#5 エルフが支配する異世界
「突撃隊にも程があるぞマルちゃん」
「はい……」
「まず明らかに自然を重んじるエルフの集落に、変装もせずにいきなり踏み込みすぎ」
「う……」
「怪しいものじゃありません異世界調査員ですって言ってたけど、見た目からまず完璧に怪しいし、異世界調査員なんて造語通じないし」
「ううう……」
「だからこうなるんだ──」
2人は巨木を刳り抜いて作られた監獄に囚われていた。
硬い棘の柵越しには、大勢のエルフが喧喧囂囂と騒ぎ立てている。
「すんません……巻き込んでしまって」
「まァいいさ。補助ブレーキを強めに踏まなかった俺にも咎はある」
マージフは飽くまでイルマの補助である為、基本的には動向に口を挟む事はない。
監督官も勤めているので、傍観してイルマの判断力を推し量っているのだ。
「さァ……目の前には、俺達を好奇の眼差しで見る弓を携えた未接触部族。周りには人骨らしきものと、蔓でできた頑丈な檻。そして俺達を囲む見たこともない植物……さァ、マルちゃん。どうする?」
「うー、えっと……」
イルマはチラリと目線を外にやる。
エルフ達の口論は終わり「里長を呼んでくる」という声が聞こえると、数人の監視を置いて集団は去っていた。
裁断の時は近い。
自分に今、出来る事は何か……脳内で必死に探る。
「さっきの【セイバー】を使って脱走……? いや、その方が絶対に危険。でもこのままだと何をされるか分からない……ぶつぶつ……ぶつぶつ……」
「……俺ならまずは地面と植物を調べるね」
「へ?」
「異世界の地は雄弁だよ。目に入ったもの全てが貴重な情報となり得る。成分分析装置、気象観測機器、ガス分析機器……必要なものは、全て内蔵されてある」
「あの、でも今は危険が迫ってて……」
「何、ちょっとした環境科学の時間だよ。ガイドロイドを起動してみな。サンプルを採取して、分析してごらん」
顎で支持するマージフに、イルマはコクリと頷く。
「は、はい……ガイドロイド。このサンプルを解析して」
『──命令を確認。サンプルをアップロードします。分析結果を出力』
「お、出たぞ」
マージフは宙に浮き出る出力結果をスライドさせ、その画面を手に取ってイルマの方へ持ってくる。
「これは……細胞の核はセルロースに近いようですけど、見たこともない成分ですね。植物の構造が全然違う」
「そりゃ異世界だからねェ。こっちの苔も興味深いよ。タマゴケに似た植物だが、分析の結果日光を栄養としてねェんだ。この木もそうみたいだな」
「日光を必要としない植物……ですか」
「空気中に漂うある成分が、この植物達に付着し活性化させてるみたいだ。この成分と植物は、酸素と二酸化炭素のような共生関係にあるようだね」
「ある成分?」
「ガス分析のセクションを見てみな。恐らくそれがこの異世界の核とも言えるものだ」
イルマは画面をスライドさせ、解析してあったガス成分のグラフを眺める。
そこには空気中の約70パーセントを占める、ある成分が出力されていた。
「割合は窒素並ですね。えーっと『マジリウムとの一致率90パーセント以上、互換性アリ』か……記憶にない言語の羅列ですけど。なんすかこれ」
「マジリウムは、アースヘブンに存在する魔力元素だ。アースヘブンのものはEH基準と言って、異世界調査における基準の一つとなっているんだよ。内蔵されてあるガイドロイドの分析機は、全てアースヘブンのデータと比較される」
「じゃあつまり……」
「ああ。あの異世界での、魔法を司る元素との互換性があるって言ったんだ。この異世界に漂うガスの主成分は、魔力と判断していいだろう。つまり……魔法がある異世界だって事だな」
「魔法が……」
「けど妙なんだよなァ。ほら」
マージフは、画面を檻の外にいる見張りに向け、スキャンしてみせる。
「これは……エルフの構成要素ですか?」
「ああ。体の組織のどこにも魔力が存在しねェ。魔法が存在する世界じゃ、体内に魔力を宿してる事が常なんだけどな」
「なるほど……魔力を宿していないって事は、魔法が使えないんでしょうか。それとも、空気中の魔力を操る事が出来るとか? うーん。もっと情報が欲しいですね」
「ああ。この空間で得られる情報はこんなもんか。後は、ここから安全に出たい所だな」
「……え? この情報が何か脱出の手がかりになるとか、そういうんじゃ……」
「いやないよ。ただの情報だもん」
「……」
マージフが画面を放り投げると、それは空中でプツンと消えて無くなる。
ドカッと座り込みポケットのタバコを探すが、そんなものは存在しないので、ため息を漏らす。
「出ろ! ノルゲン共!」
背中を向けていた見張りの1人が、檻を開けてイルマ達に剣を向ける。
「翻訳機能は異常ナシ。ノルゲン……ね。それがこの世界での、人間に当たる存在って事なのかな」
手枷を付けられ、切り株で作られた舞台へと連れられる。
眼下には2人を見上げるエルフ達。
だがその顔には憎悪が孕んでいた。
「……出れはしたな」
「す、すごい群集ですね……」
「ハハハ。異世界行き来してるから、好奇の目に晒されるのは慣れてるけどね。えー皆様、別に俺達は危害を加える気は──」
「悪魔め。どこから入り込んだかは知らぬが、樹上の里には手を出させんぞ!」
集団の中から、髭を蓄えた老人がマージフの言葉を遮って2人を睨み付ける。
老人の言葉に呼応するように、人々が一斉に怒号を飛ばす。
