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5:無知なる者の見る世界 ①

五章 ①/3

読了目安→3.5~ 6分

 あたしは、この兎とカンガルーを混ぜたような――ふぃーぜりたすという変な生き物と、こっちをみるだけでもちょっと怖い、イチヘイというお兄さんが話す知らない言語を聞いて、ずっと意味を考えていた。


 『ここ』にきてからも、捕まったあとも、町を歩いている間にも、人間じゃない生き物はたくさんいた。


 ……怖いのにも、会った。


 けど、このふぃーぜりたすはすごいおしゃべりで、あたしに沢山話しかけてくれる。


 なんて言ってるか分からないけど、すごく優しくしてくれていると思う。抱き締められると石鹸(せっけん)の匂いの下から、なんかちょっと犬っぽくて甘い臭いがする。……変なのに、落ちつく匂いだった。



「…………」


 《ケーティリ! ケーティリ!》


 《ギャ、ギャ、ギャア!!》《ギエ! ギエ!》


 あたしは、洞窟の壁に寄りかかった。


 朝からどれくらい経ったんだろう。太陽が登る前に出発して、日差しがいま洞窟の天井から差し込んでいるから、もうお昼くらいだろうか。


 もうあの耳をつんざくような鳴き声はだいぶ小さくなっていたけど、それでも奥はまだうるさい。二人はずっとあの目が4つあるモンスターを追いかけ回している。


 はじめはここに捨てられてしまうのかと思った瞬間もあったけど、二人はいまもあそこにいる。


 本当にここで待たされてるだけ。


 だから少し安心して、今はとにかく(くさ)いのと(うるさ)いのを()けたくて、あたしはさっきから少し奥まったこの場所に座っている。何だかすごく身体が重たかった。


 いまいるのは、臭くて大きな水溜まりのある空洞から4~5メートルくらいは後ろの場所。


 あたしが2人を待っている洞窟は、登ってきた崖側より、あの大きい空洞に近い側のほうが高さも幅もある所だった。少し細長くて、たぶん小さい体育館くらいの広さはあるんだと思う。


 それから真ん中の天井からは大きな鍾乳石(しょうにゅうせき)がたれていた。壁際でもゴツゴツと鍾乳石が垂れたり繋がったり出っ張ったりしていた。


 そこへ、洞窟を抜ける風が一瞬だけ強まり、


『ビュオオォ……』


と泣き声のような音を上げて通りすぎていく。少し胸がギュッとなる。怖くて悲しい音だった。


 あたしは顔を下にむけて、手のひらを見る。お父さん指、お母さん指、お兄さん指だけを握ってみる。


『ごめんなさい』


 これはあの目付きの怖いお兄さん、イチヘイが使わなかった手のサイン。ふぃーぜりたすだけが使った手のサインだ。


 ふぃーぜりたすの話し言葉と一緒にこの手の意味を見たとき、この生きものの良く話していた単語は、ずっと『ごめんなさい』だったんだと気付いた。


 あたしはその時――――、これで自分もすぐ謝れるっておもって、すごく安心したのだ。


 だって、本当は昨日、始めにイチヘイと言葉が通じたとき、本当に安心してあたしは泣いてしまった。


 やっと解らなくて怖いことが終わるんだと思った。ちょっと意地悪かもだけど、優しい人に会えて良かったと、思ったのだ。


 でもそれからやっぱり、イチヘイのことは良くわからないから。


 (どうしてなのかな……)


 あたしは昨日、一日であったことを思い出す。


――『ここはどこですか?』


 書いて聞いても、イチヘイはこたえてくれなかった。


 抱きついたら、二回目は嫌がられた。


 本当はずっと仲良くしたかったし、ずっと教えてほしかった。


 いま、上で飛び回っている見たことないモンスターのこと。


 町を歩くとたくさんいる、人間みたいに生活してる生き物のこと。


 なんであんな、洞窟の上空で二人が跳び回れているのかも。


 ここはどこ。あれはなに。


 あたしはどうしてここにいるの。


 見えるもの聞こえるものぜんぶ解らなくて、怖い。なのに『どうして』って聞きたいのに、答えてくれなかったらと思うとそれも怖くて、ずっと訊けなかった。


 仲良くしたら話してくれるようになるかな。


 そう思って、ずっとイチヘイに色々話しかけてきたけど、やっぱりなんだか避けられている気がした。


 本当は、一番お(はなし)しなきゃいけないのは、ひとりだけあたしの言葉がわかる、名前も見た目もぜったい日本人のこのお兄さんなのに。


(仲よくしなきゃなのに、ダメなのかな……)


 ……あたしはもう、分からないことばかりなこの状況にばかり慣れて、怖いという気持ちだけ残したまま、どうしたらいいかももう解らなくなりそうだった。


 けどそれでも絶対、ひとつだけ分かっている事はある。


 それは今、二人があのモンスターを捕まえようとしているのは、『私が二人のところに来たせいだから』ってこと。


 それだけは解っている。


 あの二人にはお金がない。


 イチヘイも「あたしのせいでお金がない」っていっていた。「仕事を見つける」って言っていた。


 それに今朝、まだ夜明け前に屋台みたいな所で食べた朝ごはんもぜんぜん美味しくなかったから。


 昨日の昼にもらった花の匂いのするお菓子とご飯は本当に美味しかったのに、3人一緒にたべたあのご飯は、あの2人も嫌そうな顔で口にいれていた。だからきっとあの、雑草の臭いのするべちょべちょのおかゆみたいなやつは、不味い代わりに安いヤツだったんだと思う。


