#31 竜王峰での決戦
「竜王であるお前が……竜戦士だと? デタラメ言ってんじゃねえぞてめえ!」
「フフ、小僧如きにワシが嘘を吐くはずなかろうよ」
ガドムの大声を気にも留めず、老竜は空を見上げて自らの半生を語る。
「……ワシは追い求めていた。ただ強き者を。故にこの異邦の地にて立身出世を果たすと誓い、己の身1人で竜共を屠ってきたのじゃ。すると周りの竜人がワシを英雄だと崇めたではないか。実に気分の良い毎日じゃったよ……銭に誉。酒に女。思うがままであった!」
「……っ!」
老竜が高らかに笑い翼を広げると、辺りに突風が吹き荒ぶ。
「そしてワシはこの地にて、ついに竜王の首を刎ねた……その時であった。気付けば、ワシはワシでなくなっていた。闇の中でやってくるのは永遠の苦痛と怒り。己を御する訳もなく、全てを破壊し尽くしていたのじゃ……のう、小娘や」
「え? わ、私?」
「俗世の声に乗せられたが、期待に応えれずに敗北し、竜王として生まれ変わり呪いを振り撒く。我に帰る時には最早終幕であった……そんなワシは最悪の人間だと思うか?」
「……」
「人には決して伝わらぬこの事実。だがワシが犯した罪もまた事実じゃ。ワシが死せば、気休め程度の贖いになるのかのう」
長年を生きた竜の口より紡がれる真実。その言葉の重みは深く、一同の心の奥底に刻み込まれていく。
辺りに暫しの静寂が訪れるが、沈黙をすぐに破ったのはガドムであった。
「なあ竜王。てめえがホントに竜戦士だったんなら、聞きてえ事がある」
「なんだ?」
「お前の誇りはどこにある?」
老竜は虚を突かれたように無言になる。
そして深呼吸するように、翼を大きく広げてゆっくりと戻す。
「……心は郷土なり。我が故郷から離れた時より、誇りも誉れも捨てた。風前の灯火であるワシにあるのは、種火のように燻る武士の矜持のみじゃ」
「え、今なんて……?」
「そうか──」
「ちょ、兄貴? どこ行くんだよ!」
ガドムはそれだけを言い残して、霧の中に消えていった。
「さて──そういえば、お前達はワシを葬りに来たんじゃったな。なら、やるとするか」
「え?」
「ここでただ朽ちる老いぼれかと思うてか? 否……このような最後だからこそ、ワシは全身全霊を以て相手しよう。礼を言う……ワシは今、最高に満ちておる。血沸く闘争こそ我が愉悦。尋常に殺し合おうぞ」
老竜は上空へ舞い、天地を轟かせんばかりの咆哮を上げる。翼より発せられる風圧と、双眸から光る王者の眼光。
この世界の頂点に君臨するニールが、目の前の命をエサと認識した──その生存本能を駆り立てるようなオーラは、獰猛な捕食者そのものであった。
「あらあら。最後まで戦士だって言いたいのかしらね。戦いが好きなのね……なら、とびっきりのをプレゼントしてあげないさいな。イルマちゃん」
「私!? 師匠は戦ってくれないんですか!?」
「んも〜忘れたの? これはイルマちゃんのスキル解放の為でもあるのよ? 竜王を倒すという当初の試験は続行中……試験に私が介入する訳にはいかないわ」
「そ、そんなご無体なぁ……」
「大丈夫よ、死ぬ前には助けてあげるから。ちょっとした訓練と思って、安心して死にに行って頂戴♡」
「鬼すぎぃ! 女2人でどうしろと──って、うわぁ!?」
イルマの目の前に火球が落ちる。凄まじい勢いで放たれた業火の塊は、地面を抉って山を破壊していく。当たれば致命傷は免れない。
「だぁーっ! 死ぬぅ!」
「っと!」
火球が当たる寸前で、イルマの首根っこを掴んで引き寄せるヨラム。
「はぁ、はぁ……ありがとうヨラム……」
「しっかりしなイルマ。相手は世界の王だ。気を抜いたら死ぬよ」
「うん……ごめん。世界の運命が掛かってるんだよね……ここまで来たんだもん。私はやってやる! 関係の無い部外者でいたくない!」
イルマは【セイバー】を構えて竜王と対峙する。日和見な気構えでは殺られると確信し、頬をピシャリと叩き自身に喝を入れた。
「イルマちゃんったら、すっかり世界に入り込んじゃって……マージフの言う通り、あれだけ感情移入してたらこの先苦労しそうねえ。あの調子じゃ竜王にも……ま、そんな所が可愛いんだけどさ」
エロシェは腕を組んでやれやれと首を横に振る。ヨラムとイルマの両名は、老竜の猛攻を受け続けていた。
「──っ! イルマ! 攻撃が飛んでくるぞ!」
「うわぁ!? あっぶ! っぶな! 当たったら死ぬ! 当たったら死ぬゥ! こんの……殺す気か色ボケジジィ!」
「いや、そのつもりなんじゃが……調子の狂う小娘じゃ。全く、真面目にやらんか!」
