ②
六章 ②/3
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――❀✣❀✣❀――
耳もしっぽも、全身の毛もぜんぶ逆立つ。
いま目の前で起きたことに、ボクは〈四ツ足ノ禽〉の死体を抱えたまま固まっていた。
思えばイチヘイに抱え上げられた辺りから、ハナトは肌の『色』が変だった。
なんと言うか、なんだか全体が白く、喩えとかでもなくてうっすら光っている……ような気がしたんだ。
気のせいじゃないと決まったのは、イチヘイが駆けだして跳ねまわっている間のこと。その光がみるみるこの子の胸元に集まっていったからだった。
ボクには背中側しかよく見えなかったけど、イチヘイの肩と顔までが白緑に照らされだした辺りから、いよいよ見間違いと言いきれなくなる。
(え、ハナトちゃんホントに光ってる!?)
と思ったボクと、宙を跳ねるイチヘイの目が合った次の瞬間だ。
ハナトの胸元から溢れだした光は、そのまま大空洞の先の方へむかって一直線にはしり、周囲を夏の真昼より明るく照らしだした。
そして光はハナトと、着地寸前だったイチヘイをさらに洞窟の奥に吹き飛ばしながら、進む先にいた敵2頭の胴と背筋をそれぞれ粘土のように抉りぬく。
見えたのはそこまでだった。
――――ガガガガガッ、ドオォーーーン!!
遅れて洞窟全体を地響きが揺らした。お腹の底にドドドッと深くて重い振動が響く。
音の出どころや有り様から、たぶん今の光が洞窟の壁をえぐり、大空洞のどこかの壁に当たったんだと察する。ボクの毛並みを、大空洞からの風圧が一気に撫でに来る。巻き上げられた強烈な悪臭が鼻腔を刺した。
「ウッ……」
『ガラガラガラガラ……ドーーン!』
と遠くでさらに大きな岩がいくつもの砕けおちる音と激しい水の音が鳴り響き、大空洞の上の方で〈四ツ足ノ禽〉の群れがふたたび騒ぎ出す。
「…………~~~~~~~!!!」
それでも瞬きを思い出すまで、ボクは自分が動けることも、声を出せることすらも忘れていた。あまりに一瞬で目を逸らすこともできなかったせいで、視界もおぼろにチカチカと光る。
そんななか、役に立つ感覚のなかでおおきい被害を受けずに済んだボクの聴覚が、不穏な音を捉えてしまった。
《――……ギェ!》
人族の二人には聞き分けられるか判らないけど、上で飛び回っている声よりほんの少し太い。今まで戦っていた変な〈四ツ足ノ禽〉のものだ。しかも今までとは別の個体。距離も近い。音の反響からして大空洞への入り口あたりで啼いている。
首を回すと、ぼんやりとは見える視界と声の数からして2頭――ううん、たぶん3頭動いているのがわかった。
《ギエ! ギエ! ギエ! ギャ、ギャ、ギャァ!》
《ギエ! ギエ! ギエ!》
《ギエ! ギエ! ギエ! ギャ、ギャ、ギャァ!》
騒がしく啼きまわっている。
その手前、チカチカする視界のなかで今は色だけで確認できる先ほどの二頭は、青い血に染まって変な形に歪み、ピクリとも動かない。どうみても死体になっている、けど、
(……まずい、これはまずいよ! 二人は!?)
「ハナトちゃん!? イチ! イチヘイ?! どこ?!」
――《うっ……》
騒音の隙間に聞こえた子供のうめき声をボクは聞き逃さなかった。
「ハナトちゃん?!」
低い位置からの声だったから、彼女は後ろの壁際に倒れている。ボクは音の反響で何となくの地形を感じながら全力で駆けよる。
《ギエ! ギエ! ギエ! ギャ、ギャ、ギャァ!》
《ギエ! ギエ! ギエ! ギャ、ギャ、ギャァ!》
そうしてだんだん正常に戻っていく視界に起き上がる彼女を見つけ、それからそのそばにイチヘイが倒れていることにも気付いた。
「――イチ?! ねえ、イチ!!」
イチヘイのことも心配だけど、アイツらはきっと頭がよくてすごく卑怯な妖獣だ。
感覚だけど、戦ってみてわかった。
ボク一人じゃたぶんハナトを護りきれない。急いでイチヘイを揺するけれど、どうやら気を失っている。目を覚ます気配はない。ただ、ちゃんと息の音は聞こえることには安心した。
それでも、どうしよう。どうしよう、とりあえず、
「――ハナトちゃんは大丈夫?!」
ぼろぼろに汚れながら、腹這いのまま困惑した様子で肘をついている彼女を助け起こす。
光る魔法使いなんて見たこともないけどたぶん〈魔法〉なんだろう。
そしていま、ボクはこの子に助けてもらった。また助けてもらったのだ。
(死んでもいいようなボクの、命を。それにイチヘイの命も……)
でもそれを話題にするのはまた後にして、いまはとにかくこの子には動いてもらわなきゃ。
「しっかりしてハナトちゃん! 大丈夫? 立てる?!」
しゃがんで腕をひき、ふたたび促すと、ふらついていたけど何とか立ちあがってくれた。
噛まれた腕の傷以外に、増えていたのは小さなかすり傷だけ。動けないような怪我はしていないみたいだった。
なんならハナトのそばにいたイチヘイの方が大きな擦り傷だらけで血まみれだ。朝から着ていた白地に紺の柄が入った長袖の衣はぼろぼろに破けて、手の甲と腕まわりを特にひどく擦りむいている。
(吹き飛ばされる瞬間にこの子を抱きしめて、受け身で護ってあげたのコレ……?)
