#7 シルフィリア帝国
商船の窓から見えるそれは圧倒的であった。
均整の取れた白き建造物が海岸に沿って立ち並ぶ、超巨大な海洋軍事国家。勝利に勝利を重ね、そんな戦火知らぬ国家の家々は傷一つ無く、幾千年も時が止まったかのように純一無雑。
「うわあ……綺麗……」
「これはこれは」
町1つ程の大きさがある巨大なマングローブの上に聳える巨城は、シルフィリアに足を踏み入れる者全てを圧倒させる。
が、それすらを凌駕する存在が城の背後で見下ろしていた。
神樹──遥か遠くに存在していた神樹は、最早手が届く場所にあった。
「へえ、水の都か。まるでベネチアだな」
「すごい……! これが異世界の王国……なんて圧倒的なの。皆はこんな世界を見ていたんですね。資料と実物でここまで違うなんて」
「すごいでしょう? これが侵略による繁栄なのが複雑ですが、力と富が集うウィズロス一の大国です。知識も技術も一流です」
「ウィズロス……それがこの世界の名前ですか」
「まさに巨大国家だな。色々思い出すなァ」
「文明レベルも4くらいになりますかね?」
「うーん……どうだろうねえ。文明レベルについて、今一度確認しとこうか」
「うす」
文明レベルとは──DOITが制定した異世界の技術、知識、社会構造、経済体制、文化的発展、倫理規範などの発展度合いを示す指標であり、特定の文明がその進歩の段階を達成した程度を測定するための体系である。
■文明レベル1:
非常に原始的な文明レベルで、紀元前の文明度に相当。神話や伝説などの多神教が目立ち、技術や社会組織はほとんど発展していない。また知的生命体が存在しない異世界は、全てこのレベルに該当する。
■文明レベル2:
国の土台ができ始め、宗教などが重要な役割を果たす段階。紀元前後の文明度で、封建的な社会組織が形成されつつあり、信仰が活発。他国貿易という概念がまだ薄い為、国交は結ばれにくい。
■文明レベル3:
中世の文明レベル。強大な王国や帝国が存在し、侵略戦争など戦火が絶えない段階。極めて排他的である事が多いが、平和な世界も存在する。多くの異世界がこのレベルに位置しており、文明レベルの基準となっている。
■文明レベル4:
より厳密な法律制度が形成される。啓蒙思想も目立ち、政治的な国家形成が進行。絶対的だった宗教の影響が衰え始めている。産業革命の兆しが見られ、蒸気機関などの高度な技術が発展。
■文明レベル5:
近代的な文明で、現実世界に近いが今一つ到達していない段階。通信機器や精密な機械制作、また魔術による高度な発展が目立つ。現実世界の技術を凌駕する高度な技術も、一部見受けられる。
■文明レベル6:
現実世界と同等か、それ以上の文明度を示す段階。最高の技術と社会組織が発展している。このレベルでは高度な科学や魔術が繁栄しており、政治体制や法整備が厳格である。現在、これに該当する異世界はIN1のみ。
異世界を入念に査察し、その文明レベルを測るのも調査の仕事の1つだ。
尚、これらは全て異世界規制法に含まれている。
「異世界の殆どが文明レベル3だ。それは偏に4以降の少なさにある。5も数えるくらいしかないからな。ここも見た所、3が関の山だろ」
「なるほど……」
一行を乗せた船を、砲門を携えた威圧的な軍船が出迎える。
海洋国家に相応しい武力を誇る軍艦であった。
太陽と神樹が描かれた青い旗はシルフィリアの象徴。
厳重な入国審査を通過し、3人は城下町へと辿り着く。
往来激しい港付近の商業地区は、人々で賑わい見せている。
「まずは宿を探しましょうか。大通りの裏は、比較的安価な宿が多いですからね」
「へえ、慣れてるなロアン君」
「……昔、この辺に住んでいましたので。さ、行きましょう」
運河の敷かれた大通りを抜け、人気の減った裏路地を進む。
石畳が敷かれた狭い道を進んでいくと、やがて宿屋の看板が見えてくる。
4部屋のみの小さな宿。
ここに宿泊する事になり、3人は狭い部屋で硬いベッドに腰を下ろす。
「うわー、ザ中世って感じの部屋ですね。寝られるかな私」
「これからどうするよ」
「まずは食料を調達したいところですね。少し買い物に行きましょうか」
「……あー、ロアン君お願いしてもいいかな。俺達はここから出ずに待ってるからさ。人がごった返す場所にいるよりかは安全だろうし」
「そうですか……分かりました。では、行ってくるので待っていて下さい」
ロアンは1人部屋を後にする。
イルマとマージフは、部屋で2人きりとなった。
「よし。ロアン君が戻ってくる前に、データインプット作業を少しでも進めようか」
「そうですね。宿にオッサンと2人きりとか状況が嫌すぎるので、早く終わらせましょう」
「ハハハ。異世界じゃこれが常だぞマルちゃん」
その一言に口をひん曲げるイルマ。
作業を進める2人……沈黙が気怠くなったイルマは、ふと口を開く。
「そういえば……この国には情報を求めて訪れましたけど、例えば情報として、ロアンさんに歴史を教えてもらうとかで全部済んだりするんですかね」
「いーや。人の口頭情報は史料として受け入れられない。信憑性皆無とガイドが判断して、史料批判も出来ないんだよ」
「そうなんですか。やっぱ史料は本とかが1番いいんすかね」
「全て事実でないにしろ、一次史料として世に出回ってる歴史書とかが、やっぱサイコーだね。後はこういう古い遺物も当てはまる」
マージフは一枚の硬貨を取り出す。
