#3 頂点に立つ男
「おっつーマルちゃん」
翌日の営業時間後。
ゲートの確認作業を行っていたイルマの元に、フラフラーっと気怠げに店舗にやってくる藤間ことマージフ。
その右手には紙袋が下げられていた。
「マージフさん、お疲れ様です」
「ほい、予約通りの飯持ってきたよ。ついでに今日から行う調査の煩雑な書類も持ってきたよ」
「ありがとうございます」
円依は藤間から書類を受け取ると、ペコリと軽くお辞儀をする。
藤間は店内を見渡し、ボリボリと後ろ髪を掻く。
「ん、締め作業やってるのか。あの社長を待たせるなんて考えただけで胃に穴が開くからな……たまには俺も手伝うよ」
「たまにじゃなく毎日手伝って欲しいんですけどね。あと、もう終わってますよ。当店舗の異世界No.48、622、791……3つ共に全てランプグリーン。異常なしです」
緑色のランプが点ったiゲート。藤間は手元に資料を浮かび上がらせて3つの異世界について確認する。
「日の沈まぬ異世界『アジール』に、竜が支配する異世界『コメット』と、原初の森林異世界『エルセニス』か。こう並んでみると……なんていうかセンターのいないアイドルユニットって感じだな」
「そうでしょうか? アジールなんて結構人気の異世界だと思うんですけど」
「そりゃ人気だけどさぁ……INが若い割には、他の異世界と比べて累計渡航者とか見劣りしないか? もう少しこう……絶対的なエースが欲しい所だなウチにも。入口が一つなら話は変わってくるんだけどねェ」
ゲート端末をボンボンと叩きながら、しゃがみ込む藤間。
異世界への入口は一つではない。
本部より発行されるINコードをiゲートに入力すれば、どのiゲートからでも全ての異世界へ渡航可能。
だが異世界そのものと言っていいINコードの保管には、厳重な審査や莫大な維持費がかかり、簡単には設置出来ない。
秩序の行き届いた異世界規制法──これもその均衡の一つである。
「藤間さん。気になっていたんですけど、調査期間中、店は完全に閉店させるのですか? 近日中にも帰還予定の方が何人もいらっしゃいますが」
「その辺は大丈夫さ。臨時の引き継ぎ職員に、iゲート管理システムのマスターキーコード及び、帰還予定者のリストは共有済だ。心配はしなくていい」
「分かりました。後任の方がいらっしゃるならば問題ありませんね」
合成野菜のベジタブルサンドを口にしながら、2人は机を囲んでホログラムの書類を広げる。
「この後は店を閉めて本部の方へ顔を出す。説明やら支給品やらを受け取って諸々の手続きを済ませた後、いよいよ異世界調査だ」
「本部ですか……まだ入った事はありませんね」
「すんげえよ本部。外観も中身も、まるで宇宙軍の基地さ。凍てつく空気感が圧倒的っつーか……あの息苦しさがぶっちゃけ苦手だけどね。俺」
「人々の往来も激しいと聞き及んでます。あそこは……」
「ああ。年間数千万人が渡航する化け物異世界──IN1『アースヘブン』に飛べる唯一の場所だからね。永住の量も半端ない。もう第二の地球だよあそこは」
「アースヘブン……」
円依は会社の広告ポスターを眺める。
その背景には、アースヘブンの広大な景色が使用されていた。
「運が良ければ、あの人達にも会えるかもな」
「S Pですか? 『最高天』と謳われる7人のDOIT職員達。本部にいるのですか?」
「……あの人達って濁したのに、全部説明したねマルちゃん」
「濁す? 何故濁したんですか?」
「いや別に……ま、裏方の極秘任務とか、表のメディア露出とかで駆けずり回ってる奴らばっかだからな。期待はしないこった」
マージフはサンドを食べ終え、包んでいた紙袋を纏めると後ろのゴミ箱へ投げ捨てる。
2人は本部がある東京都の中央区画へと足を運ぶ。
中央区画──新宿。
高層ビルが立ち並ぶ都心部。
その中でも、全長500mを誇るDOIT本部ビルは郡を抜いて巨大であり、黒光りする要塞のような様は一際異彩を放っていた。
「さて、んじゃ行こうか。ID持ってるよね?」
「は? 首に下げてんじゃないすか。もう老眼っすか?」
