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第6話『五日間の修練』




 翌日から、斥候(スカウト)ギルドでの本格的な修練が始まった。

 装備はフェインが整えてくれた。というよりは、備品らしきものを借り受けた。


 偵察(ていさつ)の際、衣擦(きぬず)れの音が立たないようぴったりとした革製の服。色も焦げ茶と黒をベースにした、どこにいても目立たない服装。

 靴の裏にはコボルトという魔物の毛皮が張られていて、これも移動の際に足音が鳴らないようにしてある工夫の一つらしい。


 そして、武器は刃渡り十五センチくらいの大振りのダガー。

 腰の鞘に収まっていると軽いが、手に持つと意外とずっしりとしている。


斥候(スカウト)は威力偵察を担う職業だ。隠密行動や奇襲を得意とし、様々な技能を学ぶ。……といっても、まずは加護に体を慣らすところからだろう」


「フェ……師匠。それって、どういうことですか」


 フェインは髪を耳にかき上げて、鞘からナイフを抜き放った。

 それを手癖のようにくるくると回してから、リクの方へ切っ先を向けてくる。


「《戦意の加護》を受けただけでも、お前の身体能力は向上している。すると、思考と実際の動きにズレが生じる。まずはそれに慣れろ。あとは基礎修練だ」




     ◇



 リクの遥か想像以上に、修練は実践的で厳しいものだった。

 毎日。一度は腕が上がらなくなるまでダガーを振り続け、構えを整えていく。


 限界まで腕を振り続けていると、口の中が血の味になっていく。口内を切ったりするわけではなく、喉奥から味だけがせり上がってくるのだ。

 頭も腕も回らなくなってきた辺りで休憩を挟み、用意されてある水を飲む。飲みすぎるとその後に支障をきたすため、必要な分の水分補給に留める。


 そして、短い休憩を終えたらまたダガーを振る。その繰り返しだ。


 なにも虚空に振り続けるわけではない。立ち合いの相手はフェインだった。

 というか座学はなく、学ぶことは彼女との実戦形式中に説明された。


 斥候(スカウト)は敵に気付かれずに偵察を行い、時には引く判断を、時には奇襲を仕掛けるといったことを得意とする職業だ。

 音を殺す歩行法や呼吸法なんかも休憩の合間に習った。

 とにかく、ギルドにいる時間のほぼ全てが修練の一環だった。


 先に言っておくと、基礎修練中、フェインはよそ見こそしないものの、欠伸なんかをしながらリクの攻撃を躱し続けていた。

 五日あって、拳の一発も掠りすらしなかった。




 ──凄まじい勢いの蹴りがリクの腕を真横から捉え、強制的に折り畳む。

「痛……っづ」


 なんとか踏ん張ったが、受けた腕が痺れている。


「腰が引けているぞ。脇を締め、腕を畳め。急所が隙だらけだ」 

「こう、ですか」


「もう一度、腕を伸ばせ」

 リクは恐る恐る、言われた通りにダガーを握る手を伸ばす。


 フェインはリクのその拳を握ると、

「その状態から真っ直ぐ押してみろ。目いっぱいだ」と指示した。


「……っ」

 今度も言われた通りにする。が、全く動かない。


 フェインはリクよりも十五センチは背が低い。対格差は当然のようにある。嘘だろと思わず零しそうになるが、口の中で呟くに留める。


 と。リクの拳をぱっと離し、フェインは脇を締めた構えを取る。


「力が入らないだろう。腕が伸び切った状態は防御が甘くなるだけでなく、攻勢に移るにもダメな構えだ。──臆病であることは、交戦するかどうかの判断には有用だが、戦闘においては邪魔なだけだ。恐れを捨てろ。分かったら、続きだ」




 ──そして、近接格闘技術。こちらは当然のように基礎よりももっと苦戦した。

 思い返すだけで胃の中がひっくり返りそうになる。

 フェインは教え方こそ簡潔で上手かったが、手加減を知らなかった。


 リクの訓練のはずがすぐにフェインに組み敷かれ、腕を掴んでギブアップする。


「…………っ、! ちょ……っ、ぐ、ぇ」

「この程度、振りほどけなくてどうする? 私も力はそこまで強くないぞ」


 嘘をつけ、と喉元まで出かかった。


 結局、五日間では組み技や締め技といった体術は会得できなかった。

 代わりに進んだのが、ダガーでの戦闘技術だ。


「構えを変えてみろ。逆手でダガーを持て」


 ダガーのグリップを手の中で持ち替え、逆手にして構え直す。

「…………」


「手は止めるな。ほら、振ってこい」


 既に結構重たくなっている腕を無理やり動かし、ダガーを振り続ける。フェインは悠々とそれを避け、時にダガーで受け流し、リクの腕を掴んで受け止める。


「振り方に教科書はないが、闇雲には振るな。対象との最短距離をなぞれ」


「こう、ですか……っ!」


 簡単に言ってくれる。実際簡単なことだと思われているのかもしれない。

 こっちは息を切らせながら振り続けるので精一杯だというのに。


 汗を飛ばしているリクとは対照的に、フェインはずっと涼しい顔をしていた。


「順手にダガーを持てば確かにリーチは確保できる。しかし、格闘を織り交ぜたごく至近距離での戦いでは、順手持ちが邪魔になる場合も少なくない。──それに、今のお前の場合、順手では固い魔物の皮を裂くだけの力が足りないな」


