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5:無知なる者の見る世界 ②

五章 ②/3

読了目安→6~9.5分

「やっ……たあ!?!?」


下の方でフィーゼリタスが、なぜか疑問符をつけて喜びのポーズを決めていた。垂直に落ち始める〈〈四ツ足ノ禽(アファタール)〉〉を確認した俺は、それを捕らえるするために宙を蹴る。


 頭を下に加速し、獲物に追い付くとその体躯(たいく)をがっちり掴んで落下していく。尾の長さを抜けば赤ん坊ほどの大きさだが、見た目に反して軽い。


 が、同時に臭そうな緑の水面も迫ってきた。ただでさえ悪臭が臭いたつここで、爪先ほどもアレに触りたくはない。


 俺はすかさずくるりと反転して、水面ギリギリにもう一度〈力〉を込めて()ぶ。


 そのまま、先に着地していたフィーがいるのと同じ岩場に降り立った。ただ降り立った先にも、足元には〈四ツ足ノ禽(アファタール)〉のものか、灰色と黒の欠片が混ざる塊が乾いて堆積している。


 そろそろこの臭さと汚なさにも、ある種の諦めがついてきてしまった。


《グギェ! グギェ!》

《ギエ! ギエ! ギエ!》


「……やっと、狩れたね……! やった!!」


 騒がしく啼きわめく群れの下、疲れた顔をしながらも嬉しそうなフィーゼリタスに、獲物を無言で渡す。 さすがに俺も疲れを隠せなくなってきた。


 体力的なものより心労が大きい。狩れたことすら素直に喜べない。


 あまり考えたくないが、あれから3時間程度狩りを続け、これでやっと『()()()|』、なのだ。


「……なあフィー」


「ん? なに? あ、ねえイチヘイ、小刀貸して」


早速 絶命した〈四ツ足ノ禽(アファタール)〉の口の中を覗きこんでいるフィーゼリタス。


 請われるままにポケットから出した折り畳みのナイフを渡すと、フィーは「あ、これかも!」などと(ひと)()ちながら上顎に指を突っ込み、中に見えたらしい〈真珠瘤(しんじゅりゅう)〉を器用に削りにかかった。


 その作業を黙って眺める俺。軽く上がった息を整えつつ、言うか言うまいかしばらく逡巡してしまう。


 ……しかしさすがに、やはり。


「――――…………なあ、一度諦めないか、フィーゼリタス」


「………」


その言葉にピクリと耳だけがこちらを向き、一瞬反応が無い。ややあって、


「……やだ。稼がなきゃいけないんだよ、ボク。ハナトちゃんとイチのために…………あ、みてイチ、良くみたらもう1個あったよ! ラッキーじゃない?!」


「おい、」


「うわ、でもコレめっちゃ臭い。吐きそう………」


嫌そうな顔をしながらも、フィーはそれを手のひらで握り込めるような小さい革のケースにしまっていく。本当に一瞬だけ、つまんだ指先に小指の爪ほどの白い粒が2つあるのが見えた。


「よーし、これ取ったし次いかなきゃ!」


その笑顔は、まるで俺を振り切ろうとしているようだった。


 フィーは気が立って興奮すると、俺の言うことにあまり耳を貸さない。ただ(こと)、戦闘のような場面となるとコイツの野生混じりの勘は頼もしく、これまでの戦いでならサポートもしつつコイツのやりたいようにやらせることはよくあった。


 ……が、今回はお互いの持てる能力を駆使し、協力して3時間前後も飛び回っての、現状(コレ)なのだ。


 ここにきてやっと『一匹目』。


 コイツらが飛ぶということすら知らなかった俺たちだ。さすがにこんな収穫のない踊りをこのあとも続けるのは、どう見ても非効率だった。


 面倒でも言って切り上げさせるべきだ。


「おいフィー、」


 もう少しきちんと説得しようと口を開いた瞬間だ。


「あの、ね、わかるよ? でも、だって、捕まえなきゃだから……?!」


言ってこちらを見据えながら、指だけ上を指すフィーゼリタス。


「イチヘイにお金を、返さなきゃなのはもちろんなんだけど、アレを捕まえないと、」


「フィー、聞けよ」


「だって! もう、イチヘイに仲介料払ってもらっちゃったんだよ! ボクも頑張って捕まえないとハナトちゃんのこと――」


「――それが解ってるなら尚更だ! ……ちゃんとお前も見ろ、上を!」


 さっきからコイツにも分かっているはずの現実(こと)だった。


 身振りで強要すると、長い耳がしぶしぶと言った(さま)で斜めに(かし)ぐ。そして二人で仰ぎ見た先。


 飛び交う〈四ツ足ノ禽(アファタール)〉の群は、初めにここに来た時より、明らかに数を減らしていた。


「……あの天井の穴から、風に乗ってだいぶ逃げてる」

「やだ。聞きたくない」


 しかし事実、(初めの騒がしさから考えても)こうして会話が成立してしまうくらいには鳴き声もおとなしくなってしまっている。一匹狩ったせいなのか、眺める()にも一匹、また一匹と、洞窟の入り口から天井へと吹き上がる気流にのり飛び去っていくのが見える。