「ねえやっぱり、この子のこと大事なんだよね、イチヘイ……」
いつかのボクに、してくれたのと同じ。
《ギャ、ギャ、ギャァ…………!》
「――……うぅ゛……?」
と、そこでイチヘイが遅れて目をさましてくれた。反響する啼き声に刺激されたのかもしれない、低いうめき声をあげたと思ったら、バッと身を起こす。
「~~っ、くそ! フィー、俺はどれくらい寝てた?」
ボクがいるのに気付いて問いかけてくる。あわてて答えた。
「えっと……1デタク(※およそ80秒)ないかも。たぶん半デタクと少しくらい」「お前に怪我は?」「びっくりするけど無傷だよ」
「そうか、よかった」
ふらふらと立ち上がるイチヘイ。その力強く鋭い榛色の瞳が見つめる先へ、ボクも硬い表情で目を向ける。
《ギエ! ギエ! ギエ! ギャ、ギャ、ギャァ!》
いまやボクたちの目前には、大空洞との境目を数で塞いで啼きわめく〈四ツ足ノ禽〉の群れがある。洞窟の壁に反射して、不気味な声が幾重にも響く。距離にして40ケビ(およそ36~20m)くらい。
「イチどうしよう……。あれって、やっぱり成獣……だよね……? 〈四ツ足ノ禽〉の。声質がちょっと太くて、ボクには『大人』に聞こえる」
「そう思うか、フィーも」
イチヘイと同じ意見。
いつもなら嬉しいのにイヤだな、こんなの。じわじわと良くない状況に追いつめられている気がする。
なんであんなに集まるのだろう。ここは幼獣のコロニーだって、聞いてたのに。
――『冒険者ハンザは登録している冒険者の命なんぞ、なんとも思っていない』
ニムドゥーラの通りでイチヘイが言っていたのを思い出してしまう。真珠瘤がとれなくて怒っていたのがバカみたいだ。
「イチヘイの言ってたこと、本当だった……。帰ったら文句言いにいかなきゃ……!!」
首の毛をざわつかせながら思わず不平をいうと、イチヘイには
「その前に無事に帰れたら、だがな……」
と苦笑いされた。それもそうだ。
だって相変わらず、群れはギエギエギャアギャア啼きながらボク達の様子を伺っている。
向こうがその気になればすぐ詰められてしまうような距離で、不気味な瞳がうろうろと動き回っている。
……けどどういうわけか、実際のところはまだこちらに寄ってくる気配がなかった。
どうしたんだろう。ボクは少し首をかしげてしまう。
そしてイチヘイもイチヘイでどうしてか耳の上の髪を握りながら何か考えている。普段の生活ではよくやってるけど戦闘中には見たことのない仕草だ。
その手癖を不思議に思って見上げたとき、イチヘイもボクの様子を見るようにこちらへ首を向けた。
「フィー……」「なあに?」
「いまはお前、落ち着いてるな? 俺の言葉聞くよな? 勝手に飛び出して行かねえよな?」
「え? う、うん……?」
本当はボクもそうしたい。けどもう正直、お腹もすいたし疲れてしまった。
「でも頑張ればもう少し動けるけど……」
「それはしなくて良い。代わりにひとつ、試してみてもいいか……?」
そこに浮かぶ笑みは、なんだかボクにはとても破滅的に見えた。
「お前はここで見てろ。ちょっとアイツらに突っ込んでくる。もしダメだったら――……そんときは俺が喰われる。とりあえず逃げれる用意はしろ」
「なに、それどういうこと……?」
《そこからうごくな》
すごく短い言葉で一方的にハナトに何か話しかけているイチヘイに、ボクは訊きかえした。
意味が解らないよ。
でもイチヘイは転がっていた長剣を拾うと、ボクを無視してさっさと先に行ってしまう。
『ヒュオオ……』と、ふいに洞窟の中を吹き抜けた風の泣き声は、まるでイチヘイの背中を向こう側へ押しやっているようだった。
こっちを見ないまま、片手をヒラヒラ振られる。
「ちょっとイチヘイ?!」
《ギエ! ギエ! ギエ! ギャ、ギャ、ギャァ!》
やだよそんな、
「ダメ! ダメだよイチ、そんなのズルいよ!! ならボクに『言って』よ、エサなら――――」
―~*✣*✣*~―
涼しい風が、大空洞の奥へと抜けていく。
結論から言えば、〈四ツ足ノ禽〉は戦うことなく退散していった。
「イチヘイのバカ……」
呆然と、半ば呟くようにフィーに話しかけられる俺は、どうしてか胸にきまりの悪い思いを抱えさせられていた。
俺からすれば勝率8割。ほぼ勝ち確の賭けだった。時間もなく、周囲も騒がしく、すぐには説明も必要ないと思った。
しかし、
(いや、どうしてこんな気まずい雰囲気になるんだ……?)