 分かってしまって、あたしもだまって食べていた。


 ……セツヤク、ってやつだ。


(――――あたしがここにきたから……)


 だからあたしは、ごめんなさいをしなきゃいけなかった。


 あたしは、「痛い」も「疲れた」もできるだけ我慢しなきゃいけない。


 あの『怖いところ』から助けてくれた人たちがあんなに頑張っているのに、あたしはなにもできない、から。


「…………」


 やっぱり体が重たい。ため息が出てしまう。


 それにイチヘイは『ここに居たいなら好きにしろ』って言ってくれたけど、


(……ほんとにあたし、ここにいてもいいのかな……)


 イチヘイに嫌がられているんじゃないかって思ったときから、それもだんだん信じられなくなってきてしまっていた。


 それに――――それにもう、知ってしまったから。


 大人は、優しいだけじゃないって。世界は、ほんとうはとても怖いところだって。


「――……うっ……」


 不意に真っ暗なところに引き込まれるような恐怖に身体が震えた。あの二人に会うまでのことを思い出しそうになって、あたしは急いで考えるのをやめる。


 まだ痛いあざの上をつねって、無理やり気持ちを引き戻す。


 泣きそうになるのもぐっと押し込めた。字の板を両腕で抱き締める。コレは、あのふたりがくれたんだ。


 ……だから大丈夫。夜にはふぃーぜりたすが胸の…………ジュッてされたとこの手当てもしてくれた。その傷も隠れるようにこの服をかぶせてくれて、イチヘイもあたしと話せるようにコレをくれたのだから、もう一回捨てられたりなんて、きっとしない。


 でももしもっと嫌われて、これを取り上げられてしまったら、あたしはまたしゃべれなく、なってしまって……。


(だめ。少しだけ……寝よ……)


気持ちがすごくぐらぐらしていた。きっと体が重たいから、疲れてるからダメなのだ。お母さんは良くそう言っていた。


 ここではあたしは、誰にも甘えちゃいけない。あの二人はお母さんでもお父さんでもないから、悲しくてもひとりで何とかしないといけないのだ。


 そのまま体を横にすると、寝転んだ先の鍾乳石の出っ張りがちょうど良い枕になってくれる。ゴツゴツするけど仕方ない。昨日はふぃーぜりたすと同じ部屋で寝たけど、急に(うな)って飛び起きたりするから、びっくりしてあんまり寝られなかった。


(急に居なくなってしまって、お母さんもお父さんも二人とも心配してる、かな……)


もういちど指を三本握って、開いてみる。


 あの二人にも、それにお母さんにもお父さんにも『ごめんなさい』、だった。


(……もしかしてあたし、ずっとこのままなのかな……解らないのも、話せないのも、ずっと……?)


 気付くとどうしても悪い方に考えてしまう。


 だから、次こそせめてどうか、目が覚めたらぜんぶ夢ならいいと思った。


 そうしたらあの二人も、どこにもいなかったことになる。迷惑なんか、かけてなかったことになるから。


(つかれた……さみしい……) 


 どうかそうなっていてほしい。


 起きたらお母さんとお父さんがいるあの家の、お布団のなかにいたい。


 一人で知らないところに居ると気付いたあの日から、心の隅っこでずっと願い続けていたことを考えながら、あたしは吸い込まれるように眠った。




 ~~❀✣❀✣❀~~




《ケーティリ! ケーティリ!》

《ギエ! ギエ!》


「こ、の!!」


 今度こそ当たるかと振りかぶった切っ先は見事に空を斬った。


 俺はそのまま岩の壁に張り付き、フィーゼリタスの位置を確認する。反対側の岩の突起に腕一本でぶら下がっているフィーゼリタスは、次に射ち抜く一匹を物色しているようだった。アイツも、もう何度も()っては失敗している。


 ……このタイミングなら、群れの中に俺が突っ込んでコイツらの気を散らした方が、アイツも狙いやすいだろう。俺はすかさず力を込めて壁を蹴り、目の前を通りすぎる群れの『渦』に刃を突き立てた。


《グギェ! グギェ! グギェ!》

《ギエ!! ギエ!!》


散り散りになる斑の翼と翼の隙から、フィーと一瞬 目線が噛み合う。


『今だ』

と手信号を送った。


 俺もフィーゼリタスも、初めは別々に〈四ツ足ノ禽(アファタール)〉を追い回していた。だが実際にやってみるとコイツらは驚くほどに素早い。


 絶対当たると思った攻撃にも妙な回避行動を取られ、まるで網の目を抜けるように避けられてしまう。


 単独ではムリだとすぐに気付き、『俺が陽動(ようどう)してフィーゼリタスが()つ』という作戦に切り替えていた。


 ――――のだが。


 いまやフィーの矢筒に収まる矢の数も、もう残り一本になってしまった。 


「――――いい加減ッ! 当たれぇーーーー!!」


空中で身を(ひるがえ)したフィーが毛並みを脹らませ、興奮しきって叫んでいる。放った矢は一直線に上昇し、騒がしく啼く〈四ツ足ノ禽(アファタール)〉の一体に、


《ケーティリ! ケー、ギャッ!!》


その胸を串刺した。

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