3:投げた砂塵は戻らない ④《挿し絵?入》
三章 ④/4
読了目安→6.5~10.5分
「いいじゃん5日ぐらい!! 護衛の仕事だったし、雇い主さんと交渉もさせてくれないなんて!!」
「…………判ってたことだろ?」
俺は仕方なくボソリと返した。
「イチ…………?」
しかし判っていて、オレはそれでもなおフィーのため、『この奴隷の子供を受け入れても良い』と言った。フィーゼリタスもまた、あの3つの約束を呑んだ。
そのうえで俺が財布を握るならば、コイツに必要な衣食住も、フィーに明示した通り最低限は俺から出資することになる。
嫌いかどうかとは、また別の問題だ。
だが彼女は今は(フィーの配慮なのか)フィーの服をドレスの上から追加で被ってるだけで、靴は履かせられていない。
着替えもなにもかも、用意してやる金はないからだ。
というか実際問題として俺たちの持ち金は、俺の財布と金融手形、フィーの財布と金融手形 (とヘソクリ)、全て合わせて残り3エラと971ピニしかなかった。今泊まっている宿に今日を入れてのこり3泊4日いられることを考慮しても、この額で3人連れは切り詰めたとて残り5日が限度だろう。
それ以上食うに困るならば、その先には人としては堕ちるべきではない道が待つ。殺し、脅し、盗む。
俺だけなら別に何とも思わない。だが現実は違う。切実にどうにかしなければならない。
「――それ、は! ……うん、そうだよね――……うう、ごめんなさい、イチ……」
と、俺の声を拾ったのか、背後で今の今まで息巻いていたフィーゼリタスの声がしおらしくなる。振り返るとそこには、これ以上無いほど消え入りそうな表情で耳をハの字に下げるフィーゼリタスがいた。
「何もかも、ぜんぶボクのせいだもの……ごめんねイチヘイ……。ハナトちゃんも、ホントにごめんなさい……」
見れば名前を呼ばれた事ぐらいしか解っていないであろうこのガキまで、態度の落差に驚いたのだろう。眉を上げてフィーゼリタスを見上げている。
オレはとりあえず、困ったように俺をみてくるガキには無感動に一瞥だけくれ、またすぐフィーゼリタスに視線を戻す。
「……もういい。それ以上謝んな」
「ええ……でも……」
フィーゼリタスのその表情からは、どう見ても今あったことと、今日やらかした過ちとを一纏めに考えているような深刻さが滲み出ていた。
だがあんな形での『誓い』までされた後で更にこんな調子で謝られるなぞ、どう考えてもやりすぎだ。鬱陶しい。
俺はため息をついて立ち止まると、フィーゼリダスの耳のあいだに軽く手刀をかました。
「ふべっ?!」
「……あのな、お前もたまに言ってるだろ……『投げた砂塵は戻らない』ってヤツだ。今更どうにもならんことすんな、忘れろ」
「い、イチぃ……」
ピクリと上がる麻呂眉と鼻先。フィーゼリタスはじわりと嬉しそうな顔をした。
「すき……」
「へーへー」
いつものことなのでうけ流す。
「それよりは先を見ろ。今はやれる事をやるしかねえだろうが」
「うん、そう……そうだよね……」
噛み締めるように返される。普段より弱気なフィーに調子を崩されながら、俺は頭を掻きつつ言う。
「とりあえずはとにかく仕事だ。傭兵稼業がダメなら、コイツがいてもできる職に移るしかないだろ」
「んえ? 転職……するの?」
とりあえず行くぞ、と言い置いて、俺は再び歩きだす。
「あ、あの、さ、イチヘイ……」
するとフィーゼリタスがゆっくりと斜め後ろまで追い付いてきて、俺の肩口から顔を覗かせてきた。その背景ではガキもおずおずと俺を見上げている。
フィーゼリタスは続けた。
「あのねボクね、山育ちでしょ? 海を見たことなかったから、実は3、4歳? くらいの頃には船乗りに憧れてたこともあったんだ」
……雑談か?