《ギエ! ギエ! ギエ! ギャ、ギャ、ギャァ!》

《ギエ! ギエ! ギエ!》《ケーティリ! ケーティリ!》


「俺とお前で、狩り場を荒らしすぎた。矢も足りない。俺たちの今の技量じゃ、無理だろこれ以上は」


「でも、だって、『初心者向け』だって……」


「…………フィー、俺も言いたくねえが、残念なこととして現状、俺たちは失敗したと思ってる」


 納得がいかないまでも少し落ち着いてきた様子のフィーゼリタスに向かって、俺は頭の隅でずっと()ねくりまわしていた言葉を並べ始める。


「フィーも俺も、戦闘経験は豊富だよな? 武器をぶん回す敵の動きにも、なんやかんやで対処してきたよな。でなきゃ今ここにいない、……だろ?」


「……。うん……」本当にしぶしぶと言った感じで頷かれる。


「だが、今回の俺たちが焦って請けちまったこの仕事は、妖獣の狩りだ。俺たちの経験と技能(スキル)は、まともに考えればきちんと知能のある、人形(ヒトガタ)の生物との殺り合いにこそ活きるものだろ」


「でも、」


「今回は正直、俺は安請け合いしすぎたと思ってる。標的のことも知らなすぎた。結局まだ一匹しか狩れてないのがその左証だろ。四ツ足ノ禽(アイツら)の生態だって〈冒険者ハンザ〉から渡された説明書き以上のことは何もわかってねえじゃねえか」


「でも、ハンザでは『初心者向け』って……!」


 まだ言うか。


「確かに初心者向けだよな、『危険度』としては!」


今のコイツに喋らせると面倒臭いので、俺は強い口調で言葉を被せてそれ以上の反論は封じていた。


 フィーゼリタスは何を思うのか、顔に、それこそ妖獣のようなシワを寄せて視線で()すくめてくる。


 その(みどり)の頑なな瞳を、俺もまた厳しい顔で睨み返しながら、この言葉ではやはり届かないのかと逡巡していた。このままでは膠着(こうちゃく)状態(じょうたい)だ。


「…………だが、その通りだろ。足元で俺たちがこんな呑気にしてんのに〈四ツ足ノ(ヤツら)禽〉は俺たちを襲って()もしねえ。

 妖獣ってのは、本来はとにかく獰猛(どうもう)なもんなんだろ??」


……なんなら目の前の相棒の方が、よっぽど逆上して襲いかかってきそうで目が離せない。


「そうだけど、そんなの信じない!!」


「なあ、現実はそうだろ……、攻撃は当たらないしもう矢もない」


「ちがう! 他のはロストしちゃったけど、今引っこ抜いたからこの矢、もう一回使える!」


「フィーゼリタス、」


しかし相棒はまだ納得できないようだった。いつになく頑固で、諦めが悪い。


《――――ギエ! ギエ! ギエ! ギエ!》

《――――ケーティ! ケーティ!》


と二人の間に流れる無言に、頭上の〈四ツ足ノ禽(アファタール)〉の鳴き声がこだまする。


「~~ックソ、」


 その瞬間に、俺は()めていた革手袋を外すと決めた。改めてため息混じりに、静かに名前を呼ぶ。


「フィー、あのな……」


 ほんの一瞬目を瞑って、開く。


 俺はやっと、本当ならばもっと早くに言うべき言葉を口にする決心をつけた。


「……その、本来なら、飛ぶと気づいた瞬間に俺たちは一度狩りはやめるべきだったのかもしれない……――だが俺も、今の金欠の現状からだけはどうにか抜け出さなければならねえと考えちまって……、考えなしに突っ込みすぎたと思う。だからその……」


