第18話『銘々』
ハザマサに肩を貸しながら、リクは帰路を辿る。
もちろん他の仲間たちも一緒だ。
ゴブリンの巣穴までマッピングする気にはなれなかった。
というかそんな余裕も誰も残っておらず、休憩場所に残されていたバックパックとメイスを拾うと、地図通りまっすぐ出口に向かった。
ハザマサは傷こそ奇跡である程度治っているが、疲労が一気に来たらしい。
誰かが肩を貸さないと立ち上がれないほどだった。
あれだけ血を流していたのだから、当然と言えば当然だろう。
カガヤも同じく痣だらけだったが、メイカが肩を貸そうかと聞くと、「大した傷じゃない。そもそも、女に支えられて歩けるか」と首を横に振って断った。
メイカは一番ダメージが少ないこともあり、帰り道の索敵と、泣きじゃくるエルを慰める役を請け負ってくれた。最後尾を歩くエルは、こっちが悪いことをした気分になってくるくらいに、皆に対して謝り続けていた。
「……ごめんなさい。私、ずっと、隠れて。何の役にも……立たなくて」
「──エルさんは俺の指示に従っただけです。それにエルさんがいなかったら、俺も今こうして帰れていたか分かりません。だから、気に病まないでください」
足を引きずりながらハザマサがフォローを入れるが、エルは更に顔を俯かせる。
リクたちが向かうまで、何があったのかは知らない。でも、ハザマサ自身がそう言っているのであれば気に病むことはないと思うけど。
それでもやっぱり、詳しい事情を知れないことには何も言えない。
「……でも。もう奇跡も使えなくて、他の皆の傷も治せなくて……」
「休めば大丈夫だよー。エルちゃんは頑張ったから、ね。よしよし」
メイカがエルの頭を優しく撫でる。しゃくり上げる声が少しおさまる。
「本当に、全員無事で良かったです」
ぽつりと零されたハザマサの言葉にリクは首肯する。
そうだ。本当に良かった。エルもハザマサも無事だったことが何よりだ。
「…………ただ。リクさんは、本当に大丈夫なんですか」
「──俺が大丈夫かって?」
耳元でハザマサに名前を呼ばれ、くすぐったく思いながらリクは聞き返す。
「はい。ゴブリンの魔術をまともに食らっているように見えたので──」
リクの安否を危惧してか、いつにもまして真剣な低い声で聞いてくる。
リクは自身の胸元に視線を落とし、歩きながら答える。
「それは、そうなんだけど」
魔術を受けた。それは間違いない。結構な衝撃は食らった自覚がある。直撃の瞬間は、背中まで突き抜けるような衝撃だった。
胸当ても黒焦げで触れれば崩れるほど脆くなっており、その場に捨ててきた。
ただ、それでなぜ本体が無事だったのかは分からない。
……もしかすると、と思うところはあっても確証はないし。
「……魔術切れで、あんまり魔力が込もっていなかったのかも? なんて、魔術のことはよく分からないんだけどさ。とにかく今は平気だから」
「それなら、いいんですけど……。何かあったら言ってくださいね」
「うん。ありがとう、ハザマサ」
そうこう話している間に、出口である梯子が見えてきた。
──助かった、という気持ちが湧き上がってきて、胸が熱くなった。
◆
エル・フォート探索者ギルド、中央の丸机を探索者である四人が囲んでいた。
男女混成の四人組。誰も椅子には座っていない。
周囲の探索者たちの喧騒が届いていないのか、この机だけがやけに静かだ。
場の空気は重々しく、気軽に発言できる雰囲気ではない。
場を仕切っているのは黒髪、長身の厳つい表情をした男だ。
無地の黒服に鎖帷子を着込んだ、戦士のような風貌。
その背には背中からはみ出るくらいの大きさの大剣が担がれている。
黒髪の男が眉を動かすと、正面に立つ少女がびくりと身体を震わせた。
あとの二人も男の方を見つめ、聞き逃すまいと次の言葉を待つ。
「…………」
深く、落胆のような溜め息が吐かれた。
男は熟考した結果を軽々しく受け入れられたことに苛立ちを覚えていた。
──こいつらの意思は固いようで甘い。
確かに、事を急いているのは男の方だ。
だが、それにただ付き従うのが何を示すのか、男は知っている。
男と残りの三人とでは力量が違う。着いてこられるかは現状の実力ではなく運の域だ。それが分かっている奴が何人いる? おそらくは一人もいない。
だから、今後について話した。
作戦も立て、それについても事細やかに説明をした。
だが、二度聞いても、誰もこの場を立ち去ろうとはしなかった。
それどころか、男が不機嫌な理由にすら勘付いている奴がいるのかどうか。
男が見据える先に今のメンバーが着いてこられるか。
分からない。だが、可能性で言えばかなり低い。
「……屢述と分かったうえで再三、聞くが。全員、俺に着いて来る気なんだな?」
「はい」
「……う、うん」
聖騎士であるクタチ、白魔術師のルラの二人は即答。
正面に立つ幼顔の少女──ユキだけはやや悩む素振りを見せる。