「……初耳だな」
「でも父さんには、フィフィーは船乗りのハンザに入ってないからダメだって言われた。入る必要もないって。それに、もしなるならそこに住んで、その土地のハンザの人に認めてもらわなきゃダメだって、言ってて……あっ、フィフィーってね父さんがボクのことそう呼ぶんだけど!」
「嗚呼……」
そこまで話されて、コイツなりに次の仕事先を心配しているのだと気付く。まあフィーゼリタスの懸念も尤もではある。
というのも、この辺りの国々では基本、それぞれの職種は町や都市ごとに〈ハンザ〉と呼ばれる組合を作って固まっている。
そしてコイツの言う通り、どこの職業ハンザも大抵『登録証』と呼ばれるものをそのハンザから発行されなけば仕事ができない。その上ほとんどのハンザは他所の町にある同業者のハンザとは別の、独立した組織であり、おまけにどこもよそ者の加入には排他的だ。
まあそういう意味では、俺たちが所属していた〈レギオン〉は少し特殊なハンザだったとは思う。『戦闘能力がある』、『有能だ』と認められれば登録証を発行され、身分証と共にそれを出せばどこの支所でも仕事ができる。結果として、そのお陰で俺たちはずっと食いっぱぐれずに済んできたのだ。
「……そうか、船乗りになりたかったのか、フィフィーは……」
一方、クックッと喉の奥で笑いながらフィーをからかう俺。
「え、ねえちょっと、笑わないでくれる?! 可愛いでしょフィフィーって!!」
「そうだな、フィフィー……」
「んもー、思ってないよね?!」
突っ込みながら後ろをついてくるフィフィーを更にあしらいながら、歩みを進める。
進路には、ニムドゥーラきっての中央大広場の手前にある常設市場がある。
行き交う人間や獣人どもの人ざわめき。
気にせず足を踏み入れると、売り子の声とあらゆる食い物の匂いが、俺たちをつつんだ。
道中では、ガキの手を引いたまま菓子の焼ける甘い匂いに吸い寄せられていくフィーの首根っこを引っ張る。
食わせてやりたいが今は無理だ。
市場を出てすぐには、分厚い蹄のある、象に似た巨獣が輓く客車とすれ違ったりもする。
そうして最後に常設市場の奥、ニムドゥーラきっての中央大広場の、さらに真ん中を横切る。
貴族の館をいくつか建てても余りありそうなこの巨大な石畳の広場には、ど真ん中に二階建ての家程度の高さをした白亜のアーチ、〈門〉が立っている。蔦と花、幾何学的な透かし模様が彫り込まれたこの神代の遺物は、多くの者にとっては信仰の対象だった。
ここではターコイズブルーの布に豪勢な金糸で猛禽をあしらった幕を両脇にかかげ、足元をとりどりの花で飾り立てていた。
周囲には供え物をして香を焚く人間や獣人たちが群がっている。どちらにせよ俺にはもう関係ないのだが、ご苦労なことだ。
そのまま大広場を突っ切り次の横丁の角を曲がると、ようやく人混みも少しは大人しくなった。
中央広場からわずかに離れたそこには、通りの角から角までの1区画をまるごと使いきって寺院か議事堂のような重厚な建物がどっしりと構えていた。
両翼と中央に半球状の巨大な丸屋根をそなえ、左右対称に展開する幾何学模様の透かし窓も特徴的な白亜の建物。
屋根の色はまるで曇り空のような青灰色だった。
実際ニムドゥーラの政もしているらしいこの建物の一角に、俺が目指していた場所がある。
「おら、着いたぞ」
立ち止まって指で示すと、フィーゼリタスは
「んえ?」
と首を伸ばした。ガキも、俺のさす指先を不思議そうに見ているのが目の端に映る。
「〈レギオン〉も頼れないなら、俺たちが仕事できるのはもう『《《あそこ》》』しかないと思うんだよな……」
「……あ! そうかあ、〈冒険者ハンザ〉かあ……!!」
フィーが合点が行ったように声を上げた。
俺たちが今まで仕事をしてきた〈レギオン〉は、対人の戦闘や捕獲に特化した職能組合だった。一方、魔力を繁殖の一因にして殖える敵対種族――――妖獣や妖魔の討伐や捕獲となると、それはこの〈冒険者ハンザ〉の領分になる。
人の命がかかることもあるため公益性が高く、ハンザのなかでは例外的に、ここだけは町や村同士でお互いに連絡しあいながら経営されていた。
いわゆる『公共事業』だ。
ゆえに、〈レギオン〉とは違う意味で、登録証の発行に妙なくくりやしがらみがない。俺たちが傭兵として仕事をしてきた分の戦闘スキルも活きるはずだ。
「確かになんか、誰でも受け入れてくれるらしいよね。それに妖獣の素材とかって、高く売れて稼げるヤツも多いっていうし、ボク達、戦うのすきだ、し……。…………んん?
