4:四ツ足ノ禽 ②
四章 ②/3
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こんなことずっとされてたら、ハナトがかわいそうだ。
ボク達の面倒を見てくれたお師匠さまだって、色々めちゃくちゃではあったけど、もっと優しかった。
――――すくなくともこれがボクだったら、『幸せ』ではいられない……。
そう考えたら胸のおくがズンと重くなる。
でも一方ではボクには話している内容がわからないから、ずっと『もしかしたら違うのかも……』などと言い出しきれないでもいる。
それに今のボクの『立場』では、こんなこと余計にお願いできない。
『ごめんね、怖かったね』
とりあえず今は、目の前にいるハナトの頭を撫でておく。せめてこの子のためにも、ボクだけは笑っていてあげなくちゃ。
《……。……ぇんなさ……》
振り絞った声でなんて返してくれたのだろう。
「……少しは安心してくれた……? そうだったらうれしいけど……」
と、その時、先に奥に行っていたイチヘイの声が、洞窟の奥でくわんくわんと反響しながら呼びかけてきた。
「思ったより中も整備されてる……。……フィーゼリタス、早く来いよ、急ぐぞ……!」
「……わかったよう! ……じゃ、行こうかハナトちゃん」
「う……」
ボクが促すと、雰囲気で察したのかハナトも裸足でペタペタとボクの後ろについてきた。入り口から奥に進みだすと、その足音がボクたちのものとも混ざって洞窟のなかへ静かに反響しだす。足下はゴツゴツしているけど平坦で、通路の途中にあるいくつかの横穴は綺麗に封鎖してあった。
迷子防止のためらしい。
「ねえイチ」
「なんだ」
そしてボクはヒタヒタと歩く彼女の足音に、やっと一つ勇気を出して言えることがあった。
一応稼いだ分け前は、これまで通りイチヘイとボクで半分にすることになってる。でも折半して手形石に入れた分も結局はイチヘイが管理するから、使うならボクに渡してくださいってお願いしなきゃいけなかった。だから、
「えっと、ハナトちゃんに靴を買うお金をください!」
「……どうした?」
しまった本当に唐突すぎたかも。
チラリと振り返ったイチヘイの目は胡乱そうだった。ボクは取り繕うように、慌てて説得にかかる。
「え、えっと、今日のこの依頼終わらせたら、この子に靴を買ってあげたいの。ほら、人族ってみんな靴を履いてるでしょ……?」
でも言いながら、ああ、でも靴っていくらするんだろう、などと考えてしまってだんだん耳が下がってくる。
ボクは靴は履かない派の耳長族だから、新品で買うと値が張るくらいのことしか知らない。
「まあ……いいぞ」
けれどその次に続いた言葉にボクは正直、度肝を抜かれてしまった。
「俺とお前で半分ずつ出せば、まあ、それなりに丈夫なヤツは買えるな……?」
「ーーーーえ、それもはんぶんこしてくれるの?」
思わずキリッとして圧の強い、いつもの面差しに釘付けになってしまう。
「なんで!?」
「あ? 靴は必要だろ……」
と、話しながらボクの反応に困惑したのか、不思議そうに眉根を寄せて見返してきた。
「? なんか言いたいことあるか?」
「っ、えと、その……、なんでもないです」
軽く首をかしげられる。でも、すぐにさっさと歩き始めてしまった。歩き続ける背中越しに言われる。
「……まあとにかく、まずそういうのはちゃんと稼いでから話せよ」
「は、はーい……」
思ったよりすんなりお願いが通ってしまった。…………というかはんぶんこって……??
嬉しいはずなのに、今は釈然としないような不思議な気持ちでいっぱいになる。
腰の後ろに短剣をひと振り、左腰に長刀をひと振り。
前合わせを紐で留める蒼灰色の短衣の上へ防具と、袖にだけ模様織りの入った革の上着を羽織るまっすぐな背中を追いながら、
(イチヘイは、どんな気持ちでハナトといるんだろう……?)