1シル──この世界の共通通貨である。
その通貨をスキャンさせて、結果を空中画面に映し出す。
「これは……」
「すげえな。推定年数経過は2万年だってよ」
「使い古されているアンティーク感は出てますけど、2万年経ってもキチンと光沢がありますね……」
「そう。1000年経っても腐らない肉。2万年も輝きを失わない硬貨。こんなモン、持ち帰ったら相当荒れるって分かるだろ? その為に異世界規制法があるのさ」
「なんだか持ち帰れるみたいな口ぶりですね。異世界からのモノは全てiゲートが弾くんでしょ?」
「……ハハハ。ま、その通りなんだけどさ。っと、口より手を動かさなきゃな」
2人は黙々とそのデータを打ち込んでいく。
イルマはその穴が空いた数万の項目に、ある違和感を覚える。
「マージフさんこれ……異世界調査と言っても、調査度合いに限度がありません? こんなに項目埋まるんですかね。それこそ異世界の全てを調査しようもんなら、何万年もかかると思いますけど」
「そりゃ異世界の全ての調査なんて出来やしないよ。地球や宇宙だってまだ分からん事死ぬほどあるんだし」
「確かに……」
「細かい項目はガイドロイドが自動で埋めてくれたりするし、その他はアルバイトや学者の方達がやってくれたりするしね」
「異世界調査員の仕事は、飽くまで渡航者にとって安全で快適な異世界かどうかを判断し、調査内容とすり合わせて今後のマーケティングに務める……という事ですね?」
「その通り。行く前に言ったろ? 気軽に行こうってさ」
マージフがベッドへ仰向けに倒れた時、ノックの音と共にロアンが戻ってくる。
両手に大きな袋を持ち抱えていた。
「ただいま戻りました。果実や肉が安く仕入れられましたよ」
「早かったなロアン君。しかし随分買ったね」
「すみません……僕も口直しにと選んでいたら、いつの間にかこんな大量に……食事にしましょう」
3人は小さな机を囲んで、様々な食糧を口にする。
見たこともない果実や見慣れぬ色をした肉ばかりで、味もお世辞にも美味しいとは言えなかったが、あのスープの後なら全てご馳走だと、簡単に平らげてしまった。
「ふぅ……食った食った。ご馳走さま」
「残りはまた夜に取っておきましょう。それで、これからどうしますか?」
「そうですね……やることも終わりましたし、少し町を探索してみたいです」
「分かりました。何度も言いますが、くれぐれも僕から離れないようにお願いしますね」
ロアン先導の下、フードを深く被り、人々の活気で溢れた露天犇めく大通りへとやってくる一行。
見るもの全てが新鮮な景色に、イルマは目を輝かせて首をブンブンと横に振り回す。
「すごい……港町とはまた違った都の雰囲気。サイッコーね」
「ハハ。まるで親に連れられて、初めてパブに来た子供だなマルちゃん」
「んなとこ子供に行かすんじゃねーよ。って、誰が子供すか。こんな光景、テンション上がるのはしょうがないです」
「……ん、なんだこの張り紙」
マージフの目に止まったのは、酒場の外壁に貼られていた真新しい張り紙。
そこには──王城の侍女募集の文字があった。
ロアンはその文字を読み上げる。
「来たる日……建国記念式典にて臨時の侍女を募集する。見目好い美女求む……だそうです」
「見目好い……美女……」
「……え、なんで私見るんすか」
「いや別に。まあ、行ってもメリット無いし、無視でいいか」
「……そういえば、王城には王宮書斎がありますよ。シルフィリア……いえ、ウィズロスの全ての書物が所管さてると言っても過言ではない、国最大の書斎が」
「マジかよ。ぜってー重要な文献あるじゃん。どうする? ダメ元で応募してみる?」
マージフの提案に、イルマは遠慮がちに肩を竦ませる。
「ダメ元っていうか……奴隷のノルゲンの身分で王宮へ入れるもんなんですか? 門前払いな気がしますけど」
「大丈夫だぞ。王城で働くノルゲンもいるから」
「そっすか……ならちょっと参加してみ──」
その声が3人の誰のものでもない事に気付く。
横を見れば、ハットを被り、ローブのような格好をした人物が、当たり前のように横に並んでいた。
目元は影で見えないが、声と体格からして若い男だと伺える。
「えっと……教えてくれてありがとうございます」
「ああ、気にしなくて良い。この応募が気になるのかなって思ってな。ふむ、時に君は奴隷商人かい?」
「……僕ですか? えと、その……はい。そうですけど」
「ふーん。じゃあ、彼女を今連れ去ってるアレは、君の仲間なのか?」
「……え?」
ロアンとマージフはすぐに異変に気が付いた。
真横にいたはずのイルマがいなくなっている。
男が指差すのは、建物の狭間から続く暗い路地裏。暗がりで視認しにくいが、何者かが大きな袋を持って走り去って行った。
「マジかよ! マルちゃん!」
「一瞬目を離した隙に……! イルマさん!」
「……フフ。面白そうだ。僕も手伝おう」
ロアンとマージフ……と謎の男は、イルマを追い掛けて路地裏へと姿を消していくのであった。
ここは、城下町の喧騒から隔離された王城のテラス。
黄金の装飾が施された漆黒のマントを翻し、皺寄った手で錫杖を握る影。
幾万年とこの国を支配した老爺は、眼下から覗く永劫の栄華を堪能していた。
「……朕の帝国は、絶対の繁栄を紡がねばならぬ。魔環の解放は近い。予言など覆してくれる……待っておれ──シルフィードよ」




