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6:絶望来たりて、光となる。 ①

六章 ①/3

読了目安→7~11分

 突然のことに考えても頭が回らない。


 そして武人としては、それ自体がすでに良くなかった。


(この妖獣は結局何なんだ? 色合いは〈四ツ足ノ禽(さっきの)〉と似ているが……ガキを襲ったということは成獣……いや、コロニー(ここ)では幼獣だけが群れると聞いた……形も違いすぎる、突然変異か何かか??)


 なのにそんな中、赤い血を垂らす腕で何度も繰り返されたガキからのハンドサインに、俺はさらに頭を殴られたような気がしていた。


『ごめんなさい』


《お前……》


 いつ覚えた?

 しかしコイツは怜悧(れいり)だ。知らないうちに覚えていることもあり得る。


《――違う、おまえに言ったんじゃ……嗚呼クソ!》


 そして言ってしまってから、俺は自分の胸の中に、苛だちと混じりあう強烈な何かがあることに気付く。


(このガキに対するこの気分は、何だよまじで……!!)


 しかし一方では一刻も時間を無駄に出来なかった。俺は三歩でフィーゼリタスの真横に駆け寄ると、背中の短剣を鞘ごと引き抜き、


「フィー」


ガキを抱える相棒にてばやく差し出した。敵に劣らぬ気勢で新手の妖獣を威嚇していたフィーが、片耳だけ向けて俺の声に反応する。


「矢は無理だろ。……刃零(はこぼ)れさせんなよ」


「自信ない」


「有れよ」


十年来の相棒には、今はそれだけで十分だった。


 (まなじり)は鋭く敵を牽制したまま、優しくガキを下ろすフィーゼリタス。差し出された銀の柄を握る。そして


『ブチ、ブチブチッ……――』


(つか)まわりに幾重にも巻かれた赤い組み紐を、文字通り腕力と顎の力だけで噛みちぎった。


 ペッと吐き捨てられる紐、かと思えばもうこの耳長は踏み込みざまに抜刀している。


「――――アイツッ、ガキちゃんのこと食おうとしてた! ぶちころがしてくるから!!」


 そしてカラン、と落ちて黒光りする鞘だけがその場に残る。


《おい、》


一方、残った幼女を短く呼ぶと、(はしばみ)色の幼い目がビクリと戸惑ったようにこちらを見上げた。


 その腕からは一定の感覚で細く血が滴っている。


 どうみても非常事態だった。


 無意識にでもコイツに向けてしまう気持ちを抑えながら、右腰の長剣にも巻きつけてしまっていた紐をシュッと引き外す。


 立ったまま話しかける。


《怪我、見せろ》


 ガキは驚いたように瞬きをし、そしておずおずと右腕を差し出してくる。コイツの服は鳩尾の部分が引き裂かれもうぼろぼろだが、胴体に増えた傷はないようだった。


 ただ、血はまだ出ているが傷自体はそれほど深くない。手も動かせるようだ。身体は震えていて妙に熱いが、興奮のせいだろうか。とりあえずまだ軽傷な部類だと判断した。


 外した組み紐で腕を縛る。


《向こうを片付けたら手当てする。血が止まるまで傷は上から押さえてろ。紐もはずすな。

 ……あと絶対ここにいろ。いいな?》


 護衛対象がいる仕事で吐いたことのあるような言葉を、軽薄に口から滑り落とす。


 するとちっぽけなガキは足元に落としていた筆記板を血のついた手で素早く拾い上げ、自分を守る盾のように掻き抱いた。


《おい、押さえてろと――》


申し訳無さそうな顔。いまだ小刻みに震える手。指先で殴り書いた言葉は、


『ごめんなさい』


《………。くそ…》


 今のは俺なりにコイツを気遣って言った言葉だったと思った。なのにコイツはやはり俺に謝罪する。


 なにかイラつく。なにか間違っている気がした。


 なんだ?