と耳をかしげてしまう。
昨日からハナトにあんな態度のイチヘイ。
もちろんこの子を連れてきてしまったのはボクだし、ボクが迷惑かけた結果なんだから、もし本当にイチヘイがハナトのことが嫌いでも、それは全部ボクが悪い。
……でも本当に邪魔で嫌いだったら、この人はそもそもハナトのことなんて追い出していてもおかしくなかった。
だってこの人は、嫌いだったり興味が持てない相手には信じられないレベルで愛想がない。子供だからって関係ない。
ボクは幼なじみで家族みたいなものだからアレですごく優しくしてくれているし(まあだから好きなんだけど)これでも"昔"に比べてずいぶん丸くなった。
それでもやっぱり今も、関心がないひとは良くて無視だし、必要のないひとも不愉快なひとも、少し気に入らなければすぐ排除しようとする。
だからトチ狂ったボクがこの子を連れてきた時点で、いつものイチヘイになら『売り直して来い』って言われてても全然おかしくなかった。実際、一回は返してこいって怒ってたし。
それが、昨日〈レギオン〉で仕事ができないって解ったときにボクが怒ってたら、
『わかってたことだろ』
って言ったんだ。信じられなかった。
先を歩いてたイチヘイは見てなかったけど、あの時のボクはそっと目を円くしてた。
なんなのだろう。
しっぽが勝手にゆらゆら畝る。
わかったら、ハナトとも仲良くして欲しいってボクも言えるんだろうか。せめてちゃんと、お話してもらえるようにならないだろうか。
(――――でもお願いして、もし『通訳なんてただの気まぐれだ。お前が世話をするという約束だったクセに、それ以上望むなんて約束と違うじゃないか!』なんて、怒られたら……)
そうなったら、今度こそなにもかも終わる。ボクはまだ――――浅ましいけど、やっぱりこの人と一緒にいたい。
(でももし、そうなっちゃったら…………、それはそれで、ボクには望ましい、のかも知れない……)
とても自分勝手な考えに落ちてしまいそうになって、ボクは急いで頭をふる。気持ちを切り替えた。
もう今はとにかく、親切だった受付のおじさんが薦めてくれた依頼を終わらせて、はやく帰ろう。
(――――そうだよ、とりあえず『帰ったら靴は買ってもいい』って言葉は聞けたんだし!)
ボクはイチヘイのすぐ斜め後ろまでにじり寄った。耳を伸ばしていつもみたいにその鋭い横顔を覗き込む。
「で、ここにいるんだよね、あふぇ……アフィエタール……? だっけ。早く捕まえて終わらせたいね」
「……四ツ足ノ禽だ」
「そう、ソレ! あふゃたーる!」
二回目も舌足らずになっちゃってちょっと噛む。
イチヘイは『なんで俺の方が発音良いんだ……』などと、ちょっと喉の奥で笑っている。ちょっとバカにされてるけど、イチが笑ってくれるなんて珍しい。
ならまあいっか。
「……まあ、あれだ、聞いた説明だと、今俺たちが来てるここの洞窟に最大の塒があるって言ってたよな。……あのデカイ空洞の事か??」
「ホントだ。なんかまた明るくなってきたねえ……」
話しているとちょうど道なりに続く、緩いカーブを曲がりきるところだった。その先でいままで歩いてきたこの洞窟の道端は、急に2倍か3倍くらいにまで広がる。
「? 空洞ってこれ? なんもいないけど」
「いやその先だ、光の射し方が明らかに『外』みてえなとこあるだろが」
腕ごと伸ばして、『見えてるだろ』と前方を指差される。
言われてみれば、奥の方には確かに洞窟の切れ間があった。そのさらに向こうには、日差しに明るく照らされる岩壁が見える。
ランタンがなくても明るいのは、向こうからも外に繋がってるせいだったみたい。
……ヒュオオォォ……。
とその時、ずっと後ろから吹いていた風の流れが一瞬だけ正面向きになった。それは本当に一瞬だったけど、全員がいっせいに立ち止まってしまう。
思わず軽く顔をしかめるような悪臭が吹き込んできた。腐った肉に、酢と青草の汁を振りかけたような。
「うわくっさい……。むかし戦場で見た妖獣の死体とかもこんなニオイだったよね、たしか……」「ああ。向こうに居るな」
イチヘイも少し緊張した声音で頷いた。
野の獣は、自分の食べるべき物を知ってその領分を守る。
亜人種や獣人種だってそうだ。
けど妖獣の多くや妖魔は、他に食べる物でお腹を満たしても、そこに人が現れたら好きこのんで襲ってくる。そして食べるんだ、肉も、それから『魂』も。
でも《ハンザ》のおじさんの説明では、〈四ツ足ノ禽〉は肩までの高さがボクの膝くらいまでしかないザコ妖獣らしかった。親から一人立ちしてすぐの若い個体は、強い妖獣にも人間にも勝てないから、こんな崖の中腹に集団で棲み付いてるんだという。
襲いかかって来ないなら戦えないハナトがいても安心できる。
「確か、ソイツをつかまえて嘴の中の真珠を削り取ってくるっていう依頼だったよね。……でも、なんで口の中に真珠なんだろ……?」
「あ゛……? 昨日お前にも一回 紙は見せたよな。……さては話だけ聞いて読んでないなフィーゼリタス?」
イチヘイは一瞬だけ、もとからの吊り眉をさらにひそめてボクを睨む。
「……仕事の情報だろ、やる気になってんのになんで把握のしかたが中途半端なんだよ……」
でもすぐにその眉の形のまま『しかたねえな』と迷惑そうに言う。ガサゴソと胸当ての裏のポケットから、あまり質の良くない判紙を取り出してくる。
「まあ、読め。依頼の指示書と……あとこれは妖獣の説明書きだ。簡単なやつらしいが」
「うう、ありがとう……」
言い方はキツいけど、イチヘイは本当はなんだかんだで優しいんだ。
ハナトにもこうなってくれたら……、ううん、やっぱり、これ以上言ったらボク、次は死ぬかな……。
そう思いながら、受け取った二枚の紙を開く。
進む先から差し込む光も強くなってきていたから、普通に文字は読めた。黒いインクの、掠れた印刷だった。




