4:四ツ足ノ禽 ③
四章 ③/3
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『【四ツ足ノ禽】
殆どの個体には、口内に「真珠瘤」と呼ばわれる瘤が複数ある。此れは稀少な香薬の素材として取引される。成熟すると群れて人を襲うようになる為、幼獣の内に定期的に数を減らす事が推奨されて居る。
啼き声は〈ケーティリ ケーティリ〉と甲高く、猛禽のような嘴を持つ。四肢は太く、尾は長く、大きな目を複数持つ』
さらに捲ったもう一枚には、確認されている幾つかの幼獣のコロニーの場所、納品してほしい数量、依頼完了で報酬が支払われることまでが書かれていた。こちらの紙の報酬額も、手書きで『10エラ1000ピニー』に直されている。
15個で10エラ……。ちょっとした大金である。
「頑張らなきゃね」
さっさと紙を閉じながら、ボクは歩きだしたイチヘイにつられるように再び進みだす。
けれど数歩歩いてから、
「ん……?」
とボクは首をひねってしまった。
「ねえイチヘイ」
「なんだ」
「名前が『よんほんの とり』ってことは、飛ぶのかな、この紙には書いてないけど」
「……ああ?? ……こっちの古語はしらん」
至極ぞんざいにあしらわれる。でも、聞いてほしい話だし……。
だんだんニヨニヨしながら話し続ける。
「えーでもこの話、イチヘイも一緒にお師匠さまから聞いてたよ?」
「……何年前の話だよ」
「覚えてないの、生き物の名前ってみんなそれぞれの特長を込めてつけられてるんだよ? よくそこら辺を歩いてる家畜の〈綿毛角〉なんて、めっちゃ見た目もふわふわじゃない? 角もあるよ? 禽ってついてるし、もし〈四ツ足ノ禽〉も飛んでたら……ってぷわ?!」
とイチヘイの鋭い横顔ばかり見つめていて変な声を上げてしまったのは、この人が急に立ち止まったからだ。肩からぶつかりそうになって、ボクもあわてて立ち止まった。
《ぶ!?》
と思ったら今度はハナトが、後ろからボクにぶつかってくる。
「わ、ごめんね?!」
ボクのしっぽに引っ掛かり転けそうになっている彼女を慌てて支える。
改めてイチヘイに顔を向けると、この人は正面を向いたまま固まっていた。
「……ふぇ?」
その視線の先が、洞窟の切れ目の明るい場所に釘付けになっているんだと気付いたとき、
《――ケーティリ ケーティリ! ギャ、ギャ、ギャア!!》
耳の奥に刺さるような甲高い啼き声が通路に反響して、ボクはビクッと顔を上げた。同時にボクたちがいる洞窟と、外との境目を何か動くものの影がサッと横切り、サッと消える。
「ふぇ?! いまの、みた?!」
ボクは慌てて、二人を交互に見ながら出口を指差す。
「あ、嗚呼、今ので2度目だが……」
イチヘイも驚いたように頷く。
ハナトも目を円くして、いま影が疾った出口の先を見つめていた。
《ケーティリ ケーティリ!》
《ケーティリ ケーティリ!》
その間に、啼き出した最初のひとつに応えるように、ひとつふたつと啼き声が重なりだす。
《ケーティリ ケーティリ!》
《ギャ、ギャ、ギャア! ケーティリ ケーティリ!》《ギャ、ギャ、ギャア! ケーティリ ケーティリ!》
「わ、わ……」
ボクもしっぽをピンと立ててビックリしていた。
声はみるみる膨らんで、横切る影の数も増えていく。洞窟の反響とも合わさり、最後にはボクにも何匹が鳴いてるのかわからなくなってしまった。
居る、んだ。
おそるおそる通路の切れ間まで進むと、洞窟の奥から見えていた『外』は、実は縦に長い巨大な空洞だった。