「なあああ、また火ばっか! ちょ、この、いやああああぁぁーっ!!」
イルマは半ベソをかきながら右往左往と必死に動き回るが、その独特な避け方は老竜を翻弄していた。
「ぜぇぜぇ……この水呑百姓の小娘風情が……! なんじゃその珍妙な舞いは……いい加減疲れるわい……!」
「ナイスだイルマ! 隙ありィ!」
ヨラムは老竜が息を切らしている隙を見計らって、その体に槍を突き刺し腹部に傷が刻む。
「うぐっ……!?」
「……老いてるってのはマジらしいね。あんたは威圧感だけで、戦闘力に関しちゃ道中にいたグレッドニールより弱いよ。元より戦える状態じゃないんだろう」
「……」
「チッ、スッキリしないもんだなあ。兄貴と一緒に生涯を賭けて追い求めてたニールが、こんなザマだったなんて……話も聞いちまったから、尚更やりにくいしさ」
ヨラムはギリッと歯を食いしばると、戦意なき老竜に向けていた双槍をそっと下ろす。
やり場のない怒りに拳を震わせるヨラムを見て、イルマは同じく下を向いてしまう。
「下向くなお前ら」
「え?」
「兄貴……!?」
2人が振り返ると、ボロボロの剣を手に戻って来たがドムが立っていた。
「ワリィ。これ取りに行ってたら遅くなった。墓標にしようとゆうべに山頂行ってぶっ刺してきたんだけどよ。やっぱ持ってきちまった」
「何だよ兄貴、そのボロい剣は……ていうか剣か? それ」
「きさん、それは……!」
「ああそうさ──テメエの剣だよ竜戦士」
「え……!?」
錆びついた剣を掲げ、見せつけるように剣先を老竜に向けるガドム。
「普段は竜戦士を毛嫌いするクソ親父が、これだけは残していけと言っていた。この魂だけは、先祖代々絶やすんじゃねえってな」
「兄貴、何言って……」
「テメエの誇りも誉れも捨てたって? だがな──その誇りも、誉れも、強さも。この血に色濃く受け継がれてるんだぜ」
「何を……言っておるのだ。きさんは」
「このガドム・ショーニ──テメエの子孫だっつってんだよ」
「何ィ……!?」
ガドムの発言に、一同は驚愕の表情を浮かべる。老竜も明らかに狼狽していた。
「なんだよそれ……そんなの知らなかったぞ兄貴!」
「当たり前だ。親父が俺にしか伝えてねえんだから。お袋も知らねえよ」
「そんな……」
「知られちゃいけねえんだ。あの竜戦士の子孫だなんてな。敗北者の末裔……んなもん知られたら、破滅しかねえからよ。だからずっと隠してきた。この家名も、剣も、誇りもな」
「……」
老竜はガドムの言葉に応える事もなく、じっと空を見上げていた。
誰もが口を閉ざしてしまうその沈黙の空気──破ったのは、老竜の唸り声であった。
「ぬぅ〜……一体何番目のオナゴの子孫じゃ? 思い出せん!」
「あ!? テメエ感傷に浸ってたんじゃねえのかよ!?」
「思い出そうとしてたんじゃ! あの頃は英雄風吹かせて片っ端から食い荒らしてたからの。子を成したオナゴは数え切れんわ……」
「テメ……先祖との思い出に浸ってると思って、ちょっと気ィ使って待ってたんだぞクソが! 時間返せエロジジイ!」
「やかましい小僧めが! 第一、子孫だったら敬わんか! 子が欲しいとオナゴに言われれば誰だって食い付くじゃろう!」
「アホか! 手当たり次第に女漁る奴のどこが英雄だ! テメエあれか!? 2本の牙で戦ったって言うが、1本は下半身に生えてたのか!? そういうアレか!」
「なんじゃとこのクソガキ! ワシの牙を愚弄するか! そこまで言うなら見せてやろうか!!? 兜合わせといくか!?」
ああだこうだと言い争う両名。その光景に、女3人はやれやれと首を振る。
「兄貴ィ……」
「サイテー……」
「フフ、これだからオスって好きなのよねえ」
暫く稚拙な論争を繰り広げていたが、老竜はガドムの剣を見つめ、ピタリと口を閉じた。
「……ああ、思い出した」
「あ?」
「その鍔の形、歪んではおるが間違いあるまい。確かにあの時サレムに渡したものじゃ。そうか……サレムの子か、きさん達は」
「サレム……それが俺達の先祖の名前か」
「確かによく見れば面影があるな。その気性の荒さと青い髪──サレムにそっくりじゃ」
「へっ、そうかよ」
がドムは首の骨を鳴らすと、武器を老竜に向ける。
「もう御託はいいだろ……後は殺し合いだ竜王。子孫に葬ってもらえるんだ。本望だろ?」
「フン、ぬかしよるのう……よかろうよ。問答にも飽いた所じゃ。そろそろ殺るか」
老竜が咆哮を轟かせると、一同は臨戦態勢を取った。
「お前ら。行くぞ!」
「「おおっ!」」