 それは媚びるコイツのせいなのか? それとも、俺の――――。


《ケーティ! ケーティ! グギェ! グギェ!》


「――この!!」


しかし岩の広間に反響するききなじんだ声に、俺は意識を引き戻される。切り替えざるをえない。


 フィーがあの妖獣に、馴れない短刀の間合いで挑んでは弾かれているのだ。行かなければ。


 ……だがそのわずかな逡巡の次に顔を戻すと、俺を見上げていたはずのガキは俺の背後、大空洞の方に目を逸らしている。そしてその瞳は一瞬にして怯えた色を帯び、戸惑ったように俺の上着の裾を掴んだ。


《っん!? ……ん!!》


《なん、だよ……》


 急に触れられることに驚く。見れば俺の背後を(コイツから見れば左側を)必死に指さしている。同時に大空洞から射してくる光に妙な(かげ)りを感じ、俺は嫌な予感とともに振り返った。


《――ケーティリ ケーティリ!》

《ケーティリ! ケーティリ!》


 啼いて、いた。


 奥でフィーゼリタスが相手をしているものと全く同じ形、同じ姿である。不気味に光る四つ目が、洞窟の開口部の上から1体、ついで真横からぬっと現れてもう1体、俺たちの目前におり立つ。


「増え、た……??」


 俺は(おのれ)の顔が引き()るのを感じた。後ろと合わせて計3頭に、なった。


 危険度が上がったことは確かだった……――――しかし幸か不幸か、ここに来て揃ってしまったのである、理解するための材料が。


 俺の頭をフィーに渡した説明書きの内容と受付の男が話していた内容が一瞬にして(よぎ)っていく。

 とても嫌な気付きを得てしまった。



四ツ足ノ禽(アファタール)

()(ごえ)は〈ケーティリ ケーティリ〉と甲高(かんだか)く、猛禽(もうきん)のような(クチバシ)()つ。四肢(しし)(ふと)く、()(なが)く、(おお)きな()複数(ふくすう)()つ』



目の前に立つコイツらと、完全に一致する。


(……そういえば図鑑とかでも『種』としての特徴を記すとき、簡単に済ますなら『成獣』の特長のみを記す……よな……?)


 獣にも幼獣と成獣では見た目の違うものはいるが、本当に()()()()()()ならその差異すら省かれていてもおかしくは――――…………次いでいまこの瞬間、俺の中で〈冒険者ハンザ〉に(つの)っていた不信感が、決定的なものに変わってしまった。


 説明も、管理も、警告も、なにもかもあまりに杜撰(ずさん)すぎる組織なのだと、吐き気がするほど解らせられる。


(あの、酒場で飲んで騒いでいた奴ら……)


 酔っぱらいが誇張した妄言どころではなかった。『すべて真実』だったのだ。


《――――死ねくそが!! 問題がありすぎだろ!! まじであいつら全員ぶち殺してやろうか……?!》


つい母語で飛び出す悪態にガキがビクリと顔を上げる。


《ケーティリ! ケーティリ!》

《ケーティリ ケーティリ!》《ケーティリ ケーティリ!》


 信じられないような不条理さにふつふつと胸が煮え立ちだすが、しかし洞内(どうない)に反響する(かしま)しさには、さすがに俺も現実を()らされる。


 今は()()()、啼いているのだ。 


 幼獣を追い回している間は見かけなかった。しかし切り立った壁を伝って移動できる様子からして、一頭目は崖の入り口側から入り込んできたのだろう。


 その上後脚で立ち上がれば、おそらく俺と同じ位はある。普通にデカい。


「とにかく今は『自衛』、か…………。

 『初心者』に()てる妖獣じゃねえだろうがよ……」


覚悟を決め、スラリと長剣を抜く。


《ケーティリ! ケーティリ!》


《ケーティリ ケーティリ!》《ケーティリ ケーティリ!》


 再び騒がしく響く鳴き声。


 とりあえず俺は識別のため、この三頭の〈四ツ足ノ禽(アファタール)〉に左から①号、②号、後ろでフィーと戦う個体には③号と番号をふった。よく見ると尾羽の抜け残りのような羽根の生えかたや額のまだら模様が違うため、見分けは付きそうだった。


《ケーティリ! ケーティリ!》

《ケーティリ ケーティリ!》


 ②号が啼くと、やはり隣の①号も共鳴するように叫ぶ。


《ケーティ! ケーティ!》


 今度は背後で、フィーゼリタスが相手をしている③号までもがつられるように啼きだしていた。


 耳障りな高音だ。しかしふと鳴き方が前の①号、②号と後ろの③号では微妙に違うことに俺は気付く。


(なんだ……? この感じ……)