奥行き100キュビ(※45~50m)、横幅はたぶん200キュビくらいはある、いびつな楕円形。
上も見上げるほど高くて、多分横幅と同じかそれ以上はあった。上にいくほど細くなる岩天井は、途中、白色からボクの瞳のような碧緑に色が切り替わり、天井には、ぽっかりと一つ大穴が空いていた。たなびく雲と青い空が見える。
まるで底の抜けたカップを伏せた中に閉じ込められているような気分。
「うわあ、すごいところ……」
もう少し前で観ようとして、けれど不意に後ろから手首を掴まれた。
《ぃぜ!!!》
同時に、爪先より先に地面の感触がなくなっていることに気付くボク。視線を落とす……と、足元はすり鉢状に切り立った崖だった。
「ひえっ……」
強く腕を掴んで、引き戻してくれたのはハナトだった。
「ハ、ハナトちゃん……! 《アイーガートー》……」
《う……》
こんな小さな身体でも、ここまでの力が出るんだと驚く。
まさかこんな子に助けて貰えるとも思わず、感謝を込めて軽くぎゅーした。
「気を付けろよ」「う、うん」
また母さんみたいに怒るイチヘイ。
その声に生返事しながら、ついでにハナトと二人で改めて下を覗き込むと、そこには一面の水溜まり――……というより、灰色の羽や落ち葉が浮いて吹き溜まる溝だった。色は茶緑に濁ってとても汚いし、それにすごく臭い。深さが分からないのも怖い。
あちこちから足場になりそうな岩が小島みたいに突き出てはいるけれど、落ちたらいろんな意味で大変そうだった。ぜったい病気になる。
(よ、良かった、引っ張ってもらえて……)
それもこれも全部、鳴き声をあげてこの大空洞を占拠するこいつらがいるせいだ。
《ケーティリ! ケーティリ!》
《ギャ、ギャ、ギャア!!》
岩壁から跳びはねては、身体を支えて滑空できるだけの大きさを持つ翼と長い尾羽。
「ね、ねえ! やっぱり飛んでるよ……?!」
あまりの姦しさにかなりの声量でがなる。でもボクの真横へ並びにきたイチヘイは、ボクを見ることもなく前髪の辺りをいつもの癖でかきむしっていた。なにか呟きだす。
「……これは、も…か………て…焦って…っちまった……………。……もしか………割…合わ………事かも…れね…」
「え?」
ふつうの声でなにか呟いている。周りが煩さすぎてボクの耳でも聴き取れない。でもぜったい良くないことを話してるのは、仕草と声のトーンで伝わった。
何を言っているのか聞き直したいけど、上の煩さはもう、覆い被さってくるような音圧だ。話し合いなんかできない。
今やボクたちが狩ろうとしている妖獣は、天井からの光を遮って数えきれないほどに飛び交う、茶色と白の斑の群れとなっていた。
ハナトもボクの腕の中で、怯んで固まってしまっている。
そのときその中の一体が、また群れから離れて近づいてきた。
――《ケーティリ! ケーティリ!》
啼き叫びながらボクたちのすぐ側を飛び去っていく。
目があってしまった。
脚は胴体に対して棒みたいに細く、緋色をしていた嘴も足先の黒い爪も不格好に曲がってみじかい……そしてそのクチバシの根本についた金色の瞳は、左右あわせて4つあった。
「ッ、きもちわる!!」
そしてどいつもこいつも、その頭蓋いっぱいに嵌まった不気味な目を光らせて、ボク達を監視しているみたいに思えるんだ。
頭痛がするような鳴き声のうねりのなか、ボクはあまりの五月蝿さに耳を伏せながら、
「なんか、読んで想像してたのと違う……。てか、説明書きと違って足細くなかった?! やっぱり飛んでたし! 全然違くない?!?」
『良くない評判が……』と言っていたイチヘイの言葉を思い出すけど、でも、確かにおじさんは親切だったし、これも襲いかかっては来ない。