チラリと横目に見ると、うつむいたフィーの瞳がまだ恨めしげに俺を睨んでいる。
「んな怒んなよ、無事に追い払えたんだぞ……?」
「んん゛…」と、それでも鼻の奥から鳴る、湿った鳴き声のような声。一応そこは納得しているようだが、不機嫌そうに頷かれる。
「あー……。解説いるか?」
「んん゛…」
ふたたびの肯定。ムカつくがさすがに根負けした。ため息を鼻から抜けさせつつ、話し出す。
「その……まず、だ。
とりあえず俺は、〈四ツ足ノ禽〉はおそらくだが群れで行動して、啼き声で意思の疎通をしていると考えた。……〈冒険者ハンザ〉からだされた情報の杜撰さにはまじで腹が立つんだが、『群れで行動する』ことについては〈冒険者ハンザ〉の説明書にも記載はあったしな。フィー、アイツらの数が増えたときの啼き方を覚えてるか?」
「ん、たぶん『ケーティ』とか『グギェ』とか啼いてた……」
訊くと、明らかに拗ねているのにフィーは素直に答えを返してくる。まるで唸っているクセに主人の「お手」には反応する、律儀な犬のようだった。コイツは怒っていても昔からこうだ。
「おう……。……で、最後、俺がアイツらを追い回しに走って行った時は?」
「んん゛……。……違う啼き方だったね。『ギエギエギャアギャア』言ってた」
「だろ。
で、その最後啼いていた方の啼き方が、さっきそこの大空洞で、お前が幼獣の〈四ツ足ノ禽〉を射抜いたあとと同じパターンだった。あのときも、大空洞の穴から啼きながらいっせいに逃げていってただろ。
お前も見上げてたもんな?」
「……たしかに一緒の声でないてた……」
「さっき入口を塞いでた成体の群も、あとから来たヤツらはそのパターンで啼きながら、俺たちのほうに寄ってこようとはしていなかった。
その時も、今いったように天井から逃げる群と同じ声で啼いてたが……どちらにも仲間の死が関連付いていた」
「んん゛…」
再び鳴き声のように鼻を鳴らすフィー。しかしややあってから、
「……けっきょくどゆことなの」
首をかしげられた。しぶしぶ説明を追加する。
「……つまり、推論で考えると、仲間の死骸がいる状況でのあの啼き声は『近寄るな』『逃げろ』『気を付けろ』の辺りの意味になるだろ? あの瞬間に俺たちは、〈四ツ足ノ禽〉にとって補食対象ではなく脅威になったと、俺は思った……まあ、判ってない啼き声のパターンがあった事だけはずっと不安要素だったが……俺はそちらの可能性にかけてた」
言いながらチラリと、俺たちのそばで所在なげに立つこのガキへ目を移す。
……結局のところは、こんな小さなガキに助けられたのだ、俺たちは。
驚嘆に値する。
見れば視線の先にいるハナトは肩で息をし、……立っているだけのクセにふらついているように見えた。
「?」
さすがに違和感を感じる俺。
しかしそこへ、やっと理解したらしいフィーが問いを重ねてきて、思考を引き戻される。
「……それで、あんな声出して、剣もブンブン振りまわしてったの……脅かせば逃げるみたいに考えて……? ボク初めて聞いたよ、イチのあんな雄叫び」
そう話す言葉には、どうやら素直に感心している含みも滲みはじめているが、やはりまだ拗ねているようだった。
「ぜったい当たってるか判んないのに行ったんだ?」
「……まあ、そんな感じだな」