 とにかく今は、どちらから来ても斬れるよう半身を斜に構えた。長剣を右腕一本で前に付き出す。


 背後のフィーの様子も気になるが、人形(ひとがた)の敵と違って白目の動きが読めないぶん、余計に目を逸らせない。アイツを信じて、今は向こうは任せる。


《ケーティリ ケーティリ!》


 チャリッ、と爪と岩が擦れる音がした。跳躍の予備動作だと気付いた時には、最初に啼いた右の②号が俺めがけて飛びかかってくる。


 さっと迎撃の体制にはいる。


 しかしソイツは長い尾と小さな翼で器用にバランスを変え身体をひねると、なんと俺の頭上を飛び越えて天井から垂れる鍾乳石の出っ張りに取りついていた。


「?!」


その顔の向きを追ってすぐ気付く。フィーを狙っている。


「フィー! そっちに、」


《っ、きゃあぁぁ?!》


だが同時に『すわっ……』と不自然に(はし)って肌に触れる風。


 同時に足元から上がるガキの叫びを耳にし、俺は染み付いた反射と経験で空気の動いた方角――――視界の左下へ侵入してきた目立つ緋色に向かって切っ先を振るった。


 《ギャッ!》と聞こえる短い悲鳴。なにか切っ先だけで薄く斬った手応えもあった。


 遅れて目をやれば頭の右半分の目を二つとも斬られ、ボタボタと青い血を流しながら①が俺たちから跳び退(すさ)るところだった。


 致命傷たりえなかった様子だがどうやら怯んでいる。


 ただ一方の俺も俺で遅れて血の気が引いていた。今 一瞬の隙を突いて俺ではなくガキに接近されたのだ。


(コイツ、弱い方から狙いに来てるのか…………!?)


 極限のなか、とっさにガキの無事を確かめ後ろにかばっていた。


 まるで嫌いなヤツにする行動とは思えない。しかしそれでもコイツは血のついた筆記板を胸に抱き、ちゃんと命じた通りに手で傷口を抑えている。その息は『ふう、ふう』と短く荒く、震えていた。


 本当になにもできないただのガキだ…………見捨てて死なれるのもそれはそれで寝覚めが悪い。


 俺は斬りつけた敵がまだ怯んでいるのに目配せしつつ、この隙に一瞬だけ横目でフィーの様子を確認する。


 相棒はもとからの③号、増えた②号をも相手にしながら、キリキリと踊るように跳ねていた。《ギエ ギエ》と啼きながら刃の銀閃(ぎんせん)を避けつづける二頭に囲まれ、しかし相棒もまた爪や(くちばし)(かわ)しながら、しなやかに背転をきめている。そのほんの刹那に、稲光が走るように翠の瞳と視線がかち合った。


 途端、普段のフィーからは想像できないような強い(げき)が飛んでくる。


「――イチヘイは! 良いからそっち集中してっっ!!」


 俺はフィーの声が止む前にさっさと意識を前方に戻す。


 アイツにそこまで指図されるなら、俺もやらざるを得ないだろう。あれは恐らく(おとり)をしてくれている。


 俺も気を引き締める。


(ここまで来たら、このガキごと護りきってやる……)


 そこで、4、5メートルほどの距離から俺の様子を伺っていた①号が、急にまた啼き声を上げはじめた。


《ケーティ ケーティ! グギェ! グギェ!》


(また違うパターンのコールだと……?)


 しかしこの啼き声は、今しがたと同じものでもある。さっきはフィーが③に攻勢をかけ始めたとき、()()啼いていた。


(……もしやコイツらっ、)



「――――っ、イチヘイッ……!!」



フィーゼリタスのただならぬ叫びが飛び込む。同時に背後に感じた気配に俺が振り向くと、そこには間近でおどり上がる②号の、太く短いかぎ爪があった。後ろにはその②号を追ってこちらを向く③号。


 ちびのガキではない、今度は俺を狙っている。


《っ、くそ!》


 振り下ろされる爪を払うように一閃を描く。ガッ! と鈍い音を立て、指先ごと爪が落ちた。指先を斬られた②号から《ギャ!!》と悲鳴が上がる。


 その背後では③号が俺に向かい躍り上がるのを捉えるが、それはフィーが「ヴヴヴゥゥッ!!!」と獣のような唸りととも首元に噛みつき、さらに刃を突き立て阻んでくれる。


 その流れが、刹那の瞬間が、まるでスローモーションのように見える。稲妻の如く思考が(めぐ)る。


(――いまコイツら、①号の啼き声に応えた、よな……!?)