「……うーん。何度見ても素晴らしい切り替えだ。その処世術、おじさんも見習わないとね」
「それにしても、獅堂事務総長自ら、私達の対応するだなんて驚きですね。身体がいくつあっても足りないような地位のはずなのに」
獅堂天殿──DOITの7代目事務総長兼、最高経営責任者。
DOITのトップを代々任されている獅堂家の現当主。国から機構の経営の全てを任されており、異世界規制法における超法規的措置の対応も認められている。
異世界における全権を担っていると言っていい。
無論、DOIT役員に言い渡すその業務命令は、法の下に絶対的である。
役員は彼の許可が無いと、外を歩くことすら出来ない言っても過言ではないのだ。
「本人は来てないよ。ホログラムでの対応だからな。素顔じゃないだろうし」
「藤間さんも知らないんですか?」
「……全人類は疎か、DOITの人間ですら知らないんだよ、社長の顔。それこそSPクラスじゃないとね」
現職の総理大臣と肩を並べるほどの世界的知名度を誇る男だが、その実態は謎のベールに包まれている。
「そうなんすか……ん? 遠隔対応ならなんで私達本部ビルへ来る必要が?」
「渡すもんがあるからね。後は面接っていうのも兼ねている。マルちゃんがどれくらいの器量か見極める為にね」
「うっ……なんか急にプレッシャー感じるんですけど……」
「まァまァ、どうせ大した事言われないって。こーゆー時は自然体が一番さ。気楽にな」
幾度もなる厳重なIDロックを通過し、一般人が絶対に立ち入る事の出来ない職員専用のエレベーターへ乗り込む。
最上階……166階層は実に異様と言えよう。
エレベーターを開けた先は一部屋が広がっているのみ。
王宮の応接間のような荘厳な家具装飾が並べられ、窓からは東京の夜景が一望出来る。
まさに絶対権力者の領域である。
「よく、来てくれました。ようやく会えましたね」
円依は息を呑む。その光景にではない。
年季の入ったアンティークデスクに座り、指を組んでこちらを見据える男の視線。
隻眼の瞳は猛禽類ように鋭く、狂いなく整えられた黄金色の髪は、男の仕事に対する厳格な姿勢が伺える。
円依はアバターとは思えない風貌に圧倒されていた。
男──獅堂は小首を傾けてニッコリと笑みを見せると、2人に向かって椅子に座るように手で促す。
「本日の異世界調査についてですね。どうぞ、掛けて」
「し、失礼します……」
「東京第4支店の円依さんに…………藤間さんですね。申し訳ないですがスケジュールが一分刻みでしてね。早速本題へ入らせて貰いますよ」
「は、はい」
獅堂は凄まじいスピードでパネルを操作し、円依の情報を仕入れていく。
「えーと、円依さんは……今回が初めての調査ですね。うん……配属6ヶ月ながら、業績も好調で接客対応も概ね好評。適性試験での点数も不足無し……うん。素晴らしいですよ」
「あ、ありがとうございます……!」
「私から聞きたい事は一つだけです。円依さん貴女は──この異世界調査に命を賭けられますか?」
獅堂の質問に、円依は喉から出かけた「賭けられます」という言葉を飲み込んだ。
脊髄で返答して良い質問ではない……獅堂の全てを見抜くような瞳を見て、そんな気がした。
「……できません」
円依の返答に獅堂は腕を組み直し、少し間を置いて再び質問する。
「それは何故?」
「DOIT社内規則の項目に『自己の安全を第一に考慮し、緊急時には直ちに現実世界への帰還を優先しなければならない』とありますから」
「ほう。レギュレーションを記憶しているとは素晴らしいですね」
「恐れ入ります……」
獅堂は暫く円依の情報を眺めると、一つ息を吐いてから、薄く笑みを浮かべる。
「円依さん。規則に従うのは正しい事です。先代達が築き上げたDOITの規則は絶対であり、それに従えば安全かつ、順調に異世界調査が行えるでしょう。それは常に頭に入れておいて下さい」
「は、はいっ」
「ですが、異世界というのは必ずイレギュラーが発生するもの。記載されていない事が発生する事態は、頻発するでしょう」
円依は無言で小さく頷く。