「そうだそうだ! 出ていけ悪魔ーッ!」
「消え失せろ! 大精霊様に仇なす災いの魔術師共め!」
怒りは伝播し、里中に響き渡る。
1人が石を投げ付け、それがイルマの顔面に当たりそうになるが、既の所でマージフが石をキャッチする。
「マージフさん……」
「まるで魔女狩りだな。集落に入る前から排他的なのはあからさまだったが、ここまで種族差別が根強いとはね。会話は難しそうだ」
「此奴らはシルフィリア帝国へ引き渡す。誰ぞ荷車を用意せい!」
「里長。ここは僕が引き受けます」
「そなたは……旅の御仁か」
集団を押しのけてやってきたのは、白いローブを纏った長い髪の青年だった。
片目が隠れた聡明そうなその青年は、我先にと挙手をする。
「お願いします。ここはどうか僕に」
「……うむ。ではそなたに任せるとしよう。さっさとこの悪魔を帝国へ連れて行け。厄災が降りかかる前にな」
「お任せ下さい。さあ、来てくれ」
青年は2人の手を掴み、足早に里の出口へと歩を進める。
用意された荷車を引き、群集が見えなくなった草原へと出た所で、その足を止めた。
「……ここならもう大丈夫でしょう。すみません、今枷を外します」
「え?」
「同族が乱暴を働き、大変申し訳ございません……代表して謝罪します」
青年は2人の身柄を解放すると、直ぐに頭を深く下げて謝罪の意を示す。
「助けてくれたんですか?」
「あのままではお二人共、エルフの国で奴隷にされる所でしたからね……」
「ど、奴隷!?」
「ええ。シルフィリアへ引き渡すつもりだったのでしょう。あそこではノルゲンの奴隷が大勢いますからね」
平原の遥か彼方を指差す青年。
マージフは納得したように、ポンッと拳で手のひらを叩く。
「なるほど……俺らは出荷されてたのか。てっきり逆かと思ったが、まさか虐げられる方だったとは。ところで君は、さっきのエルフ達とは随分違うね。何故にんげ……ノルゲンの俺達を助けようと?」
「僕は当然の行いをしたまでです。ノルゲンを見れば、誰彼構わず災い呼ばわり。迫害し、捕え、隷属させ、そして殺す……同族ながら辟易するものです。知恵ある種族の所業とは思えません。全く度し難い」
「へェ……同調圧力の集団心理に毒されない人とは珍しい」
「さあ、早く逃げて下さい。お二人はシルフィリアへ送ったと、僕から皆へ伝えておきますから」
「シルフィリア……あの老人が言った場所ですか?」
「……あれを」
青年が指差す方向。この世界に降り立った瞬間から見えた巨大な樹である。
枝は雲を突き抜け、その姿は幹しか見えていない。幾星霜の時を経て成長した巨木は、悠然と世界を見下ろす。
神樹のすぐ真下には、城下町らしき影が確認出来る。
「あれは創世の神樹。その加護の下で、数万年にも及ぶ栄華を誇っているのが世界最大の大国──シルフィリア帝国です。領土内ではどこであれ、ノルゲン達は皆奴隷か、死かです」
「シルフィリア帝国……ここからでも見える城、神樹の前だと小さく見えますけど、かなり大きいですよね」
「ええ。それはもう世界一の国ですからね。シルフィリアには世界中の叡智が集っています。技術、兵力、歴史……どれを以ってしても、他国の追随を許さないでしょう」
「私達、あそこに行きます」
「……は!?」
片手を挙げて軽くそう言い放つイルマに、青年は素っ頓狂な声を上げてしまう。
「聞いてなかったのですか!? あそこはノルゲンが一歩でも立ち入れば、即刻人権が剥奪される! 生命を生命と扱わない地獄のような場所なのですよ!」
「それでも……私達には知るべき事があります。一つでも多く情報が必要なんです」
「お止めなさい! 死にに行くようなものですよ!」
「……ご忠告ども。助けてくれてありがとうございました。それじゃ、私達はこれで」
困惑する青年を尻目に、イルマは勇み足で神樹へ向けて歩く。
「ほほう。さっきとは随分覚悟が違うなマルちゃん」
「ノルゲンが何故こうも虐げられているのか……どうしても知りたくなってしまったんです。絶対に何か大きな背景があるって。今後やってくるお客様の為にも、私達はそれを知らなくちゃならない。そうでしょ?」
「殊勝だな。まあ確かに、このままだとガチでヤバいからね」
「ヤバい?」
「ああ。人間が虐げられてる異世界なんて、人気出る訳ないからさ。なんとかセールスポイント見付けとかないと」
「うわ。そこですか」
「ハハ。とにかく、お手並み拝見といこうか」
「……待って下さい!」
2人が歩いている背後から、青年が荷車を引いて駆けて来る。青年は肩で息をしながら、汗一つ拭って2人の顔を交互に見やる。
「どうしても行くというなら……僕も同行します」
「え?」
「いいの? 死にに行くようなもんだって言ったの君だろ」
「危険には変わりないですが、僕がいれば少しは安全でしょうからね……」
「どういう事ですか?」
「お二人には仮で僕の奴隷となってもらいます。そして僕はお二人を使役する商人に扮装します。そうすれば、所有者がいるという事なので、ノルゲンのお二人でも捕まりはしないでしょう……多分」
「おー、確かにいい作戦だ。あまり騒ぎを起こしたくないからな」
「それは名案ですね。是非、お願いします。えーっと……」
「ああ、まだ名乗っていませんでしたね。僕は……ロアンと申します──」
自己紹介を交わす3名。
そうして一行は、シルフィリアを目指し、旅立つのであった。