 状況から考えれば今の①号の声はおそらく『加勢が欲しい』、『助けて欲しい』などのコールサインなのだろう。とすれば他にもサインはある。


 そしてさっきガキを襲おうとしたことも含め、コイツらは意図的に隙を作ってきている。


 ……が、そこで外してしまった視界の外から迫りくる殺気に、俺は前を振り返る。


 ①号だ。今の一瞬の隙を読まれたのだ。


「――~~~~!! 何が初心者向けだ! マジもんの厄介妖獣じゃねえか……?!?!」


《きゃああぁぁぁ!?》


俺の叫びに、飛びかかる異形へ悲鳴を上げるガキの声が重なる。コイツの咬み傷などどうでもいい、とにかく俺はすぐそばにあったその細腕(ほそうで)を掴み上げ、強引にその胴回りを担いで跳躍した。ガキの居た場所に①号の黒いかぎ爪が空振っていく。


「――イチ! こっち!」


 声に目をやればフィーが③号の、口からよだれと青い血を垂らす頭を抱えながら手招いている。③の背中を刺突(しとつ)するところまでは感知していたが、さらにいつの間に組みついたのか、その細長い首はあらぬ方向にへし折られていた。綺麗に仕留められている。


 しかしそこに間断あたえず、指が欠けたのにもうなんとも思わないのか②号が再び俺へと飛びかかってくる。更にその後ろには①号も見える。


《おい口とじろ、舌噛むぞ!》


2頭ぶんの追撃をかわして数歩跳び、跳ねた先の空中を〈力〉を回してまた蹴る。


「はやくはやく」

「わかってる!」


 フィーの呼び声がする先へと頭を向ける。


 しかしガキといえど、担げば重さのぶん空中での感覚も変わる。攻めどころか守りにも転じにくくなっていった。やりにくいことこの上ない。


《ケーティ! ケーティ! グギェ! グギェ》

《グギェ! グギェ! グギェ!》


《……クソ魔獣がよっ!!》


 バランスを崩しそうになりつつ一度着地する。


 しかもこれは、コイツらのこの啼き方はやはりまだ呼んでいるのだ。


 一列になりながら追いかけてくる二頭の〈四ツ足ノ禽(アファタール)〉。その前には追われる俺と、担がれる荷物(ガキ)


 最悪の構図が完成している。


 『呼ぶ』ということは、まだ向こうは呼べる加勢(なかま)がいるのだろう。


 ただ俺たちの武力、現状の体力、それに知識はこの戦闘では元からとうてい万全とは言えず、策もない。


 このまま新手が増え、もし持久戦に持ち込まれれば最悪、負ける。


 切羽つまって考えている。


(……ならその前にせめてフィーを……、あとこのガキ(にもつ)も護りきれるか――――?)


 そのときだ。


「…………」


 俺は次の着地点で待つフィーゼリタスの顔にはたと目が吸い寄せられた。じっと俺を見つめていた円い瞳と控えめな口が、ふと驚嘆したようにぽっかりと開いたからだ。


(なにを見ている? 俺……? いや上か……?)


 だが考えつくより前に答えは出された。


 身を乗り出させるように担いだガキの胸の辺りから、透きとおった薄緑(うすみどり)の光が輝きだしていることに気づいたからだ。


 俺の顔のすぐ隣で光る、美しいが異質な燐光(りんこう)――――。


「……なっ……!?」


 ――――刹那、溢れるような光の奔流(ほんりゅう)が周囲をおおう。


 俺はガキを抱いたままあらぬ方向に吹き飛ばされ、岩壁に背中を打ち付けたのを最後に少しのあいだ意識を手放してしまった。



 ――❀✣❀✣❀――

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