面接時に聞いた藤間の言葉を、今、噛み締めていた。
「そんな時は、今のように規則を思い出して下さい。正しい知識は生きる上での糧となります。知識はやがて経験則となり、自然と最適を導き出せるようになる」
「はい」
「不安もあるでしょうが心配には及びません。貴女になら調査を任せられます。藤間さんと連携し、慎重に調査に当たってください。成果を期待しています」
円依の前の床が突如浮き上がり、ケースに入れられたマイクロチップと、綺麗に圧縮された黒い衣類が現れる。
「必要な情報と支給品はそこに。スキル等の詳細は現地で藤間さんと確認して下さい。では、宜しくお願いしますね」
去り際、獅堂は円依と握手を交わす。
円依はその確かな感触に違和感を覚える。
「円依さん。最後に1つだけ」
「え……あ、はいっ」
「……DOITの職員である以上、規則を越える大いなる決断を迫られる時は必ず訪れます。そんな時は──貴女の信じた道をゆきなさい。最後に信用出来るのは、自分自身の判断ですからね」
「はい……」
「では、私はこれで失礼します」
19時丁度──獅堂は扉から部屋を後にする。
主のいなくなった部屋に静寂が走る。
「緊張した……」
暫く呼吸を止めていたかのような息を漏らす円依は、藤間の方に視線を移す。
そこには、円依が今まで見たこともないような真剣な顔で、事務総長がいた椅子を眺める藤間が。
円依が「藤間さん?」と声をかけると、藤間はすぐにいつもの緩んだ顔でニカッと笑みを見せる。
「よかったなマルちゃん。お眼鏡にかなって許可が下りたぜ」
「そうなんすか……? 期待されず月並みな問答したように思えて、少し怖いんですけど……」
「いやいや。こうして支給品も貰ったし平気平気。調査命令が下りた時点で、この顔合わせはもう儀式みたいなもんさ。あの質問も大した意味はないよ」
「そうなのかなあ……」
立ち上がって腰を叩く藤間。
出口に立って親指で合図を送る。
「早速現地の有楽町へ向かう。準備は大丈夫そうか?」
「ええ。全て済ませておきましたよ。後は望むだけです」
「よし……ま、気楽にね。気楽に」
「……でも、社員が大勢亡くなっているんでしょう?」
「気楽にとは言ったけど、気を抜けなんて言ってないでしょ。肩肘張らず落ち着いて冷静に、だよ。緊急時ほど、冷静な心は何よりも強い盾となるからね」
「……はい」
円依の背中を押して、そう激励する藤間。
新天地へと赴く期待と不安を胸に、円依は心の準備を整えるのであった。
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──
男は廊下を歩いていた。
トップの証である世界で1つしか存在しないバッジが、純白の廊下の明かりに照らされて輝いている。
その玉虫色の煌きは、地球上に存在するどの金属の光にも属さない。
「おや。来ていたんですか」
獅堂が歩きながら声を掛けると、誰もいなかった背後から人影が現れる。
「イエス──」
その無表情の女は、絹のような銀と濡羽色の黒が混ざった髪を靡かせ、獅堂の隣で歩みを進める。
その黒スーツの襟に、世界で7つしか存在しないバッジを輝かせて。
「新人の方の前であなた様本人が顔を出し、直接加護を授けるとは。随分と気に入ってるんですな」
「この目で見ておきたかったんです。未来の可能性をね。きっと、とてつもなく大きな羽根を広げますよ……彼女は。流石だよ、カストルーナ」
獅堂は装飾の施された左の眼帯を、片方の手でそっと撫でる。
「彼女が、あなたの眼になると仰っているのですか?」
「そうハッキリとは申していません。ですが、その羽ばたきは大きな波紋となる……そう確信しています。蝶と獅子は舞い踊るかあるいは──フフ。今宵はこの僥倖の愉悦を肴に、一献傾けるのも良いですね」
「そーなんか」
「そういえば、貴女は私に用があったのではないですか? 3分もしたら私の体は福岡にいますよ。用件なら手短に」
「実は部下や各地の調査員から、例の報告が──」
女の報告に、獅堂は静かに口角を上げるのであった。