うじうじと言葉に詰まりそうになるが、ここでごまかして終わらせるなぞ俺自身が認めない。


 俺は、コイツにだけは()()()でいなければ、自分の()()()()()()()()を見失う。


 顔をしかめつつ、俺は頭を下げる。


「すまない、これは俺の判断ミスだ」


「い、イチ……?」


 そうだ、本当は、受付の男の話しぶりには最初から()()()()()を覚えていた。しかし俺はそれを気に留めながらも、


「言い訳にしかならないが、俺は〈冒険者ハンザ〉で最初に感じたその違和感を看過しちまってた」


 そして俺自身もまた傭兵としての、自分と相棒の腕には覚えを持つがゆえ、『誰でも受け入れる』というハンザの仕事を甘く見ていたのだ。


 良く確かめもせず踊らされた、という悔しさに口許が引き結ばれる。


 しかしやはり今回は納得しないフィーのためにも、ここは潔く俺が折れるべきだった。


「今回は焦って、俺がなんもかんも見誤った。もう一度いうが、無駄な時間を使わせてすまない……」


――――「イチヘイ……」


 俺はどうにも、昔から他人に謝ることが嫌いだ。


 自分の弱点を他人にさらけ出し、どうぞじぶんを好きなように叩いて下さいと(みじ)めに屈服させられているような気分になる。


 今も相手がコイツでないなら、謝るくらいならぶん殴りに行くだろう。


 一方の相棒は、俺のその様子になにやら「あわわ…」と息をのんでいる。


「……え、い、イチヘイがこの短い時間に2回も『すまない』って謝るなんて怖い」


「おい、反応するのそこかよ」


まるで珍獣でも見たような物言いに、思わず顔を上げてしまう。


 『謝罪』という重大行為に、俺がどれだけ労力を割くと……!


「……わかったよ」


しかし返ってきた言葉に、俺は思わずそれ以上の口をつぐんだ。


「わかった……。いっかい諦める」


目を合わせれば、もうフィーの毛並みは落ち着いて一回り小さくなっていた。普段の()()、普段のどんぐり目で俺を見つめている。


「だって、なんかね、」


 かと思えばいつもの口調で、急に話し始める。


「ホントは、この〈四ツ足ノ禽(アファタール)〉に矢が当たったときも、何ていうかね、気持ち悪かったんだよ」


聞いておくべき内容だと思った。俺が黙って促すのをみて、フィーは続ける。


「えっとさ、確かにまっすぐ命中したけど、当たる! って、思った直前に、射線に別の〈四ツ足ノ禽(アファタール)〉が出てきてさ……」


 数時間追い回して、やっと当たった一射目の獲物ですら、フィーゼリタスには予測しない形での捕獲だった。だから(あた)っても素直に喜べなかった。


 説明と違って脚が細かったこと、飛ぶと聞かされなかったことなどでもモヤモヤしたが、そこでやっと、なにか『勘』的にダメなのではないかと思ってしまった。


 俺の言っていた『良くない評判』もホントなんじゃないかと思い始めた。


 なのにそれでも、こうなったのも全部、自身の責任だからと、ハナトにもどうにか靴を買ってあげたくて意地を張ってしまった。


 ……と、要約すればそんなことを長々と口にしたかと思うと、本当に唐突にしょもしょも…と耳を下げだした。


「うう、……ボクこそ、ボクのせいでごめんね、迷惑ばっかり……」


 俺はため息を吐いて、軽くはたくようにその耳の間へ右腕の重みを乗せる。痛くはないがそこそこの衝撃のはず。


「ふべっ?!」


 妙な鳴き声をスルーしつつ、俺も一応の見解をのべる。


「……もしかすると、〈冒険者ハンザ〉は客から上がってくる依頼を預かってるだけで、情報の安全性や正確性までは審査してねえのかもしれねぇ……」


「え? いやいやまさかー、さすがにそんなのないってー」

 フィーはにわかには信じられなさそうに耳と首をゆるく傾げる。俺はその澄んだ瞳を肩を落として見返した。


 コイツはやはり、他人を疑う能力に欠陥があるんじゃないだろうか。長所であると同時に、ときおりヒヤヒヤさせられる一面だ。


「……いやフィー、その言葉そっくりそのまま返すぞ? まさに現在進行形でお前の言う その、『さすがにない』に巻き込まれてんだよ俺たちは。

 いま『なんか色々聞かされなかった』って自分から不満たれてたばっかだろが」


 それにあの男(むこう)も『自分は文官であり、現場のことはよく知らない』と言った趣旨(しゅし)の発言を(みずか)らしていた。話していた情報も、思えばぜんぶ『(また)き』だった。


「……あまり考えたくないが、 あのカウンターの向こうで働いていた三角帽子のやつら一人残らず、冒険者でなくただの役人だとしたらあり得る」


「ええ……」


 とたん、今度はその円い目はドン引きの表情をみせる。いつものことだが表情がくるくる変わるのは面白い。

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