でも、妖獣……。
…………妖獣なら、大丈夫だよね……」
しかし後半、なにやら急に含みのある独り言を呟き出すフィー。
俺は眉をしかめてその顔を覗き込んだ。
「あ? ビビってんのか? もう他に選択肢はねえぞ?」
「え! う、ううん?! 妖魔だったらちょっと怖いけど、妖獣ならまだ大丈夫かなって。
だってほら、ボクたちお師匠さまに〈冒険者ハンザ〉で働くなってめちゃくちゃクギ刺されてたじゃない? 大丈夫かなって……」
と、顔は一応笑っているがどこか不安げな様子を見せるフィーゼリタス。
というのも、いままで俺たちが〈レギオン〉に所属して対人戦闘ばかりしてきたのは、元を正せば俺とフィーの師匠が、『妖魔には関わるな』としつこいほど俺たちに言い聞かせて来たのが関係している。
『――――もし〈冒険者ハンザ〉に出入りしていることが判ったら、吾は怒るよ、実力行使だよ?』
思えば旅立ちの前の日もそんなことを言っていた。
あの人は、一度言ったことは永遠に忘れないうえ、やると言ったことは必ずやる。視野も広く頭もキレる。
俺にとっては尊敬に値する人物だが、同時に色々と滅茶苦茶なのだ。
(――まあ、フィーが及び腰になるのも合点は行くか……)
「……ただな、フィー、今回はまじで背に腹は変えられんぞ。
それに俺たちもいい加減大人だろうが? 話せばわかってもらえると思うぞ。…………まあ、ダメだったら最悪おまえは生け贄な?」
「うええ……?!?」
とたん、フィーの耳がぴょこん! と跳ねる。しかしそうやって見開いた瞳も、すぐにいま跳ねたばかりの耳と一緒にうつむいてしまった。
「……ん、でも……そうだよね、そもそもボクの撒いた種だしね……、もう選ぶ立場でもない、よね」
「……ソレやめろ、調子狂う」
「ふべっ!」
しかしそうやって相棒の耳の間を叩きながらも、俺はいまひとつ、この冒険者ハンザに対しては別の視点からも懸念を抱いていた。
「……ただフィー、師匠のことを差し引いてもな…………俺は実は良くない評判も聞いてんだ、この〈冒険者ハンザ〉に関しては」
「んえ、どゆこと?」
フィーが首をかしげてくる。
まあ本来なら、別に伝えるようなことではなかったのかもしれない。それでも、一応は共有しておこうと思った。
「……俺はこのまえ酒場で、『この街のハンザは冒険者の命なんぞ、なんとも思っていないから気を付けろ』、と、冒険者らしき奴らが酔って騒いでるのを聞いた」
「ええー……。でも、酔っぱらいの言うことでしょう」
確かに酔漢のばらまく宴席での戯れ言なんぞ、この世で最も鵜呑みにしてはいけない部類の情報ではある。
「嗚呼……そこはまじでそうなんだが。それが、別の日に同じ内容でくだを巻く別のヤツに絡まれたこともあんだよ」
「えええ……ホントに……? ケンカになんなかった?」
「……あ? してねえよ」
確かに初対面で肩を組まれるなど余りにしつこいウザ絡みをされてキレはしたが、相手を一発で伸したらそれはケンカとは言わない……。
いきなり質問の雲行きが怪しくなってきたので、さっさと切り上げることにした。
それにどちらにせよ、他に手はない。
何か言いたげにじっと目が細まるフィーから目をそらすと、今度は戸惑ったように俺を見上げているガキと目が合ってしまった。
するとコイツは急に慌てた様子で繋いでいたフィーから手を離し、筆記板を抱えなおす。
…………『なんて言ってたんですか?』
「なに? ハナトちゃんなんて?」
とたん横で、ガキの様子に気づいたフィーが俺たちに交互に視線を送ってくる。だが俺はやはりどう接するべきなのか解らず、コイツに詳しく話すことを放棄した。
今は関わりたくない。
《……いい。説明するほど重要なようなことでもない》
《う……》
向こうも、今度はそれ以上は聞き返そうとしなかった。
「……くそっ……」
そして自分で『大丈夫だと』振りはらったクセに、そんなガキの態度にさらに罪悪感と嫌悪感を同時に覚えていることに気付く。
本当になんなんだ。矛盾している。
そこへ、その様子をじっと見ていたフィーゼリタスが口を開いた。
「……ねえ、イチ」
物言いたげな、上目使いにおずおずとした口調だ。
「なんだよ」
しかし俺が声に応じて顔を向けると、向こうは一瞬でハッとした表情になり、
「……う、ううん、やっぱりなんでもない」
「なんだよ……」
首と手振りでえへへ、とごまかされた。俺は怪訝な顔をしながらも、さっさと前を向いた。
「何でもないならとりあえず行くぞ。時間が惜しいからな」
「は、はーい!」
俺たちは再び歩きだした。
とにかくここまで追い詰められている以上、今は噂の信憑性も、身をもって確かめるしかないのだろう。
俺は二人を引き連れ、白亜の建物の手前、短い灰色の石段を登っていった。
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【ハナト 立ち絵、表情&衣装差分】(まだ出てきてない衣装着てるのあります……)