だが、結局のところ、その決意表明は頷きだった。
「俺は、最短距離を進む。着いて来れない奴は置いていく」
卓上に地図を広げ、男は次に向かう先を指し示す。
「準備が済んだら、ここへ向かう。それまでに多少なりとも強くなれ。……そうでなければ、死ぬだけだ」
男は険しい表情を作り、名だけ知る、ある人物のことを考える。
──もし本当に、あんたがそのつもりで。
能力を隠して振舞っているのだというのなら。
着いて来てみろ。今回こそは、あんたが追う番になるだろう。
……俺は、最短距離を先に行って強くなる。
切り捨てられるものは全て、切り捨てることになったとしても。
そして、この世界の危機を救った後。必ず元の世界──『日本』に帰る。
こんな序盤で立ち止まっていられるか。
「……行くぞ」
男は呟き、地図を巻き取ると早足でギルドを後にする。
三人は無言を貫いたままその後ろに続いた。
◇
「……なにかあったの? イヴ」
妙齢の女は傾けていたグラスをカウンターに置くと、背後の男に声をかけた。宝石のような深い輝きを湛えた赤い瞳が、グラスの酒を反射して男を見据える。
癖のある巻き髪に、束感のある髪型。
子供らしくも爽やかさもある穏やかな表情。背負う武器は一振りの長剣。
湛えられた微笑みから、好青年という言葉が似合う男だ。
「その赤いローブ、新調したの? 君にぴったりだね」
「ええ。でも茶化さないで。あなたのせいですっかり酔ってしまったわ」
やや火照った頬が、彼女がそれなりの量の酒を飲んだことを示す。
「ライゼンは……元々別行動だよね。レヴィとヤマトは?」
男が聞くと、女は呆れたように息を吐き、グラスに口をつけた。
「……。待ってられないって、先に行っちゃったわ」
「それは、悪いことをしたね。でも、どうしても確かめたいことがあってさ」
「確かめたいこと? 今回の遠征よりも大切だったのかしら」
此度の討伐遠征の成功は、人対魔物の戦争において大きな結果を出すこととなる。
だが、もし仮に失敗してしまえば、残るのは破滅の道のみだ。
それがどれだけ大切なことなのか分かっているでしょう? と。
皮肉げに言い放たれた言葉に、しかしイヴと呼ばれた男は頷いた。
「うん。……彼がどちら側かは分からなかったけれど、確認は取れた」
遅れた分の成果はあった、とイヴは軽く拳を握る。
「それが分かったところで、今後は決まっているのでしょう? 何も分からない今のうちに引き込んでおかなくて良かったの?」
「ああ」
彼女の問いは最もだ。だが、確証はない。
そして、彼を直接見て下した判断だ。問題もない、と。
それに──。
「こちらから何もせずとも。……彼がもしそうなら、いずれきっとどこかで出会うよ」
イヴは女の手からグラスを取ると、半分ほど残った中身を飲み干した。
「それじゃ、二人に追いつこうか」
◆
──グレスレニアより遥か北。リ・ヴァ・サレアの地。
強力な竜種の跋扈する山岳地帯。山肌にぽっかりと開いた小さな洞穴で、ドラグノートは壁に掛かっていた巨大な剣を手に取った。
刃渡りは大の大人の身長ほど。およそ人が握るには大きすぎる剣だ。
それを肩慣らしに片手で軽く振るえば、山がズウゥゥウン──……と唸った。
そのまま洞穴の外に足を踏み出す。
標高の高い山には白く分厚く雪が積もっている。
遠方の空、真っ先に異変を察知した飛竜が山を迂回して飛び去って行く。
久方ぶりの空を仰ぎ、彼は忌々しげに目を眇めた。
「随分と遅い。まさかとは思うが」
特大剣を肩に担ぎ、短く呟く。
ザク、ザクと雪を踏みしめ、目指す方向へゆっくりと歩いて行く。
何者もその行く手を遮る者はいない。気配もない。
彼の前では魔人も不死も、竜すらも道を開ける。
それはドラグノートが、この世界において圧倒的な強者である故だ。
逆らえばどうなるか、と考えるまでもない。知のない生き物であれば本能が。不死や魔法生物であれば現象が、その前に立つことを拒む。
「……急がねばならんな」
──使命を、悲願を。彼は手中に収めんとしている。
──……流れに逆らい、歪み、別の視点を得、捻じ曲げんとする。
誰の命運が、どのようにして入り混じるのかを。
今はまだ、故も知らない。
◆
・探索者資格
┌──────────────────┐
名前:エル
探索者Lv:1
職業:侍祭
加護:《戦意の加護》、《光明の加護》
奇跡:【治癒】
└──────────────────┘
・《光明の加護》:奇跡を使用した際の効力が上がる加護。
(副次効果として)夜目が利くようになる。
ここまでお付き合いいただいた読者の皆様、ありがとうございます!
これにて一章部分は完結となります。ここからおそらく更新がゆっくりになります。
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