 横降りに切りつけられた攻撃を、フェインはダガーの刃で受け止める。リクがそのまま押し込むと、フェインはそれを受け流した。


「非力……ってことですか」


 組み技を教わる際にも言われたことだった。

 単純な力、攻撃力不足。戦闘においては致命的だろう。


「そう悲観するな。長剣のような長い獲物であれば切っ先の速度は増し、威力も乗る。軽く短い獲物ではそうはいかない。だからこその逆手だ」


「…………」


 フェインが言うには、関節の可動域が固定されることなどを理由に、逆手持ちにすれば威力を乗せやすいということらしい。

 大して実感はないが、言われてみればそんな気もしてくるあたり単純だと思う。


 なんて考えていると、フェインは「とはいえ」と続けた。


「それだけにこだわらず視野を広く持て。お前の筋は悪くない。手の振り(ハンドスピード)に関しては速い方だろう。相手によってはそれだけで十分な武器になり得る。その時々で必要十分な力を込めるなら逆手持ちも覚えろ、というだけだ」


 フェインの言葉を反芻(はんすう)しながら、リクはダガーに格闘を織り交ぜる。


 ダガーを身体の一部と思え。

 リーチを求めるな。もっと素早く、コンパクトに攻撃を振れ。


 最初の頃こそ彼女にダガーを向け、振ることに抵抗があったが、当たる可能性が万に一つもないと分かってからはそれもなくなった。

 そんな風に考えていると、フェインがいとも簡単そうに格闘の隙間をするりと抜けて腕を掴み、関節を決めてこようとする。

 流れるように足を払われ床に叩きつけられ、リクはダガーを取り落とす。


「……っ、無理、です。ちょっ、痛たたたた……ッ!」

 抵抗はするが、すぐに彼女の腕を二回叩いてギブアップを宣言する。


 分かり切ったことだが、近接戦闘の練度が違うのだ。

 と、組み伏せたリクをジト目で眺め、フェインは肩を落とした。


「……。お前はすぐに諦める節があるな。訓練中はまだそれでもいいが、実戦ではやめておけ。確実に早死にするぞ?」


 言いながらもフェインはさっと技を解いてくれ、リクの手を掴んで立ち上がらせてくれる。再度距離を取り、こちらに手を差し伸べくいっと指先を曲げた。


「ほら、続きだ」

「っ……はいっ!」


 ダガーを拾い、全身の痛みを堪えて何とか駆け出す。

 体が痛いのは連日の筋肉痛もあってだ。


「──もっと深く踏み込め。恐れるな、その分だけ危険に晒されるぞ」


 フェインの教えは確かに理にかなっている。

 ダガーを使う以上、結局、近接戦闘は避けられない。それなら敵のリーチのさらに内側、懐に潜り込んで攻撃した方が危険も少ない。


 思い切ってリクが踏み込むと、フェインは少し頬を緩めた。

「今のは、良かった。だがまだまだ甘いな」


 そうして、また腕を掴んで投げられた。




 修練は厳しかったが、動きが良くなっていく実感もあった。

 フェインはそれを「今のは悪くなかった」と、普通に褒めてくれたし、厳しさにやる気が削がれることも、初日を除けばなかった。

 まあ、限界を感じたことは何度もあったのだが。




 その日の修練が終わると、いつも外は暗くなってきていて。

 

 修練の間着ていた汗臭い服をよく洗って、干して。洗濯を終える頃には、疲労は限界近くまで溜まっていた。他の皆もそれは同じだったようで、あまり会話をすることもなく気を失うように眠りに就いた。


 カガヤだけはなぜか、帰りがかなり遅い日があった。

 ただ、朝起きるとベッドにはいたし、気にかける余裕もそんなになかった。

 女子組とは宿舎の共同スペースでたまに顔を合わせるくらいだった。


 初日の夜に考えていたことも、修練の期間中は頭の隅どころか外に吹き飛んでしまうくらいには毎日疲れ切っていた。


 その間、ご飯はずっと商店街の露店で食べた。朝と夜の二回だ。

 修練のせいでお腹が空いて、節約なんて言ってられなかった。結局、毎日の食費は三〇セルに収まらず、四〇セル近くかけてしまったこともあった。


 最終日は亜人種の魔物との戦闘における鉄則や、斥候(スカウト)としての心構えも学んだ。


 五日間に渡る修練の日々は、そんな風に過ぎて行った。

受け流し(パリィ)〉や〈斜刃(スラント)〉といった技能(スキル)も覚えた。


 そうして職業として斥候(スカウト)を名乗れるようになった。だが、まだ名乗れるようになっただけだ。そもそも《影歩の加護》を賜った時点で名乗れはしたらしい。


 修練はお金さえ払えば、今後も継続して受けられる。その時はまた五日間の修練があって、新たな技能(スキル)も教えてもらえるらしい。


 修練と実戦とはまず違う。とはフェイン談だった。

 死ぬなよ。とも助言を受けた。


 修練中に借り受けていた服や靴、ダガー、鞘、手袋といった装備はそのまま貰えた。曰く、「お前の汗が染みついた服なんて誰も着ない」とのことらしい。

 ごもっともな話だ。この五日間で、普通に暮らしていれば一生分くらいの汗をこの服に染み込ませてしまった気がする。

 まあただ、この服にも愛着が湧いてきたところなので別に良かった。


 更にフェインからは餞別(せんべつ)として親指用の指環(ゆびわ)を貰った。ダガーを持つ際に指を怪我しないよう、指の腹を守る特殊な作りになっているものだ。


 ギルドで指定されている装備品とは別に用意してくれたらしい。


「……あ、ありがとうございます」


「高価なものではないが、餞別だ。お前は斬撃や体術はからっきしだったが、突きの速度は見込みがある。また来たその時は歓迎しよう」


 最後にそう告げられ、リクはフェインと別れた。


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