(襲ってこないならほんとに『初心者向け』、なのかな……?? )
一方のイチヘイは、固まって立つボクとハナトの顔をそれぞれ見ると、なにか意を決したように唇を引き結んだ。
そしてこの騒音の中でも聞こえるような大声で、まずはハナトを高い上背で見下ろして何事か話し始める。無意識なのか、ボクと『仕事』をする時お互いにやり取りする手信号を一緒にしていて、
『この場所』・『安全』・『待て』
という単語が混ざっていることだけはボクにも判った。
……ただ、それより気がかりなのは、この状況に戸惑っているのかすごく強ばった顔をしているハナトに対して、やっぱりホントに手振りで話した以上の事は話して無いんじゃないかって思うこと。だってあんまりにも声を出していた時間が短かった。
「っ、ちょっとイチ、ハナトちゃん怖がってるって! もう少し優しく説明を……あっ……」
ええどうしよう。思わず言ってしまった。
思わずボクは口を抑える。けど、やはり普通に出しただけの声では、上からの音圧に負けてイチヘイには聞き取れなかったみたいだった。
次にこっちを見たと思ったらイチは怪訝そうに眉をひそめ、右手で
『分からない』『今』『始めろ・行け』『(自分に)続け』
の意味をもつそれぞれの手信号を、ボクにはぜんぶ無言で見せてくる。
見ればイチの左手は、後ろの短剣の辺りに触れながらごそごそと動いている。崖登りの最中に抜け落ちないよう、剣の柄と鞘を結わえていた組み紐を解いてるみたいだった。
……ダメだ この顔は完璧にお仕事モードだ。
諦めるボクの眼前で、さらに取り出した薄い革手袋をはめたイチヘイは、次の瞬間には崖の縁を強く蹴る。家の屋根に登れるくらいの高さまでほぼ垂直に跳ね上がると、そのまま岩壁の窪みに手を掛け、かと思うと続けざまに空中を蹴った|。そのまま大空洞の中空へと吸い込まれて行く。
「行っ、ちゃった……」
ボクはため息混じりにその姿を見送る。
……それでもずっと、ボクの腰のあたりには服を掴んで抱きついたままのぬくもりがあった。引き寄せられるように視線を下げる。
見るとハナトは、お化けでも見たみたいにあんぐり口を開けて、イチヘイが姿を消していった辺りを見上げていた。
「わー、ハナトちゃんごめんね、びっくりしたでしょ。〈祝福〉持ちなんだよイチって。しかもちょっとだけ魔法みたいなのも使える珍しいタイプのヤツ。あ、〈祝福〉っていうのは魔法使いにはなれないけど、身体を強くできるタイプのね、〈円環の河〉の力のことでね…………」
声をかけるけど、やっぱり通じはしないんだろう。やっぱりイチヘイの通訳はすごく必要だ。
そもそも、
《ケーティリ! ケーティリ!》《ギャ、ギャ、ギャア!!》
(……この状況じゃ判ってもそうそう聞き取れないよね……)
ハナトも不安そうだし、こわばった顔をしてる。
けれどボクもいかなきゃいけない。あの〈狩人の手信号〉も、結局は『さっさとついて来い仕事しろ』って意味だ。
ここに一人は怖いだろうけど、でもこの洞窟は見た感じ、他からつながる太い洞窟とはぜんぶ人の手が入って物理的に塞がれている。崖も高すぎるから、大型の強くて怖い妖獣は……多分ここまでは来れないと思う。それに近くにニムドゥーラのような大きな街を作れるということは、それだけ危ない妖獣や妖魔がおらず、『安定』しているハズなんだ。
〈四ツ足ノ禽〉が飛べることにだんだん不信感がぬぐえなくなってきているけど、それでも安全なのだけは、きっと間違いない。
だから結局はボクも彼女の足下に武器と荷物を下ろすと、
「……ハナトちゃん、ごめんね! ここは大丈夫だから、待っててもらえるかな!?」
手信号でイチヘイと同じことを大声で話しながら、小さな顔を覗き込んでお願いするしかできなかった。
昨日の風呂場で見てしまった この子の身体の傷、そしてうまく口をきけないこの、心の傷を思う。
それでもボクはさっき、何を思うかわからないこの子に精一杯の力で崖から引き戻してもらえていた。
それは、たとえ言いたい言葉が外に出なくても、それでも今も、この子の心がちゃんとここにあるってことに違いない。
(――……やっぱり、ハナトちゃんはボクが好きにして良いお人形さんなんかじゃないんだ……)
だから、やっぱりボクが幸せにしなきゃいけないんだ、この子のこと。
でないと、ボクは……――。
自分のしでかしたことを思い、追い詰められるような気持ちだった。急いでハナトの目線までしゃがみ込む。
「っ、ごめんね……! 怖くないから、ここで待ってて!」
解ってもらえるか解らなくて、もう一度顔のすぐ近くで手信号と一緒に話す。
真顔で見つめ返してくるハナト。
《…………。》
そして一瞬の間が空いて、彼女はコクリと頷いてくれた。それからこの子はどういう意図なのか分からないけれど、ボクが今した手信号の中の1つを――――、
『謝罪』
の手信号を見せてくる。
「……え?」
ただ、真似しただけかな。それとも意味を間違えて使ってる……?
《……てら………ゃい》
それからまだ強ばった表情で、なにか一言だけ話す。
この状況では声さえ聞きづらいけど、でも一緒にヒラヒラと振られる手のひらは、イチヘイもルマジアの人たちも『また後で会おう』の意味で使う。てことは、
(何にしても分かって、くれた、んだ……!)
例え手信号でも、それが間違っていたとしても、ハナトがこちらの言葉で伝えてくれようとしてくれたことがじわじわ嬉しくなってしまうボク。
そうしてやっぱり、こんなバカなボクにも理解できるたった一つが、深く胸に響くのだ。
(――――やっぱり、この子の心は『ここに居る』)
思わずまたギュッと彼女を抱きしめた。
もういい、元々死んでもいいんだから、ボクは。
静かに心に決めた。
「……やっぱり、後で言うね。イチヘイに」
今すぐは無理だけど、このあとイチヘイとハナトが話す機会がきたら、たとえ『無責任だ』と怒られて死ぬことになっても『話して』って言おう。
この子のために。
……でも、とにかく今は『狩り』だ。
ボクは背負い鞄にずっと縛り付けていた渡り3ケビ(1.35m)ほどの弓の荷ほどきにとりかかった。布づつみから取り出したのは弓の本体と矢筒と矢。地面に立て、上から力をかけて撓ませたところに、外していた弓の弦を引いてかける。いつもは弓が痛むので外しているんだ。
これで矢をつがえれば、射れる。
ボクはイチヘイほどの機動力はないから、今日は射手に専念することにして、愛用の槍は宿に置いてきていた。
まさか獲物が飛んでるとは思わなかったけど。
でも夜営するときは飛んでる水鳥とか狩ったこともあるし、なんならこっちの方が好都合だったかも。
矢筒を背負い、いちど口で弓をくわえた。
「行っへくるね、ハナトひゃん」
しまりのない挨拶になってしまったけど、最後にもう一度バイバイと手を振りあって、ボクも崖の縁から高く跳躍する。
――――……追い詰められて逆に気持ちが高ぶり、うしろの毛並みがざわざわと逆立っていくのをボクは感じた。身体中の筋肉が奮い立ち、その四肢で岩の凹凸を掴んでかけ登っていく。
込み上げるような悪臭が一気に鼻腔を襲いに来るけど、それももう気にしない。
「――――ハナトちゃんの! ために……!!」




